なんとかなるもんだ
暴走して爆走し失踪しました。
短編練習中。ストーリー展開が掴めず切り上げもわからずやたら長いですがお暇な時にどうぞ。
この世界は必ず一人に一つ『恩恵』が与えられる。
与えられる恩恵は個人の秘めた能力であり才能だ。
人により様々で『剣術』『魔術師』『裁縫』『鑑定』『商売』『料理』など必ず何かしら個々に贈られていた。
しかし過信してはいけない。
その恩恵は個人の一番秀でた能力が発揮されるであろう称号であるだけでそれだけが取り柄であり才能であると断言してはならない。
ましてや、この能力があるからと言って何もせず活かさないのは単なる宝の持ち腐れである。
逆に努力こそすれば恩恵がなくともそれに見合った地位は与えられるのだ。
例えるなら『剣術』『剣豪』の恩恵がなくても努力のみで国が持つ軍の総大将に平民が着任した事だろうか。
彼はただひたすら剣をふり続け家族を守り、民を守り、仲間を守り、王を守ったと言う。これは彼の努力の賜物だろう。
因みに彼の恩恵は『農業』だった。
恩恵は創成の神ギフトニアの細やかな贈り物。
何も持たぬ地上の生き物に小さな小さな神の力を授けたと伝えられている。
故に人々は創成の神であるギフトニア神を崇める。
弱き我らに慈悲を。
弱き我らに力を。
しかし世には恩恵とはほど遠い能力も存在した。
様々な恩恵の中になぜそんなものが?と疑いたくなるものだ。
それは俺が持つ恩恵が物語っている。
確かに様々だと言った。ああ言ったさ。
本当に色々なものが恩恵としてあるのだから様々としか言いようがない。
この世界に命を宿し埋もれずながら俺も神から授かったものがある。
間違ってもこれを恩恵などと言って「神様ありがとう!」などとは言わない。
この恩恵のおかげで俺は友達といえる気心が知れた付き合いがある奴は三人である。
幼い頃は家族とも家の侍女や侍従からも悩ましい距離に置かれた虚しい立場。
この悩ましい立場は俺がこのウィルヴォーグ侯爵家の嫡子で将来が不安定だったからだろう。
俺、ジェクス・ウィルヴォーグは侯爵嫡男であり『感情体臭』と言う非常に、世に稀の(不幸な)恩恵を授かった者である。
父は母を溺愛しているので愛人や浮気の影なし。おかげで妹が三人もいる。
そこそこ渋い顔で細マッチョな体格の『勤勉』を持つ父は宰相補佐として王宮で働き母への溺愛っぷりを轟かせ、童顔が悩みのスタイルがいい『語り手』の母は母で呼んだり呼ばれたりする茶会の席で絶対に父を語りのろけを広めて柔和な関係を作りそこから情報を仕入れ広げ網羅しているのだと言う。
今年二十となる息子としては、表向きにはまだまだ熱烈な愛を育むとっても恥ずかしい両親で裏は食えない人たちである。
家でもべったりな両親を見ているのでもう恥ずかしいを通り越して呆れているが家族の仲は良好なのだ。
それでも子どもの頃は「心なしか距離を置かれているな」、と感じ取ってしまったのは恩恵のせいだろう。
と言うかどう扱っていいのか本当に悩んだそうなのだ。
俺に与えられたそれは『感情体臭』と言う何を言っているのかよくわからない能力だ。
両親の『勤勉』や『語り手』、妹の『風魔術』『目利き』『貧血』とかなり俺の能力は変わり種とわかる。
一番下の妹も『貧血』とよくわからない恩恵で能力ではないだろう。体質も恩恵として与えられるらしい。厄介だよな。
対策をしなければ貧血の症状が出るため妹の外出は気を張らなくてはならない。
赤ん坊の頃は常にぐったりしていてそれはそれは両親を筆頭に家臣もひやひやしたものだ。
急な運動をさせると頭痛や吐き気がすぐに起こしほぼ倒れると思っていい。
今十歳となった妹は三食を無理にでもしっかり食べさせ血液を作る事に励んでいる。
このように親の能力が引き継がれるとかそれに沿った恩恵が与えられるわけではなく本当にランダムでそれを恩恵と言うのか?と問いただしたいものが山ほど存在するのだ。
聞いたところによれば友人の話では『大声』『空気』『擬態』『詐欺師』と言った感じのものもある。
この『詐欺師』を持つ人は早々に教会に預けられ監視下に置かれ立派に祈り神官として落ち着いたらしい。
因みに祈り神官とは創成神ギフトニアを称える本を読み上げ祈りを捧げると言う、教会の役人と言う意味。もはやそれしかやらせていないので洗脳だろうがあえてそれを口にしない。
彼はそれでも幸せであったのだから。清い心を持つ彼は人を欺く事をせず天寿を全うできてよかったと語られている。
――たまに思う。この恩恵の存在意義が微妙なところだ、と。
あってもなくてもぶっちゃけ本人の努力次第で能力の持ち味が変わるので強く主張するほどでもない。平民たちは。
残念なのは貴族で恩恵を尊重する崇拝者。とくにご老体と教会支援者たちだろう。
因みに俺の家は侯爵だが神への支援は他の貴族と同等の卑下されない程度の対処をしている。侯爵が出すまあまあな寄付と月一に参拝する決まりを守るぐらいだ。
特に俺のは群を抜いてとんでもなく厄介なので参拝に力を込めていない。誰とも変わらぬ作法で祈りと言うなの愚痴を捧げるだけだ。そうしないと『感情体臭』の能力が発揮してしまうから。
親もごく普通に参拝していたのだが神に崇拝している貴族には蔑むいい的だったのだろう。
俺の恩恵を聞いて実際に『感情体臭』の被害にあったらしい彼らは「そんな恩恵を手入れられたのは神を侮辱しているからだ」と我らウィルヴォーグ家を陥れようと楽しんでいる。
まあ全て返り討ちになっているが。
貴族の上下関係、交流関係を網羅しているので完璧主義者の宰相閣下のお気に入りは伊達じゃない。
今にしてみれば恩恵への拘りは一部を除いてそこまで深くないのだ。
数百年も前の愚王たちはこう語った。
『神から贈られる恩恵が全てではない。個人の道を示し与え幸福をもたらすものでもあるが、不幸をももたらすものもまた恩恵である』
昔、『繁栄』の恩恵を持つ王女がいた。これも体質だろう。
王女が生まれすくすくと美しく育つにつれ王女は欲しいものを求め臣下が尽くす事で新しい物が産み出され国は栄え他国からも素晴らしいと評判されたと聞く。
まさしく彼女から発せられた言葉を尽くせば能力により『繁栄』された事になる。
しかし王女が年頃の女性へと成長し全国土に広まるほどの美姫へと成人を迎えたその年に彼女を巡る国と国の争奪戦が余儀なくされた。
王女さえいればその恩恵(繁栄)にあやかれるからだ。
まあ長きに渡る戦争により王女が精神的に追い詰められ各国の王の前で自殺。
これによりどの国も戦果がなく荒れ果てた国だけが残り我に返った国王たちが新たな協定を結んだ、と。
これを教訓に恩恵の使い方を間違いないように制約を取り付け今に至る。
王女の恩恵は争いをも『繁栄』させたのだ。扱い一つで国から世界まで滅びかけたのだからそうならないように気を付けましよう、と。
本当に色々とあるんだよな。そう、色々。神からの贈り物は未だに解明されていない。
神のみぞ知るってやつだ。まあ、知りたくて教会がそういう人を募って教団が出来てしまったんだが。
使えない恩恵保持者は蔑ろに。使える恩恵は金を積んで囲う。
俺は前者で厄介者。
俺が持つその『感情体臭』と言う恩恵がどう言うものか……一言で言えば感情が体臭となって表れる、だ。なんの捻りもない。
因みに俺は体臭を嗅いでも常に『問題のない匂い』としか認識できない。
それが恩恵?なにそれ?と思う。俺も聞かされた時に「は?」と貴族では間抜けな聞き返しを何回もして両親を困らせた。
赤ん坊の頃はそれは大変だったらしい。子どもの気持ちを察する事ができるがなんとも耐え難いとも。
その能力というより体質のそれは俺が表す感情一つで体からそれに準ずる匂いを放っていたのだと言う。
つまり、だ。
赤ん坊の頃はすごく大変だったらしいと言うのは俺が放つ体臭により感情が分かり、だが耐え難いほど臭ったのだと。
何が言いたいのかと言うと、生まれたての赤ん坊の感情などほぼ決まっている。
母親から出てきた時の解放感。しかし出てきてしまったことで今まであった温まりがなくなってしまった不安。
この時は何も思わなかったらしいが、聞くところによるとなんとなく水が湿気った匂いがしていたような気がするとの事。
二十になって分かるがその匂いは間違いではない。
不安になるとジメジメした水の湿気った匂いがするらしい。友人のラグニードが言っていた。
かなり落ち込んでどうしようと悩んでいた時は下手したら水が腐って湿った匂いとも……
さらに成長する俺は色々な感情が目まぐるしく表す。
まだ何も出来ず両親の顔を覚え手や足をばたつかせたまに泣く時は怒りと悲しみ。
一人で不安になり悲しくなった時は水っぽい加齢臭。
下半身の不愉快や空腹時の怒りは焦げ臭いとの事。
教えられたのは五歳の時で、赤ん坊の時から加齢臭で臭かったと聞かされた時はさすがにショックで泣きそうだった。
加齢臭がどんな匂いなのかはその時はさすがに分からなかったが、とりあえず顔をしかめるほど臭いんだな、と言うのは子どもながら痛感した。
泣きそうになる俺におろおろと見せる両親。
その時にその加齢臭が匂ったらしく一瞬の強張る表情を見てしまった俺は涙が止まらなかったさ。
両親が思わず抱き締めるのを躊躇う匂い……
今なら言えるが子どもの時に知ってよかったと思う。大人なら泣かないさ。むしろ泣けない。
でも泣かないように我慢すると辛い――んだが匂いが先に放たれる。きっと臭いんだろうな……
侍女がまとめてくれた資料によるとマイナス思考に陥ると匂いが酷く、プラス思考になるといい匂いなのだそうだ。
喜んでいたり楽しんでいたりしているプラス思考の時は太陽や青葉。ハーブと言った自然界の匂い。かなり喜んだ時は花の匂いでとりあえずホッとするらしい。
拗ねて悲しんだり怒ったりすれば湿気と加齢臭に焦げた匂い。
混ざると大変危険な匂いだ。赤ん坊の頃はさらにもう一つ匂いが混じって当時のベテラン乳母は息を止めながら『器用』をいかし俺の下の処理を終わらせたり宥めていたりしていたらしい。
しかめたり詰まった表情を見せなかったのはそういう理由だったのか。そういえばただ黙って抱き締めたり背中を撫でてくれていたりしていたような気がする。ベテラン過ぎるな!
さて。これのどこが神が与えてくださる恩恵なのだろうか。呪いの間違いではないだろうかと疑いたい。
これのおかげで感情が匂いに出てしまうために俺の社交は大変、やりにくい。
宰相補佐の任を引き継がせようにも俺が感情を一つ動かせば相手にも仲間にも伝わってしまうので非常に扱いにくい。
貴族社会の中で胡散臭い人間と見下すのが好きな奴ががどれだけいると思っている。
相手の印象一つで交渉が左右されるのに俺の印象は匂いによりその場で決まるんだぞ。
感情一つで匂いが回りに伝わるから俺の思考はほぼ丸裸。常に“無”を貫けば無臭だが考えずに宰相の補佐が勤まるわけがない。
因みに思考に耽っている時の匂いは鉄を燻した渋い匂いとの事。思考のふけ具合によって渋さは変わるらしい。
ラグニードはとても素直な奴でたまに俺の心を抉る。
こうやって伝わっているんだから取り繕うだなんて馬鹿だ。
さらに言えば恩恵は貴族のステータス。能力で婚約を決める場合もある。
教会で調べてもらっているし、国にも恩恵の詳細を知らせてある。隠せるはずがない。
そんな俺も頑張ったんだけどな。婚約者であった三つ下のシュメーリア嬢は彼女が当時七歳の顔合わせとたった一回の会瀬で婚約解消。
俺の能力が緊張と不安で汗の湿っぽい匂いが漂い、七歳の彼女は素直に「我慢できない!」と叫んで泣かれた。
俺が泣きたい。
十二歳まで基本教育を受けていた俺の家庭教師であるサドール先生も俺の前では常に無表情だった。褒めて伸ばそうとする癖に笑わないのが不気味である。
サドール先生の教えがよかったのか勉強が好きな方だったからそこまで酷い匂いではないと思っていたのだが、どうやらサドール先生は匂いフェチらしくだらしない表情を見せないために無表情で取りつくっていたとの事だ。
「まるで森の中にいるようで心が穏やかになるんです」
ほぅ――とうっとりして俺を見つめてきた時はなぜか身の毛がよだった。道理で教える時の距離が近いはずだ。
侯爵なので母上の付き添いとし色々な方へ挨拶もした。緊張しないためにも威厳ある父上と家臣や護衛騎士にも手伝ってもらい汗の湿っぽい匂いを出さないように努力もした。
しかし大人は子どものように歯に衣を着せぬよう遠回しな言い方で俺を嘲笑う。
母上はそんな夫人たちをものともせず俺を笑わせ俺を中心に花の匂いを辺り一面に漂わせ強かに返り討ち。
ふふんと満足そうに笑う母上を俺はずっと尊敬している。もちろん父上も。
でもな。十三~十七の四年間は王都の学院に入らなければならず、自分の身は自分で守らなければならない。
ウィルヴォーグ家は俺が引き継ぐことは決まっているので文官を目指すのも騎士を目指すのもどちらでもいいと言ってくれた。
この『感情体臭』の制御がまだ不完全であるために父はそう言ってくれたのだろう。
妹たちはそれぞれ嫁ぐことが決まっているし家督を俺に譲るのも学院に入る頃に決まっていたが婚約者を決めかねているとも聞く。
『感情体臭』の制御が出来ないならば俺はどこに就かせるかも悩ましい故の処置だ。
腹の探り合いで分かっていても感情は動きそうだしこの国の訓練は厳しいと評判なので感情の制御も難しいだろう。
だから選べ、と。せめて自分で選んで幸せを掴めと。
親が匙を投げたとは言わない。むしろ両親には嫌わずに今までよく助けてくれたと思っているんだ。
これは俺が与えられたチャンス。
侯爵子息として一人で越えなければならない壁と言うことだろう。
しかし入学当日に挫折だ。すまん、父上。
噂が先行して俺はとっくの昔にハブられていました。
それでも耐えて一人授業、訓練、勉強に明け暮れて将来を模索する。おかげで集中が高まり無臭でいられましたよ。
ついでに学年首席はさすがに無理だが両方とも五位内なのでせめてで許してほしい。
それに一年すぎて俺にも友人ができたんだ。俺があまりにも一人で没頭していたため、噂と違い無臭でいたおかげか気になってくれた奴がいたんだ。
それがラグニード。オクビーン伯爵の子息。彼は気さくに俺に話しかけ噂を変えてくれた奴だ。
彼と一緒に行動するようになり俺は明るさを取り戻した。ラグニードは少し馬鹿だが母上に向けず劣らずの話術で盛り上げてくれる。楽しい。
この時の俺の放っていた匂いは年頃の令嬢が付けるような花の柔らかな匂いだったらしく、ラグニードに爆笑されたのはいい思い出だ。
ただ――通りすがりの気の強い令嬢が俺の匂いを嗅いで気に入り文通で匂いの在処を吐けと脅され時は思わず眉間を揉んだな。
もちろんご令嬢の家や人柄を調べ格下だと分かったので理由を説明てからこちらも脅迫としてお前の家に圧力をかけるぞ?とわざとウィルヴォーグ家の名を出して黙らせたが。
たぶん教会の続柄だったから使えない恩恵の俺に強気でいけると思ったのだろう。それと学院の方針で貴族と平民の平等を謳ったからか。
それとラグニードとつるんでから、だと思う。妙な視線を感じるようになったのは。
頭を使うより剣をふる方が好きだと言うラグニードに付き合って訓練をしていた時に遠くからふと視線を感じるようになった。
図書でラグニードに勉強を教えている時だって視線を感じる。
食堂でも、寮へ帰る道でも。しかしその年は犯人がまったく分からなかった。
学生生活三年目に突入する頃にはもう二人の友人ができた。
現宰相閣下のご子息、マーグニル・フラセーダ公爵と副騎士団長のご子息、チェバロス・エーデ伯爵だ。
二人とも一年を通してラグニードと俺を見て興味を持ったらしい。
元々、“匂い”が酷い理由で近寄らなかっただけで、この二年で単位を落とさない俺と酷い噂を持つ俺にやたら絡んでいるラグニードのペアが気になったそうだ。
彼らもまた通りすがりに俺の横を通ったらしく、噂の匂いと違う事に少し戸惑い噂に踊らされていたのかと自分に落胆した、と。
まあ噂は本当だからそこも踏まえて色々と話、仲良くなった。
「そもそも匂いだけで軽蔑していた僕らが馬鹿ですよね。『感情体臭』なんていかにも匂いが数種類ありそうな名前でやれ臭いだの気分が悪くなるだの。ジェクスが負の感情を抱くのは当たり前ではありませんか」
「だけどジェクスも笑えよな。お前無愛想すぎる。まあ先に遠巻きにしていたのは俺らだけど。否定もしないから信じちまったぜ」
「否定も何も親から言い含められているみたいだからな。覆すのは難しいし集中すると無でいられて体臭は無臭になるんだよ」
「え?なに。お前、そのうち暗殺とかするわけ?」
「無臭は恐ろしいですね。極められるかは別として」
「まあ、ジェクスだし。俺的には騎士になってくれたら嬉しいなー。いつでと打ち合えるし」
「ラグニードと打ち合うと終わらないから嫌だ」
こんな他愛ない会話をこれから毎日やっていく。俺も遠巻きに見てたけどこいつら意外と笑うんだよな。真面目そうな顔しか見ていなかったからちょっと新鮮だ。
そしてこんな時にも視線を感じたりする。
視線に気づきそうなチェバロスに聞いてみると確かに誰かがこちらを見ているらしい。しかも俺だけに向けているっぽい。
殺意とかは俺もチェバロスもまったく感じないから放って置くことにしてこれから四人で色々とやっていくことにした。
特に魔法はなかなか難しくそろそろ個人勉強では苦しいのでここは万年首席のマーグニルに頼むとしよう。
今年は討伐遠征に参加する事にしたので是非とも魔力の消費を抑えられる部分強化魔法は取得したいところだ。
ただこの討伐遠征で俺は思わぬ感情を抱いてしまったのがきっかけで体臭が酷い事になったが。
討伐遠征には男女とも参加ができ、騎士コースを選んでいる奴らは強制参加だ。俺も取っていたのでもちろん参加。
その遠征に参加した時もやはり視線を感じ――俺はついに視線の元を確認できた。
腰まで延びたストレートの金髪に青い瞳が大きく真っ直ぐ俺を見つめるが体はおどおどさせ挙動不審な女の子。剣も魔力媒体の杖も持たず動きやすい服装をしただけの女の子。
目があった瞬間――動けなくなりつい見つめ続けた。
この時に俺が発した匂いは甘酸っぱかったとラグニードに言われた。
そして見つめ合いすぎてからかわれ、流れで彼女を含め二十人規模の討伐班を結成する。
もう甘酸っぱい匂いが充満して隊長には注意されるわ、ずっとからかわれ精神が疲弊していくにつれ甘酸っぱい匂いに柑橘が混ざって道中ずっとからかいと小言を言われる始末。
しかも匂いに釣られ果物や木の実を主食とする小動物が討伐区間から少し手前までついてきて散々だった。
さすがに討伐区間の獣の殺気を感知したのか着いてこなかったが面白材料として遠征が終わっても弄られたが。
おかげで彼女に――アドロモ伯爵のご令嬢ミンフィート嬢に恋心があると大々的に噂を広められた。
討伐に関しては彼女の恩恵である『魔吸引』で速やかに終わった。
なんでも原動力である魔力を巧みに操り自我を持たない魔に染まった獣を引き寄せ――『魔吸引』し討伐は計画通りに終わったのだ。
俺の班に隊長クラスが三人もいるのはなぜだろうと思ったがミンフィート嬢が理由だったのか。
遠征に行く前の説明がやけに事細かく指示が出されたと思っていたがミンフィート嬢の能力を使った誘導討伐のためだろう。
そして討伐遠征から俺はミンフィート嬢を守り抜いた騎士として評価され護衛の拝命を受けた。
噂も合間って俺たちの仲は婚姻の秒読みと共に一人歩きだ。
彼女の沽券に関わると思い否定しようにもマーグニルが言うようにそれは無駄な足掻きとなる。
仕方ないのでなぜ俺は国から“拝命”させられたのかをミンフィート嬢本人から聞き出した。
「……私の、我が儘です」
「……ん?」
「その、傍に、いて……ほしくて……」
「なぜ?」
「お前、そこは分かれよ」
チェバロスが呆れたように突っ込まれた。なぜだ。ミンフィート嬢が顔を赤くしておたおたし始めたぞ。
しかもマーグニルも見せつけるようなため息。ラグニードなんか腹を抱えて笑いやがった。
まったく分からないのだがマーグニルの話によるとミンフィート嬢は教会と国から誓約と保護をかけられた重要人物だとの事。
曰く……ミンフィート嬢の能力が要因だ。
この『魔吸引』は先の遠征のように魔獣を呼び寄せられる。他にも魔に関わり彼女相性がいいものであればあるほど引き付けられるらしい。
マーグニルの父、宰相閣下はその『魔吸引』を使い不用意に魔獣や魔石の徴集に力を使われるのを恐れ本人の了承の下、国と教会の監視下に置かれる事になっている。
そこで俺は討伐遠征での活躍により一番身近な護衛として監視の仲間に入れられたと言うわけだ。
理由は父上と宰相閣下の満場一致で
「君の不正なら分かりやすいし護衛の腕も動かせる頭もあるみたいですからいいでしょう」
「ジェクスは分かりやすいもんな。ミンフィート嬢もお前ならと言うし……アドロモ伯爵に打診するか」
との事。そうだな。『感情体臭』のおかげで俺の悪戯も二、三回目で通用しなくなるんだよな。主に匂いで。毒々しい草の匂いがするから。
何か企んでいる時は毒々しい草の匂いなんてすぐに分かるだろう。そんな匂いを持ち歩く奴はいない。
確かに分かりやすいよな……心配なんていらないよな……
まあそんな訳で残り一年の学生生活をミンフィート嬢の傍で過ごしついには十八の成人とともに婚約者となった。
父上がアドロモ伯爵に打診して向こうがどうぞと頭を下げた形だ。
本当は了承を得るまで一年もかかったんだがな。
我がウィルヴォーグ家は侯爵。まあ上流貴族の上位にある。
そこに件の国の保護下に置かれている『魔吸引』をもつ令嬢の婚約で繋ぐと言う形を取るとどうなるか。
宰相閣下が懸念していた通り、勢力や金の動きを気にする貴族がこぞって引き留めるもんだから色々と勘繰られて話がなかなかまとまらなかった。
さらに言えば教会がでしゃばってきてミフィーの取り合いになり王家と教会がいがみ合うなどまともに話も出来ぬまま言い争いで一年がすぎ――
最終的にはミフィーの能力が暴走し、その対処に追われ国と教会は干渉不可と言うそれぞれの重臣に説き伏せられようやく決まったのだった。
あれで学院生活は大変だった……日に日に憔悴していくミフィーを見ていた俺は感情の抑制がままならず、色々な体臭を撒き散らしていたのだ。
最終的にはミフィーに恋をしていると自覚した俺はミフィーの意思を無視している王家と教会に腹をたて焦げた甘酸っぱい匂いが広まり学生の食欲を刺激した事により恨まれたもんだ。
ある者は間食が抑えられず体重が増えた。またある者は食欲が治まらない。さらにある者は胸焼けを訴えられる。
すまない。俺は自分の匂いだけは普通と感知してしまうので匂いに違和感が持てない。
だがこの一年でみなが距離を置いてくれたおかげでミフィーも――俺も。心の内を明かせる仲になり俺たちの距離は縮まったのだ。感謝する。
一年の仮恋人期間があったおかげか俺とミフィーは極めて清いお付き合いをし距離を縮めていった。
途中にラグニードが茶々をいれたり、チェバロスとその婚約者であるラーニデア嬢の喧嘩に巻き込まれたり、マーグニルが次期宰相として認められた時は俺を補佐にと勧誘も受けたり色々な事が起きたな。
その時はミフィーとの婚約も決まっていなかったので保留にしたが俺はミフィーの騎士をしていたい。いつでも守れるように……
あれから二年が絶ち――教会の監視下から抜けたミフィーは王城の下働き文官となり俺はミフィーの護衛騎士兼その補佐文官として勤めている。
実はミフィー、体を動かす科目以外は俺の順位前後に名前があったのだ。
「いよいよ――明日ですね」
「ああ。ようやくミフィーを迎えられる」
「私も……ようやくジェクス様の妻になれて嬉しいです」
寄り添いながら腰かけるソファー。俺たちの空間には俺が放つ甘い花の香り。
今ではすっかり俺の香りが移ったミフィーはしっかりと手を繋いで俺の肩にもたれ掛かっている。
初めて俺を見たときに強く引き付けられ、ずっと見つめていたと話す愛しい婚約者。
目を合わせただけで俺の心を縫い止めたそれは『魔吸引』のせいではない。
引き寄せられたのは“魔”ではなくミフィー本人だ。
あの頃は臭かっただろう?少し申し訳なく言えば首をふりより肩越しに見つめられた。
「一人で無心に、噂に何にも何も屈しないジェクス様を見て、私は貴方様に惹かれたのです。匂いなど関係ありません。それに――私は常に見張られていましたから」
匂いなど関係ない。そう言われたのは初めてではなかろうか。
思わず体をそらして抱き締めたら侍従のヨランが咳払いをしたが構うものか。明日になればミフィーは俺の妻になるのだから。
無理だと――体臭のせいで嫌われ結婚は無理だろうと思っていたが、今では俺の体臭が令嬢たちにとって羨ましい匂いらしく前とは違う視線が刺さる。
こうやって抱き締めるからミフィーも俺と同じ匂いとなり少し優越。
きっとこれから花の匂いがしなくなると回りがちょっかいを出してくるのだろう。
回りに知られるのは少しだけ面白くないが俺たちの仲を知らしめるにはうってつけな方法だなと思う。
「ミフィーを好きになれてよかった……愛してる」
「私も。ジェクス様を愛しています」
婚前だがキスだけなら許されるだろう。ここは客室。中に侍従のヨラン。二人きりではない。
しかし匂いが花の密になる頃にさすがにヨランからわざとらしい大きな咳払いで止められた。
名残惜しいが仕方がない。
これからもこの感情は体臭として皆に教えてしまうだろう。
しかし俺は不幸だと思う事を止めようと思う。俺の恩恵はそこまで不幸と言うものではないとわかったからだ。
確かに読み取られてしまうが機嫌だけで物事が決まるわけではない。体裁は悪いが読みの内部まではわからないだろう。
逆手に取れれば何も問題がないことに気づいた。と言うか戦闘でも有利に事が運べる事に気づいて抑制を止めた。
それにきっと――これから俺はミフィーがいれば花の匂いを撒き散らすと思う。
この愛しい妻がいる限り。