ハロウィン談義
「ハロウィンだね」
とある小さな喫茶店、俺と園部は月曜の昼間という一番人混みが少ない時間に落ち合うことになった。といっても約束をして一緒になった訳ではない。俺がこの喫茶店に入ると、まるで予測していたかのようにそこには園部がいるのだった。俺の姿を認めるなり「奇遇だねえ!」と言いながら手をあげるので無視もできない。
どうせその話になると思っていたがやはりそうなった。俺はホットコーヒー(元々コーヒーは熱いものである)を頼み、園部の隣にどっしり座った。今朝からずっと動きっぱなしの体がようやく癒えると思うと少しホッとするものである。
「あっそれ全然上手くないから、うん」
「地の文を読むな」
「それよりもハロウィンだよ、お菓子おくれよ」
「俺が持ってるとでも思ってんのか」
「くれないと悪戯するぞー」
にやにやしながら目の前に置いてあるホットケーキを食べる。今日の園部は変に機嫌がいいように見える。いつものように考え事に耽る訳でもないようだ。
話の間を縫うように店員が俺の目の前に先ほど頼んだホットコーヒーが置いていってくれた。謎のホット繋がりに既視感を覚える。
「ハロウィンも若者の間でホットな話題だよ」
「お前どうしてもハロウィンの話がしたいらしいな」
どうやら園部は今朝方、近所の子供達からお菓子をねだられたそうだ。園部は家からせんべい菓子を持ってきたが子供達からは大変不評だったらしい。
「醒井餅の美味さを知らないとはなんということか...」
「ハロウィンで和菓子出しても雰囲気壊すだけだろ」
ふと外見では目立たなかったこの喫茶店にもハロウィンのカボチャシールが所々に貼られているのに気づいた。世間は案外単純なものらしい。
「しかしな、ハロウィンで盛り上がるなんてここ最近しょう。私が子供の頃なんてハロウィンのハの字も知らなかったぞ」
「商業の波に乗ったんだろ。流行に乗りやすい若者が食いつくわけだ」
「...私たちも若者に入るよね?」
「今まで若者だと思ってたのか?」
思いっきり頰をつねられる。
不機嫌な顔になった園部はついには自分より歳下の若者をディスりだした。こういう面では決して大人になれてないと常々思う。
「そもそも若者がハロウィンで盛り上がってるっていうのも変な話なんだよ。本来は子供達が悪霊達にとり憑かれないように仮装するためのお祭りなのに」
「それを言うか」
「心斎橋に行くとさ、魔女とかドラキュラのコスプレしたカップル連中がわんさかいるんだけど、あれを見てどう思う。大の大人が何子供っぽい真似してるんだってなるよ」
「それは個人の自由だろ。その若者連中もお前みたいな奴に言われたくないだろうよ」
そもそも平日に駅前の喫茶店で優雅にお茶してる俺たちの様子は仕事サボってぶらぶらしてるダメ人間の見本だった。ダメ人間の言うことはどんだけ正論だろうと相手にしてはいけないのである。
「あんた自分自身で首を絞めてるよ」
「ああ、とても苦しい」
「ちょうどお昼時だし、大丈夫だろう。原稿待ってる時間潰しはこういうところで苦労するよ」
「全く苦労してなさそうな奴に言われたくない」
お昼時もそろそろ終わり、周りの客の数も減ってきた。俺が席を立とうとすると、園部が大きなため息をした。
「はあ、私もトリックオアトリートしたい」
「結局お前もハロウィンしたいんじゃねえか」
「もちろんだよ。だってお菓子がタダで手に入るんだからね」
「あくまで菓子目当てか」
園部はそのまま伸びをして立ち上がった。どうやら園部も出るらしい。同時に会計にいくのも気が引けたし、トイレに向かおうとする。
と、そんな俺を園部は呼び止めた。
「あんた、何か私にお菓子買ってきて」
「パシリはごめんだ」
「べちこ焼きがいいなぁ。帰ってからの楽しみに」
「和菓子通り越して未来の菓子になってないか、それ」
冗談だよと笑いながら、「じゃ、世間はハロウィンでも私たちはお仕事頑張りますか」と何気に寂しい一言を言って去って言った。
ハロウィン。若者が仮装して楽しむお祭り。
俺たちももう少し若ければ仮装して街を徘徊していただろうか。いや、想像できない。
「今日も平和だな」
少し肌寒くなった今日この頃、ハロウィンが颯爽と俺たちの何気ない日常を通り抜けて行く。