第1話 入学式について
外が明るくなると同時に目が覚める。ゆとりはいつもいろんなところで寝まくっているが、起きなくてはいけないときはしっかりと起きれるのだ。今日も時計を見ると6時を回ったところだった。8時に家を出ればいいので2時間くらいは時間がある。炊けたごはんをついで、味噌汁と生卵を用意。実家にいたころと同じの和食朝定食である。
朝食を食べたら、寝癖を直したりと学校へ行く用意を整える。制服まで着終わって準備万端になるころには時刻は7時を回ったころだった。家を出るまで1時間。何をするのか?それはもちろん…
「ふわぁああぅん…」
ふわふわとあくびを1つ。そしてテーブルに突っ伏してまた寝るのだった。
しっかりと8時に起き、昇降口へ向かう。
初登校の昇降口といえば、嬉し恥ずかしクラス確認タイムである。元の中学の友達同士が同じクラスになれるかどうかを確認したりして一喜一憂する一番最初の学園イベント。
いくらマイペースなゆとりとはいえ、友達はいるのだ。…一人だけだが。
MINEで連絡したらもう昇降口の前に来てると返ってきたので、辺りを見回すゆとり。するとゆとりに手を振って微笑んでいる少女を発見できた。
彼女の名前は水無月彩香。ゆとりの小学校のころから友達である。読書が好きで、たまにゆとりと話をしたり、ゆとりが寝ているそばで本を読むのが彼女の休み時間の主な過ごし方だった。
「おはようゆとりちゃん。クラス表はもう見た?」
「まだだよー。彩香ちゃん見つけてから二人で探そうと思ってたからねー」
「そっか…」
彩香は嬉しそうにはにかむ。そしてゆとりと手をつないで、仲良くクラスを確認しに行く。…どうやら神様も空気を読んだようで、ゆとりと彩香は同じ”1年B組”に名前があった。
「あった!高校でも一緒だね、ゆとりちゃん。嬉しい」
「うん。私も嬉しいよー。今年もよろしくねー」
二人は軽い足取りでB組の教室に向かう。最初の席順は名簿順なのもお約束通りで彩香とゆとりは遠い席である。しかしゆとりは気にしない。
「休憩時間になったらたまに寝にくるねー」
「うん、ありがとう」
…ゆとりは堂々と人の机を借りて寝る猛者なのであった。
ゆとりが席に着くと、後ろからちょんちょん、と背中をつつかれる。振り向くと人懐っこそうな女の子が話しかけてきた。
「初めましてー!私は茅原愛奈っていいます!よろしくね~!」
「初めましてー。私は金子ゆとりです。よろしくー」
彼女は茅原愛奈。誰に対しても気さくで、誰とでもすぐに友達になれちゃう系女子だ。
「えっとー…。愛奈ちゃん。入学式までまだ時間あるんだっけー?」
「ん?…んーと、先生きて挨拶してから体育館に行く流れだったはずだし…あと10分ぐらいは余裕あるんじゃないかな?」
「そっかー…」
そういうなり机に突っ伏すゆとり。
「って、えぇええ!?いやいやもうあと10分だよ!?そんなに眠いの…?」
「…大丈夫ーいつものことだから気にしないでー。10分したら起きるからー」
うろたえる愛奈に突っ伏したまま返事するゆとり、だいたいゆとりを初めて見た人はこの反応になるのである。
10分経って担任の先生が教団に立った頃には、ゆとりは音もなく復活していた。担任が軽い挨拶をしたのち体育館へ向かう生徒たち。
ふらふらと歩くゆとりの隣に愛奈がくる。
「ゆとりちゃんってさ、いつも寝不足なの…?」
どうやらさっきの”いつものことだから気にしないで”というのを”いつも寝不足気味だから慣れてる”という意味に受け取ったようだ。
「違うよー。ちゃんと夜はしっかり寝てるけど、眠いだけなのー」
眠そうな半開きの目で微笑む。
「そ…そうなんだ。…ちなみに1日の睡眠時間って、だいたいどれくらいなの?」
「んー。日によって違うから何とも言えないけどー…。合計したら16時間くらいは寝てるかもー?」
「じゅっ…16時間!??」
ほぼ一日中寝てるのかよ!とツッコミたくなった愛奈であった。
さすがは名門と呼ばれるだけのことはあり、広い体育館にすさまじい量の人が集まっていた。1クラス40人前後で9クラスあるので、新入生だけでも360人程度はいることになる。今、体育館には、在校生や保護者の人たちもいるので、総勢1000人を軽く超える人数が一同に会していることになる。
しかもみんな礼儀正しい子ばかりなので騒ぐものもおらず、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
正直、空気が重い。
こういった空気がニガテな愛奈はゆとりと話すことで少しでも緊張をほぐそうと、ちらりと隣を見る。
…ゆとりは寝ていた。立ったままで。
「…ッ!フフッ…」
ついその微笑ましい光景に笑いがこぼれてしまった。話すことはできなかったが、緊張はほぐれた気がした。
「暖かな春の訪れとともに、桜の花も咲き始める今日この頃、私たちはここ小金台学園の門をくぐることができました。私たちはーー」
壇上では新入生挨拶が行われている。いかにもお嬢様然とした少女が、淡々と話している。ふと、新入生挨拶をする人ってどういう基準で選ばれているのか疑問に思ったが、なんにせよ、ナイス人選だと賛辞を送りたくなった愛奈であった。自分ではきっとあんなに上手くは喋れないと思うし、ゆとりだって…。
「…Zzz…」
…いや、ゆとりならなんとかなるんじゃないか、そんな風に思えてしまうのであった。
式は淡々と進んでいく。校長式辞の頃にはさすがに愛奈も眠くなっていた。でも気合でなんとか乗り切る。
「では、効果斉唱。在校生、起立!」
あ、終わった。愛奈はそう思った。
このタイミングでのっぺりとした効果斉唱なんて、ただの子守歌にしかならない。最後の力を振り絞って耐えるも敵わず、最後の最後で意識がーー。
ーーぽん、と肩を叩かれた。
愛奈は咄嗟に先生か!??と身構えたのだが、予想に反して肩を叩いたのはゆとりだった。
「立ったまま居眠りは危ないよー?」
ゆとりにだけは言われたくないっ!!と、頭を抱えたくなる。
「くっ…。ゆとりって実はいつも寝たフリをしてる…とか?あれは全て演技なの?」
「いつもガチで寝てるよー?でも、立ったまま寝るのに慣れてない人は危ないから起こしただけだよー?」
立ったまま寝るのに慣れとかあるのか…。やっぱりゆとりはよくわからない。でもそんな不思議なところを面白いとも感じていたのである。
効果斉唱が終わったらすぐ入学式は終わった。初日は諸説明だけなので昼前に終わるのだ。大量の教科書や参考書を部屋に持ち帰ったら、今日は一日自由である。ゆとりは彩香と、愛奈は数名の友達と帰っていく。
「ねぇねぇ愛奈~?どこの部活入るか決めた?わたし卓球部にしようと思ってるんだよね~」
…もう決めたのか、早いな。と、愛奈は感心する。
ここ、小金台学園は自立精神を尊重する校風なので、部活には力を入れているらしい。インターハイ常連の部もあるのだとか。さらに驚くべきことは…。
「あ、キミたち一年生?私たち2年なんだけど、テニス部に興味はあるかな?」
「部活選択期間中はいつ来てもいいから、気軽に来てね!体育館裏のコートでいつも練習してるから!」
「じゃーまたねー」
と、このように初日からそこら中に勧誘をしている先輩方がいるのだ。この熱意、本気度が垣間見える。やるからには全力でやらないとなーと気持ちを新たにする愛奈だったが、実は中学生のころ
『み~んなと仲良くしたいから特定の部活には入らない!』
という独自理論により、どの部にも籍は置かず、いろいろな部活の雑用とかをしながらおしゃべりを楽しむ”アクティブな帰宅部”をしていたのだ。
だから今更どこかの部活に入って全力でやったところで、中学からやっていた子たちに追いつける気もしなくて、とても思い悩んでいたのだ。
「…卓球部かぁ~、ウチは小学校の頃からバスケ一筋だから、高校でもバスケだな!スリーポイントシュートが入った瞬間がたまらなくってさ!」
「あーはいはいバス賢バス賢。バスケ賢者のあんたがバスケ以外に入るとかありえないでしょ。雹がふるわ」
「ひっどー」
「あはは」
やっぱりみんな前からやってた部活を続けるよね~…。と、分かっていたことだが、少し寂しさを感じてしまう。
「で?愛奈はどうすんの?」
「ウチと一緒にバスケやんない!?」
「サッカーも面白いよ?」
「…うーん…。そうだねぇ…。まだ考え中、かな?」
やっぱり答えは出せなかった。みんなもそう答えると思っていたらしく、だよねーとか、決めたら教えてねーとか言って、軽く流してくれた。
「ふぅ…ホント、私もちゃんと決めないとね…」
みんなに聞こえない小さな声で、そう呟いた。
次回はひかり姉が登場します。次回もどうぞよろしくです!