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妃候補






 王の一言で、数秒の間空気が固まった。

 だが数秒後、部屋の中の壁際に控えていた者が一斉に動いた。微かな話し声が周囲から洩れ、一人が素早く扉を開いて出ていこうとした。――かと思うと、行く先を阻むように音を立てて扉が閉まり、出ていこうとした者が引いても扉は開かない。


「今、この部屋から出ていき触れを出そうとすることは俺が許さない」


 王の言葉の意味を理解しようとしていたレティーシャは、扉の閉じる大きな音に反射的に向けていた目を、今度は忙しなく隣に。固い声は隣から出されて、声自体は知るものだった。

 ギリアンが鋭く、目を扉に方に向けていた。彼が魔法で扉を閉めた。


「許さないとは、この部屋の――ひいてはこの国の主は私のはずなのだがな」


 ただ一人様子の変わらない王の声に、ギリアンがゆっくりとそちらに向き直る。王とは反対に、笑顔はない。


「陛下、俺はその冗談は嫌いだ」

「私が冗談を言ったことがあるか?」

「少なくとも俺は聞いたことがない」

「そうだろう。ギリアン、私がそれを寄越せと言えばどうする」

「陛下がなぜ彼女を欲する」


 それと示されたのはレティーシャで、ギリアンが眉を寄せる。


「お前の主張を信じよう。その者の魔法は本物だ。お前が手を貸したのではない」

「……信じてもらえたのは、何よりだ」

「故に妃にする。私とて妃を迎えようにも、ふとした瞬間に妃を焼き殺してしまう可能性がある。しかし限りがあるとは言えど、私の魔法を無効にする者が今現れた。魔力も申し分ない。王に渡すべきだとは思わぬか?」


 衝撃的な内容が含まれている気もしたが、それよりもさっきから突然に何の流れに巻き込まれたと言うのだろう。

 王が自分を示して妃にすると言う。後ろを振り向いて他の誰かかと確認したくなるけれど、目が合った。隠れる場所はないのに、隠れたくなる。


「陛下」

「ああ、お前はその者を連れて帰っただけであれば、言い渡すべきは家か」

「陛下、彼女は」


 このままだととんでもないことになる予感がする。笑う王の言うことに耳を疑うばかりで、レティーシャはこれこそ為す術を持たない。

 国の王の言葉は一番の力を持つ。彼がそうだと言うのなら全ての者は従い、行動する。さしものギリアンも押されているようで、王の重ね畳み掛けに口を閉じた。


「『彼女は』、何だ」


 余裕のある王は愉しむように続きを促す。

 険しい顔をするギリアンは、閉じていた口を開く。重なったままの手が微かに動いた。


「――彼女は、俺の婚約者になった」


 またもやレティーシャが驚くはめになる。ギリアンは何と言ったのか。見た彼は、王を真っ直ぐに見据え続けていた。何も撤回、間違えたと言う気配はない。


「ほう、相手を決める気配どころか耳を傾ける様子もなかったお前がか。にわかには信じ難いな」

「……つい先ほど信じ難いことを言った陛下に言われたくはない。それに、早く結婚しろと言ったのは陛下ではなかっただろうか」

「声が上がったのは、お前以外の貴族の連中からだ」


 それにしても、と王は足を組んだ。目が、ギリアンとレティーシャを見る。


「『婚約者』か」


 見透かされていると感じるのは思い込みか、どうか。今日一番の緊張に襲われ、ギリアンの手の下にある方の手を思わず握り締める。

 息を潜めて、王の視線を受けることしばらく。


「残念だ。稀有な存在なのだがな」


 すんなりと王が言ったことで、感じる空気が軽くなった。同時に橙の眼からも解放されて、レティーシャは小さくほっと息をついてしまう。

 しかしギリアンはあんなことを言って良いのだろうか、とこっそり窺った彼は前を向いたままで、目も合うことはなかった。


「まあそれは良い。仕事の話だ」

「……仕事?」

「今日呼んだのが、その者の事を問いただすためだとでも思ったか」


 つい数十秒前までの話題がなかったみたいに王は話題を移して、意識の対象から離れた様子のレティーシャは警戒心働きつつも耳を傾ける。

 仕事の話。聞いてもいいのか。

 二人は全く気にする素振りもないので、どうせ何か返答を求められることもないとこれまで通りじっと黙していることにする。


「今、我が国には近隣諸国との戦が起こっているが、その中でも青の国の事項を優先して進めていくと決めた」

「理由を聞いても?」

「先日青の森を焼いただろう。すっかり消し炭となりいっそ清々しくなった森に、青の国が何やら準備をしている。『報復』をするつもりのようだ」


 笑わせる、と王は本当に嗤った。物騒な話をしているとは思えない様子だ。


「代替わりした私を若造と侮り、先に仕掛けて来たのは向こうだと言うのに。やり返されるとすぐに顔を真っ赤にする。森を焼くだけで済ませてやったというのにな」

「陛下の挑発だろう。青の国はそれに引っ掛かったわけだが……それで、俺はまた青の森に行けばいいのか」

「そうだ。事前に粗末な作戦を潰してやれ。明日早朝にでも前回同様、私の魔法を運び放っておけ。一帯を焼けば止まる程度にしておく。その間に動きを見せる範囲全てを狩れ、人手をやる」

「その後はどうするつもりだ。青の国を先にと決めたのであれば、後は続けて攻め入ると考えてもいいのだろうか」

「いいや。まずは前王の折に奪われた領土を全て奪い返す。その後前の王の時とは異なると分からぬのであれば、全ての領土を力ずくで頂こう」


 造作無し、と聞こえそうな自信に溢れた声音。表情も、依然として笑みさえ浮かべた余裕のあるそれ。既にこの王の目には先は見えているようだと周囲に思わせる。


「どうせいずれは国ごともらうつもりだ。大陸全ての国を手中に収める最初の見せしめともなろう。――《一の公爵》、手始めに青の森近辺の兵を一掃せよ」

「仰せの通りに」


 ギリアン――王の次に力を持つ証の位の名で呼ばれた人は、臣下らしく一礼してみせた。



 *



 退室してからギリアンは喋らず、ようやく声を発したのは来た道を戻って鏡を通り邸に戻ってきたとき。

 なるほど。城にある鏡を通ると、邸に固定してある鏡としてはここに出るらしい。見たことのない部屋だけれどギリアンの邸だと直感して、体の力が抜けたレティーシャの正面にギリアンが立つ。王のいる部屋で途中から目が合わなくなったので、随分久しぶりに感じる。彼は浮かない表情だった。


「すまない」


 第一声は、謝罪。レティーシャは明らかに自分に向かって言われたことなのだが、何に対してか分からずに大層戸惑う。


「陛下の魔法に晒してしまった。怖かっただろう」

「……あ、いいえ、魔法を証明するには必要なことだったと思っています」


 それに、ギリアンはレティーシャの身元を保証し説明してくれ、隣にいて炎の中でも安心させてくれた。


「そういえば、どうして私が生まれなかったことにされたことは仰らなかったのですか?」

「進んで言う必要はなかった。嘘はついていないし、これから無かったことになるから問題ない」

「無かったことに?」

「いないことにされていた君という存在は、もう隠れなくてもいいからだ」


 ギリアンはそう言って微笑んだ。この顔も途中から思わしくないものに変わったままだったのだとレティーシャは思い出し、微笑みにもう一度ほっとした。

 けれども、ギリアンは表情を浮かないものに変えた。


「婚約者だと偽りを言ったことも、すまない」

(……そうだったわ)


 彼女は俺の婚約者になった、と王に言い放ったギリアン。


「私は、……それよりギリアン様があのように仰ってしまっても良かったのかと……」

「俺? いや俺は構わない。ただ、陛下があんなことを言うとは……」


 乱れたところの見たことがない髪を自らの手で乱した彼は、ずらした片手で顔を覆って呟いた。


「……どうしようもなく焦って、口に出していた。いや、あれは陛下がレティーを妃にすると言えば実行するだろうと思ったから、それを避けるための詭弁だと思ってくれればいい」

「……陛下の言葉は、冗談なのでは?」


 妃にすると示され言われたことは記憶に残っているが、どうも本気とは思えない。何しろ、レティーシャだ。


「陛下は冗談は言わない。かといってどこまで本気かは分からない……あの場で回避する方法が他に思いつかなかった」


 ギリアンが珍しくどこか遠くを見るような目付きをするので、大丈夫かなと心配になる。


「ギリアン様、やはり……」

「うん?」

「婚約者と偽りと言ってもあの場で言ってしまうと、広まってギリアン様がお困りになるのではないでしょうか」

「俺は、構わないと言っただろう? そうだな、下手に広まりはしないようにしたが、しばらく辛抱してくれるか?」


 とても弱く微笑んでいることに彼自身は気がついていないのか、なぜだか分からないけどレティーシャはそれ以上言わない方が良い気がして、小さく頷いた。

 まったく、本当に感謝してもしきれないことと謝っても謝りきれないことが重なっている。婚約者とまで言って庇ってくれるなんて。


「ギリアン様は、《一の公爵》様だったのですね」


 話題を変えようとしたレティーシャは、ふと思い出したことを口にした。

 王が自然とギリアンを示して使った《一の公爵》との呼び方。公爵、侯爵、伯爵以下いずれの位の中にもさらに細かな違いがあり、例えばレティーシャの父は侯爵の中でも下位に当たる。そうやってほとんどの位では上位中位下位と呼び表すものが、王のすぐ下となり貴族の中で最も高き位置になると特別な表し方がある。

 それが『一の公爵』『二の公爵』『三の公爵』――三本指までがそう呼ばれる。王の側近中の側近にして、王の次から力が強いとされる。

 まさかギリアンがそうだとは思わず、レティーシャは彼に出会って何度驚けばいいのか、驚いていた。下位の侯爵の娘としても、普通にしていて言葉を交わせるか分からない人だ。

 外見などに似ている部分は拾えないが、彼は王の一族であったりするのだろうか。こうなってはあり得る気がする。


「それに関しては俺も未だに慣れないところだ。俺のような者に一の名を授ける点は、本当に陛下は変わっている」

「……?」

「今日はもう眠るといい。疲れただろう」


 ギリアンはこれまでと変わらない優しさで、レティーシャを気遣った。








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