㌔
とことん素直になれなくて。
変わらぬ日々が過ぎ行く学校。その校門から一歩外に出て私は思う。今年も嫌な季節がやって来た、と。
ごわついたマフラーを首に巻きながら溜め息をつく。一つとして声には出さず、周りの目を気にした私なりの気遣いは、綿雲のように白い。しかしそんな小さな雲も、短い寿命を終えて空間へと解けた。
冬嫌いの爬虫類系女子な私にとって、この季節は春の到来まで眠り続けたい程に不快だ。何もしていないのに気力は削がれ、いくら服を着込んでも刺さるような冷気が襲い、ついでに体力まで奪っていく。実際に私の頬は大気の冷たさに触れ、渇きの感覚がまだ若いはずの私の肌を襲う。
そんな身を切るような寒さに耐えきれなくなり、私は帰路の途中にあるコンビニエンスストアへと立ち寄った。コンビニといっても『7と11』や『家族の市場』、『ちょっとストップ』のような有名どころの所謂フランチャイズでは無く、私の住む片田舎にぴったりの寂れた店舗である。
だいたい元は酒屋だった店舗を、ナウでイケイケなコンビニの形を真似ただけなのだ。店長のおじさんも以前と変わらず、ニコニコなんだかニヤニヤなんだかわからない笑みを浮かべながらレジの前で立っている。
私は店内を見て回るような事はせず、まっすぐにおじさんのいるレジへと向かう。そして手話のようにレジ横にある業務用蒸し器を指差し、その後にピンと人差し指をそらすように立てる。二つのジェスチャーを合わせると、「肉まんを」「1つ下さい」。長年同じ街にいる私たちだからこそ通じる、ちょっとした秘密の暗号。おじさんにもそれが通じ、年々テカりを増す笑顔を顔に浮かべたまま、蒸し器から肉まんを一つ取り出して紙に包み、私の右手に握られていた小銭と交換した。
買い物を終え、ガラスでできた自動ドアに目を向けると、そこには今年初めて見る光景が始まっていた。これまで身を切るような寒さで私を責めていた外界には、真っ白な綿をちぎってばら撒いたかのような粒がしんしんと降っているのだ。
コンビニエンスストアから出てその粒に素肌で触れると、粒は肌の上で水滴へと変わり、冷たさが触れた場所から少しずつ広がって行くのが分かる。しかしそれは外気の責め苦のような冷たさとは違い、優しく柔らかい冷たさ。何か幻想の鳥獣の羽にでも触れたかのような、そんな冷たさ。
冬の寒さは苦手だが、この真っ白な粒――雪というものは、個人的には寒さよりも苦手な物体である。触れると冷たいにもかかわらず、その外見は何故か温かみがあるようで、見ているだけで心がちぐはぐとした何とも名状し難い感情を覚えてしまうのだ。
寒さは苦手だ。雪は嫌いだ。だから冬は大っ嫌いだ。春が出会いの季節だというのなら、冬は失う季節だ。降り積もった雪も春の訪れと共に失われ、私の体温は寒さに失われ、厚く太陽を隠す雲のせいで群青の空が失われ。
春という季節と再び出会うまでの数ヶ月が途方に暮れるほど長く感じ、日を追うに連れて更けていくモノクロの空が心に退廃的な影を落とす。だからこそ冬は大嫌いだ。クリスマスに家族で団欒する事が、正月に離れて暮らす祖父母に会う事が、初詣の帰りに白濁の甘酒を飲む行為が……。
「ただいま」
家に着き、たった一人で留守番をしていた母へと声をかける。
「あら、おかえり」
私の言葉に、母は何時ものように答えてくれる。そして数秒の溜めを置いて、母は続け様にこう言った。
「お誕生日おめでとう。お父さん、早く帰ってくるって。今日は家族四人でご馳走よ」
少し照れ臭くなるような言葉に、私はマフラーへ顔を埋め、目線を少し横へ空して自室へと向かう。無口なままでドアノブに手をかけた時、私は初めて素直な言葉を口にした。
「……ありがと」
少しだけ素直に言えば、冬もあんまり嫌いじゃない。
皆様にとって、冬は一体どんな季節?