勝手に婚約を破棄されて新しい婚約者を連れてこられ。
「婚約話はなくなったのだ」
「えっ?えええっ!?」
小さな頃は少しはお転婆だったこともあったのだけど、最近はまったくといってもいい程に何もしていない。
貴族の娘らしく外にも滅多に出ないし。
毎日紅茶をたしなんで優雅に過ごしていたのだ。
私は婚約の事を言われてから何も素行の悪い事はしていないのに。
「私の何が気に入らなかったの!?」
屋敷の中ではともかく外では令嬢らしくしていたというのに!!
「いいや、おまえに非があるわけではないんだ」
「つまり相手方に問題があると?」
我が家と同じ子爵家で、容姿も振る舞いも素敵な方だったのに、なにが問題あると言うのかしら。
「おまえには別の縁談を見つけてあるから安心していいんだ」
何が安心していいのかわからないわ。
「公爵家の方なんだがな」
数日後、公爵家の次男だという男性をつれてこられた。
「お断りさせてください」
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親に決められる結婚自体が嫌だったわけじゃない。
始めの相手ならよかったということなのだ。
たしかに子爵より公爵のほうが身分は上で、家がのしあがるにはうってつけの相手だ。
かといって先方を一方的蔑ろにしていいものか――――というのは建て前である。
個人的な話になるが公爵よりも子爵のほうが好感が持てたからなのだ。
結婚が嫌なわけじゃないが家の為だとか爵位が上だとか損得の話はどうでもよい。
というわけで、私はこっそり子爵家の偵察をしている。
屋敷から元婚約者の彼が出てきた。
七分丈のドレスを着た幼げな少女と何かを話している。
ここからでは距離があってまったく聞こえない。
気になる。かといって身を乗り出して見つかるわけにもいかない。
そうこうしているうちに少女は馬車に乗って去っていた。
一人残された彼は馬車を見つめている。
とても親しそうだったことに軽く衝撃を受けて、ここから立ち去ろうとしていると
ガサりと、草にドレスの裾が引っ掛かる。
これはまずい、ドレスが破れてでもなんとかしなければ。
彼がこちらに来て、見つかってしまうのは確実に避けたい。
無断で侵入したことも差し引いても、婚約を一方的に破談にした家の者がいると知れたら大変なことになる。
急いで外そうとして片足を上げたことで私は植木に倒れ込みそうになる。
それを誰かが支えてくれた。元婚約者のレナントだ
「すみません!!」
慌ててレナントからはなれ引っ掛かったままの裾を強引にひっぱるが中々取れない。
「…そんなに乱暴に扱うと、破れますよ」
そう言うと彼は引っ掛かった箇所の細枝を手で千切った。
「すみません。ありがとうございます…」
よりにもよって一番会いたくて会いたくない人に助けられてしまうなんて思っていなかった。
色々と謝りたい。私には謝っても済まない無断侵入、婚約の破談、などの問題がある。
ともかく無事に帰れる状況ではない。
「今、私が言いたいことはわかりますか?」
屋敷に侵入した事と婚約の事どちらだろう
いや、両方に決まっているか。
「無断でお屋敷に忍び込んでしまいまして申し訳ありません!!」
まずは現在起きている問題について謝る。
すると彼は軽く不機嫌そうな表情をした。
「この際前者はどうでもよいのです、私は後者についてお聞きしたいのですから」
「婚約の事も…申し訳ありません!!」
当人に言われてやっとそっちの事だと気がつき、婚約を取り止めたことも謝罪した。
「…謝っていただきたいわけではないのです」
つまり彼は何が言いたいのだろう。
はっきり言ってもらわないと理解できない。
「貴女が私と婚約したくないのは…私に至らぬところがあったからなのですね?」
そんな筈はない、彼が嫌いなら私がここにいる事は変だ。
誤解されないようにはっきり言おう。
「私は貴方が婚約者でよかったのですが父が後から公爵家の新しい縁談を持ちかけて来たので…」
「…そうですか」
なぜ彼はこんなに必死なのか、私にはよくわからなかった。
いえ、私も必死と言えば必死なのだけど、きっとプライドか何かだろう。
「その婚約は、確定してしまったのですか?」
確定といえばそうなるだろう。
子爵より公爵が良いと上から切り捨ててしまったのだから
公爵より位の高い殿方など王子くらいの筈だ。
「確定ではないでしょうか…あまり気が乗りませんけれど」
つい本音を口走ってしまう。
元婚約者とは言え、彼とも面識はほとんどないのに、何を言っているの私は。
「貴女はこの婚約について、どうお考えですか?」
「気乗りがしません…」
本音を言えば、結婚するなら貴方がいい。
とは本人に面と向かって言えない。
「そうですか…それを聞いて決心がつきました」
レナントは突然、私の手をとった。
「私は一度御会いした時から貴女が好きです」
告白の嬉しさもあるが、彼が私を好いていた事に衝撃を受けた。
でも簡単に信じていいのだろうか?
婚約を破棄されプライドを傷つけられた腹いせに逆に振るつもりだったりするのでは?
「公爵家の方に決闘を申し込み、私が勝った暁には、お願いを聞いて頂けないでしょうか?」
「はい!」
この婚約を無くしてもらえるなら
彼になら騙されていたとしても
それで罪悪感を償えるならいい――――――。
返事をしてすぐに、レナントは公爵家次男へ決闘を申し込む。
「受けて立とう!」
公爵家次男は威勢よく引き受ける。
よほど剣術に自信があるようだ。
というよりも彼が負けても大した損害はないのもあるだろう。
子爵家との結婚で、公爵家の彼が得することはないのだから。
二人は細長い剣をぶつけ合いながら打ち合い、金属音をまるで物語の騎士のように響かせた。
「君のような優男に、剣術が出来るとは、意外だよ」
公爵家次男は挑発のつもりか、レナントを優男と呼びながら煽るが
レナントはまったく動じず攻防を続けた。
長時間決着がつかないままで痺れを切らしそうになる。
公爵家次男に折れてもらいたいのに意外と彼も粘る。
ようやくレナントが公爵家次男の剣を弾き飛ばし、見事勝利した。
「優男と侮ってすまない。君はとても強かった」
戦いを終え、公爵家次男は手を差し出す。
「私の剣術が強いのではなく貴方の彼女への愛が足りなかっただけです」
レナントが手を握り、決闘に幕を下ろした。
「約束通り勝利したので、願いを聞いてください」
「はい」
どんな事を言われるのか、不安でしかたがない。
レナントは私の足元にひざまずく。
「リズリーア、私と結婚していただけますか?」
彼は真剣な眼差しで、私に結婚を申し込んだ。
「勿論です…!」
それから父を納得させるまで、時間はかからなかった。
あの場の決闘を父も見ていたから。
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「気になっていた事があるのですが」
「はい?」
「貴女はなぜ、屋敷内にいたのですか?」
「レナント様が気になって…」
「そっ…そうですか」
「私もおたずねしてよろしいですか?」
「はい?」
「一緒にいらした方とはどのようなご関係で?」
「私の姉です」
「姉!?」