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落ち着く一時





 部屋をノックされて、入ってきたのが城の見知らぬ召し使いではなくてレティーシャは少しの間何度も瞬きした。あれ? ここは、ギリアンの邸だっただろうか。


「……ベス、ですよね?」

「はい、レティーシャ様」


 見慣れてきていた顔と姿のベスがおり、レティーシャは一瞬ギリアンの邸に戻ってきたのかと錯覚した。それほどに、にっこりと笑う彼女と彼女の兄弟はギリアンの邸になくてはならない存在という印象であったから。

 しかし思わず確認した部屋は、少しも慣れていない部屋。


「陛下のお言葉により、ギリアン様もレティーシャ様もお帰りになれないとのこと。しかしこちらから来てはいけないとは言われていませんので、身の回りをお整えしなければと参上致しました」


 と、言われて視線を戻すとベスの後ろには綺麗にかけられたドレスが並んでいるのが見える。


「それは……ありがとうございます、ベス」


 何だかレティーシャの常識の外を行くもので、ここまで来てしてくれるのかと何と言っていいのかちょっと迷った。ひとまず部屋の中に通すと、ベスは持参した衣服類を手際よく片付けていく。


「慣れない場所で体調などお変わりないでしょうか?」

「はい。ありがとうございます」


 少し歩けば知らない人にしか会わないものだから、付き合いは浅いとはいえベスの言葉にレティーシャは微笑んだ。


「あ、ノアも来ているのでしょうか?」

「はい。ノアはギリアン様に頼まれたものがあるのでギリアン様の元に行っております」


 そこでベスと部屋の外に出てみると、ギリアンの部屋からちょうどギリアンとノアが出てきた。ノアは、ギリアンの後ろで軽く礼をした。


「レティー、部屋にいたんだな。良かった。城で何か不足することはないだろうが、二人に来てもらったところだった」

「そうだったのですね」

「邸と同じように俺がいない内に何かあれば二人に言うといい。城の召し使いに言うよりも言いやすいだろう」


 当たり前のようにつけられた城の召し使いはもちろん見知らぬ人であり、どこか視線に落ち着かないところもあったので、それを見抜かれたような気がした。わずかに日数が勝っているせいもあり、ノアやベスの人柄も分かっていただけあって、ベスを見て少しほっとしていた部分があったのだ。


「俺は会議に行く。ノア、ベス、ここは俺の邸ではない。城のやり方に従うように」

「承知致しました」


 言い置き仕事へ向かったギリアンを双子はお辞儀で見送った。

 ギリアンの姿が見えなくなり、廊下にいたままということで部屋の中へ促されたレティーシャはノアを呼び止めた。


「あの、ノア」

「はい」

「出来る限り早く戻ると言ったのにすみません」


 次会ったときに謝らなければと思っていた。

 王に城に連れて行かれるとき、出来るだけすぐに戻ると言ったきり、結局城にいることになってしまった。そもそも戻る自分一人では手段も思い付かなかったことを思えば、出来ない約束をした。

 レティーシャが謝ると、ノアは「いいえ」と言う。


「あの時の選択肢には最終的には『行く』以外ないとは承知の上でした。レティーシャ様がお謝りになる必要はないことです」

「そうです。陛下が悪いのです」


 ベスも同意の声をあげ、ぼそりと呟く。


「横入りなんて趣味の悪い……」

「ベス」

「すみませんノア、つい」


 双子は何やら彼らだけの短いやり取りを行い、改めてレティーシャに向き直った。


「今の状況はレティーシャ様によって作られたのではなく、陛下によるものですから」


 だから謝る必要は少しもないのだと彼は言った。

 邸の方は大丈夫なのかと聞くと、ギリアンもレティーシャもこちらにいるので、やることはなくなるのだと言う。


「私達の最優先事項は仕える主の身の回りのことです」


 邸の維持のための雑事は、ギリアンが城に来るのに毎日していたように魔法道具で一日一度程度邸に戻り、行う予定であるとか。


 二人が来たことによってさらにだが、城に滞在することになっても、レティーシャの生活の流れはギリアンの邸にいたときと大して変わらない。ギリアンと食事を摂り、魔法石へ魔力を込める試みや魔法の制御の練習もしている。

 ただ一つ若干変わったのは、日中のギリアンが仕事をしているときに何をするかだ。

 ギリアンの邸にいたときは最近は図書室を借りていたが、城となると他の人もいるだろうから気が引ける。

 ギリアンは先回りして、彼の名前で入れるように証となる書類まで用意してくれたのだけれど、レティーシャは様々な人とすれ違う城の中を歩くこと自体控えるように努めていた。慣れていなくて、俯いていなければならないような気もしてしまうから、歩く必要性もないのであれば部屋からなるべく出ないことを選択したのだ。


 何もしないのに何人もいてもらうことが申し訳なかった城の召し使いたちは、やんわりとベスが必要なとき以外は部屋にいないようにしてくれた。何やら何まで、ギリアンの邸から城に移っても頭が下がる思いだ。

 それにしてもベスは邸と変わらぬ動きを見せていた。レティーシャの手元にベルを置いて、何かあれば鳴らしてくださいとレティーシャが一人で落ち着く時間も作ってくれていた。時々彼女の姿が見えるのは、城という場所でギリアンがいない間、ほっとさせられる。


 静けさが満ち続けていた頃、ふっと手元が明るくなった。レティーシャが顔を上げると、灯りを一つレティーシャの近くに置いてくれたベスがいた。


「手元は見え難くなってきましたから」

「ありがとうございます」


 いつの間にか、日が暮れる時刻。部屋に数冊置かれていた本のうち一冊を読んでいるうちに時間が経っていたようだ。一番分厚いものを選んだ本も最終頁へとさしかかりつつある。体を動かすと随分同じ姿勢でいた証拠に少し固く感じたものの、すぐに違和感はなくなった。


「ギリアン様はお戻りですか?」

「いいえ、まだ部屋にはお戻りになっておられません」


 部屋に戻っていない。城にいることになったときに部屋を出ることが多くなるかもしれないと言っていたから、その通りになっているのだが、この時刻でとなると邸に帰ってきていた時刻も過ぎそうだ。


 結局、ギリアンが居住区域に戻ったのはそれからしばらく経ってからだった。


「すまないレティー、遅くなってしまった」

「お帰りなさいませ、ギリアン様。……私は良いのです。それよりお疲れではないでしょうか?」


 同じ城の中なのでお帰りなさいが正解かは気にせず、やって来たギリアンはいつもより押したような仕事が終わったばかり。日課となるレティーシャの魔力と魔法の制御の練習に来てくれたのではあるが、いつにも増して彼に付き合わせるのは悪い気がする。


「会議ばかりで、時間に対してそれほど疲れてはいない」


 椅子に座ったギリアンは微笑む。


「今日はずっと部屋に?」

「はい。部屋にあった本を読んでいました」

「そうか。何か困ったことはなかったか?」

「ありませんでした」


 今日は一日、それこそギリアンやベス、ノア以外には会わなかった。


「そうか。それなら良かった」


 気のせいか、ギリアンにほっとしたような表情が混じった。


「城にいるのは陛下が満足するまでだが、少しして兆しがないようであれば許しをもらって来る。それに――」


 ギリアンは途中で口を閉じ、「そうだな」と一言挟んでから続ける。


「それより城に来てから立て込んでいて、邸にいたときよりもレティーとこうしている時間が短くなった気がするから、俺はそれが気がかりであり不満になるか」


 気がかりで、不満?


「俺は、君とこうしている時間がとても落ち着くから。……陛下がこのままいてくれればいいが」


 レティーシャの方こそ王に城に連れて来られて戯れに巻き込まれたり城にいることになったりしても、ギリアンの手にかかれば、落ち着く空間になるのだと思った。

 さあ始めようか、と彼の眼差しの中行う夕刻日課は、その後の夕食とお茶の時間に至るまで、まるでギリアンの邸に戻ったかのような穏やかな一時だった。




 *



 しかしギリアンと過ごす変わらない流れや、ベスやノアによってさらに前と遜色のない環境がほとんど整えられていようとも、ここは城である。ギリアンの邸で起こらないようなことは突然に、簡単にやって来る。

 やはり今日もレティーシャは部屋に籠る。

 一人本を開きながら、城の図書室は一度は見てみたいかもしれないと考えていた。一番人のいない道なんてあるだろうか。何にせよ図書室は関係なく部屋を出てみなければならない。まだ城にいる内に――と思考の端で考えていたから、籠る部屋の扉が急に開いて飛び上がりそうなほどびっくりした。

 まず入り方としてベスではない。彼女は音もなく入ってくるし、ノックもある。

 呼ばない限り城の召し使いもいないことになっているので、完全に気を抜いていたところ一気に緊張して、レティーシャが見たのは――


「ここね」


 ヴァネッサである。赤い髪にすぐにレティーシャを見つけた気の強い瞳。

 昨日ここで会うとは思っていなかったベスと会ったときにはギリアンの邸に戻った錯覚に陥ったが、今もどこか別の場所に移動したのではないかと思ってしまった。何しろヴァネッサがレティーシャのところに来るはずがないと、無意識が判断してこの部屋から出ない限りはもう会わないと思っていたのだ。


「レティーシャ、いたわね」

「ヴァネッサ様――」


 座って呆けていたレティーシャは声をかけられて我に返り、直ぐ様立ち上がった。ほぼ直立不動だ。

 レティーシャが立ち上がったものの何を続けるべきか見当がつかないで、近づいてくるヴァネッサを見つめていると、ヴァネッサの後ろから一人――確かフェリックス――が入ってきた。


「ヴァネッサ様、時間時間。全体の会議は終わったとはいえ、次も会議あるんですから」

「分かってるわよ。まだ時間あるでしょう?」

「あと……十分はありますけど。時間ギリギリ行動はそろそろ止めましょうよ」

「そんなに時間が心配なら先に行っておいて」

「先に行ったらヴァネッサ様は遅れるでしょ」

「何よそれ」

「ああすみません決めつけるのは良くないです。――それで、ここに何しに来たんですか」


 早く用件済ませましょうよと言わんばかりのフェリックスは、どうもヴァネッサの用件を知らないらしい。

 婚約者と言い合いをしていたヴァネッサが、「そうよ、こんな問答している内に時間は過ぎてしまうのよ」と見たのはレティーシャの方。

 レティーシャは慣れていないにしろ、ここは城に与えられた部屋だったはずだと密かに確認してるところだった。もちろん、間違いはなかった。


「レティーシャ」

「は、はい」

「あなたに頼みがあってよ」


 王の妹の頼み事に心当たりはない。疑問と戸惑いはますます深まるばかりであった。









すみません、何度か修正しました。


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