◆オマケ◆天使対決
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あの日、ルゥイが洋に帰還を告げた日の事だ。
空き教室で天使が二人、対決した。
部室に行った洋が、短い平穏を享受出来たのは、その対決故である。
短すぎて、さっさと部室を後にする事にはなったが………。
ルゥイは階段の手前で、一瞬足を止めた。
すぐに素知らぬフリで帰宅を急ぐつもりだったが、相手が眸を瞠り。
スイ……と、空いた教室を示すように顎をしゃくった。
面倒な……と、内心呟いたが、争いの種を生む訳にも行かないだろう。
しかも、どうやら相手はルゥイに怒りを覚えている様子だった。
誤解が有るなら解かなければならなかった。
無視出来ない立場の人間だったからである。
人間と云っても、地球のそれではない。
故に洋などは「地球の」と云う前置きを省き、「人間ではない」等と云う。
失礼窮まり無いが、ルゥイは間借りする立場なので、極力小さくなっているのだ。
洋は否定するだろうが。
明らかに地球の産では無い、美しい少女である。
地球の、それもここ日本地区の色彩は、魔法による上書きだと、ルゥイの眸には見てとれた。
1番目の月。華月の申し子の様な、紅蓮の髪がルゥイには見える。
茶の髪がふわりと揺れたが、ルゥイの眸にはルビー以上のルビー、紅い月の炎が映るのだ。
「ルゥイリア王子にはご機嫌麗しゅう。白の蒼位に昇られたとか、祝着に存じます。お祝いが遅れました事、お詫び申し上げます。」
「ユレイミーリヤ姫だったか。詫びには及ばない。私も、リー家の『旅』の作法は知るところだ。」
本来、白ならずとも、塔に上る時点で王家から外れるのが仕来たりだが、転の国では事情が違う。
一度皇太子となれば、玉座につくか死だ。死ねば次の皇太子が起つ。
王位についても同様で、死のみが解放の印となる。
ルゥイリアは生まれて五年で才を認められ、兄を押し退けて皇太子に起った。
生まれて十年で、地上で暮らせない程のチカラに目覚めた。
塔に上がる日、ルゥイリア王子は兄を代理の皇太子とした。
兄は王位を継ぎ、ルゥイリアは……まだ皇太子のままだ。
次は兄の子に、そしてまた子に、と、ルゥイリアは皇太子の代理を依託しなければならない。
皇太子をやめるには玉座につくか死か。
ならば、ずっと皇太子でいるしか無いだろう。
王家に生まれた者が少なくない塔で、唯一王家に列なったままなのが、転の王族なのである。
滅多にある事ではなく、ルゥイリア王子は栄えある初の皇太子のまま神司となった人物だった。
その狷介かつ剣呑な人格とともに、特殊な経歴の持ち主として、ルゥイリア王子は非常に有名人だった。
また、名前だけとは云え、皇太子だからそれなりに社交の必要性も発生する。
有名人だから呼びたいと、駄々をこねる人間が居るからだ。
白に所属する神司としてなら、鼻で笑うが、転の国を思えば、皇太子の義務を負う事も有る。
神司に無茶を云う人間もそうそう居ないから、それは稀な機会でもあった。
リー家のパーティーに出席したのも同様の理由である。
「こちらでは吉岡夢美と名乗っております。」
「私は川崎留衣と。」
そう告げた途端。リー家の姫の背後に紅蓮の炎が燃え立つ。
ルゥイは眉をしかめた。
「そこですわ。」
「そこ?」
「川崎洋にイキナリ病弱な弟。人嫌いが、噂では随分と上手くやっている様で、その筈ですわよねぇ。力の加減を知らぬ『人嫌い』とは真逆の存在ですもの。」
怒りに燃える眸で、ルゥイを睨み付けるリー家の娘。
愛らしく、可憐な顔立ちだが、随分キツイ性格の様だった。
通称『人嫌い』とは地球のプチ・リー家的な存在だ。チカラの暴走を危惧して、人前に出られない。『病弱』と云われるのは、その通称を嫌う人間が多いからだろう。階梯持ちが病弱と云えば、ソレは『人嫌い』の事なのだ。
暴走を危惧される、その超能力と呼ばれるチカラが、ルゥイの魔法力と同じ基盤と知れば、洋は驚くに違いない。
「ルゥイリア様には、リー家の『旅』の作法をどの様にお考えですの?」
「何が云いたいのか、意味が解らないのだが。」
ユレイミーリヤが、キラキラと怒りに満ちた眸でルゥイに告げる。
「アレは私の獲物です。印は付いていた筈ですわ!」
「……成る程。」
それで、洋に出逢った時、奇妙な感触があったのか。
ルゥイは納得した。
「まさかディストミラル家を、敵にまわすおつもりですか?」
「私には印の種類は区別が付かない。それに洋は私にとってパートナーでしかない。」
無礼では有るが、一応筋の通った抗議に、ルゥイは冷ややかな眼差しを向けた。
「本当……ですか?」
「いい加減にしろ。そなたこそ、俺を敵としたいのか?」
リー家の能力は洋を通じてしか使えないが、白の神司としての能力は別だった。
地球の人間に行使する事は許されないが、自らと同じくエリジュアスから来訪した女になら遠慮は無用だった。
最低限の礼儀は守ったルゥイである。
ルゥイには無礼を罰する権利が有る。この娘の命を絶っても、ディストミラル家は一族を滅されなかった事を感謝するしか無い。
それ程の格の違いが、リー家と神司であるルゥイには有る。テン国がリー家に誼みを通じるのは悪くないと思ったが。
己を殺して迄、気にする程の事では無かった。
ルゥイはそっと、自らに宿るチカラを確認する。
苛立ちを隠しもしない傲岸な視線に、ユレイミーリヤはハッとして眸を伏せた。
ルゥイリアの短気はよく知られていた。
「ご無礼を。」
だが、すぐにスッキリと背筋を伸ばし、ニッコリと微笑んだ。
「ですが、わたくしが敵に廻るのではございません。ディストミラル家が……と申し上げましたわ。」
「リィナイル皇が、俺と争うと?」
そして、リー・ディストミラル・ユレイミーリヤ。
リー家の中でも高慢で知られる、リー七皇家の筆頭、ディストミラル家に生まれた姫が微笑った。
「川崎洋は、私の配偶者となります。」
「そうか……以前。ディストミラルの血筋が地球に失せた事があったな。」
「………。」
無言のまま、肯定するように、姫は頭を下げた。
そういう事なら、娘の態度は無理も無い事と、許容の範囲となる。
勿論、ルゥイが許さなかったとしても、リー家は諦めるしかないが……。
頭を下げたとは云え、もう何も云う事は無いと告げる態度に、多少腹は立つが……ディストミラル家を敵にする程ではなかった。
ルゥイは納得して引き下がったのである。
「安心しろ。余計な手を出すつもりもない。」
「お気遣い、有難く存じます。」
やっとの事で言質を得て、リー家の娘は満足そうに微笑んだ。
そして。
ルゥイは川崎留衣として、帰宅の途についた。
そうか。
洋はあの女と結婚するのか。
ディストミラル家が狙うなら、違わず仕留められるだろう。
ルゥイはそう考えて、嘆息した。
ならば、あの手合いと、そうそう長く傍にも居られないだろう。
と、そう思った。
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そして、洋はエディスの直系の血筋でもあった。
父親はエディスの直系。
母親は、本人が知らないまま、ディストミラルの当主の血筋だ。
永く、ディストミラル家には男子が生まれて居ない。
他家ならばともかく、あの家で女性が当主に立つ事は有り得ない。
洋程の血を持つ男子を、ディストミラルは決して諦めはしないだろう。
誰も、ディストミラルに張り合って、洋を奪う事は出来ないだろう。
「やっと、帰れる。」
奇妙な考えから解放される。
綺麗で、乱暴で、賢くて、性格の悪い洋。
「吉岡夢美によろしくな。」
お前に同情してやろう。
あの女は手強いぞ。
ルゥイが微笑めば、洋は怒鳴る。
お前みたいに乱暴な奴、見た事がないよ。
多分、もう逢えないだろう。
洋みたいな人間には、もう逢えない。
きっと、何処にも居やしない。
唄うように、ルゥイは呟いた。
咽の奥で笑う。
パートナーを得る為に、媚香を使った事は云わずに済んだ。
隣で寝ても、決して手を出さなかった唐変木だが、洋は多分ルゥイを忘れられない。
媚薬の味を、洋は思い出すだろうか?
思い出して、苦しむが良い。
ルゥイはそう思って、唇の端を上げた。
一目惚れだったなんて、決して、一生、誰にも云わない。
洋の心がルゥイに向けられてさえいたなら、リー家を斥ける充分な理由になっただろう。
だが、洋はルゥイを愛さず、ルゥイも敢えて求めたりはしなかった。
その想いは。
ルゥイリアの、心の中だけに存在する恋だった。
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最後まで、お読み戴き有難うございました。
ルゥイ視点です。
洋がケダモノな訳ではナイと、書いておきたかったのと……ルゥイが余りに解り難い愛情表現なので、このオマケ話は最初から考えてました。
余り可哀相じゃないのは何故だろう?と、本編中から謎だったルゥイです。
洋の未来や、ルゥイのその後を書くかどうかは未定ですが、機会があればまた宜しくお願いします。