現代の異変
無駄に長くなりました
――――太平洋 日本本土から15km地点上空
「よし、後5kmも飛べば射撃目標の場所だ。冬子!弾丸の全装填しとけ」
竹田がロッテ隊形を組んでいる、右後ろを飛んでいる雪村に目をやりながら無線通信を送る。
「了解です」
操作の簡易化の為に7.7mm機銃と20mm機銃をまとめて装填状態に出来る、スロットル下にある安全装置を作動させる。
そして返答を受けた竹田自身も装置を作動させ、殆どが当時の零戦二一型のままの計器類の中で異色を放っている小さなGPSマップを確認する。
目標まで約5km。
目を前に向ける、雲ひとつ無い快晴の大空に穏やかな海模様。
もう一度計器類に目を向ける。
現代技術により飛躍的なまでに燃費の良いエンジンは、ここに飛んでくるまでに少し消費した燃料をそのまま計器に示したまま殆ど動いていない。
全てが順調、順風満帆だ。
「良い天気だな、このまま何処まででも飛んでいけそうだ」
ふぅ、と操縦席に身体を預けながら一息付く。
「まだ射撃演習の前なのに、そんな調子で大丈夫なんですか?」
苦言を寄越した雪村自身も疲労を感じている様だ、長年一緒に居たからこそ分かる普段の完璧なまでに平静さを感じさせる声音に若干の変化が聞き取れる。
まあ、流石に十数kmも一気に飛行していると狭いコックピットの中では窮屈で仕方ない。
これでもドイツのBf-109に比べるとマシだろうが、それでも辛い物は辛い。
「……すみません竹田さん、GPSの確認をしていて前方を確認していませんでした。前方に見える大きな雲は一体何時現れましたか?」
「は?大きな雲どころかベール雲すら今さっきまで……」
温泉上がりのマッサージ機に身を預けていたかの様にだらけきった姿勢を正し、機首前方に目を向ける。
「何時出来た、こんな雄大積雲……」
半ば抜けていた意識が瞬間的に固まり全身から頭に集中する。
(軽口を叩きながら目を逸らしていたのは物の数秒、十秒と掛かっていないはずだ。冬子もGPSを確認する前から何秒も機外に目を向けていない訳が無い。一体何がどうなってるんだ)
「竹田さん、雲の広がり方が異常です。管制官に連絡を、私は気象委員に連絡してみます」
「あ、あぁ。わかった」
無線の周波数を今日のイベントで耳馴染みとなった管制官の男に合わせる。
気象委員とはイベント会場と射撃演習場所の空模様を衛生やら何やらを使い異常が無いか確認している人達だ。
作業の合間に目を向けると数秒の間に出来た雲とは思えない程の大きさと広がり方を見せていた。
確かに、これは異常だ。
「駄目です、竹田さん以外に通信が繋がりません……」
「こっちもだ、俺達の間で通信が繋がってるのは只距離が近いからか。とりあえずこの積雲は海面スレスレから俺達の飛んでいる高度の遥か上空まで広がってるんだ。演習場所も視界が酷くて駄目だろう、冬子の言う俺のファンには悪いが、飛行場に戻るぞ」
現代に置いて、まず在り得ない無線機の故障。只の故障では無く、近くにいる人間にはちゃんと機能している。
不可思議で薄気味悪い現象と相まって不安が纏わり付く様に雪村の言葉に動揺を与える。
竹田はその不安を撒く様に努めて明るく、それでもやはり自分でも気づかぬ内に捲し立てる様に話す。
少しスロットルを弛め、雪村機の真横に付くようにして飛行し、雪村に向かって笑顔を向ける。
それを見た雪村も馴染みの笑顔を見たせいか、若干の余裕が生まれる。
そして編隊の一番気を務める竹田機が先に機体を反転させた所で、そのパイロットの竹田は表情に緊張を浮かばせながら固まった。
続いて反転させた雪村も言葉を無くす。
「なんで、後ろにも同じくらいの積雲が出来てるんだよ……」
「ど、どうしますか?こんなに厚い雲の中を飛んだこと、今までお互いに在りませんよね……?」
「ああ……」
眼前に広がる雄大積雲、そして尚も広がり続けるそれは挟みこむようにして前と後ろから迫ってくる。
「雲の上まで抜けようにも、上が何処まで広がってるのか想像もつかん。このまま真っ直ぐ進路をイベント会場の飛行場に向けたまま飛ぶ。ギリギリまで俺の近くに機体を寄せて飛べ、いいな?」
「わかりました」
両者が素早くGPSに映るマップと自機マーカーの軸を合わせる。
雪村は竹田の言われた通りにロッテ隊形を維持しつつもお互いが接触しないようギリギリまで寄せて極度の視界不良が発生するであろう積雲の突入に備える。
「良し、行くぞ」
そして突如現れた大きな雲の中に消えた二機の零戦は、そのまま西暦2030年の地球上の空からも消えた。
機体構造の分からない所は妄想でカバーです。