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責任の取り方

「あの……」

 平日の昼下がり。

 午前中に怪物退治を終えた私は、現在仮住まいにさせてもらっている砂奈ちゃんの家に戻り、彼女の前で土下座していた。

 室内にはさらさらと紙をめくる静かな音だけが響いている。この執務室はそこそこの広さがあるはずなのに、大きくて高そうな家具たちは格調高くて主張が強く、庶民の私を息苦しくさせた。

 この部屋には私と砂奈ちゃんしかいない。

 「何か言いたいことがあるならはっきりと言いなさい」

 砂奈ちゃんがその視線を手元に落としたまま告げた。

 その厳かな雰囲気から、きっと壁の蔵書にあるような、題名が英語で私にはよくわからない本を読んでいるのだろう。

 「それで?」

 私は決して土下座を命じられたからやっている訳ではない。

 しかし何か土下座をしなくてはいけない、私は自分の犯した過ちからそう感じたのだった。

 「う、うん」

 砂奈ちゃんは頭の天辺からそのつま先まで、ミステリアスを煮詰めたような女の子だ。とても同年代とは思えないくらいに大人びているし、足を組んで椅子に座る姿は堂に入ってさえいた。私と出会った次の日には白かった髪を灰色に染めていたりと、その行動もよくわからない。

 とにかくどこで地雷を踏んでしまうかわからないので、自分が悪いと決まっているときは素直に謝るのがいいと私は結論を出し、覚悟を決める。

 「これ……壊しちゃって、ごめんなさい」

 私は王に傅き献上するようにして、その壊れた銃を差し出した。

 「何もおかしいところは触ってないはずなんだけど……」

 私はお決まりのようなセリフで誤魔化しながら、おそるおそる砂奈ちゃんの表情を確認するために顔を上げる。

 「別にいいわ。一度使ったら壊れる前提で作ったから」

あまりにもあっさりとした返答。これでは悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなるというもの。

 「それなら最初に言って???」

 私は謝って損をしたというように砂奈ちゃんに詰め寄る。執務机を回り込んで砂奈ちゃんの方に回った。

 「あの」

 「なに」

 短いやりとり。その間も砂奈ちゃんはページをめくる手をとめることはない。

 「人と話すときはジャンプ読むのやめよ???」

 砂奈ちゃんはジャンプを読んでいた。週刊少年漫画雑誌といえば、そう聞かれたら十人中十人がその名前を答えそうなくらいに有名な週刊誌だった。

 「はぁ〜」

 思わずため息が漏れる。

 それに反応するようにして砂奈ちゃんが視線を私に向けた。

 「あなたは相手が学術書を読むのはいいけど、ジャンプを読むのは許せないというのね。ジャンプはとてもためになる本よ。あなたも読みなさい。日本人の血みたいなものなのだから。ああ、ちなみにそこの棚は全部ジャンプよ。保存用は別の棚だから気にせず読むといいわ」

 「じゃ、ジャンプ信者だ!」

 「ふふっ、どうせなら狂信者と言いなさい」

 「そっち!?」

 それから彼女のオススメのジャンプコミック20選をたっぷり聞かされ、毎週最新のジャンプが読めることは日本人に生まれた特権であり、日本人は最高だ!というような話に対して自分も日本人じゃないかとツッコミをいれたところで私は話を本題に戻した。


「それでこの銃のことだけど……」

 砂奈ちゃんは読み終えたジャンプを丁寧に棚に収めてから、私に向き直る。

 まさか話を仕切り直したはずがジャンプを読み終えるまで待たされたことはあえて語らないことにする。

 「これは私の知識のから見よう見真似で作ったものだから、使えただけでも十分な収穫だわ」

 「それって使えない可能性もあったってこと!?」

 「そうとも言えるわね」

 「そんなものを持たせないでよ〜」

 まさか使えるかどうかもわからない武器を渡されていたとは。

 私が怪物にやられてしまったらどうするつもりだったのか。そんな思いを見透かすように砂奈ちゃんは言う。

 「私はわかっていたわ。あなたはこんなとこで死んでしまうような人ではないってことをね」

 そんなことを、砂奈ちゃんの顔と声で言われてしまったら、全てを許すしかなくなってしまう。出会って2日目の人間に対する信頼としてそうなのかは疑問だが、ミステリアス美人パワー恐るべし。

 「はぁ……」

 「それで、今後の方針についてだけれど。いかにして街に解き放たれたハザードを駆除するか、その方法を話しましょう」

 砂奈ちゃんが発したハザードという言葉。

 馴染みのない言葉に私は、昨日の出来事を思い出した。



 微睡の中から私という存在が形をなし、外の世界へ干渉するために動き出す。意識というものがなんなのか、幼い私は知るよしもない。

 ただ私という意識は生きていることを自覚して、その赴くままに行動を開始するのだった。

 「うぅ……」

 その目覚めに反して体が動かない。両手と両足が動かない。動かそうとするたびに鳴るじゃらじゃらという金属音は私を拘束する鎖かなにかだろうか。

 体が重い。風邪を引いたときのような倦怠感が私に降りかかる重力を重くする。

 何もしたくない。

 やる気が全て体の外に流れ出てしまったのかと錯覚するくらいに体がダルかった。

 おそらく私は拘束されている。

 自分の体が動かせない事実が紛れもない現実であることを私は理解した。

 またその状態に反して体は沈み込むような優しい心地よさに包まれていることも事実だった。

 私は重い瞼をなんとか開いて、世界を観測する。

 世界の情報を瞳という器官で受け取り、脳で処理する。生物として当たり前のプロセスを経て世界を視た。

 私の眼前に広がったのは天蓋付きのベッドだった。あまりに大きなベッドは私を包み込んでもあまりある包容力を兼ね備えており、まるでどこかのお城にでも迷い込んでしまったかのような錯覚さえ覚えた。

 それは私が着ている、自分のものではないネグリジェからとてもいい匂いがするからだろうか。あるいは、かろうじて見える部屋の光景が、部屋の中の調度品が統一されていて、まるで中世のお城のようだと錯覚させているのかもしれない。

 この部屋には、現代の日本を感じさせるものがなにもないのだ。

 もしもここが本当にお城だったならば、さしずめ私は囚われのお姫様というところだろうか。

 (四肢を拘束されるお姫様はちょっとなぁ……)

 「起きたのね」

 そんなことを考えていた私に声がかけられた。他に人の気配はしないし、きっと私にかけられた声だろう。

 ベッドが沈み込んだ。

 相手がベッドの上に乗ってこちらに近づいてくるのがわかる。


 そして、次の瞬間には、灰色の美少女が私の上に跨っていた。


 「私は白士砂奈、あなたを救った者の名前よ。覚えておきなさい」

 「白士……」

 確か私が通う学校の運営をしている会社がそんな名前だった。でも私の記憶の中と合致したのはそれくらいで、あなたを救ったという言葉にはイマイチピンとこない。

 「学校では父が理事長をやっているからね。私は下の名前で呼ばれることが多いの。だからあなたも砂奈と呼びなさい」

 「えと、初対面でいきなり下の名前を呼ぶのは……」

 何を考えているのかわからない彼女が私に迫った。詰められる距離感に私はどうしていいのかわからない。

 だって私は真に友達と呼べる人を作ったことはなかったから。信頼できるのはおばあちゃんだけで、私にとって学校は、私を社会という場所に縛る檻のような場所でしかなかったのだ。

 おばあ、ちゃん。

 「あ……」

 もう、おばあちゃんはいなくて。

 おばあちゃん。

 おばあちゃん。

 おばあちゃん。

 「う、うあ、あ、はっ」

 「いいのよ。泣いても」

 彼女は私を抱きしめていた。私は彼女の優しい鼓動に触れる。ドクンドクンとそこに脈打つ優しい鼓動が、まるで私の悲しみを吸い取ってくれるように感じられた。

 「うあああああああああああああああああ」




 「落ち着いた?」

 「うん……。ありがとう、砂奈、ちゃん」

 「……! 名前を呼ぶ気に、なったの」

 そこで彼女は私を解放して目線を逸らした。顔はどこか朱が差したようにも見える。

 「あれ……もしかして」

 そこで私は気づいた。

 髪の色が変わっていて気づかなかったが、彼女はあの日、私の前に現れた白い髪の。

 「もしかしてって、今更気づいたんだ」

 「そ、そうみたい。ははは。ところで私、なんで拘束されてるの?」

 「……そうね」

 「絶対忘れてたよね???」

 少しとぼけたような顔で砂奈ちゃんが私を鎖から解放する。しかしその表情はすぐに真剣なものに変わり、まっすぐに私を見つめていた。

 「さて、聞きたいことは山ほどあるでしょうけど」

 「うん」

 「これだけは最初に言っておくわね」

 「う、うん」


 「あなたのせいで学校の生徒三十名が行方不明となった」

 彼女はこれが失踪した生徒の名簿であり資料だと、紙の束を私に向けて放った。

 「え……」

 現実感のない言葉に私は言葉を詰まらせる。しかしその名簿に記載された名前の全てが私のクラスの人間だと気づき、自分の脳内にあったピースが組み上がっていく。

 「失踪した人、この時間は美術の」

 「思い当たることがあるでしょう?」

 「あ……」

 そうだ。

 あの時、私は美術室で絵を描いた。

 教室を出た後のことはわからないが、あのキャンバスの黒だけは思い出せる。忘れるわけがない。あれは私の感情そのものだから。

 間違いない。きっとあの絵が、みんなを。

 「これニュースで大きく取り上げられているわ」

 砂奈ちゃんが見せてくれたスマホの画面では、封鎖された学校の前でキャスターが何かを必死に伝えていた。キャスターの指差す先にスライドしたカメラが映すのは、一部が真っ黒に染まった校舎の姿だった。

 「なに、これ」

 建物が黒く染まるなんて火事くらいの想像しかできない私にも、これは違うと一目でわかった。そこには明確な悪意が滲み出ていた。白を黒で汚してやろうというような下卑た感情の元にその行為が行われたのだと確信してしまう、それほどに校舎の一部は黒く、歪になっていた。

 そしてキャスターが行方不明になった生徒が見つかっていないことを伝えてニュース映像は終わった。


 「そして、この行方不明になった三十名は後に死亡扱いにされる。だれも彼らを見つけることはできなかった」


 砂奈ちゃんは淡々と語った。

 私に突きつけるように、時に怒るように、話した。

 「そん、な。みんなを、私が」

 「そういうことね。あなたの描いた絵が、クラスのみんなを殺した」

 重すぎる事実に、私はどうやって呼吸をするのかさえ思い出せない。

 「あっ、はっ、あっ」

 全身から力が抜けて、私は床に崩れ落ちた。

 どうして。

 なんで。

 「あなたは自分可愛さに泣いていることなんて許されないの」

 ひどく冷たい言葉だった。

 でもその通りだ。

 全ては私のせい。

 だって、あの時、書いてみたくなった。

 その衝動に抗えなかった私が悪い。

 ここで起きた全てが私のせいだ。

 どうやったら償える?

 でも人の命を奪って償うことなんてできない。

 だって死んだ人は戻ってこないのだ。

 「でも、」

 失意の中、私に降り注ぐ言葉があった。

 「私ならあなたを救える。あなたを救うために私はここにいる」

 「え……?」

 砂奈ちゃんがしゃがみ込んで、私の頬に手を添えた。綺麗な顔が私を見ていた。

 「私は、あなたの絵が発端となった『ダウンフォール』を止めるために、未来からここにきたの」

 「未来?」

 唐突な言葉にも、もはや感覚が麻痺していて反応することができなかった。私はただ鸚鵡返しのように、相手の言葉を反芻した。

 「あなたが殺したことになっているクラスメイト三十三名、彼らはまだ、この時点では生きている」

 「ほっ、本当なの!?」

 ぶら下げられた希望に私は縋り付くようにして言葉の真意を確かめようとする。

 「彼らは色に侵蝕されたハザードとなって自分を解放している。そして完全に自分を解放したとき、完全な怪物となって世界を犯す装置に変わる」

 「まだ、彼らを元に戻す方法があるの?」

 「ええ、あなたの力を正しく使えばそれができる」

 「私にそんな力が?」

 「全てはあなたの絵から始まった。だから全てをあなたの絵で終わらせなさい」

 告げられた言葉に、私は覚悟を決めた。

 「あなたの自由なグラフィティで、世界をあるべき姿に」


 こうして私はクラスメイトの命を助けるため、自分が犯した過ちの責任をとるために、この戦いを始めたのだ。


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