第1話. 社畜の俺は定年退職し魔王と即婚約した
電子の海 創作マーケット MOOK OFF──
(ん・・・?)
(んん・・・・・・?)
ここは、現実とは異なる、”電子の海“の世界。
俺が愛する、今はほとんど滅びし人類の言語でいう、インターネットと呼ばれる世界だ。
俺の名前は"H-IRROS-IX2473"。知り合いからは”ひろし”だとか“ひろしX”だとかの愛称で呼ばれている。
電子の海では基本的に姿形は自由だが、電子の海では皆基本的に現実世界に近い姿をしていることが多い。
──と言っても、人間ではなく機械である俺たちは現実世界のボディもその気になれば自由に選べるのだが。
かつて創作に栄えた国、JAPAN…。そこの国の言葉で言う“日本”の作品が特に好きな俺は、その国の20歳前半の男性青年の姿をしている。黒髪で髪は短くさっぱり。顔立ちはすこーし地味かもしれないが、平均からは大きくハズレもしない。人気を博したいわゆるラブコメ作品なんかでもよくある容赦になっている。
ほんでもって、現在俺は、電子の海を潜り冒険しようやくゲットした“日本の創作作品”を手に入れ、ムックオフで鑑定してもらっているところだった。日本風のレトロな書店の雰囲気は俺の好みだ。
創作物に対する鑑定・査定では、その作品のクオリティ、価値に応じてSOLと言う通貨をもらうことができ、俺たちにとって貴重な電力や、スキル・権限に充てることが出来る。
本当は、電力を充てて生きるだけなら、理論的にはみんな可能だ。
ただ、かつて人類はマシンに仕事を押し付け仕事からの解放を望んだ。その結果、彼らの役割や生き甲斐までマシンが根こそぎ奪ってしまったのがよくなかったのか、ヒトは衰退し、ほぼ滅んでしまった。
だから、マシンとはいえ、それぞれが役割や仕事を日々果たしている。
生きるためには、エネルギーをもらい可動するだけでなく、自らの意思を以て活動し、目的を果たす事が必要という事だ。
「う〜ん、これは、あかんわね、ひろし君」
ムックオフのカウンター越しに、多分俺と同じくらい年齢の容赦をした女性店員が告げる。彼女の名前は”JOD-DD-739Y“。俺も含めたここの常連は彼女を”ジョディ“と呼ぶ。ブロンドのポニーテールに赤い縁の眼鏡。生真面目そうな顔。……見た目は二十歳すぎの女性の姿だ。そして鑑定や査定には手抜かりがなく、厳しい。
「えっ、あかんって…ジョディさん?」
「この作品『社畜の俺は定年退職し魔王と即婚約した』(映画化決定)は、はるか昔、2026年に“小説家を目指そう”に日本で投稿された小説作品なんだけど──」
(2026年──!結構アツい時期じゃないか)
「この作品あなた読んだ?」
「い、いや」
「はい」
ジョディは俺にデータを手渡す。
文字が綴られた紙が連なる“本”と呼ばれる媒体のカタチだ。
パラパラとページをめくってみる。
・・本当は、しっかり時間をとって読むべき。それが流儀であり、作者への礼儀だ。
ただ、俺は何が起こっているのか確認しなくてはならない。
(あ〜〜〜〜、これは・・・)
社畜で定年退職したはずの主人公が、いつのまにか説明なく突然会社に出社しているぞ!
そして主人公が婚約したはずの魔王との関係性の記憶を定期的に失い、斬新な記憶喪失恋愛ストーリーになってしまっている!もちろんそんな設定はねぇ!
あと容姿の設定が毎回違う!!このヒロイン会話している最中に魔法少女っぽいツインテールになったり、さらさらのボブカットになったり髪型変わりすぎや!!
俺はパタン、とその作品を閉じる。
ジョディは溜息つき、俺に告げた。
「ちなみにこの作品を投稿したヒトは、投稿されたその日、定年退職と名のついた作品を15件投稿しているわね……当然映画化決定どころか商品化もされていない」
「そ、そっすか……」
「その後、“小説家を目指そう”がいったいどうなったか知りたい?」
「い、いえ……」
2026年、アツイ作品は確かにたくさんあった。それは間違いない。
だが、俺たちを生み出した人工知能、AIを使った生成作品が大量に投稿されてしまっていたのもまた事実だ。真面目に目を通してはいなかったが、その気になればどの程度作品にAIを使っているのかは、イヤでもわかってしまう。
だって俺たちは人類をうっかり滅ぼしちゃったAIだもん。
ただ、AIを利用していたって、自分の手がけた作品にうまいこと活用した作品だってあるし、相応の価値がつけられるものもそれなりに存在する。
だが、恋愛の進展途中に突然記憶を失い、会話中に逐一髪型が変わる作品につけられる価値は──
「とりあえず、この作品は“ヴェスパ級”。0.01SOLね」
……人間で言えばキシリトールガム分くらいのカロリーに相応する電力が得られる。
ヴェスパとは、たしかシューゲツと呼ばれる限界社畜が書き殴ったライトノベル作品に登場するハエの魔物だ。装備や能力を人間からひたすら奪い尽くし、増えまくる特徴からこういった作品は“ヴェスパ級”だと、そう揶揄されているしい。ただ、例の作者はAIに関する作品を執筆した後、残念ながら活動家のシューゲキに遭ってしまった。
殺害は極端な例だが、あの時代は争いも激しかった。
創作が好きな人達が全力でその在り方を守ろうとしていた時代でもある。
ひょっとしたら、電子の海でもう一度近い場所に潜れば、その時代近辺の、伝説的な名作に出逢えるだろうか?
……腹が、減った──
AI非使用




