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ぼくはひとり  作者: 河合正人
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 岡本君は5年2組のボスだ。岡本君に逆らえる人はいないし、先生だって気を使っている。触らぬ神に祟りなしで岡本君による被害が出ても目をつむり続けた。岡本君は意味もなく同級生の男子に死ねと言い、その上殴ったり蹴ったりして得意げに笑う。女子にも容赦がなくお前ブスだな、と言いもう何人も泣かせていた。こんなひどいことをしている時の岡本君は凶暴な目つきで人を馬鹿にしたようにニヤニヤしている。心から楽しんでいるんだ。悪魔がいるとしたら、きっとこんな顔をしているんだとぼくは思う。 岡本君には小学校にまで悪い噂の届くお兄ちゃんがいて、その人に鍛えられた岡本君に誰も立ち向かうことができなかった。だからといって岡本君が誰にでも攻撃して楽しんでいるわけではなくて、サッカーをやってる子とかかっこいい子には手をださなかった。なぜかわからないけどぼくもなにもされなかった。

 岡本君はかっこよかったから女子の一部からはモテていた。それにスポーツもよくできたし。桜田さんという女の子は熱狂的な岡本君のファンで、隙があれば岡本君と話そうとしているけど、岡本君は相手にしない。それでも桜田さんはあきらめない。

 岡本君には取り巻きが二人いた。森君と井上君だ。森君は明るく小柄なお調子者でよくいじられていた。先頭をきっていろんなことをさせられていた。井上君はサッカークラブに入り、岡本君以上にサッカーがうまかった。

 5年生の4月からゴールデンウィークが終わるくらいまでは、やられる子達は平等にやられて、ビクビクの日々を過ごしていた。なるべく、岡本君から離れようと図書室に逃げ込んだり、学校が終わると一目散で家に帰ったり。誰かがやられていると、自分には被害がこないからほっとする。たとえ仲のいい友達が蹴られたりしていても、そのあいだは知らない人のように、無関心になる。友達がやられているそばで、他の友達と仲良くする。見て見ぬ振りだ。そして、それが終わると何事もなかったかのように友達に戻る。みんな自分が大事だったんだ。

 そんな不安定な時期はやがて終わった。遅い春がきたみたいに、みんなの顔に希望が見られ、戦場だった教室は新しい芽が生える、心やすらぐ場所となった。放課後に教室に残り、おしゃべりをして、楽しい花を咲かせた。お昼休みに慌てて教室を出る必要がなくなって、給食により満たされたお腹と幸福感に心をほぐされながら、ゆったりと残り時間なにして遊ぶかの作戦会議ができるようになった。怯えることもなく、震えることもなくなった。みんなが幸せで、安心していられることの大切さをしり、テレビとかでよくいう平和についてはじめて体で実感してた。みんなが優しくなり、掃除なんかも率先してやるようになった。教室に貼られた「思いやりとやさしさ」というスローガンが実現されていた。誰も口には出さなかったけど、いつまでもこんな日々が続いてほしいなって心から願っていたはずだ。

 つまり吉田君ひとりがいじめられ続けて、他のみんなは安心、安全でいられる日々が続けばいいなって、みんなが望んでいたんだ。吉田君を生贄に差し出して、ぼくらは平和に暮らしていたんだ。

 みんな気がついていた。吉田君はかわった子だと。誰とも仲良くせず、喋ろうともしない。なにかで話さないといけない時も話すことはない。いつもひとりで、椅子に座ってじっとしている。休み時間はひとりでろうかの端から端までいったりきたり。授業中も黙っていて手をあげない。当てられたら答えるけど、敬語を使ってるし早口で不気味だ。みんなとはまるで違って、かなりへんてこだ。変だなって噂さされる以外は吉田君はクラスでも忘れられていた。岡本君も他の子をいじめるのに忙しくて、まだ吉田くんにかまっていなかった。友達がいなくてもそれが吉田君にとってはよかったんだ。たぶん吉田君は自分の心の中に閉じこもっていて、そこが一番心地よい場所なんだ。だけど、ずっとその場所にいるわけにはいかなかった。吉田君は無理やり引っ張り出された。そのきっかけは席替えだった。 


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