石の記憶 ひとすじの光
この物語は、日常の中の出来事をもとに紡いだ短編です。
杏奈は、仕事で少しだけスランプを感じていた。
大きな失敗をしたわけではない。ただ、うまくいかない感覚が続いている。
帰り道、ふと商店街の安売り雑貨店に立ち寄った。
特に理由はない。ただ、なんとなく足が向いた。
レジの前には、小さなアクセサリーがいくつか並んでいる。
その中に、天然石のペンダントトップが混ざっていた。
杏奈の目に留まったのは、少し大きめの水晶だった。
透明度の高い石の中を、細い針のようなものが四方八方に走っている。
ルチルクォーツは、針が入る分、少し濁って見えるものも多いと聞く。
それなのに、この石は思ったよりも澄んでいて、光をきれいに通していた。
――きれい。
気づけば、手に取っていた。
「それ、いいだろう」
店主が笑いながら声をかけてくる。
「お姉さん、いい買い物したよ」
少し誇らしげな口調だった。
「こういうのはな、倒産した問屋から回ってきたやつなんだ。
だからこの値段で出せるんだよ」
気さくな説明に、杏奈は思わず小さく笑った。
値段は千円。
ルチルクォーツは高価な石として知られているが、
目の前のそれは、気軽に手に取れる価格だった。
それでも、不思議と手放したくないと思った。
家に帰り、手持ちの長めのチェーンに通す。
胸のあたりに収まるその位置が、なんとなくしっくりきた。
翌朝、出かける前にその石を手に取る。
水晶の中を走る針は、まるでそれぞれが別々の方向へ進んでいるように見えた。
ばらばらに見えるのに、不思議とひとつにまとまっているようにも見える。
それを眺めていると、ふっと力が抜けた。
――うまくいかなくても、いいか。
そんな風に思えたのは、久しぶりだった。
大きく何かが変わったわけではない。
仕事が急にうまくいくようになったわけでもない。
ただ、少しだけ前を向けるようになった。
それからしばらくして、別の用事で立ち寄ったパワーストーンの店でのことだった。
何気なく胸元の石に視線を落とした店員が、ぱっと表情を変える。
「それ……いい石ですね」
思わずといった様子で身を乗り出す。
「結構いいお値段したでしょう?」
その言葉に、杏奈は少しだけ目を瞬かせた。
――千円です、とは言えず、ただ曖昧に笑う。
胸元の石をそっと指で触れる。
やっぱり、この子はいい買い物だったのかもしれない。
数日後。
「川島君」
デスクで資料をまとめていると、背後から声がかかった。
振り向くと、山田係長がこちらを見ている。
「君、変わったね」
不意の言葉に、杏奈は少しだけ目を瞬かせた。
「最近、表情がいい。前よりもずっと」
そう言って、係長は軽く頷いた。
杏奈は、自分の胸元に視線を落とす。
そこには、あのルチルクォーツが静かに揺れていた。
――そうかもしれない。
小さく息をつくと、不思議と心が軽かった。
「ありがとうございます」
自然とそう言葉が出る。
また少しだけ、やってみよう。
胸元の光に背中を押されるように、杏奈はそう思った。




