1日の終わり
仕事も終え、お店としての役割を持つホールを、父様と一緒に併設しているリビングまで戻っていく。前を歩く父のコツコツとした足音が心地良く、自然とそれに合わせるように自身も足を動かして向かう。
基本的に家事は父と一緒に私も行っているようで、食事の準備やら手伝いは体が覚えていた。
一通り終え、暖かい室内、ぱちりと燃える暖炉がとても眠気を誘い、ソファーで料理を待つ間ウトウトと。
とても心地良い。
そのせいで気が付かなかった。
「メリィ!帰ったぞぉぉ!」
母が帰ってきたことに。
リビングのドアをけ破ったのち、即座に私を抱きしめにかかる母。
ぎゅううううううっ!!
「・・・っ!・・おっ・おかあ・・さま・・くるじっ・・!」
「あ~~っっ!ほんっとに可愛いな~~メリィはな~~!!」
「リミスっ!まてまてメリィがっ!メリィィィィ!」
あれから父が必死になって止め、何とか食事を始めることが出来たが、いい加減母からの抱きしめ攻撃を止めねばなるまい。でなければ母もそろそろ幼女の体液を顔面に浴びることとなるし。流石にそれは苦痛だろう。・・・・苦痛・・だよな・・?
「では、みんなで頂こうか。リミス、この前やっていたお祈りをしてくれ。」
「ん?あんたあれ気に入ったのかい?まあいいよ。ンじゃメリィもちゃんと言うんだよ?」
「はいおかあさま」
お祈りねぇ。閻魔様が最近できたとか言ってた信仰なのだろうな。
「それじゃあ、、、我らか弱き人間を見守りくださる上神様よ。今日も生き永らえたことに、感謝します・・・・メリィ」
「はい。われらかよわきにんげんを―・・」
ひとしきり祈りを捧げたところで改めて食事にありつく。パンのような食物から、何かしらの生物の肉で焼かれたステーキは、簡素ながらもとても美味しかった。食事事情は元の世界と大差ないのかもしれない。
食べながらいくつか気になることを両親から聞き出す。まだまだ情報不足だから。
「ねえおかあさま。おいのりにでてくるうえかみさまってなにかしら?」
「むぐんむっ・・・あれはなぁ・・うちの若いもんが最近聞いたらしいんだよ・・ゴクッ・・んはぁ。なんでも、巡回中に出くわした、大型のイブリースから助けたほかの所の人間がお礼にと教えてくれたらしい」
「・・大型のイブリースも気になるが、他所の人間だと?なぜこの町の周辺にいたのだ?」
「なんでも、デカいトカゲ共に襲われたそうでなぁ・・・大半が奴隷として連れ去られたようさね。そんで、助けてほしいからこっちに来たところ、また襲われたとさ・・あ」
「あーリミス。前にも話したがメリィの前であまり奴らの話はな・・」
「ごめんごめん。メリィも怖がらせて悪いな。」
「ううんだいじょうぶ。ねえおかあさま。メリィはもっともっとおそとのことがしりたいわ。おしえて?」
「おや珍しい。いつもなら怖がって聞かないのにどうしたんだい?」
「ジミーさんがきていたの。それでおしごときになって・・」
「あいつはまた・・まあいい。いいよ、話してあげる。」
「おいリミス・・・」
「いいじゃないか別にー。いずれは知ることだ。この世界で生きてく以上、必ず知ることだ。なら早いほうがいいだろ。」
そうして母はゴクリとコップを傾かせ、中の液体を流し込む。はぁ。と吐いた息に何かしらの柑橘類独特の匂いと、酒気を感じた。
「いいかメリィ。外ってのはなーー・・
そうして話してくれたこの町の外の事。それは今の私には想像出来なかった、まさに地獄だった。
大きな爪、喰らう牙、人間の数倍もある巨体に恐ろしい目玉を持つトカゲ。とてつもない翼を広げ、空を駆ける鳥達。湖に潜み大きな首を傾げる、まるで島のような怪物。言葉で聞けば異形な怪物を想像したものだが、母は丁寧に紙に絵を描いてくれた。
それは小さいころ、カッコいいと目を綺羅ませて見つめた図鑑と一緒。
恐竜の姿だった。
これらが種族によっては群れで人間に襲い掛かってくるらしい。大型の奴は大体個体で過ごすらしいが、人間と同程度の大きさの奴らは群れを作る。恐ろしい事に小型は知性も高く、人間を攫っては何某をさせているのだとか。ただ食糧として集めているのか。それは分からない。
「まだまだ他のイブリースもいるが、まあ今はこれだけでいいだろ。この辺で主だって見える奴はこれくらいだしな。」
「おそろしいのね・・どうやってたいじするの?」
これまでの話を聞いていると、とてもじゃないが勝てる気がしない。何より今生きているこの町はそんな中どうやって生き延びているのか。少なくとも今まで生きてきての生活水準を考えれば生存など不可能に思えるが
「そりゃあ私たちがいるからねぇ。伊達に狩りはしてないさ。そしてこの町は守りやすい地形にある。尚且つ、町に住むやつは全員訓練してるからねぇ。」
・・・それだけ?
それだけで如何にかなるの?とツッコミたいが、今まで興味なかった分、聞きすぎるのは不審かもしれん。
「なあリミス。その、助けた人はどうしているんだ?」
「ああ、そいつはうちの宿舎で休んでるよ。明日話を聞いて、どうするかはそいつに決めて貰うさ。」
「そうか・・・まあ、惨い目にあったばかりだ。優しくしてやりなさい」
母様は何も言わず、またコップを傾ける。どうやらこれ以上は話す気はないみたいだ。
その後は父様と仕事の話なんかをして、食器を洗ったあとに自室に向かう、いつもの生活だ。
木目のドアを開け、子供らしい装飾をされた部屋の中に座り込む。いくつかの家具と、可愛らしいお人形。何度も抱いたのか、薄く汚れていた。そしてひと際目に映る大きな鏡。これが私の部屋だ。
ドアを閉め、一人ため息を吐く。 一人になると、どうしようもなく不安が生まれてくる。 何かしようと思っても、特に何も浮かばない。何より現状を変える物も力もないのだ。今できることなど、明日に備えて眠ることくらいだろう。
そうしてベッドに向かおうとしたとき、また鏡に映る自身の姿と目があった。
可愛らしい顔。と思うのは、今だ現状を受け入れていない証拠。夢であればどれだけ良いか。
『もう眠ってしまいましょう。』
眠り心地の中、そう呟いてベッドに入った。