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ぼくはひとり  作者: 河合正人
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 岡本君のいじめを止めた昼休みから放課後まで、誰もぼくに声をかけてはこなかった。ぼくはいないそこにいない人になったみたいだった。ぼくと目を合わそうともしない。ぼくにとって一番仲がいい中島君は、教室を出る時にぼくをちらりと見て、それからすぐに出て行った。もしこれが親友だったなら、ぼくのそばにきてくれたのかな。中島君には他に一番の親友がいる。ぼくじゃない。宇野君っていう。幼稚園のころからずっと仲良しで家族ぐるみの付き合いだ。宇野君は別のクラスにいるから、中島君はぼくと一緒に帰ってくれる。中島君はぼくがいなくても平気だ。宇野君がいるんだから。ぼくのことを一番に思ってくれる人は誰もいない。

 ひとりだけの帰り道はとても静かで、どこからか聞こえてくるクラクションの音や車のエンジン音が、静かでもの悲しい世界にノックしてくれたけど、ドアを破ってはくれなかった。小さい子の叫びにちかいような笑い声が聞こえてくることもあった。とても楽しそうな声だった。ぼくにはもう出せないような声だった。両脇に家が立ち並ぶ。あいだに挟まれた道路をぼくは歩く。前にも後ろにも誰もいない。

 中島君の家の前を通りかかった時、家のドアが勢いよく開き、中島君が飛びだしてきた。つまさきで地面をとんとんと叩き、靴のズレを直す。そして、中島君がぼくに気づいた。

「あ」

 中島君はそう言った。思わず漏れたようだった。中島君は動きを止めた。目を伏せた。ぼくに声をかけない。ぼくはもう会ってはいけない人になったようだ。

昨日、ぼくは中島君と遊んだ。中島君のゲームを借りて、一緒にやった。楽しかった。やり方を教えてもらって、ボスを一緒に倒した。中島君は何度も負けるぼくをからかいながらも、最後まで応援してくれた。それももう終わったんだと、ぼくは思った。

 目をふせたまま、中島君はガレージの自転車に向かう。水色の自転車だ。ぼくの青い自転車と一緒にいろんなところに行った。冒険だといって、となりの市まで行ったこともあった。

小柄な中島君は大人サイズの自転車をうまくあやつりながら、家の敷地をこえた。そして、立ち止まった。ぼくの数メートル先に中島君はいる。ぱっちりした目を細めて、じっと地面をみつめている。口はきつく結ばれている。こんなに真剣な顔は見たことがなかった。いつもはどこか笑っているように軽くにやけた顔をしているのに。ぼくも動かなかった。動けなかった。中島君が口を開いた。「河合」ぼくは思わず聞き返した。「え」

「今から、宇野のとこに行ってくるから。宇野が新しく買ったゲームを一緒にやるんだ。あいつだけずるいよな。次々ゲームを買ってもらえて」

「あ、うん」

「じゃあな」

 中島君が地面を蹴った。タイヤが回る。中島君が離れていく。それから急に後ろを振り返った。

「またあしたな」

 そう言ってすぐに、前を向いた。自転車は勢いをつけて、消えていった。

ぼくは笑った。あったんだ。ぼくの知らないうちにそれはできていたんだ。ぼくと中島君とのつながりが。これまでの二人が紡いできたつながりだ。それは細くて今にも切れてしまうかもしれない。だって、ぼくなんか中島君にとっては、他にもいる友達のなかのひとりだから。だけど、まだ切れてなかった。ぼくは中島君にありがとうと言いたかった。ぼくはまだひとりじゃない。

 ぼくは歩き出した。ペダルをこぐ音も聞こえない。中島君と会ったことが嘘だったかのようにあたりが静かになる。黒く、ごつごつしたアスファルトがずっと続く。ぼくは止まった。

本当にぼくと中島君は友達のままなのかな?

地面に緑色の葉っぱが落ちていた。風が出て、カサカサと音を立てながら流れた。それもすぐに止まった。


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