魔王様だってつらいんです
魔王、それは畏怖の象徴。
魔王、それは絶対的強者の称号。
魔王、それはいずれ倒されなければならない存在であり絶対悪。
己が欲望のために力を振るい、「勇者」と呼ばれる人々の希望の具現化に撃ち滅ぼされる宿命を背負った悲しき王。
だが必ずしも倒された後に復活しないとも限らないのが王たる所以でありラスボスの象徴たる証でもある。
しかしどうやら………此度の魔王の様子は少々、おかしな様子で…………?
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「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお勇者しばきたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
夜、自らの住まう魔王城にて魔王は荒れていた。
アルコール度数の強い酒をショットグラスで飲み、よほど辛いことがあったのか泣きながらそう叫んだ。
「落ち着いてください。近所の人たちに迷惑ですよしばきますよ」
「秘書官が上司に強気な件について詳細きぼんぬ」
「何訳の分からないこと言ってるんですか。こんなくだらない飲みの席に付き合わされている私の身にもなってください勇者の代わりにもっぺん殺しますよ」
「ねぇ……あの、魔王様泣いちゃうよ?」
使用人の女性は魔王と同じく度数の強い酒をガバガバと飲んで魔王よりも多く飲んでいたが一切酔う気配を見せずに粛々と飲んで魔王をけなしていた。
なぜこんなことになったのか。
それは数週間前、魔王が勇者に倒されたことに遡る。
魔王は倒された後、前もって仕掛けておいた蘇生魔法によって無事蘇り勇者への復讐を心に決めていた。
だが魔王城の現状は大破寸前で使用人たちも散り散りになってしまっていた。
魔王に忠誠を誓い生き残っていた軍の幹部や使用人たちは再興に手を貨してくれたが魔王は使用人たちを解雇した。
今まで散々力を貨してくれたのだから自分が倒された後も無理をする必要はないと、多額のお金を全員に手渡したのだ。
それでも何故か勇者は魔王城の資産に手を付けることなく帰っていったため使用人たちに報奨金を手渡しても、豪遊したとしても人一人は一生働かなくても暮らせるだろうという金額と、最後まで魔王の側を離れなかった秘書官が自分の元に残った。
そして今はその秘書官とごくごく平凡な生活を送っていた。
手元に残ったお金が相当な金額なため豪邸を買うことも考えはしたが秘書官の「余生は普通に過ごしたいです」という言葉に魔王は今まで付き添ってくれた礼として彼女の理想通りの家を建て、同棲している。
豪遊しても一生遊んで暮らせるだけの金額を持っていても二人は贅沢をたまにしかしなかったため一切働かなくても生活できるのだが二人は傭兵業を個人で営み、素性を隠して依頼があればその依頼をこなすという生活を行っていた。
しかしどんな生活をしていようとストレスは溜まるもの、故に夜にこうして酒を飲みながら日々の不満を叫んでいるのだ。
「つーかさ、なんなの?」
「何がですか?」
「勇者だよ、あの女勇者!! いきなり襲撃してきたと思ったら『お前のせいで出会いがないんだよおおおおおおおおお!!!!』って泣きながら入ってきやがって……情緒不安定過ぎだろうよ!?」
「確かに、仲間の賢者と僧侶も引いてましたからね。よほど殿方との出会いに困っていたのでしょう」
「だからって俺倒しに来ることないじゃん!? ただの八つ当たりだからねあれ!?」
「それで本気出して負けたのは魔王様でしょうにみっともない」
「くっ………ぐうの音も出ないとはこのことか……」
魔王はため息を吐きながらグラスを揺らし、カランカランと氷がグラスにぶつかる音が小気味よく鳴った。
その音が何かのスイッチになったかのように突然魔王はあることを考え始めた、考え始めたというよりは悩み始めた。
「そういえば………俺も出会いとかないなぁ………」
「なんですか突然に」
「ほら、思い返せば俺もお前も毎日結構な激務だったろ? そりゃ出会いもないよなぁって思ってさ」
「何かと思えばそんなことですか。そんなに結婚したいんですか?」
「別にそういうわけじゃないけどよ、もう魔王でも何でもないんだしそういう生き方もありかなーって思っただけだ。別に気にしなくていい」
「無論最初から気にしておりません」
「そう言うと思ったよ……相変わらず手厳しいな」
「ですが、まぁ………魔王様にも好意を寄せている相手はおりますよ。男女の仲としての好意を」
「まじで!? 誰々!?」
「私です」
訪れるは静寂、疑問、そして思考停止の末路。
魔王は考えた、これが本当のことなのか否かを。
もしここで今の発言を鵜呑みにして食いつけばきっと「何本気にしてるんですか冗談に決まってるじゃないですか浅ましい」と言い返されるに決まっている、そう思った魔王は秘書官の反応を伺うためあえて黙ることにした。
発言で揚げ足を取られるのであればいっそのこと喋らなければいい、魔王はそう思って無言で酒を一口また一口飲んだが一向に秘書官は喋らなかった。
もしかして本当に…………そう思った矢先ついに秘書官が口を開いた。
「あの…………魔王様。あまり黙っていられると告白した身として恥ずかしいのですが」
カラン―――――。
と、グラスの中の氷が溶けて他のまだ溶けていない氷がグラスにぶつかって反響する音が静寂を切り裂いた。
絶句する魔王をよそに秘書官は立ち上がって「酔って来たようなのでそろそろ寝ます」と言って寝室の方へと向かった。
「ま、待て!」
引き戸タイプの寝室の扉に秘書官が手をかけたのとほぼ同時、魔王が呼び止めた。
「い、今の話はほ、本当のことなのか……?」
「…………」
「……黙ってたら本当のことだと認識するぞ。本気だぞ、いいのか?」
そして秘書官は振り返ってこう答えた。
「…………本気にしてくれないと困ります」
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その後、二人がどうなったのかは言うまでもあるまい。
ただ余談として、秘書官のお腹の中には新たな命の結晶が宿ったそうだ。
ついでに、魔王と秘書官の左手の薬指には銀色に輝く指輪が嵌められていたそうな。
今日も魔王は働く、愛する妻とそのお腹に宿る子のために。
魔王様だって、つらいんです。
でもそのつらさは魔王にとっては生きる喜びなのだとか。