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知らない姿








 数日が経ったある日、ギリアンの姿を全く見かけないと思ったら彼は青の国へと発っていた。今朝方のことだとか。聞いていなくて驚いたことと、教えられていなくて……という点。

 教えてくれたのは、王だった。


「一気に片をつけたいものでな。行かせた」


 すぐに戻ってくる予定だから教えてくれなかったのだろうか。あるいは、と胸元を見下ろすと丸い魔法石が冷たい輝きを放っていた。


「それは魔法石か」

「……そのようです」


 王が首飾りを手に取り、目を細める。


「一体何の魔法を込めたのやら」


 首飾りは音もなくレティーシャの胸元に戻った。


「浮かない顔をしているな」

「そんなことは、ありません」


 王に向けられる視線に、目を伏せそうになる。

 この王はよく笑う。今も、口元には笑みがある。

 たぶん、その地位と暴力的なまでの力を知らずに喋っていたのであれば、単純に気持ちが良いほどの笑い方をする男性と思えてしまう。けれどそうではないのが赤の王という人。

 ただ、レティーシャは彼の機嫌が損なわれている決定的な瞬間を見たことがなく、むしろ七割方笑みを浮かべているところを見ていたから今まで恐怖というものは薄かった。炎を向けられたことも、薄れさせられていた。


 でも、今は何かを言われるのが怖くてならなかった。

 次に王がレティーシャに妃になるつもりはないかと問えば、何を言うべきなのか分からなかったし、言うことが許される言葉は決まっていると頭のどこかでは分かっているから。

 そして何より、ギリアンがいないことが――


「ギリアンか」


 気がつくと、首飾りを手に取り見つめていた。


「今日中には戻ってくる――が、奴はする事が読めぬ男だからな、この国を出ていくやもしれぬな」


 ギリアンがこの国を出ていく。聞こえたことにレティーシャが首飾りから視線を上げた。


「出ていく、のですか。なぜ」


 王は訝しげな表情をした。


「何だ、聞いておらぬのか」

「……何をでしょう?」

「まあ噂するには既に皆が知り尽くし過ぎていることでもあるか」


 意味深に聞こえる言い方をして、王は背もたれに腕を投げ出し、首を傾げた。しかしフッと彼の橙の眼が片方真っ赤になる。炎が灯り、一瞬、消える。


「本人がおらず、時間もあることだ。お前が知らぬ、奴のことを教えてやろう」


 脚を組み直した王は眼の異変には触れず、話しはじめた。

 一体、何を教えるというのだろう。


「お前は、ギリアンが私にあのような口の聞き方をすることを不思議に思ったことはないか?」

「……あります」


 教えると言いつつも問いが投げかけられた。それはレティーシャが初めに違和感を持っていたが、誰もが普通のこととしているのでレティーシャも慣れたこと。

 ヴァネッサは王の妹だからだとして、ギリアンは親戚筋でもなさそうだった。

 《二の公爵》であるヴァネッサという王の妹を抑え、王の次に力ある者が任命される《一の公爵》の座にあるギリアンは顔立ちも色も似ていなくとも親戚だと思っていた。力ある血筋に、有能な者は集まる。高位貴族には、王家の血族が圧倒的に多い。

 だが違い、ギリアンは一族ですらないようだった。

 だとすれば全く敬語も無しの話し方をしている事実は、ますます妙なことであるはずだった。


「ギリアンが結婚をせっつかれていることは?」

「それは、皆様なのでは」


 位が高い者は出来る限り位が高い者と結婚をする。位は各々の魔法能力によって決まるので子どもに継げなくとも、血筋に優秀な者が出続けるというのは誉れとして積み重なっていく。

 家の名前を継がせる跡継ぎは必要となる。


「ある意味私より余程、だ」

「陛下より……?」

「なぜだと思う」


 試すように聞かれても、心当たりはない。

 この国で最も優れた王よりも、ある意味結婚をせっつかれる。ある意味が示すところは何かということになる。何か、特殊な事情がある、とか。

 レティーシャは分からない。当たり前だ。ギリアンと知り合い日は浅く、何も彼のことを知らない。一の公爵。レティーシャとは縁遠い人物であるはずの彼はとても優しく、地位の通りに魔法を容易く扱う。邸は東の方にあり、森の中にある城のような大きな邸にはとても有能な使用人が二人だけいる。

 これだけ、だ。これだけでも――。


「分かりません。……それに、陛下。それがどのようなことであっても、私が勝手に知っても良いことかどうかも、分かりません」


 言うと、王は「いずれ知る。ギリアンが話さぬのなら私が話す」と切って捨てた。


「ギリアン・ウィントラスはこの国出身の者ではない」

「――赤の国の方では、ない……?」

「ではどこだと言うと、黒の国。この国から見ると北にある国の出身だ」

「ギリアン様がですか?」

「何だ、私の言うことを疑うか?」


 そんなことはない。

 しかし、ギリアンがこの国の人ではないとは、容易には信じられないことだった。


「本人もしくはこの城にいる者に聞いてみるがいい。誰も否定せぬ」


 ギリアンは公爵だ。この国で《一の公爵》の名が与えられるのだから、他の国でも公爵級であったことは間違いない。なぜわざわざ自分の国を出て、この国へ。

 そもそも、国間での行き来はできて、商人であったりする平民はよく他の国へ行くと聞くが、彼らだって移り住むわけではない。

 貴族になると簡単に他国へ行くことも、ましてや移住するなどということは聞いたことがない。また、国の中央の人間に他国の人間がいることも考えられないことではある。


「細かい事情は忘れたが、突然ふらりとやって来てな。しばらくこの国に滞在したいのだがいいかと言う。ならば危害を加えず永住権をやるから、私の側に来いと言い、ギリアンは今この国であの地位にいる。『ウィントラス』という名字も与えたものだ」

「他国の方を、そう簡単にですか?」

「私は強い者が好きだ。その点について申し分なさすぎた。後は……当分は裏切らなさそうな目をしていたことと、面白かった。実に前触れなくふらりと現れたものでな、本来なら不法侵入と危険人物扱いでその場にいる者に攻撃されてもおかしくない登場をしてきた。そのくせ言うことが実に気が抜けることというか……っ」


 言葉途中で堪えきれなかったらしく、王は笑った。


「まあどうせその場の者が危害を加え、捕まえようとしても無駄だったろう。それほどの力を持っていたからこそ、気に入った」

「そして、公爵の地位を……」

「有能な者には地位を。当たり前のことだ」


 国民には当たり前のことではないだろうか。

 けれどその『この世の当たり前』もこの王の前では些細なことに感じられ、ギリアンの人柄であればそうしてしまうのも無理ないように思えた。

 王はなぜこのような話を、レティーシャに教えるのだろう。


「他国の者故に、この国に根付かせるためにこの国の者との結婚を急かされている。口の聞き方に関しては私がそうさせているところもある。もったいないだろう。しかしギリアンは結婚を受け入れる気配はなく、元よりこの国にもしばらくだけいようとした者だ。出ていってもおかしくはない」

「…………」


 王の話を聞いて、数日前から頭の中から離れない、聞き返すこと、何か言うことも出来なかったギリアンの言葉がもっと分からなくなった。

 どうして。なぜ。

 レティーシャには、分からないことだらけだ。



 ――とても優しい人。顔が見たくて、でもどんな顔をして何を言えばいいのか分からないあの人は、実は他国の人



 *



 今日は、王からは例の話は出ず安堵した。

 部屋から退室すると、窓の外の明るさからして時刻は夕刻に差し掛かるくらい。水色の空に、うっすらとした橙色の光がかかってゆくところだ。


(……とりあえず、部屋に……)


 思考がぼんやりしているのはここ数日常のことだが、動かせるだけ動かして、考える。このままではいけないと思うから。

 首飾りの魔法石を指で撫でていても、温度の移らない石はいくら経っても変わらない温度を伝えてくる。冷たい。


 ギリアンが帰ってきたら、話をしよう。

 色々、色々だ。

 だからギリアンが帰ってくるまでに、どうにかこのぼんやりした頭の状態をどうにかして、話すことも決めよう。そうだ、家族のこともレティーシャは手がかりを見つけたから、そこから自分でどうにか出来るかもしれない。何から何までしてもらう状況を脱却したら、したら……。


「レティーシャ」


 耳に届いた自分の名前を呼ぶ声は、全く知らないものだとは言えなかったけれど、呼び方からして彼のものではない。

 反応遅く足を止めて、落としていた視線を前に向けると名前を呼んだ人物はいた。しかし見慣れない笑顔だったため、誰だかは一時分からなかった。


「……伯父様……」


 伯父が立っていた。

 前回互いに思わぬところで会った形とは異なり、伯父である男性はレティーシャの前からレティーシャに向かって歩み寄ってくる。用があると見て、間違いはない。


「レティーシャ、探していたぞ」

「伯父様が私を、ですか?」


 戸惑う。一番の戸惑いは、近づき立ち止まったことで良く見える伯父の顔にある。


(こんなに笑顔を向けられたこと、あったかしら……?)


 記憶の限りでは一度もない。それこそ幼い頃から、たったさっきまでの記憶の中では仏頂面等、とにかくレティーシャを疎み邪魔者だと隠さない険しい表情の類いのみしか見たことがない。

 その伯父が、レティーシャに笑いかけて話しかけている。

 声も、表情と同じく変わり果てており、どうりでなおさら分からないはずだ。まるで刺を抜き、撫で付けたような声音。なぜか、嫌悪に満ちた前までの声には感じなかった気味の悪さがざらざらと鼓膜を擦って、顔をしかめそうになる。


「ああ、お前に話があるのだ。レティーシャ」

「どのような、お話でしょう」


 レティーシャは固さが隠しきれない声で、詳細を尋ねた。


「話は場所を移してしよう。大事な話だ、こんな廊下でなくともいいだろう」


 廊下の先へ促されてレティーシャは迷ったが、やがて首飾りをぎゅっと握り同意した。側でベスがこちらの様子を窺っているので、微かに大丈夫だと示しておく。大丈夫。

 伯父は頷き、こっちだと歩いていく後に、伯父の後ろについていた者と挟まれてレティーシャもついていく。


 心の中は、もちろん不安だらけだ。

 この伯父からの話と言えば、話と言えぬ一方的な罵声のごとき大声での家の恥、無能、平民の分際で――つまりは出ていけといった内容。同じようなものしか記憶にない。それでレティーシャは自らの価値というものを知り、世の中の見方を知るきっかけともなっていたのだ。


 何を言われるのか想像に難くないはずが、表情があるために予想がつかないと思わせられる部分もある。

 この笑顔は本当に何なのだろう。場所が城だから、他の目を気にして取り繕っているのだろうか。

 それにしては解せない部分が残る。多くはないとはいえ、人が行き交う廊下で堂々とレティーシャに呼びかけたこと。前はヴァネッサが来て、関係があると少しも思われたくないとの気持ちが表れた言葉を言い残して逃げるように去っていったのに……。


 着いた部屋は伯父が個人的に使うことを許されている部屋なのかどうかはさておき、来るまでには人とすれ違いもした。


「中は二人だけでと」


 部屋の中に入るレティーシャに対し、ドアの前に立ちはだかる者にベスは止められた。


「私は、あなたに指図される覚えはありませんが」

「ベス、大丈夫です」


 レティーシャは笑顔のままで伯父のお付きの者に迫るベスを止める。


「話をするだけなので、待っていてください」

「……分かりました。すぐ外で、待っております。何かあればすぐにお呼び下さい」


 すぐ外で、を強調したと分かる彼女に安心感を覚え、レティーシャは頷いて一人、部屋の中に入っていった。中に入ると、伯父のお付きの者が背後で外からドアを閉めた音がした。


「伯父様、お話とは何でしょう」


 先に入った伯父の背中に向かって早々と問いかけた。

 なぜ城にいる。出来るだけ早くに去り、そのまま平民となれなどと言われることを予想していた上での問いかけ。

 だが――振り向いた伯父は、笑顔のままだった。


「レティーシャ、お前を私の養女にしよう」

「……養女……?」


 レティーシャは言われた言葉を聞こえたままに口に出した。少々、意味が分からなかった。養女とは、咄嗟に出てきた意味で合っているのか。

 対する伯父は、大きく頷く。今までの記憶、何もかもを忘れて見ると、良い伯父そのものの様子。


「こうして表に出てきたことだ。すぐにでも手続きをして、お前が生まれなかったことにされていたことは無かったことにしなければならない。私なら、お前の出生は上手くごまかしてあげられる。私の養女となりなさい」


 見慣れない笑顔をした伯父の言葉に、レティーシャは今日一番戸惑った。








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