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再会





 王がギリアンとレティーシャに城にいるようにと命じた。それを受け、ギリアンには元々あるようだが、レティーシャにも城に部屋が与えられた。

 城の召し使いの一人に案内された部屋の中に入ると、見事な部屋だったのでレティーシャは目を丸くする。それはそうか、ここは城だ。相応しい部屋しかないだろう。


「しばらく城にいろとは……いなくともすぐに来られるのだから、陛下の嫌がらせだろう」


 ギリアンはため息をついた。珍しい。


「帰って心置きなくゆっくりしたい」


 王に命じられた仕事を終えたばかりの彼はどうにも疲れた様子。


「ギリアン様、遅くなりましたがお帰りなさいませ」

「――ただいま」


 二人となってギリアンの方を向いて言うと、彼は戻ってきてから見なかった微笑みを浮かべた。


「しかしレティーを見たときには驚いた。城にいるとは思わなかった」

「すみません……ギリアン様のお邸に陛下がいらっしゃり……」

「レティーを責めているわけではない。ただ、陛下がここまでするとは思わなかったという話だ」


 ギリアンは部屋の奥の方に目を逸らし、「予想外だった」とともすれば聞き取れない声で一言呟き、少し黙った。


「レティー」

「はい」

「抱き締めてもいいか」


 唐突に、そんなことを言う。レティーシャは不意を突かれて、ギリアンを見つめる。


「少しだけ」


 ギリアンは本気のようで、レティーシャは「抱きしめる」という言葉に最初は面食らったものの彼ならと思い、頷く。

 するとギリアンは一歩の距離を詰め、ゆっくりと両腕でもってレティーシャの体を囲い、本当に軽く包み込む。

 されて初めて、こんなに人の存在を感じる距離だったろうかとどきりとした。家族との抱擁と比べて、腕の力の優しさはそれほど変わらないのに、妙にその腕とすぐ側の体を意識してしまう。


「会わせたことには後悔していないが……」


 声も思ったより近くから響いたから、体が跳ねそうになった。


「どうやら陛下は本気らしい」

「何が、ですか?」

「うん」


 ギリアンは答えにならない答えを落とすのみだった。

 付き合いは、長くない。けれど彼がいつもと様子が微妙に異なることは分かって、レティーシャは心配になる。


「……堪らないな」


 と見えない位置で囁くように呟いたのを最後に、時間短くも彼は体を離した。


「お陰で元気が出た」


 顔が見えた彼は微笑み、「ありがとう」とレティーシャの頭を撫でた。

 頭を撫でられて、何もかもが溶かされていく気がした。今日、王を始めとしてヴァネッサやフェリックスと共にいたことに緊張していたのだろう。長く力の入っていた全てが宥められていく。


「邸を出る前に、ノアに出来るだけすぐに帰りますと言ったのですが……」

「連絡を入れるから心配いらない。しばらくは帰れなさそうだということも伝えよう」


 大丈夫だと、ギリアンは微笑んだ。

 約束は後々のことを考えてするべきだとレティーシャは実感した。そもそも一人で帰ることが出来る距離ではないのだから、帰る手段がなければ元も子もなかった。


「ギリアン様のお部屋はここから遠いのでしょうか?」

「いいや、近い。陛下はその辺りは配慮してくれたようだ。おいで、教えておこう」


 案内された部屋を出て、ギリアンが向かった部屋は確かに近かった。「どうぞ」と中に招かれる。


「ここ……」


 大きな姿見が壁にかけてあった。扉とは反対側の窓際ということで、距離感に覚えがあると考えてみると、ギリアンの邸から鏡を通って城に来たときの部屋ではないかと思い当たる。

 あのときは暗くて部屋の全容は見えなかった。


「この鏡を通って来ていたのですね」

「そう、実は一度レティーはここに来ていた。その鏡は移動魔法の入り口となっている。こうして固定しておくことで、余計な労力を使うことなく正確な位置に出られる」


 部屋の中には、廊下に出るもの以外に左右にも扉がある。ここで過ごすように言われるのだから、この部屋にはベッドがないことを考えるとどちらかが寝室の役割を果たす部屋に繋がっているのだろう。


「本当は仕事のための部屋は居住区画とは別の区画にあるが、俺はここで仕事もしているから大抵はここにいる。これからしばらくは、この部屋を出ることが多くなるかもしれないにしても、何かあればここに来てくれ」

「はい。……ギリアン様は、またお出かけになるのでしょうか?」


 領土の奪い合いの件で、出ていたようだから。領土の奪い合いが続いていることは知っていても、今まで身近には感じなかった。

 おそらくギリアンの地位が表す魔法能力の大きさを思えば、心配には及ばないのだろうけれど……。


 机の上に巻き取られていた紙が広がった。この国を中心として描かれた地図。最新のものだそうだ。


「今、この国が大規模に領土の奪い合いを行っているのは青の国だ。他にも白の国とも戦いは生じているが、青の国とのものを陛下は優先すると決めた」

「私が、ギリアン様とお会いした辺りですか?」

「そうだ。あの森も含めた広範囲を奪おうとしている。先王の時代の折に奪われた土地だそうだ。おそらく青の国は本格的にこの国に打って出て来ようとしてくるはずだ。それに対してどうしていくかをこれから話して、実際に実行していくことになる」


 陛下がすでに考えているだろう、とギリアンは付け加え、レティーシャに向き直る。


「俺が今回出ていたのは陛下がその場にいなくとも炎を放つため、魔法を運べるのが俺しかいなかったからに過ぎない。ほとんどの時はいざという時に備えているか、陛下が一気に片をつけると判断して出るように言われるときくらいだ。けれど俺や他の公爵が出ても不思議なことではないし、心配には及ばない。地位を高く与えられているのは、そのためと言えるからな」


 力ある者に地位を。国を守り、戦う者に地位を。

 こういうことなのだ。


「陛下が率いるこの国は強い。心配はない」


 だから自分はここにいるのだと、聞こえた。



 *



 翌日から、ギリアンは早速会議に呼ばれ、時折部屋を不在にした。

 昼間なので、元々彼は仕事の最中の時刻に当たる。これまでギリアンの邸にいて、仕事でない時間でしか会っていなかったから失念していた。

 それに青の国との件が加速していくようなので、余計に忙しいのかもしれない。

 疲労が見えていた彼だ。ノアやベスがいない分、今度こそ何か役に立てることがあればいい。

 会議からギリアンが帰ってくるまでにお茶を用意しようと、思い立ったときにはすでに時間は経っていたので部屋を出た。人に尋ねて案内してもらい、お茶を用意してもらいたいのだと言うと快く引き受けてくれ部屋に運ぶと言われたが、ここまで来ているので自分で運ぶことにした。

 お茶を慎重に運んで戻る頃に、思わぬ人と会った。


「お前は、まさか」


 お茶の入ったポットとティーカップを見つめて進んでいたレティーシャは、聞いた声の違和感に顔を上げた。


「……伯父様……?」


 声に聞き覚えかあったのは当然、父の兄、レティーシャの伯父が立っていたのだった。

 廊下の向こうから来たらしい姿を目にして、会うとは思わず、立ち尽くす。

 伯父がなぜここに。


「なぜ、ここに」


 それは相手も同様、もしくはより予想もしていなかったのだろう。伯父は酷く驚いた顔をして、半ば呆然と言葉を洩らしたきり、レティーシャを凝視している。


 なぜも何も、レティーシャと違い伯父は中位侯爵だという事実を思い起こす。毎年、一定の期間貴族が集まるときもあると言うが、今は違うはず。

 領土争いの件で城に来ているとすれば、父も呼ばれたりしているのだろうか。

 待っていることにしている、青の森に連れて行かれた件に関する不確かな情報が思考を埋め尽くす。同時に、元々この伯父が自分をよく思っていないことと、過去に浴びせられた言葉の数々を思い出して、この場から去るべきではないだろうかと思う。

 しかしとても突然のことで、頭の中で何を考えようとレティーシャの足はその場に凍りついて動けず、伯父の方も大きく目を見開いているばかりで、完全にこの場は硬直していた。


「あら、レティーシャじゃなくて?」


 場を時間の制止を溶かしたのは、通りの良い女性の声。続いてカツカツと音高く床を鳴らす靴音も。

 目立つ色のドレスを着たヴァネッサが現れたのは伯父も来た方向から。レティーシャよりも先に反応したのは伯父で、ヴァネッサを見た顔が驚きに染まって急いで体ごと向けたので、レティーシャには背しか見えなくなる。


「これは、ヴァネッサ様」

「あなたは誰? ああ、もしかしてレティーシャの父親かしら?」


 父親の髪色を継ぐレティーシャと、父の兄である伯父は似た髪の色をしている。歩み寄ってきたヴァネッサはお辞儀をした伯父に怪訝そうにした後、納得したように声を上げた。

 その言葉に伯父は見るからに全身を緊張させた。どのような顔をしているかは見えないが、伯父はレティーシャが血族にいると他人に知られれば恥になると常々言っていた人だ。


「いいえまさか――失礼致します」


 早口に言い、ヴァネッサに一礼するやそれ以上の追及を避け、レティーシャの横を通りすぎて逃げるように去っていった。


「何なの、あれ」


 ヴァネッサはうろんげに、不快そうな口ぶりで言った。

 伯父は、ヴァネッサという高貴な人に見られて相当焦っていたのだろう。そうでなければあんな風に不自然に去っていったりしない。

 結局、言葉を交わすことはなかったレティーシャはほっとしたような何か違和感を抱えたような心地のまま、遅れて見た伯父の消えた廊下の先に背を向け直した。


「ヴァネッサ様」


 呼びかけると、ヴァネッサはレティーシャを見てくれる。


「陛下の妃候補ではないことを誤解されたまま黙っていたこと、申し訳ありませんでした」


 あの場で謝る機会はなかった。嘘はついていなかったにしても、言わずに誤解を加速させたのだから謝る必要があると思っていた。

 まさか機会があるとは思っていなかったので、幸運だったと言える。


「ああ、そのこと?」


 何らかの形で責められると思っていたら、ヴァネッサはあっさりと「いいわよ」と謝罪を受け入れた。


「お兄様に従ったのでしょう。それにあながち間違いでもないようではあったわ」

「……え?」

「それが分かったからいいわ」


 レティーシャには「それ」が分からない。

 ともあれヴァネッサは軽く許してくれて、あまつさえ細い指でレティーシャの持つ茶器一式を差した。


「それ、重いでしょう。わたくしが移動させてあげるわ」

「え。い、いいえ大丈夫です。もうすぐそこでもあるので……ありがとうございます」


 やっぱりギリアンといいヴァネッサといい国の上位も上位の人々となると、手足を動かすと同じくらいの意識で魔法を使ってしまうのだろうか。

 レティーシャには一生分からない次元だろうなと思いつつ、ヴァネッサにはすぐそこと言ったが実はまだそこそこあった距離を歩いてギリアンの部屋を訪ねてみると、ギリアンは部屋に戻っていた。

 お茶を持ってきたことを伝えると、嬉しそうに微笑んでくれたから良かったと思えた。


「ギリアン様、先ほど、伯父に会いました」

「……伯父と言うと、レティーの父親方の伯父だろうか?」

「はい」


 一緒にと、椅子に座り包むカップの中にはお茶と共に揺れる顔が映る。


「何か話したか?」

「いいえ。私がお城にいるとは夢にも思わないでしょうから、とても驚いた顔をしていました。私からも何も言えない内にヴァネッサ様がいらっしゃり、伯父は去っていきました」

「そうか」


 ギリアンは思案している様子で、やがてお茶を飲んで「少し、考えなければならないな」と一言呟いた。









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