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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺人鬼の紅い瞳には、幾万人の臓物が映っている

作者: 佐藤 涼希


 男の太いモノ・・が、少年の体を貫いていく。


「んっ…………ふっ……」


 少年の口から、苦悶の声が溢れ落ちる。


 苦しげではあるが、何処か艶のある、そんな声音だった。


 男はそれを聞くと、少年の体を推し進めていたソレ・・を止め、心配そうに少年へと語りかけた。


「痛い?」


「んぅ……壊れちゃい、そう……です」


 瞼を力一杯閉じ、歯を食いしばりながら、少年はそう返した。


 その口端からは、次から次へと液体が溢れ出している。


 男の動きに、躊躇いがうまれる。


 これはお互い合意の上での行為だが、相手を苦しめるのは男の趣味ではない。


 片手で少年の頭を撫で、男は少年に提案する。


「別にこのままやる必要はないんじゃないか? 薬を使って痛覚を抑えてもいいし、もっと別のやり方でも構わない。自分はお前を苦しめたいわけじゃないんだ…………辛いなら、今すぐにでも中止して」


マサさん・・・・


 落ち着かないように視線を彼方此方へと向けていた男の名前を、少年が呼んだ。


 台詞を中断し、男は少年の瞳を見る。


 少年は熱っぽい吐息を漏らし、潤んだ眼差しを男へと向ける。


 男は妙な気分になるのを自覚し、視線を逸らした。


 そんな自分を誤魔化すように、口を開く。


「…………なんだ」


「ぼく、このままがいいです。確かに痛いですけど…………マサさんの事を、全身で感じられて……なんだか、んぁっ……嬉しいんです」


 頬を上気させ、珠の様な汗を流しながら、少年は心からの本音を伝える。


 その健気な姿に、男は心を打たれた。


 体に力を入れ、決心を固める。


「あっ……マサさんのが、ぼくの中で動いて…………んっ、ふぅ……」


「口を閉じてろ、一気にいくぞ」


「は、はい…………」


 男は少年を気遣いながら、太いソレ・・を一気に押し込んだ。


「っ…………かっ、はっ……」


 少年の体が仰け反り、ビクビクと痙攣を繰り返す。


 男はソレを眺めながら、自らを動かし、少年の中を探っていく。


「んあぁ! はぁっ、あぁ……あっ!」


 男のモノ・・が動く度に、少年は大きな矯正を上げる。


 そんな少年の艶姿に、男も次第に興奮を高め、額から汗を流す。


 そして、男は少年の中にあるソレ・・を確認すると、一気に迫る。


「はっ…………はっ、ま、マサ…………さん?」


 突然動きを止めた男に、少年は疑問の声を投げかけた。


 男は少年のソレ・・を手で繊細に扱いながら、確かめる様に数度、揉む様に握りしめた。


「あっ…………あっ、あっ……」


 男が手を動かす度に、少年は体を反応させ、鼓動に合わせて痙攣する。


 少年の様子を見て、男は確信した。


 これだ・・・、と。


「じゃあ…………いくぞ、ルル・・


 仰向けになっている少年の体を両足と片手で固定してから、男は少年の耳元へ顔を寄せ、名前を呼んだ。


 愛する相手の囁きを受け、少年の耳元から全身へ震えが伝達する。


 そして少年は両目を閉じると、一つ、頷いた。

 長い睫毛が揺れる。


 いよいよ、本番だった。



 男は、少年の胸元・・・・・突っ込んでいた・・・・・・・腕を、一気に抜き取る。


 その手には、血脈を浮き上がらせて鼓動を繰り返す、少年の心臓・・・・・があった。


「あああああああああっ!!」


 少年は絶叫を上げた。


 足をピンと伸ばし、体を弓なりに仰け反らせ、絞り出す様に喉を震わせる。


 無理やり肉を引き裂かれた胸元からは血が溢れ、その断面には骨をチラつかせている。


 少年の叫び声は、一分間ほど続いた。


 そして、全てを出し切った少年は、やがて体から力を抜き、その場にクタリと身を投げ出す。


 その瞳からは光が失われ、目の前にいる男の、返り血を浴びた姿を映していた。


 男は目の前の惨事を暫く眺めていたが、やがて目を閉じると、諦め混じりにため息を出す。


「はぁ…………またダメか」


 男の声を聞くものは、誰もいない。


 そう、死体となったこの少年を除いては、誰も。




「これから毎日、人を殺そう」


 初めて人の首を捻り落とした時、彼はそう呟いた。


 間田かんだ昌来まさくる、十七歳。


 高校最後の夏だった。



 昌来の家庭状況は、酷いものだった。


 小学生の時に、父親が勤めていた会社が倒産したのをキッカケに、彼は不幸に遭遇し続けた。


 まず、両親が離婚した。


 昌来は父親に引き取られ、その実家へと居を移した。


 祖父母達は彼らを優しく迎え入れた。


 父親も実家の家業を継ぎ、新しい職を得た。


 この頃はまだよかったと、昌来は思っている。


 新しく入った小学校で、昌来は虐めにあった。


 母親がいない事、父親の会社が倒産した事。


 それを何処からか聞きつけた子供達は、彼を容赦なく傷つけた。


 最初は、机に落書きをされただとか、物を隠されただとか、そんな事からだった。


 昌来は父に心配をかけまいと、その事をなんとか隠し通した。


 しかし、ただ耐えるだけだった昌来への虐めは、だんだんエスカレートし始める。


 殴る、蹴る、水をかける。


 直接的な暴力を上げていけばキリがないが、概ねそんな行為を、小さな体に受け続けた。


 この頃になってくると、父親も流石にそれに気がついてくる。


 息子の制止の声を振り切って、昌来の父親は学校へと抗議をした。


 しかし、それがいけなかった。


 昌来を虐めていた子供の中に、地元の名士の倅がいたのだ。


 圧力を受けた学校側は事実を隠蔽し、そして逆に昌来の実家への攻撃が始まった。


 横の繋がりが強い田舎において、村八分になった昌来の実家は、すぐに経営難になった。


 泣いて謝る昌来を、父親はただ抱きしめ、祖父母達は笑顔で慰めた。


 そして、その祖父母が死んだ。


 死因は事故死だったが、昌来は察していた。


 祖父母は自殺したのだと。


 沢山の保険金が、昌来達の元へ入ってきた。


 父親は何も言わなかったが、彼も察していたのだろう。


 実家の店を畳むと、昌来を連れ出して、別の場所へと引っ越した。




「なぁ、ルル。お前さ…………」


「? どうしたの、マサさん」


 服にこびりついた血を全て洗い流し、身を整え、男は手頃な切り株に腰を下ろしていた。


 自分が一度殺した相手を見ながら、昌来は……いや、マサ・・はため息をついた。


「ああいう声出すの、やめろよ」


「ああいうの…………って?」


 マサはルルから目を逸らした。


 ルルはその様子を不思議そうに眺めていたが、やがて思い至る事があったのか、納得の表情を浮かべる。


 そして、花の咲くような笑顔を見せると、マサに一歩近づき、その耳元で囁いた。


「もしかして、興奮しちゃいました?」


「はぁ…………」


 どこか嬉しそうなルルを見て、マサは再び、ため息を漏らす。


 ルルはそんなマサに抱きつくと、スリスリと体を擦り付け、マーキングするかのように絡み合う。


 マサは呆れたような顔をしつつも、なされるがままになる。


「嬉しいなぁ……マサさん、ぼくの体を使って、沢山沢山………た〜くさんっ、その欲望を発散させてくださいね?」


「だから、そういう言い方をやめろって…………」



 間田昌来は、連続殺人犯だ。


 犯行は初犯の日から一年間ほぼ毎日行われ、罪もない沢山の人々が、その魔の手によって散っていった。


 警察に捕まった時は一切の抵抗を行うことはなく、不気味なほど大人しく連行される。


 その複雑な家庭の状況や本人の供述から、精神的な疾患を認められたものの、死刑の判決が下り、執行された。


 死刑囚として少しの時間を過ごした昌来は、死刑執行部屋で首に縄をかけられ。


 そして、その命を終えた次の瞬間。


 彼は、異世界へと訪れていた。


 最初こそ驚いていた昌来は、やがて状況を飲み込むと、他の人間を探し求めて、歩き始めた。


 勿論、殺すためである。


 そしてその時出会ったのが、この少年。


 その名前を、ウリルルという。


 昌来は殺人衝動を持っている。


 とある条件を満たした相手を見つけると、どうしてもその命を奪いたくて歯止めが効かなくなるのだ。


 そして、ウリルルはその条件にピッタリ合致していた。


 昌来は森の中に一人でいたウリルルに疑問を抱くも、殆ど反射的に襲いかかり、その首を素手で捻りとった。


 異常なほどの腕力を使い、相手が痛みを自覚するよりも早く、頭部を取り外す。


 今までそうしてきたように、今回もそれで終わる。


 その筈だった。


「マサさん、本当にいけずなんだから。初めて会った時、僕のことをあんなにめちゃくちゃにして…………激しく求めてくれたのに」


「もう何も言わないぞ」


 ウリルルは死ななかった。


 いや、死んだ筈だったが、生き返ったのだ。



 この世界には、魔物というものが存在している。


 人が悲劇的な死を迎えた時、あるいは、強い未練を残して逝った時。


 その死体から魔物はうまれる。


 魔物に理性は存在しておらず、他の人間達を道連れにするかのように、生者へと襲いかかるのだ。


 魔物はその殆どが人間とは程遠い容姿をしているが、稀に人によく似た魔物が産まれることがある。


 それが、魔人。


 魔人は従来の魔物に無い、強力な力と知性を持ち、魔物よりも効率的に人の命を奪う。


 マサは後から聞いた話だったが、ウリルルはその魔人だったのだ。


 ウリルルの持つ特性は、『不死』。


 どれだけ痛めつけても、どれだけ暴力を与えても死ぬ事がないウリルルに、昌来は七日七晩の間、不眠不休で暴力を与え続けた。


 首をもぎ取る、脳を破壊する、四肢を奪って心臓を突き刺す、首をもぎ取る、近くにあった川へ頭を沈める、頭をかち割る、炎に焚べる、首を絞める、首をもぎ取る、首をもぎ取る、首をもぎ取る。


 その間、ウリルルは一切の抵抗をしなかった。


 そして、行為に夢中になっていた昌来は、やがて栄養不足でぶっ倒れた。


 そして、何を思ったのか。


 それまで暴虐の限りを受けていたウリルルは、昌来を保護し、人里まで連れ帰り、身分を与えたのだ。



 今の昌来は、マサを名乗っている。


 それは、元いた故郷で生きてきた間田昌来という存在とは、別の人間であると。


 そういう、意思表示のためだった。


 今の彼はB級冒険者にして、『ヒモ』のマサ。


 冒険者というのは、マサのいる国の職業の一種だ。


 マサの聞いた話では、国の貴族が戦力として魔物を討伐しているが、貴族そのものの数が少ないらしく、不足した戦力を賄うために、民間から志望者を募っているそうだ。


 その志望者が就く職業が、冒険者。


 冒険者は国から依頼を受け、その代わりに身分を保証され、報酬として金銭を受け取る。


 魔人である事を隠しているウリルルは、冒険者として国に潜んでいたらしく、マサのいた森に訪れたのも、魔物討伐の依頼を遂行するためだったのだ。


 ウリルルが後見人となって、マサは冒険者となった。



「で、この魔物は……どこが討伐認定の部位になるんだったか」


「マサさんは休んでいていいですよ? 僕がちゃんと処理しておきますから」


「あー? ……いや、そういう訳にもいかないだろ。俺も手伝うよ」


「もー! マサさんったら優しいんですから! じゃあそっちの「大鬼オーガ」をお願いしますね。認定部位は角です」


「分かった」


 マサは切り株から腰を上げると、辺りに散乱している魔物へと近づく。


 「大鬼オーガ」と呼ばれている魔物は、「魔物によって殺された被害者がなる魔物」だ。


 肉と骨がツギハギとなった、体長が三メートル程もある巨大な魔物。


 それは複数人の被害者の遺体が、溶け合い、くっつき、捻れあい、ミックスされて肉塊になって誕生する、グロテスクなオブジェ。


 正中線で真っ二つに裂かれている死体に近づいたマサは、躊躇いもなくその頭部を手で掴むと、側部から生えている骨を力任せに抜き取る。


 そして残りの死体を軽々と持ち上げると、一箇所へ集める。


 認定部位を取った後に、纏めて焼き払うためだ。


 魔物は、元々は人間の死体であったため、よほど追いつめられた者しか食さない。


 基本的に血の匂いしかしないため、素材としても適さない。


 しかし、人を襲う習性を持つため、討伐するしかない。


 金になるのは、認定部位のみである。


 だからこそ、こうして死体は全て焼却することになっているのだ。


 自分の倍ほどもある『大鬼オーガ』を持ち上げたマサに、ウリルルが話しかける。


「相変わらず、軽々持ち上げますよね。どれだけ力が強いんですか」


「お前も、その身体で散々味わっただろ」


「やだなーもう、それってセクハラですよ?」


「そういう意味ではない」


 マサが行った殺人は、全部で四百六十八件。


 その全てが、素手による犯行だ。


 元から力が強く、人体をも軽々と引き裂いていたマサの肉体は、異世界に来てからさらに強靭になった。


 あらゆる物を素手で裂く力と、疲れ知らずの体力。


 ウリルルと出会った時は空腹によって倒れたが、異世界で数ヶ月過ごした今では、その食事すら必要では無くなっていた。


 マサは自分の肉体がどうなっているのか、それには全く興味を持たなかった。


 ただ、人を殺すのに好都合だと、そう思っていた。




 昌来とその父親は、都心にほど近い場所へと引っ越していた。


 昌来は新しい小学校へと転校し、しかしそこでも虐めにあった。


 今度は、田舎から出て来たことを弄られたのだ。


 昌来の父親は新しい職業に就き、新生活を始めている。


 心配をかけるわけには、いかなかった。


 だからこそ、昌来は耐え続けた。


 今度は父親に悟られないよう、殴られた時にも怪我をしない受け身の取り方を覚え、物を壊されても新しいものを小遣いで買った。


 祖父母の保険金のおかげで、金に余裕はあったのだ。


 そのお金を取られそうになったが、そこだけは流石に譲れなかった。


 昌来は現金を渡そうとはせず、代わりに暴力を受けることが増えた。


 そうなると、流石に父親に隠すのも、難しくなってくる。


 昌来の父親は息子が虐めを受けている事に気がついていたが、自分が原因ともいえる祖父母の死によってトラウマを刻まれていた彼は、それを息子に切り出すことが出来なかった。


 そして、そんな日々が永遠に続くかと思われた時、昌来に救いの手が差し伸べられる。


 昌来への虐めを止めたのは、彼と同じクラスの女の子だった。


 元から正義感の強かったその少女は、学年が変わり、昌来と同じクラスになった時に虐めを知り、それを止めようとしたのだ。


 だからこそ、次の虐めの対象は、その女の子だった。


 ある日学校へ登校した昌来は、自分を庇ってくれた女の子が、他のクラスメイトから虐めを受けている場面に遭遇したのだ。


 その時、昌来は。


 始めて人に、暴力を振るった。




「ま、マサ様、ウリルル様。こちらが達成報酬となります」


 目の前に積み重ねられた金貨を、マサは興味なさげに一瞥した。


 マサの視線は今、虚空へと向けられている。


 意識がまともであるかすら、怪しく見える。


 そんなマサの片手を握りながら、ウリルルは受付嬢へ笑顔を向け、マサの代わりに対応する。


「うん、ピッタリだね。ありがとう」


「い、いえ…………此方こそ。依頼の達成、心から感謝申し上げます」


 受付嬢は、どこかぎこちない笑みを浮かべ、偽りのない本心を口にする。


 彼女は接客に慣れていないわけではない。


 いつもは、輝くような笑顔を見せることで、荒くれ者も多い冒険者達から、絶大な支持を得ている。


 では、なぜ今はその笑顔を見せないのか。


 声が、震えているのか。


 それは、単純な一つの原因によるものだった。


 怖い・・から。


 目の前に立ち、何処か遠くを見ている。


 このマサという一人の冒険者が、堪らなく恐ろしいからだ。


「さ、マサさん。行こうか」


「分かったよ、ルル」


 報酬を受け取ったウリルルは、ぼうっとしているマサの手を引き、その場を去ろうとする。


 人が多いところでは、マサはこうなる。


 生来の気質か、それとも後天的に植え付けられたものか。


 マサはいつもこうして、何処か遠くを眺めていた。


 顔を殴られても、腹を蹴られても、それは変わらない。


 こうなった彼がまともに受け答えをするのは、この場ではウリルルのみ。


 そして、そんな二人組へと、近づく者がいた。



「よぉ、「ヒモ男」。坊ちゃんに養われての生活は楽か? 今日も随分と稼いだみたいじゃないか、えぇ? 俺もあやかりたいぜ」


 それは柄の悪い男だった。


 口調こそヘラヘラしているが、その顔は一切笑っておらず、憎々しげにマサを睨みつけている。


 受付嬢が顔を青くした。


 目の前で争いが起きるからではない。


 マサという「劇物」を刺激する、この無謀な男が死ぬ未来を、幻視したからだ。


 受付嬢は慌ててカウンターから飛び出し、マサ達の間へと入り込む。


「お、お客様。ギルド内での争い事は困ります!」


 受付嬢は体の震えを抑え、マサに絡みに行った男へ釘をさす。


 受付嬢は、背後から感じる気配が堪らなく恐ろしかった。


 こうして目を離している間に、危害を加えられるかもしれない。


 そう思うと、気をやってしまいそうだった。


 それでもこうして間に入ってきたのは、紛いなりにも冒険者である柄の悪い男の命を守るため。


 お願いだから、大人しく引いて欲しい。


 受付嬢はそう願いを込めて、目の前の男を見据えた。


 しかし、それは通じない。


 この柄の悪い男は、基本的にマサという男の事を舐めている。


 それは、マサがいつもA級冒険者であるウリルルと共に討伐依頼を受けているから。


 そして、マサがいつも手ぶらであり、戦闘の痕跡が見当たらないから。


 マサの隣にいるウリルルは、ギルドでも有名な冒険者だ。


 この世界では基本的に貴族しか扱えない魔術の才能を持ち、いつも一人で難易度の高い依頼を達成している。


 そんなウリルルが、一人の男を連れてきた。


 その男は無気力であり、いつもぼーっとしているのにも関わらず、なぜかウリルルに気に入られ、二人でパーティを組んでいる。


 そして、たった数ヶ月で依頼達成を繰り返し、C級である柄の悪い男を抜き去り、B級冒険者となった。


 つまり、この柄の悪い男は嫉妬しているのだ。


 実力者に何故か見出され、大して強そうでもないのに実績を重ね、自分を超えて行ったマサの事を。


 そしてその実績についても、殆どがウリルルに対する寄生によるものだと、男は判断していた。


 いや、この男だけではない。


 口には出さないが、位の低い冒険者達は殆どがそう思っている。


 いや、そう信じたがっているのだ。


 だって、そうじゃなければ、なんだというのだ。


 自分達のこれまでの頑張りを、アッサリと越えていったとでもいうのだろうか。


 実力で、素手で?


 そんなの、理不尽に過ぎるだろう。


 彼らはそう思い、マサを弱い者だと断定し、嘲笑した。


 「寄生男」「ヒモ」「男児趣味」。


 それが大半の冒険者からの、マサへの印象だ。


 だからこそ柄の悪い男はこうして、無謀にもマサへと絡んでいる。


 受付嬢はそんな男の内心を、とてもよく理解していた。


 そして、それを全力で否定していた。


 違うのだ、と。


 そもそも、寄生行為なんてものをギルドが許す筈がない。


 だからこそ、冒険者ギルドはマサという一個人の実力をしっかりと把握している。


 しかし、それを公表するわけにもいかない。


 冒険者の情報は国によって守られ、勝手に漏洩させる事を許されていない。


 それに、誰が信じるというのだろうか。


 この線の細い男が、素手で魔物を何体も虐殺しているという事を。


 男が何かを言おうと、口を開く。


 受付嬢は祈った。


 お願いだから、何も言わずに去ってくれと。


「ねぇ、ぼく達はもう帰りたいんだけど?」


 その場に、一人の声が響いた。


 ウリルルだ。


 彼はその女の子の様にすら見える綺麗な顔に不機嫌の色を乗せ、唇を尖らせている。


 受付嬢はこれ幸いとその言葉に乗っかり、マサとウリルルを押し出した。


「お疲れ様でした、またのご利用をお待ちしております!」


「あっ、待てよ! まだ話は--」


 背中を押され、マサとウリルルはギルドの外へと飛び出した。


 マサの手を柔らかく握っているウリルルは、マサへと顔を向け、声をかけた。


「じゃあ、行きましょう。マサくん・・


「うん、分かったよ。ルル」




 その後、昌来や少女が虐められる事は無くなった。


 その代わり、昌来は徹底的に避けられた。


 昌来が手を出した生徒は、全治一年と判断され、入院している。


 学校や相手側の保護者は、虐めの問題もあり、公にならないよう、昌来へと非難をすることはなかった。


 そんな昌来は、少女と共に過ごすのが日課となっていた。


 お互いに好意を持ちながら、彼らは中学生になり、そして高校生となった。


 昌来の父親は職場の女性と再婚し、新しい家庭で昌来は幸福を手に入れた。


 確かな幸せだった。


 一度失われ、もう二度と手に入らないと思っていた人との繋がり。


 昌来は確かにこの時、それを手に入れていたのだ。


 暴力を振るったことは、褒められたことではないかもしれない。


 しかし結果として昌来のその行動は、正解だったのだ。


「大抵のことは、暴力で解決する」


 偉大な人もそう言い残している。


 昌来は、そんな残酷で愚かしい事実を、なんとなく察し始めていたのだ。




 マサは一人で、夜の街をふらついていた。


 足取りは軽やか、というよりも不安定であり、まともな精神状態ではない事が一目で分かる。


 しかし、マサはあてもなく彷徨っているわけではない。


 一人の人間を探しているのだ。


 昼間の事だ。


 一目見て、体に電流が走った。


 一目惚れだった。


 だからこそ、こうして人々が寝静まった夜に宿を飛び出し、その相手を探しているのだ。


 ふらふらと、ふらふらと。


 熱に浮かされたように歩いていたマサは、その相手を視界に収めると、走り出した。


 周りには誰もいない。


 これから起きる凶行を止めるものは、誰も。


 彼は道端に寝転がっている相手を掴むと、そのまま一瞬で路地裏まで連れ込んだ。


「うっ…………えっ? 誰?」


 相手は、子供だった。


 ただの子供ではない、浮浪児だ。


 その浮浪児は虚ろな瞳をマサに向け、不思議そうな声で訪ねた。


 マサは熱のこもった吐息を吐き出しながら、言葉を絞り出す。


「今からお前を殺す」


「あっ…………」


 殺害予告を受けた浮浪児は、驚きの声を上げるも、逃げ出そうとはしなかった。


 マサは続ける。


「一目で分かった、お前は死にたがっている。クソみたいな運命や、理不尽な現実から逃げるために。でも、心から死にたいと思っていながらも、自分から死ぬ勇気を持てなかった。それがお前だ、それがお前という人生だ。だからこそ、俺がお前を殺す・・・・・・・。安心して死ねばいい、きっと死後は新しい運命がお前を待っている。痛みなど与えない、俺はお前を解放するのだ」


 目をカッと見開き、何処か遠くを見ながら語りかけてくるマサを見ながら、浮浪児は全てを受け入れた。


 その通りなのだ。


 死にたくて、死にたくて、それでも死ぬ勇気を出せなくて。


 自分から死んで、魔物へ変わってしまう事が怖くて、誰からも覚えてもらえず、ただ消えていくのが恐ろしくて。


 だから、浮浪児は今ここで生きていたのだ。


 大きな期待と小さな恐怖が、浮浪児の胸の中へ広がっていく。


「最後に、言い残す事はあるか? 俺は忘れない、お前という一人の人生を。その最後を」


「あっ…………」


「あ?」


「ありが…………とう。それと、さようなら」


「おやすみなさいだ、また会おう」


 浮浪児は既に、体の感覚が無くなっていた。


 それはマサが持つ、力の一つ。


 殺す相手に痛みを与えないための、優しくて非道な能力。


残酷なるザ・シュライン・オブ・殺戮神殿クルーエル・マーダー


 浮浪児は首を捻り落とされながらも、心底安心したような笑顔を見せていた。



 全てが終わった後に、マサは浮浪児を胸に抱きながら、涙を流した。


 一人の人生が終わり、それでも世界はこうして回り続ける。


 それが悲しくて、嬉しかったのだ。


「あ、マサさん…………また、やっちゃったんですね」


 マサの後ろから、声が掛けられた。


 マサが振り返ると、そこにはウリルルの姿があった。


 マサはハラハラと涙を流しながら、口を開く。


「俺は…………俺は解放してあげたかったんだ。こんなクソったれな人生から、理不尽な運命から……だから、だから殺したんだ。俺には分かるんだ! きっとこの人は死にたがっているんだと! 愛しいから! 忘れたくないから! だから俺が解放するんだ! 俺が…………僕が・・!」


 ウリルルは一瞬だけ、その紅顔に悲しそうな表情を浮かべた。


 分かっているのだ。


 マサという人間は、もうとっくに心が壊れているのだと。


 この男こそ、心から死にたがっているのだと。


 だからこそ、ウリルルはこの男の全てを受け入れている。


 殺人鬼、間田昌来が人を殺すのには、条件がある。


 それは、相手が心から「死にたい」と思っている事。


 間田昌来は、その「死にたい」と思っている相手を見抜く力を持っている。


 それは、彼自身の悲しい運命がそうさせたのだろう。


 死にたいと思っていたウリルルを、マサは一目で理解した。


 ウリルルは「不死」の魔人、ただの力任せでは殺す事ができない。


 しかしあの日、それでもマサはウリルルに約束したのだ。


 「俺が絶対に、お前を殺してみせる」と。


 だからこそ、ウリルルはこうしてマサと行動を共にし、彼を心から愛している。



「な、何やっているんだよ…………お前ら!」


 マサとウリルルの二人へ、怒鳴り声を上げるものがいた。


 ウリルルが声のした方を見ると、昼間にマサへ絡んできた柄の悪い男がいた。


 彼は夜中にふらつくマサの姿を目撃し、その後をつけてきていたのだ。


 それが何の為の行為なのかは、この男にしか知り得ない事だろう。


 そして、誰も永遠に知ることが出来なくなった事でもある。



 この世界では、人が悲劇的な死を迎えると、その死体が魔物へと変貌する。


 それは常識として、殺人そのものが忌避されているという事。


 柄の悪い男は、心底悪人というわけではない。


 目の前で起きた惨劇を糾弾するべく、口を開こうとして。



 柄の悪い男の体が、一瞬で燃え上がった。


「…………え?」


 悲鳴をあげる間も無く、その全身は灰となり、辺りに散っていく。



 魔物を産み出す事なく、人を殺す手段がある。


 それは相手が自らの死を知覚する前に、死体も残さず一瞬で殺すこと。


 魔術によって目撃者を殺した「魔人」は、マサへと振り返ると、その背中を抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫ですよ…………ぼくが、私が・・、マサくん・・を守ってあげますから」


 ウリルルは慈愛の笑顔を浮かべ、甘やかすようにマサへと愛を囁いた。





 別れを切り出したのは、少女の方からだった。


 昌来達は高校三年生になり、愛する二人は付き合い始めていた。


 昌来は狼狽した。


 それは、別れを告げられた事に対してではない。


 目の前の少女が、自殺する前の自分の祖父母と重なって見えたからだ。


 昌来は確信を持っていた。


 目の前の少女は、死にたがっていると。


 昌来は懸命に説得を繰り返した。


 何故か自分の心境を突き止められた少女は、涙を流しながら、何度も謝りながら、昌来へと事情を話した。


 少女は、暴漢に襲われていた。


 それも、数ヶ月前にだ。


 昌来は鈍感ではない。


 その意味を理解し、それでも受け入れようとした彼を、少女は突き放した。


 妊娠している、と。


 少女のその言葉に、昌来は目の前が真っ暗になった。


 それでも、昌来はそれでもなお、少女のことを愛し、抱きしめた。


 少女は涙を流しながら、何度も昌来へ謝罪していた。


 「マサくん、ごめんね」と。


 何時間、そうしていたか分からない。


 それでも、昌来は一生懸命だった。


 目の前のこの少女を死なせない為に、これからの人生を共に歩んで行くために。


 少女は最終的に、昌来の慰めの言葉を受け入れると、その日は昌来の家に泊まっていった。


 一晩かけて、昌来は彼女の体を抱き続けた。


 最後には少女も笑顔を見せ、これから先も生きて行くことを誓った。


 その翌日だった。


 昌来の元へ、彼女が事故死したという報せが入ったのは。




 マサが魔物を殺すのは、お金のためではない。


 そもそも、ウリルルはかなりの貯蓄があり、それを使ってマサを養う事を提案していた。


 しかし、マサはそれを断った。


 破綻者であるマサにとって大切なのは、自分の殺人欲求を満たすことのみ。


 ウリルルという殺しても死なない存在こそいるが、本来の目的は「殺人による解放」なのだ。


 マサは自分自身が手を止める事も、足を止める事も許してはいなかった。


 死は救いでなければならない。


 救いを求めている人は沢山いる。


 ならば、自分が生から解放してやらねば、誰が彼らを救えるというのだ。


 マサは心からそう信じ、その為に行動している。


 そして彼にとっては魔物こそが、救済対象としての、最たるものだった。


 マサにはすぐに分かった。


 魔物はその全てが、死を欲していると。


 悲惨な終わりを迎えて尚、この現実に留まっているのは、別の終わりを求めているからこそだと。


 それを訴えたいから、人を襲うのだと。


 決して道連れが欲しいだけではなく、生に固執しているわけではないのだと。



 だからマサは魔物を殺すのだ。


 愛おしく、切なく、悲しく、慈しむように。


 抱きしめるが如く、その両手で肉体を引き裂く。


 それがマサの生きる理由、戦う理由。



 だからこそ。


 その報せが届いた時、マサはウリルルの制止を振りほどいて、歩み出した。



『小国、陥落』


 王国に隣接している小さな国が、魔物によって全滅し、その国民全てが新たな魔物となって活動を始めていると。


 それは、長い事訪れていなかった「大規模魔物発生パンデミック」。


 マサは足を進めた。


 周囲の人間に「逃げ出した」と思われても、ウリルルに「無謀だ」と止められたとしても。


 紅い瞳を爛々と輝かせ、獰猛な笑顔を浮かべ。


 小国跡地へと、走り出した。



 だから、この結果は当然のものだったのだ。


 マサの胸元から、刃物が突き出していた。


 痛みは感じない。


 マサが後ろを振り返ると、そこには泣きながら凶器を突き刺した、ウリルルの姿があった。


「なんで、どうして? ぼくを殺してくれるんじゃなかったの? そのために、生き続けてくれるんじゃなかったの? 酷いよ、ぼくを置いていくなんて…………私を・・、一人にするなんて」


 涙を溢れさせ、ウリルルはそう言った。


 マサは口から血を吐き出しながらも、ハッキリとした声を返す。


「俺は死なない」


「死ぬよ、私が貴方を殺すから。名前も知らない誰かに貴方を取られるくらいなら、いっそ私が」




「----瑠々るる




 マサは自分の大切な人の名前を呼んだ。


 その言葉に含められた意味を理解して、ウリルルは目を見開く。


「気づいて…………た、の?」


「一目で分かったよ。瑠々、何年一緒にいたと思っているんだ」


「だって、今まで一度も…………そんな……」


「瑠々、俺は死なないよ。死ねないんだ、やらねばならない事があるから」


 マサは前のめりに倒れ伏した。


 ウリルルが刃物から手を離し、その背中に追いすがる。


「まって、いかないで! まだ話したいことが、だって、やっと、また会えたのに!」


 ウリルルの悲鳴を聞きながら、マサは意識が遠のいていくのを感じていた。


「…………っぁ」


「なに? なんて言ったの? ねぇ、応えてよ!」


 そして彼は、そこで二度目の死を迎えた。




 自分の恋人、瑠々が死んだことを知った昌来は、ずっと考えていた。


 彼女は、自ら死を選んだのか。


 それとも、本当に不幸な事故だったのかと。


 もし、自殺していたとするならば。


 自分がしてきた事は、一体なんだったのか。


 彼女が生まれてきた意味は、何処にあったというのか。


 昌来は考えた。


 考えて、考えて、考えて。


 そうして、一つの答えを見つけ出した。


「彼女は救われたかったんだ。辛い現実から、この悲惨な運命から。だから、彼女はそれでいいんだ。瑠々は…………ようやく解放されたんだ」


 昌来は知っていた。


 彼女の家は、苦しい生活を強いられていたことを。


 酒に呑まれた父親が、瑠々へ暴行を働いてことを。


 そして恐らく…………その父親が、瑠々を襲った事を。


 だからこそ絶望し、死を望んでいたのだと。


 彼女の遺体は、とてもじゃないが原型を残していなかった。


 あんな死に方を選ばせるくらいだったら、いっそ自分が。


 そう思いながら自分の部屋を出た昌来は、酒を飲んで泣きながら眠っている自分の父親を見つけた。


 新しく結婚した相手が、他の男を作り、家の貯蓄を盗んで何処かへ消えていったのだ。


 父親は昌来へ、何度も何度も謝罪していた。


 「ごめん、ごめん」と。


 涙も声も枯れ果てるまで、何度も。


 思えば、この男は不幸の連続だった。


 それでも一度も昌来へ暴力を振るう事なく、誠実に生き続けてきた。


 昌来はそんな父親の横顔に、祖父母の、そして彼女の顔が重なって見えていた。


 あぁ、そうだったのか。


 貴方も、死にたくて仕方がないのか。


 昌来は眠る父親に背後から近づくと、その頭を抱きかかえた。


 そして、一言だけ別れの挨拶を告げる。


「おやすみなさい……いい夢を」


 痛みを感じさせる間も無く、昌来はその頭を捻り取った。


 そして、彼は呟いたのだ。


 「これから毎日、人を殺そう」と。




 間田昌来は、いや、マサ・・は。


 とっくの昔から、ただの人間では無くなっていた。


 種族、吸命鬼ヴァンパイア


 人を殺した分だけ、命のストックを得る事ができる、擬似的な不死身の怪物。


 ウリルルという魔人を伴って、荒野に立っていた。


「下がっていろ」


「一人でやるつもりなの?」


 ウリルルの問いを無視して、マサは前を見ていた。



 王国と旧小国の国境付近に、彼らはいた。



 目の前には、魔物の大群。


 肉片だけでできた巨人、骨しかない兵士、体を持たぬ悪霊。


 他にも奇怪で不気味な化け物が何百、何千、何万と集い、行進している。


 マサは一歩も引く気がなかった。


 自分は殺人鬼。


 人々の命を奪い、不条理から解き放つ『解放者リベレイター』。


 なればこそ。



「全てが救済対象だ」



残酷なるザ・シュライン・オブ・殺戮神殿クルーエル・マーダー


 マサの足元から、世界が再構築されていく。


 地面は血肉の塊へと変わり、幾万もの臓物が彩りを与える。


 人間の骨格をつなげ合わせて作られた柱が乱立し、その頂に幾つもの生首が飾られる。


 その様は、まさしく地獄と呼ぶに相応しいだろう。


 それは時間とともに範囲を広げ、やがて荒野を飲み込み、魔物達を飲み込み、一つの空間を作り出す。



 これこそが、マサの全てを表す世界。


 彼が真に相手を想い、奪い続けてきた命の残留にして、その全ての魂を解放したことの象徴。


 そして、救われない魔物達を救うための場所。


 結界魔法、『残酷なるザ・シュライン・オブ・殺戮神殿クルーエル・マーダー』。


 一方的な殺戮が、幕を下ろした。





 ウリルル……雨竜うりゅう瑠々は、目の前の光景を眺めながら、過去へと思いを馳せていた。



 それは、自分がこの世界に生まれ落ちた時のこと。


 人生に絶望し、それでも新しい明日へ向かおうと決めた彼女は、突然の不幸によって命を奪われてしまった。


 愛する人と引き離された彼女は、気がつけばこの世界で赤子として生まれ変わっていた。


 前世でのトラウマが原因なのか、はたまたただの偶然か、今度は男の子として、家族のいない孤児として。



 そして、その前世の記憶は、彼女の心をへし折った。


 どれだけ前向きになったとしても、どれだけ不幸に耐えたとしても。


 その行き着く先がこんな結末ならば、一体自分は何のために産まれてきたのだろうか。


 そして、どうしてこの世界に生まれ落ちたのだろうか。


 ここには、彼がいないというのに。



 彼女は、いや、彼は。

 

 いつしか死ぬ事だけを考えて、生きるようになった。


 今死んだとして、また新しい人生が続くだけかもしれない。


 そんな人生に、こんな人生に、意味などあるのだろうか。


 死ねば全てが終わりで、死ななければ苦しいだけで。


 永遠に続く苦しみの果てに、一体何があるのだろうか。


 惰性で生きていた。


 才能があるから魔術を習い、金を稼ぐ力があるから冒険者となった。


 全てが滑稽だった。


 往生際悪く、死を認めず世界に残り続けている魔物が。


 そんな負け犬にいいようにされている人類が。


 そして、その中にいる自分自身が。


 可笑しくて可笑しくて、仕方がなかった。



 だから、あの日。


 何の因果か、この世界で昌来に出会った時。


 そして、自分の願望を見抜かれ、命を奪われそうになった時。


 初めてウリルルは、この人生に未練を持った。


 折角再会できたというのに。


 謝罪も、感謝も、そして出会えた喜びすら伝えていないというのに。


 こんな所で死ぬ訳にはいかない。


 また、昌来を一人で残して逝きたくない。


 そう思ったウリルルの願いは、届いてしまった。


 アレだけ滑稽だと見下していた、魔物になる事で。


 死にたくても死ねない体を、ウリルルは複雑な気持ちで受け入れた。



 だからこそ、こうしてウリルルはマサの隣に立っている。


 マサの結界魔法は、とっくに解除されている。


 それにも関わらず、ウリルル達の目の前の地面は、血肉で染まっていた。


 人々の成れの果て、それが魔物。


 その全てを素手で引き裂いたマサは、今や数万の命のストックを持て余していた。


 ウリルルはマサへと近づき、血まみれの片手に指を絡める。


 マサが自分の方を見るのを待ってから、ウリルルは言った。



ぼく・・がいつか、マサさん・・のことを解放してあげる。だからマサくん・・は、の事を、救ってね?」


「あぁ、分かってるよ」



 誰も居なくなった荒野を、二人は歩き出した。


 お互いを殺す手段を見つけるため。


 そして、二人が失った時間を埋めるために。


 一人で数万の魔物を倒した彼のことを、やがて世界は認識するだろう。


 そして、彼は後世でこう呼ばれることになる。


 「黒髪の英雄」の一人、『虐殺王キング・クルーエル』と。


 

 マサはウリルルの横顔を眺めた。


 支離滅裂な彼の頭では、他者の存在を正しく認識できること自体が、奇跡である。


 ウリルルに対して愛しさを感じながら、マサは前を向く。


 前を見て、歩き続ける。


 この果てのない人生を、その未来の結末を。



 殺人鬼の紅い瞳には、幾万人の臓物が映っている。

 この長い文章を読んでいただきありがとうございます。


 本文中には書いていないちょっとした小ネタで締めようと思います。


 間田かんだ→まだ→マーダー→殺人


 昌来→マサクル→虐殺


 感想、おまちしています。

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[良い点]  短編単体でも面白い。  男の娘? キャラだとしても気にならない。 [気になる点]  是非とも連載して欲しい。 [一言]  ファラオの方を読んで来ます。
[良い点] 狂愛さんと虐殺さんはやばい人だと思ってたけど、思ってたよりやばかった [一言] 序盤のウリルルの悪ふざけ、正体をわかった上で読むと可愛いですね
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