旅立ちの日
<登場人物>
ロジーナ・・・上級魔術師。世界でも1,2を争う魔力の持ち主。孤児。
クレメンス・・・師範魔術師。魔術師協会の会長。ロジーナの師匠。
クレメンスは身に付けたペンダントを手に取り、じっと見つめていた。
一見すると何の変哲もないペンダント。
魔術師協会本部で、訓練用として販売されているペンダントだ。
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付与魔法の総仕上げとして、ペンダントに自分で考案した魔法を付与することになっている。
クレメンスは師匠の指導法を踏襲し「大切な人に贈るペンダント」という課題を出している。
使用する相手を具体的に設定することにより、何が必要か、何にポイントを絞るべきかをイメージしやすくなる。
また、大切な人に贈るとなれば、気の入れようも違ってくる。
理にかなった課題設定なのだ。
期限は特に設定していない。
課題を出された弟子は、他の訓練の合間に、納得のいくまでじっくり取り組む。
1ヶ月たらずで提出する者もいたが、大抵は3ヶ月ほどかかる。
ところが、ロジーナは半年近く経っても提出してこなかった。
ロジーナはそれまでの課題を難なくクリアしていた。
技術的には全く問題ないはずだった。
どこか引っかかっているところでもあるのだろうか。
ロジーナの様子を気にしてはいるが、ロジーナは特に何かを悩んでいる様子はなかった。
ロジーナならば分からないところがあれば質問してくるだろう。
クレメンスは気にかけながらも何も言わずに、ロジーナが課題を提出してくるのを待っていた。
ロジーナがやっと課題を提出しにクレメンスの元にやって来た。
クレメンスはホッとしながら、ペンダントを受け取る。
ペンダントを手にした瞬間、クレメンスは目を見開いた。
すぐに確認作業に入る。
付与魔法は文句のつけようもないくらい、素晴らしい出来栄えだった。
繊細かつ綿密で一分の狂いもない。
その上、的確なアレンジも加えられていた。
これほどのモノは上級魔術師でもそうそう作ることことはできないだろう。
いや、もしかしたら師範魔術師でもできないかもしれない。
クレメンスは感嘆の溜息を洩らした。
「ダメですか……」
ロジーナが不安げにクレメンスの様子をうかがっていた。
「いや。素晴らしい出来栄えだ。上級魔術師でもこれほどのモノを作ることはできないだろう」
ロジーナはぱっと顔を輝かせた。
「ロジーナ。合格だ」
クレメンスはペンダントを返す。
ロジーナは受け取ると、嬉しそうにそれを眺めた。
「明日は訓練を休み、大切な人にそれを渡してきなさい」
ロジーナは首を左右にフルフルと振った。
ペンダントをクレメンスに差し出す。
「師匠のために作りました」
ロジーナは驚くクレメンスに向かって言葉を続ける。
「私、親も兄弟もいません。だから、その……。大切な人は師匠なんです」
沈黙が流れた。
「迷惑……ですよね……」
ロジーナはペンダントを引っ込めようとした。
クレメンスは素早くペンダントを取り上げる。
「すまない。感動のあまり言葉を失ってしまった」
ロジーナは顔をあげる。
「多くの弟子を指導してきたが、ペンダントをくれたのは、ロジーナ、お前だけだ。ありがとう」
クレメンスはそう言うと、ペンダントを身に付けた。
「どうだ、似合うかな?」
クレメンスは微笑んだ。
ロジーナもにっこりと微笑んだ。
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思い返せば、あの瞬間、自分は恋に落ちた。
できうることなら彼女を手放したくない。
今すぐ彼女を腕に抱き、自分のものにしてしまいたい。
だが、そうするわけにはいかない。
彼女はこれから様々な人と出会い、様々な経験をすることだろう。
恋もするだろう。
その相手は自分ではない。
彼女が自分に好意を寄せていることはわかっている。
だがそれは、師匠や保護者に対する好意だ。
今、彼女に想いを伝えたら、彼女は受け入れてくれるかもしれない。
いや、彼女なら受け入れてくれるだろう。
しかし、それはただのまやかしなのだ。
彼女を苦しめてしまうことになりかねない。
彼女に嫌われたくない。
彼女の傍に居たい。
すぐ隣でなくても構わない。
彼女の近くに居ることができるのならば……。
自分はすでに彼女にとって特別な存在だ。
彼女の師であるという、唯一無二の存在なのだ。
師としてなら、彼女の傍に居ることができる。
彼女の人生に関わり続けることができる。
時計が時刻を告げる。
クレメンスはペンダントをギュッと握り締める。
そして、思い切るようにペンダント胸元にしまうと部屋を後にした。
玄関には他の弟子たちに囲まれたロジーナがいた。
「師匠」
ロジーナはクレメンスの姿を見つけると駆け寄ってきた。
「長い間お世話になりました」
ロジーナは深々とお辞儀をした。
「うむ。この世界は一生勉強だ。精進に励みなさい」
「はい」
ロジーナは真剣な顔でうなずいた。
「何かあったら、いつでも相談に来なさい。これは私からの餞別だ」
クレメンスはそう言うと、小さな箱をロジーナに渡した。
「さぁ、もう時間だ。行きなさい」
ロジーナはうなずくと、もう一度深々とお辞儀をしてから方向転換をし、歩き出した。
クレメンスはいつまでもロジーナの後ろ姿を見送っていた。
その夜、ロジーナはクレメンスからもらった小さな箱を開いた。
中には訓練用のペンダントが入っていた。
ペンダントからクレメンスの魔力を感じる。
ロジーナはペンダントをギュッと握ると、胸に抱きしめた。




