女子高生探偵 朝日まひるの事件簿
この作品はメタフィクションです。
実在の人物・団体とは関係あるはずもありません。
事件が起きたのは昨晩、午後十一時半。被害者は河原タエ子、三十九歳、独身女性。現場は自宅マンション。
タエ子って。三十九歳でタエ子って。しかもカタカナに『子』って。お婆ちゃんみたいだ。大正かと言いたい。こんなとんちんかんなネーミングセンスは無い。親の顔、と言うか、作者の顔を見てみたい。
私、女子高生探偵の朝日まひるは当然の如く、学校をサボって駆け付けた。殺人事件発生を知ったのは……何でだったか。自分でも良く解らない。まあ主人公の探偵が事件を知らず日常を過ごしているのは、あってはならない事なのだ。
「ガイシャに目立った外傷無し。毒殺の線が濃厚かと……」
スーツ姿の若い刑事がメモを取りながら口にする。それに対して「『ガイシャ』じゃねえ、『マルガイ』だ」と、意味の無いツッコミをしたのは警視庁殺人課の鬼瓦警部。勤続二十年のベテランで、名前の通りの怖面。夏だろうが何だろうが、常にコートを羽織っている。しゃがみ込んだらコートの裾が床に付くから、汚れるし証拠を失いかねないしで非常識極まりない訳だけど、まあそれはそれ。
毒殺と聞いて鬼瓦警部がやったのは、被害者の口元に鼻を寄せて、くんくん。よく死体に顔を近付ける気になれる。
「む、アーモンド臭! 青酸カリか」
流石に場数を踏んでいる、すぐに毒物を断定してみせた。とすると、テーブルの上の水が入ったコップ……これに毒物を混入し、飲ませたんだろう。
「よし、鑑識、指紋採取だ。中身は毒物検査に回せ」
相当気合いが入った様子で、指揮を執る。さっと二人の鑑識が飛び付き、一人がスポイトで中身を抜きつつ、もう一人が耳かきの反対みたいなグッズで黒い粉を付け始めた。間違いなく毒物反応が出るだろうし、指紋は採れない。お約束だからね。
部屋は荒らされた様子が無い。被害者が苦しんでもがいたらしく、椅子が倒れているくらいだ。
「つまり、物盗りでなく怨恨か……」
鬼瓦警部は顎をさする。
「毒使う強盗なんて居るんですか?」
さっきの若い刑事が興味津々と尋ねると、警部は「馬鹿かお前」と睨んだ。今のは読者への説明であって、深く追及してはいけないところだ。
「でも警部、一つ気になる事が……」
「何だ。言ってみろ」
絵を見せられない都合上、登場人物に発見して話してもらうしかない。そういう事なら私も警部も大歓迎だ。けれど、この馬鹿刑事には期待を裏切られる。
「なんで民間人が普通に現場に入ってるんですか? 探偵とか言ってますけど、どう見てもただの女子高生なんですけど。ブレザー着てるし」
こいつは空気を読めないみたいだ。探偵が現場に入れないでどうやって事件を解決しろと言うのか。私も警部も揃って無視する事にした。
「被害者は一ヶ月前に離婚したばかりか。ふん、なら元夫に動機があるな。すぐに呼べ」
被害者の情報を言うのは若い刑事の役回りだが、あまり喋らせない方が良いと悟った警部が代理を務める。
「え、呼ぶなら署の方が……」
「五月蠅ェ。場面転換を無くそうっていう涙ぐましい努力が解らんのか、お前は」
怒鳴りつけられても、若い刑事はキョトンとしている。まだ認識が甘い様だ。
「元夫の田中太郎です」
瞬間的に現れたのは、別に解説のしようもないただの男だった。名前と言い台詞と言い、本当にどうでも良い脇役なのが手に取る様に解る。すぐ動機が思い当たるし、犯人じゃないのは確実。
「よし、逮捕だ」
「ちょ、ちょっと待ってください警部! 早計過ぎやしませんか」
「あァ? 誤認逮捕の一つや二つするのが警察のお仕事だろうが」
「誤認って解ってるなら……って、ちょ、警部!!」
警部はさっさと手錠を取り出して田中太郎の手首に嵌めた。一回の台詞で即退場というのは可哀想だが、無駄に話を引き伸ばす事は無い。
「この事件、どう思う?」
「え、もう?」
思わず声を上げてしまった。地の文で説明しながら喋るのが大変だから、あまり口を聞きたくなかった。いくら引き延ばすのが面倒だとは言え、私の出番があまりに早すぎる。まあ仕方ないから推理するけど。話をするのは苦手だ。
「えーっと……犯人はこの中に居ます」
「こ、この中って、容疑者も何も無いけど……」
「五月蠅い黙れ。容疑者なんかいらないじゃん。どうせ一番怪しい人は犯人じゃないんだし、結局モブキャラが犯人だったりするんだし」
その辺のお約束は別に守らないで省略したって、読者は困らない。選択肢を用意したって、読者は誰かを選んだりしない。選んで外れたら悔しいだけだもの。
「という事はつまり、君が犯人?」
「主人公が実は犯人とか、私嫌い。不平等この上ないもん。『えー』って言われて喜ぶのは作者くらいじゃない。完全にオナニー」
「オナ……いや、それより作者って何?」
「おい、お前、名前も無い刑事A。ちょっと黙ってろ」
これ以上の暴挙は許さないとばかりに、警部が封殺する。
「で、誰が犯人なんだ?」
警部も性急だ。よっぽどこの話を短く終わらせたいらしい。私もそろそろ疲れてきたから、賛成だ。勿体ぶっても仕方ないので、さっさと犯人の名前を言おう。
「犯人は鬼瓦警部です」
「あちゃー、俺か」
「ちょ、ちょっと待て! 何でそうなるんだ? と言うか警部も『あちゃー』って何ですか、『あちゃー』って」
「五月蠅い。面倒臭い。しんどい。構ってちゃんおつ」
本当にこういうキャラクターが邪魔。いちいち突っ掛かってくるから説明しなくちゃいけなくなる。役者の台詞で回さなきゃいけないドラマなら必要かも知れないが、地の文で解説出来る小説には不必要。その辺の事をこの作者は解ってるのか。アンポンタンめ。
「あのねえ、青酸カリのアーモンド臭とかよく言うけど、アーモンドの香ばしい臭いなんかしないの。本当は青梅が近いの。欧米人は梅を知らないから、実の付いたアーモンドの臭いがするって感覚。よって酸っぱい臭い嗅いでアーモンド臭って言った警部が犯人。アンダスタン?」
「いや、解らないって! 証拠とか無いのかよ」
「毒物検査したら絶対青酸カリ出るでしょ。シアン化合物なら何でも青梅の匂いするから、青酸カリとは限らない。でも警部は断言出来たから、入れた本人ね。これ決定事項」
「いや、いやいやいや。だって警部には動機が……」
「どうせ愛人だったってオチでしょ。それが離婚の原因になったし、離婚が成立したから結婚迫られて、邪魔になってやっちゃった、ていう」
「成る程な、そういう設定だったのか。俺も知らなかったが、あー、言われてみれば物凄くこの女が憎らしくなってきた。うんうん、ウザかったウザかった。四十手前で結婚経験ある癖に、もう『愛してる』だの『あなたと一緒じゃなきゃ死ぬ』だの、イカレてんのかと思うくらい有り得ない女だった。だからついカッとなってやった。後悔はしてない」
「はい、自供ゲット。ほら、木偶の坊A、チャキチャキ手錠する!」
「えー……」
これで無事犯人は捕まえられた訳だが、まだ終わってない。犯人捕まえてもそれだけでは終われないのが、ミステリーの辛いところだ。
「タエ子さんはあなたに殺されるのを望んでいたんだと思います」
「あ、そうなのか?」
「ま、まま、待った。何なの? 何それ? 何でそんな事まで解るの?」
「青酸カリの致死量は百五十から三百ミリグラムなんだって、今さっきネットで調べたんだけど。で、コップ一杯の容積って入っても二百五十ミリリットルとかそれくらいでしょ。って事は、もうあのコップの中身は殆ど青酸カリな訳。そのものな訳。それでもって、シアン化合物さっき話した様に、きっつい臭いするし、嘗めようものなら舌が痺れるくらいの刺激があるの。だから本人が覚悟しない限り死ぬまで飲むのは無理。ほぼ自殺」
「成る程、成る程。じゃあ何で殺されたいと思ったんだ?」
「愛してたからじゃないですか? 死んで欲しいと思ってるなら、その通りになってあげたいと思ったんじゃないですか? 愛してるから」
愛って便利。何の理由にもなるから。
「そうか。そう聞いたら悲しくなってきた。おお、タエ子」
警部はさっき渡した目薬を差して、ぽろぽろ零し始めた。
とりあえず泣きの演出も終わったからこの辺で良いだろう。きっと読者も満足だ。
「……こんなので良いのか」
「良いんじゃない?」
呆然と立ち尽くす刑事の肩を叩く。いずれ彼も慣れるだろう。この世界はそういう風に出来ているのだから。
「あ、そうだ。さっきガイシャ……いや、マルガイの通院記録が届いたんだけど、交通事故で脳に損傷を負ったみたいで、重度の味覚障害と嗅覚障害を患ってたらしいんだ」
「……そういうの良いから。折角の感動の演出ぶち壊さなくて良いから。本当に空気読め」
撤回する。彼は彼が慣れる前に、この世界から存在を抹消されるだろう。
なら安心して次の事件まで寝られそうだ。どうせ次も面白くないから、書かれなければずっと眠れるのだが。
誰だよ、こんな話書いた奴。