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勘違いはどこまでも





 赤い髪と橙の瞳、整った美人顔に似通うところが多々見られることと、王を「お兄様」と呼んでいることから、ヴァネッサは当然王の妹だった。


「本当、魔法を無効にするわ」


 手のひらに灯した魔法の炎をレティーシャに近づけるなどという、端から見ると危ない行為をした彼女は、感嘆の声をあげた。


「ねえ、見た? フェリックス」


 手のひらを握り込んで燃え盛る魔法の炎を消し、ヴァネッサは嬉々と隣を見る。


「いや、さすがに炎を近づけるのは止めた方がいいんじゃないかと思ったりもするんですけど」

「嫌ね、大事には至らせないわよ」

「分かってます。思ってましたけど、見るとこれは凄いですねって言いたかったんですよ。陛下やヴァネッサ様の炎と言えば、普通の魔法の炎とは別次元の代物。燃やそうと思えば骨の髄、魂まで燃やし尽くす魔法じゃないですか」


 ヴァネッサの横では凡庸な顔立ちに見えてしまう男性――フェリックスもまた僅かに目を見開いていた。


 王が少し前に部屋を出ていったことで、現在レティーシャはヴァネッサとフェリックスと共にいる。ギリアンの邸に戻ってもいいかとは聞けなかった。

 その前に、そういえば邸に戻るにはどうすればいいのだろう。近づけられる炎にびくびくしていたレティーシャは、揺らめく赤がなくなり一安心のはずが、悩む。


「これはどう?」


 今度は目の前に中身は空っぽのカップが浮いてレティーシャは一応触れるが、浮いたまま。


「あら、これは効かないの?」

「陛下が無意識にって言ってましたよ。それって本人がコントロール出来ていないってことですよね。どれにでも毎回効くってわけじゃないんじゃないですか?」

「なるほどね」


 レティーシャがギリアンに聞いた話を言わずとも、遠からずの推測をしてみせた二人は自分たちで解決した。

 カップはレティーシャから離されて机の方へ戻りはじめる。が、浮いて机の上に移動しかけたカップは机に強く当たって、割れた。薄い繊細な作りだったから、あっという間の崩壊であった。


「うわ、ちょっと、ヴァネッサ様がさつー」

「がさ……婚約者だからって許さないわよ」

「事実じゃないですか。……もう」


 仕方ないという風にフェリックスがしゃがみこみ、割れたカップに両手を翳すとカップに流れた時間が巻き戻ったように散らばる破片が集まり、合わさり、ヒビも消えていった。

 さして特別なことをした様子ではないフェリックスは、カップを机の上に置いて、会話を続ける。


「おれは壊れ物直し専門じゃないんですから」

「魔法を無効化にするって、魔法戦争に加われば結構いい線行くのじゃないかしら」

「無視しないでくれます? ……今の状態じゃどの程度の防御になるか分からないでしょ」

「そうね……ってそうじゃないわ! お兄様が結婚をしてくれる気になった子に危ないことをさせるのは絶対駄目よ」

「自分から言い出したくせに……。というより陛下がしそうじゃないですか。お妃様とか関係無しに、格好の盾になるとか言って戦場に連れ出しそう……」

「フェリックス」


 ヴァネッサがフェリックスを睨むと、心なしか空気の温度が上がった。


「失礼」


 すかさずフェリックスが言い過ぎを詫びる。


「お兄様がそんな戦い方なさると思うのかしら?」

「そこか」


 王の妹で、前の王が存命であった頃は王女であったヴァネッサに対してかなり親しげな様子のフェリックス。どうも二人は婚約者同士のようであった。

 色々魔法を試されて時に戦々恐々しながらも、仲の良い二人のやり取りを見つめていたら、ちょうどレティーシャを見下ろしたヴァネッサとばっちり目が合う。

 位置関係はヴァネッサとレティーシャは座っているが、僅かにだけヴァネッサの目線の方が高い。レティーシャが堂々としていられていないからかもしれない。


「そういえば、名前は?」

「レティーシャ、です」

「名字は?」


 続けて問われて、口を開きかねた。

 言うまでもなく、名字はどこの家の者か示すものだ。しかし今、まだ何も解決していない状況でレティーシャが言っても良いものか。ギリアンにはお世話になると決まり、家の様子を探ってくれることになったときに言ったけれど……。かといってこのまま黙っているのは、非礼に当たる。

 ヴァネッサと目を合わせたまま考え込んだ時間はそれほど長くはなかった。


「……フレール、と申します」

「フレール……知っていて? フェリックス」

「いいえ。そもそもおれは他の貴族に興味ないですし」

「まあいいわ。それよりお兄様とは一体いつ会ったの? わたくしが知る限りでは上位貴族と普段会っていたことはあっても、もちろんあなたは見たことがないわ」


 またも困り所である。何しろまともにお会いしたのは昨日が初めてで、一日足りとも経っていない。


「お会いしたのは、昨日です」


 無念にも、王の戯れだと暴露する手だては封じられているので、正直に述べつつも「そして私は陛下の妃候補ではありません」という続きは言えない。


「まあ、昨日? お兄様ったら一目で気に入ったのかしら。一日であの様子なんて情熱的だわ」

(一日経っていません……。情熱的と仰せの距離は脅しの距離です……)


 一思いに言ってしまいたい。言えばどうなるか分からない。


「昨日って……。大丈夫ですかそれ。陛下の一方的な線濃いような気がしますよ。いやそれもまだ信じられていないんですけど」

「さっきわたくしより先に受け入れたのは誰?」

「とりあえず受け止めたところでやっぱり受け止め切れませんでした。夢じゃないですか、これ」

「あら、頬を張ってあげましょうか? 夢では痛くないと聞くわ」

「夢魔法で入った夢には痛覚もきちんとありますよ」


 嘘はついていないはず。だが、彼らの信じている様子を見ると、禁じられているとはいえ否定をしていない事実で罪悪感が増してくる。申し訳なさと、王の言葉に従って暴露しなくても、事実が明らかになったときにこの二方に睨まれるのではなかろうかという予感もひしひしとしてくるのでどうしたことか。


「最初は一方的でもいいでしょう。でもそうね……レティーシャ」

「はい」


 ため息をつきそうになって、良いタイミングと言うべきか、声をかけられてため息を吸い込んで返事した。

 見ると、ヴァネッサが満面の笑顔を咲かせている。


「お兄様は少し力がお強くて女性に怖がられてしまうのだけれど」


 少し?


「少し?」


 思った言葉が聞こえて、声にしたつもりはなかったため心臓が跳び跳ねた。ぼそりと口を挟んだのはフェリックスだった。


「うるさいわね。お兄様が気に入る子なんて貴重よ貴重。取り込まないと」

「逃がす気、ないですね」

「当たり前じゃない」


 馬鹿ね、と王の美しき妹は婚約者に向かって笑った。会話が丸聞こえです。



 その後もヴァネッサの話は続き、フェリックスは止める気配なく、王は戻って来ず、レティーシャはすっかり気疲れしていた。


「お兄様遅いわね」

「陛下だって執務がありますよ。おれたちも今日のところは失礼しませんか。寝たいです、おれ」

「体力つけなさいよ、フェリックス」

「いやいや、昨日夜遅くまでボードゲームに付き合わせたのはどこの誰ですか。陛下からの召集がかかってたっていうのに。おまけに朝っぱらから青の国の方にまで引っ張っていかれて」

「フェリックスだって何も言わずに付き合っていたじゃない」

「付き合わないとヴァネッサ様は寝ないじゃないですか」

「何よ」


 ヴァネッサが立ち上がり、二人が何やら他愛もない喧嘩をしはじめた。

 何度目かの放り出される展開に、レティーシャはぼんやりと彼らを見上げて流れを見守ることも止めて自分の手を見下ろした。意味もなく、指を交互に重ね合わせていく指遊び以下のことをする。


「大体ね――」

「痴話喧嘩をしているところ悪いが」

「――ギリアン」


 レティーシャは力なく垂れていた頭を弾かれたように持ち上げた。

 ヴァネッサとフェリックスが揃って扉の方に体を向けたので、二人の後ろ姿しか見えない。立ち上がろうにも、前に彼らがいるので断念せざるを得ない。


「お疲れ様、それと久しぶりね」

「今朝少し見た気がしたが、気のせいだろうか」

「いいえ。訂正するわ、今朝振りね。それより何かしら、わたくしたちの会話を邪魔してまでの用事?」

「すまない。大したことではない。ここに陛下がいると思って入ったのだが、陛下はどこだろう」

「お兄様は、隣の部屋くらいじゃないかしら? それよりギリアン、あなたが驚く情報があってよ」

「何だろう」

「お兄様に妃が見つかったわ」

「それは、興味深い話題だな。俺が今日の早朝陛下の元へ行った時にはそんな素振りはなかったと記憶している。本当であるなら喜ばしいことだ」


 レティーシャの気分は一気に暗くなった。まずい流れだ。

 この場から今すぐ消える方法はないだろうか。一つしか魔法が使えないこの身が残念だ。


「ほら、この子よ」


 前方が、急に開けた。心構えの出来ていなかったレティーシャは固まった。


「いや、ギリアン殿は知っているんじゃないですか? 彼女の魔法の推測はギリアン殿のだって陛下が言っていましたよ。ということは、おれたちより先に会ってるってことですよ」


 とか何とか、声は今までに増して耳と思考を通りすぎていく。

 ヴァネッサがいなくなった前、思ったより近くにいた人が長椅子に座るレティーシャを見つけて、黒紫の目を僅かに見開いた。

 ここにいるはずのないレティーシャがいたからだろう。


「ああ、とても驚いた」

「そうでしょう」

「……家で待っていてくれているはずの人がここにいることに」

「え?」


 仲の良い二人の反射的に聞き返す声が重なった。


「どういうこと?」

「……陛下の妃候補じゃないんですか?」


 とりあえずのところ、レティーシャはひしひしと感じる視線に自分は脅されていたのだと弁解したい。



 *



「お兄様、どういうこと!? レティーシャはギリアンが見つけて、ギリアンのところで預かられているって聞いたわよ!」


 ギリアンに連れて行かれた部屋から、先に室内に飛び込んだヴァネッサの声が洩れてきた。中では執務机の向こうに王が座り、その前にヴァネッサが身を乗り出し、フェリックスが斜め後ろにいる。


「何だ、もう終いか」


 元凶の王は、あっさりとつまらなさそうにも言った。


「全部嘘だったの?」


 ヴァネッサが駆け込んでいったときの勢いはどこへやら、呆気にとられた声で尋ねた。


「妃にしようかと思ったのは事実だ」

「えっ」

「陛下の戯れに振り回されるのは慣れっこですけど、今日のは信じようとしていただけに疲れました。もう信じません」


 フェリックスは耳を塞ぎ首を振った。

 そんな二人を横目にギリアンが進み出ると、彼に引き寄せられているレティーシャも前に進むことになる。王の視線が移る。


「陛下、言われた通り一掃してきた」

「ご苦労だったな」

「それはそうでもないからいいとして、レティーを遊びに使わないで欲しい」


 この部屋に来るまでの間から、今も険しい色を目に宿らせるギリアンがよりレティーシャを引き寄せて、王に強く言った。

 すると王は椅子の背にもたれかかり、ギリアンを見ること数秒。


「遊びではないとすれば如何する、ギリアン」


 変わらず、また読めない様子で問いかけた。








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