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秘める想い







 森に運んだ炎を放ち、空中で様子を眺めること暫く。炎の異変に気がつき、原因を探った先に彼女はいた。

 炎の中黒いローブを身につけた人物が顔を上げて、心臓が、止まるかと思った。



 *



 魔法道具作りを嗜むギリアンは、工房とする部屋の隣のほぼ空っぽの部屋でレティーシャを前にしていた。

 外は夕暮れ。太陽の光は直接射し込むことのない部屋には早くも蝋燭の火が灯され、魔法の火であるそれは普通の火よりも余程明るく広く部屋を照らす。

 ギリアンと椅子で向かい合うレティーシャの灰色の髪が影を落とす顔、ブルーグレイの瞳は膝の上に置かれた手に向けられている。手に包まれているのは魔法石だ。


 レティーシャに出会い、二日目に提案をした。翌日から早速魔法の制御と魔法石に魔力を込める試みを始めた。

 無論、すでに魔力の制御を覚え魔法を習った者でも最初から出来ることではないこと。レティーシャが出来る兆しはまだ見えていなかった。

 そもそも、生まれたときから魔法を制御することを一度も習ったことのない彼女には相当難しいことだろうと思われた。それでも魔力を込めることが出来れば、それは魔力があるという明らかな証となってくれる。証明が容易になる。


(証があれば、彼女は隠れずに生きていける)


 魔力があるのにそれが認知されず起こってきたことと、今回起こったこと。事情を聞き、力になりたいと思った。

 レティーシャが保持するたった一つの魔法は誠に貴重で、稀有な才能だ。力が認められて位が決まる決まりの世の中で、あのような才能が認められないことはあってはならない。そう思うのも、事実。


 浅く思考に沈んでいたギリアンは、魔法石に意識を集中させているレティーシャの顔が紅潮していることに気がつく。

 魔法を使う者が興奮状態にあったり力を振り絞ろうとすると、魔法を使うときにそうなることはあるようだが……。レティーシャの場合は、魔力を込める感覚がまだ掴めていないため、力を込めようとするあまり、体に力が入ってしまうのだろう。


(本当は魔法が使われる感覚を覚えた方がいいのかもしれないが……危険なことは避けたい)


 何しろレティーシャの魔法は、自分の身に何かを害あることを起こそうとする魔法にしか働かないようだ。

 荒療治とも言え、最終手段に近い。


 随分力が入りすぎている。これは体が疲れるだろう。

 紅潮した頬に引き寄せられるように指先触れると、固まっていた彼女がぴくりと動きを見せ、伏せていた顔を上げる。目が合う。


「ギリアン様?」


 どうしたのかと言う風な瞳に目を合わせているギリアンは、指を離して微笑みを浮かべる。


「レティーが頑張っている顔が赤くなって、あまりにも可愛らしいものだったから。つい」

「可愛……?」


 呆気にとられた表情の後、瞳を伏せるところがまた可愛い。

 保護した彼女は、予想以上に可愛いらしい女性だった。


「一度休憩にしよう」


 もう一時間にもなる。意識を集中して、体にも力が入りっぱなしだったから疲れているはずだ。

 休憩と言うと、レティーシャは眉を下げ申し訳なさそうな顔になる。彼女は練習の際一度は決まってこのような表情をする。


「すみません」


 と、たった今と同じで謝って。

 出来ないことに対する謝罪だとは分かったが、謝る理由はないと思うのに。


「レティー、言っただろう。謝る必要も焦る必要もない。出来ることが当たり前ではないんだ」


 むしろこの短期間で、レティーシャの身の上を考えると出来ないことが当たり前。


「さあ、休憩にしよう」


 立ち上がり、手を差し出すと未だ一瞬躊躇いが残る様子のあとに一回り以上も小さく繊細な手が重ねられる。

 この時間ではなくとも、彼女に遠慮する顔をさせないようにすることは出来ないだろうか。簡素な部屋を後にしながら、考える。

 そっと視線をレティーシャに向けると、ほどなくして視線に気がついたレティーシャはギリアンを見上げる。


「どうか致しましたか?」

「いいや」


 何でもないと言って前を向いても、近くにレティーシャがいることは気配で分かる。

 未だに彼女がこんなにすぐ側に、顔を合わせ、話し、長く時を過ごしていることにふとしたときに不思議な心地に包まれる。

 夢の一部ではないのか、と普段は考えないことさえ考える時は突然やって来る。決まってレティーシャを実際に前にしている時だ。


(……もう二度と、会えることはないと思っていたからだろうか……)


 別の部屋にてすでに整っていたお茶の準備を前に、テーブルを挟んだ向かいで美味しそうにお茶を飲むレティーシャがいる。

 その姿をあまり見ないようにと、目を伏せた。持ち上げたティーカップの中の液体に自らの姿が映り、ゆっくり瞬きする。


 ――君のことが好きなのだと言って、信じてくれるだろうか。君と会ったことがあり、そのときから惹かれていたと言って。


 森で出会った女性は、()()()()魔法のように前からいなくなってしまった彼女だと一目で分かった。

 また会えたのは幸運そのものに違いなかった。

 今手に届く位置にいることが夢のようで、この時間がいずれ終わってしまう先を思うと酷く惜しい。

 レティーシャと共にいるのは魔力制御の試みに付き合う時間が一番長いから、その時間が何よりも愛しくてならない。

 けれど好意を伝えることはせず、彼女の障害となる問題を解決し、彼女がいるべき家に帰すことがギリアンが今最善を尽くすべき事項だった。


 家族のことを、いつ、どのようにどの範囲で今の時点で言うべきか。








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