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ストラッグラーズの遁走  作者: 削畑仁吉
第二章 雛鳥の見えざる足枷
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第7話『戻り道』


 瓦礫だらけの街の中を走りながら、草四郎は奥歯を噛みしめた。

 背後の空を振り返れば、ブランシュ・ペロネーが彼とは反対方向に飛んでいくのが見える。一般市民などお構いなしに降り注ぐ砲弾も、ペロネーに合わせてその着弾地点を移動していった。




――あなた達は逃げてください。


 打つ手なしとわかった時、レネットが提案したのは、ペロネーと自分を囮にして草四郎と菜茉莉を逃がすという作戦だった。


「レネ、レネットさんも、一緒に逃げ、逃げましょう……?」

「せやで!」


 菜茉莉の言葉にミントも、そして草四郎も賛同した。しかしレネットは首を横に振った。


「ただ逃げただけでは追いつかれるでしょうし、砲撃に巻き込まれる可能性もあります」

「遠隔操作、出来るんだろう?」

「私から、そう遠く離れては動けません。それに、私の格好は目立ちすぎる。この場を切り抜けても、お……私を匿っている人のところに奴等の手が及ぶ危険があるのです」


 レネットは草四郎の目をまっすぐ見て言った。草四郎はその目を見返すことが出来なかった。


――こんな時でさえ、こいつは俺や姉さん、胡桃のことを考えているのか。それに比べて、俺は逃げるにせよ、最後まで戦って死ぬにせよ、自分のことだけだ。


「それに、私にとってブランシュ・ペロネーは離れがたい運命のようなものなのです」

「運命……?」


 胸の奥がズキリと痛んだ。そうだ、どんなに上手く動かせても、ブランシュ・ペロネーは草四郎の半身などではない。


「私は長い間これから逃げていた。運命から目を背けて、ある親切な人達のところでぬくぬくと暮らしていたんです。でも、それはやっぱりいけないことだったんです」

「だからって、一緒に死ぬ気かよ!」

「……出歩くことは出来なかったけれど、父の話でしか知らない地球を体感出来て楽しかった。同年代の話し相手が沢山出来て嬉しかった。だから、もう後悔はありません」


 嘘をつけよ、と草四郎は拳を握りしめた。何が話し相手だ。俺と三黄姉さんがあんたを嫌ってたこと、胡桃が自分のためだけにあんたに優しくしてたこと、あんたが気付かなかったはずがないだろう? ろくに出歩けないのに地球の何が感じられたっていうんだ?


 だが、それを口にすることは出来なかった。レネットがミントのチェーンを外し、草四郎の手に握らせたからだ。


「ネコマルをあんなに大切にしていたあなたなら、ミントも大切にしてくれると信じます」

「…………!」


 そして結局、草四郎は言われるままミントと菜茉莉を連れてコクピットから降りたのだった。

 こちらを向いたペロネーの2つの目が、自分を咎めているように草四郎には感じられた。不実な恋人を責めるように。

 次第に遠ざかっていく爆音を背に、草四郎達は無言で走り続ける。



 そんな彼等を影から見つめている存在があることに、草四郎は気付かなかった。



* * * * * * * * * * *



 深海をゆっくりと進む巨大な影があった。

 クジラでもなければ怪竜でもない。それは1隻の潜水艦だった。だがその船影は何処の国のものとも一致しない。するわけがなかった。何故ならばそれは、地球で造られたものではなかったからだ。


 艦の名を『バハムート』という。全長200メートル、排水量2万トン。フラクシヌス――正確にはその戦闘部門『AST』――が開発した巨大潜水艦であった。

 そのブリッジは緊迫した雰囲気に包まれていた。四方の壁にはめ込まれたスクリーンにはCG補正された海底の光景が美しく表示されていたが、普段は船員達の心を和ませるそれも今は無力だった。

 艦長席の前で、2人の男が睨み合っている。1人は蓮藤蒼次。もう1人は蒼次以上に大柄な異世界人の若者だった。どこかイグアナを連想させるその精悍な顔は半分以上が爬虫類的な鱗で覆われている。


 『ホモ・レプティリア』。おそらく爬虫類的生物から進化したと思われる彼ら異世界の知的種族をフラクシヌスはそう呼んでいる。爬虫類とはいっても、地球と異世界(ウーイキト)では歩んできた歴史が違うから地球人類の知るそれとは大きく異なる。恒温動物だし、2足歩行もする。冬眠はしない。胎生なのでヘソがある。違いはウーイキトの爬虫類が地球の爬虫類とそれほどかけ離れていなかった頃の残滓を強く受け継ぐ目と鱗、そしてメラニン色素の数が多いために髪の色がバリエーションに富んでいるくらいだ。

 だからホモ・レプティリアという呼び名は妥当ではないのではないか、という議論がわき起こっているが、まあ、それは余談である。

 ちなみに彼等自身は自らの種族のことをウーイキト・オティ、ネグニンなどと呼ぶ。


 蒼次の前に立つホモ・レプティリアの名はカロテス・バシリスク。バハムートの戦闘部隊の総指揮を任されている人物で、最も扱いの難しい1人だった。


「レネット殿だけがブランシュ・ペロネー、あのエルダーアーラウィルを動かせる。その意味をレネット殿も蒼次殿も理解していらっしゃらないように見える」


 カロテスはやれやれというように肩をすくめてみせた。蒼次は不満げに鼻を鳴らす。


「ノブレス・オブリージュってんならこっちの地球にもある。だがなカロテス王子、俺もレネットも育ちが良くないんでな、あんたと違って」


 首にぶら下がる高価そうな宝石のアクセサリが示すとおり、カロテスは世が世なら一国の王子だった男だった。正確には『王子だった』か『王子である』かは今抱えている大きな問題の決着次第で、それ故に彼は暴走気味である。


「だからといって」


 艦長席に座る壮年の女――アデーラ・グリニッジがため息をついた。


「ブランシュ・ペロネーをレネットさんのところに運んでいい、と許可を出した覚えはありませんが?」


 艦長が言った通り、カロテスとその部下は昨日、バハムートからブランシュ・ペロネーを持ち出し、潜入任務――という口実の休養――にあったレネットに戦闘行動を強制したのだった。

 その結果、レネットとブランシュ・ペロネーは地球側の軍隊に捕獲されてしまった。


「そもそも地球軍に攻撃を仕掛ける許可を出した覚えはありません。私は艦長、つまりこの艦の王です。その王の許可も得ずに好き勝手をやったのでは、あなたが王になった時に臣民がついてきてくれないのではなくて?」


 だが艦長の言葉にもカロテスは聞く耳を持たない。むしろ怒りを爆発させた。


「フラクシヌスといえど所詮は地球人(イアケシ・オティ)だ、我々の状況がどれだけ逼迫しているか理解していない!」


 ダン、とカロテスは怒りにまかせて床を踏みつけた。こちらの様子をおどおどと見守っていた通信士がびくっと肩を震わせ、雷撃手はやれやれめんどくせえなといった目でこちらを一瞥してすぐに顔を背ける。

 現在ウーイキト主要大陸は大きな戦乱の中にある。小国であったはずのクロカジールが瞬く間に産業革命を成し遂げ、強力な兵器を造り出して周辺国家に戦争を仕掛けたのだ。国力的には無謀ともいえる行動だったが、そんな暴挙に打って出るだけの性能をクロカジールの新兵器は有していた。

 日本の歴史でたとえるなら、やっと火縄銃が出てきたところに自衛隊の最新鋭戦闘機や戦車が――しかも充分に補給物資を用意して――殴り込んできたようなものだった。パワーバランスが崩壊し過ぎている。これが架空戦記小説だったら作者は引き延ばしに苦労するだろう、と蒼次は思う。

 ラガルティッハという大国が陥落した。隣接するイングワナ国――カロテスの祖国――も風前の灯火である。カロテスの焦りもわかる。

 だが。


「理解していないとは、聞き捨てなりませんな殿下。我々もよき隣人としてあなた方を助けたいとは思っている」


 フラクシヌスとしては、この状況に首を突っ込むつもりはなかった。彼等はこの世界を救うために来た勇者などではない。単にそれまでいた世界で生きていくのに疲れて逃げてきただけなのだから、この世界が危険となればまた別の世界に逃げ込むだけだ。

 しかしそれでも、20年以上そこで暮らせば愛着も湧くし、縁も出来る。決して多くはないが、蒼次のようにホモ・レプティリアと子を為した者もいる。


「だからこそ我々はASTという武力組織を編成し、こうして皆さんに戦力を提供しているのです」


 艦長が蒼次の言葉を継いだが、カロテス他、ホモ・レプティリア達の反応はかんばしくない。

 クロカジールが開発した新兵器とは、全長20メートル前後の巨大人型兵器だった。4足の多脚戦車に人間の上半身を模したものがくっついたという形状で、草四郎達が戦った兵器と酷似している。

 それゆえに現在、カロテス達反クロカジール戦線のホモ・レプティリアの間では、この戦争が地球人によって仕組まれたものではないか、という疑念が渦巻いているのだ。


「それもあなた方地球人の、我々を使っての兵器実験の一環ではないのか?」

「それはない!」


 蒼次はきっぱりと力強く断言してみせたが、しかし確たる証拠を見せられるというわけでもなかった。助け船を求めて、蒼次はカロテスの隣に立っているホモ・レプティリアの少女に視線を向けたが、そっぽを向かれた。バークディアというその女戦士はレネットの――正確にはレネットの母の――味方ではあっても、蒼次の味方ではなかった。


「蓮藤司令」


 艦長が意味ありげに咳払いをした。バークディアは露出の多い服を好んで着ている。彼女の肢体を見ていると誤解されていることに気付いて、蒼次は否定の目配せを送った。それが艦長に伝わったかは定かではない。


「とにかく、今は敵に捕縛されたレネット騎翼匠とペロネーの奪回が急務です」


 助け船を出してくれたのは、背後に立っていた副長だった。このアルマジロトカゲめいた武人は、腹の中ではどうあれ、艦長の忠実な部下として振舞っている。


「そうだ。殿下が休養中のパイロットを無理矢理機体に乗せ、無謀な作戦に参加させたから、本調子でないパイロットとブランシュ・ペロネーは地球の軍隊の手に落ちてしまった! この責任、どうとられるつもりですか、カロテス殿下?」

「確かに俺の落ち度だ。レネット殿があそこまで――おっと」


 バークディアが冷たい目を向けたのに気付いて、カロテスはレネットの技量を侮辱するのをやめた。


「だが案ずることはないのだ。奪還作戦は既に考えている」

「それを実行に移す前に、説明してもらいたい」と艦長。

「断る」


 そう言ってカロテスは背を向ける。


「何処に敵のスパイが混じり込んでいるとも限りませんから。ご心配なく、ブランシュ・ペロネーは必ず取り戻してみせますよ。あなた方が邪魔をしなければね」


 カロテスとバークディア、そしてその他数名の姿が、一瞬にしてかき消える。今まで蒼次達が話していたのは立体映像だった。本人達は、地球の威力偵察に出撃して以来行方を眩ませている。


 艦長は大きくため息をついた。


「彼等は好きにさせるしかないですな」


 副長は言った。蒼次もそれに同意する。


「兵士のほとんどはホモ・レプティリアです。そして彼等の多くにとって軍隊のリーダーとは後ろで指揮を下す者ではなく、前線で舵を切る者です」


 兵士達にとってカロテスこそがリーダーだ。ここで蒼次達が迂闊に待ったをかければ、ただでさえフラクシヌスに対して不信感を募らせている兵士達を早晩敵に回すことになるだろう。頭だけで戦争は出来ない。


「原始的な部族闘争だけで何百年も細々とやっていたところに、近代的な軍隊組織と戦闘法を持ち込んだって、それを次の日からこなせるようなら教育も訓練も要らないものな」

「しかし、我々が今相手にしているのは、中身も外側も近代的な軍隊なのです」


 艦長はそう言って背もたれに身を預けた。


「カロテス達を死なせるわけにはいきません」


 もちろんです、と蒼次は頷いたが、カロテスの方は『レネットを』取り戻してみせると言わなかったことに気づいた。

 ひどく嫌な予感がした。




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