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君の夢は何ですか。

作者: たき

「君の夢は何ですか?」

少し前を歩く君が振り返って僕に言った。

「どうしたの?急に」

「ほら、私たち来年で成人じゃん?」

「そうだね。全然実感ないけど」

「だから聞いてみた」

僕は少しの間考えてみる。


「んー……思いつかないや」

「えぇ……」

「でも、こうやって君といつまでも一緒に居られたらいいなって思う」

「なにそれ」

君は笑った。


「だめ?」

「ううん。でもごめん」

「なんで?」

「いや、言わせた感あったからさ」

「そんなことないよ。ほんとにそう思ってるよ」

「ありがとう。じゃあ私こっちだから」

「うん。じゃあね」

「じゃあね」

二手に分かれる道で別れの挨拶をする。

いつもの君と変わらなかった。


しかしこの日から、君は僕の前から姿を消した。



君と僕との出会いは去年のことだった。

昼休み、教室の端の席で本を読んでいた僕に、君が話しかけてきた。


「ねぇ、何読んでるの?」

「え?っと……」

「いつも本読んでるじゃん。面白い本読んでるのかなって」

「ただの小説だよ」

「タイトルは?」

「教えない」

「なんで?」

「教えたくないから」

「へぇ、そんなに面白いんだー。どれどれ」

君は僕が読んでいる本を取り上げた。

「へぇ、こんな本読んでるんだ」

「ちょっと、何すんの。返して」

「はい、どうぞ」

「もうあっち行ってよ」

「はーい」


僕は取り返した本を開き読み進める。

隣の席に座った君がずっとこちらを見ているが無視する。


しばらくして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り本を閉じる。

その瞬間を見計らって君が話しかけてきた。


「時間って残酷だよね」

「え?」

「だって、せっかく本の中の世界に居たのに時間は進んで、チャイムが鳴ったら現実世界に引き戻される」

「でもそれでいいんじゃない?」

「え?」

「僕は現実世界も好きだよ」

「そっか」

「もう自分の席に戻りなよ。先生来るよ?」

「はーい」

君は座っていた椅子をもとに戻し、自分の席へと戻っていった。


それからというもの、君は昼休みになっては僕の隣の席に座り、何かするわけでもなくこちらをずっと見ていた。

最初は不快だったが、毎日されていると嫌でも慣れてしまう。

僕は君を空気のように扱い、気づかぬふりをしながら日々を過ごした。



ある日、本を読む気分じゃなかった僕は机に突っ伏していた。

すると横に来た君が声をかけてきた。

「ねえ、今日は読まないの?」

「気分じゃない」

「何それ」

「ほっといて」

「えー、君が本読んでる時の顔、好きなんだけどなー」

「あっそ」

「今日は君の寝顔でも見ようかな」

「そんなことしてないで自分の好きなことすればいいじゃん」

「え?君が本を読んでいるのを見るのが、私の好きなことなんだけど」

「はぁ」

「ねぇ、君さ、君が思ってるよりもカッコいいよ」

「はいはい。もう昼寝するから話しかけないで」

「えー」

僕は目を閉じ眠りにつく。


しばらくして小さくチャイムが聞こえてきて目を開く。隣に君は居なかった。


そのかわりに机の上に小さく畳まれた紙が置かれていた。

紙を開くと「今週末空いてる?」とだけ書かれていた。宛名も差出人も無いものの、君だと確信した。


僕は紙を小さく折りたたみ、筆箱の中へしまう。

その日は返事をせず、授業が終わるとそのまま家に帰った。



翌日の昼、本を開くと君が隣に来た。

「今日は本を読む気分なの?」

「毎日毎日よく飽きないね」

「言ったじゃん、本を読んでる時の君を見るのが好きなんだって」

「はいはい」

「それより、返事は?」

「……」

「昨日、机に置いた紙読んだでしょ」

「やっぱり君か」

僕は筆箱の中にしまった紙を取り開き、君に見せつける。


「わかってたでしょ」

僕は無視して本に視線を戻す。

「で、返事は?」

「空いてる」

本を見ながら返事する。

「やったー、じゃあ一緒に図書館行こうよ」

「なんで図書館?」

「君が本読んでるとこ、もっと見てたいから」

「はぁ」

「君も静かな場所でたくさん本を読めるしいいでしょ?」

「まぁ」

「じゃあ決まり。土曜の9時に図書館ね」

「はいはい」

約束したら君は自分の席へと戻って行った。



土曜日、あくびをしながら図書館の前で君を待つ。

「ごめん待った?」

走りながら君が向かってきた。

「遅いよ。もう9時半だよ」

「ごめんごめん、用意してたら遅くなっちゃった」

「図書館行くだけなのに何を準備してきたの?」

「うーん……色々?とりあえず中入ろ!」


僕は中に入るなり、お目当ての本を探す。

君は僕の横についてきていた。

「君も自分の本探したら?」

「ううん、私はいいの」

「じゃあなんで図書館に来ようなんて言ったの?」

「君が本を読んでるところを見ていたいから」

「変なの」

探していた本を見つけ手に取り、閲覧席へ向かう。

テーブルが一つ空いているのを見つけ、僕と君は向かい合って座った。


教室でいつもしているように本を開く。

ただいつもと違うことが一つあった。それは教室では横にいる君が正面にいること。

気が散らないように本で君の顔を隠そうとするが、「それじゃ顔が見えないじゃん」と本を下ろされた。

気が散ってしょうがないが、本を読み進めていくうちに気にならなくなっていった。


小説を読み終え正面を見ると、君はテーブルに突っ伏していた。

辺りを見回すと数人が君を迷惑そうに見ていた。

「ちょっと、起きなよ」と君の腕を揺すってみるが君は起きなかった。

腕を引っ張るとようやく起きた。


「ぅうーん、何すんの?」

「いや、君が何してんの。ここ図書館だよ」

「そうだった。ごめん、寝ちゃってた」

「僕は本読み終わったけど、この後どうする?」

「今何時?」

「ちょうど昼くらい」

「じゃあご飯食べに行こうよ」

「えー」

「気分じゃない?」

「うん」

「お腹空いてないの?」

「あんまり」

「じゃあ軽いものでもいいよ」

「それなら」

僕は本を返し、二人で図書館を出る。



「何食べよっか」

「駅前にカフェがあるよ」

「じゃあそこにしよ」


カフェに入ると、先ほどと同じように二人は向かい合って座った。

「何にする?」

メニューを眺めながらしばらく考える。


「じゃあ、オレンジジュースとパンケーキで」

「意外と子供っぽいもの頼むんだね。じゃあ私はコーヒーとパンケーキで」

店員を呼んで注文した。


「コーヒー飲めないの?」

「うん」

「おこちゃまだねぇ」

「うるさい」

「本、面白かった?」

「うん。ずっと読みたかった本だったし」

「そっか良かった」

「君は?」

「いつもは横からだったけど、正面から見る君もいいね」

「なにそれ」

僕は図書館に居たとは思えない、君の言葉に思わず笑った。


「あ、笑った」

「図書館に何しに来てるの?」

「笑った顔はかわいいんだね。いつもムスッとしてるからさ。もったいないよ」

「余計なお世話です」

「でもよかった。楽しかったみたいで」

注文していたメニューが届き、雑談をしながら食べる。

何を話していたか覚えていないくらいどうでもいいことだったが、いつも本の世界に入り込んでいる僕にとっては新鮮で楽しかった。


「おいしかったあ」

君は満足げだった。

「そうだね。このあとはどうするの?」

「うーん……まだ2時かあ。もう一回図書館に戻る?」

「やめたほうがいいんじゃない?ご飯食べたし、君また寝ちゃうでしょ」

「たしかに」

「じゃあさじゃあさ、本屋さん行こうよ」

「本屋じゃ立ち読みもできないけど?」

「買ってどこか公園とかで読めばいいじゃん」

「たしかに。天気もいいし気持ちよさそう」

「でしょでしょ、そうと決まればレッツゴー」

「その前にお会計ね」

「あ、私出しとくよ。誘ったの私だし」

「いや、申し訳ないから僕の分だけでも払わせて」

「ふふ、優しいね。じゃあありがたく頂戴します」

君は僕の出したお金を、頭を下げながら丁寧に両手で受け取った。



会計を終えた僕と君は本屋を目指し歩き始める。

「どこの本屋さん行く?」

「すぐそこのでいいんじゃない?」

「じゃあそうしよう」

少し歩いたところにある書店へと入った。


僕は新作小説のコーナーを見渡し、一冊の本を手に取る。

「それ読みたいの?」

「そう。僕の好きな作家さん」

「たしかに、最初に君に話しかけたときもこの作家さんの本読んでたよね」

「うん」

「君、誕生日いつ?」

「5月だけど?」

「過ぎちゃってるかあ、じゃあちょっと早いけどクリスマスプレゼントってことで買ってあげる」

「いいよ、自分で買うよ」

「いいのいいの。今日のお礼ってことで」

「そう?」

「うん」

「じゃあ……お言葉に甘えて」

「はーい、他は見なくていいの?」

「うん。読み終わるまで次の本は買わないことにしてるんだ」

「へぇ、しっかりしてるね。じゃあ会計してくるね」

僕らは書店を出て近所の公園に向かった。



公園では秋色に染まった木々に囲まれ、子どもたちが遊んでいた。

「ベンチここでいい?」

「うん」

入り口横のベンチに腰掛けた。

「相変わらず君は何もしないんだね」

「してるよ?本を読む君を見てる」

「はいはい」

僕は君に買ってもらった本を開き読み始めた。


体を激しく左右に揺さぶられ、目を開ける。気づかぬうちに寝てしまっていたようだ。

「おはよ」

「ごめん、寝ちゃってた」

「私にあんだけ言っておいて、ね」

「ごめん」

「でも君の寝顔見れたからいいや、ほら」

そう言うと君はスマホの画面を僕に向けて見せた。スマホには僕の寝顔が写っていた。


「恥ずかしいから消してよ」

「やだねー」

君はスマホをポケットにしまった。

「あ、あとよだれも垂らしてたよ」

「え、マジ?」

「マジ。本に落ちないように拭いてあげたんだから」

「ごめん、ありがとう」

「寝顔はかわいいし、よだれは垂らすし、もう赤ちゃんみたい」

「高1です」

「知ってます」

「もう夕方だし今日はお開きにしよっか」

「そうだね。寒くもなってきたし」

「じゃあ帰ろ」

ベンチから立ち上がり公園を後にする。



日が傾き始めた静かな住宅街を君と歩く。

少し進んだころ、君が突然口を開いた。


「ねぇ、私たち付き合わない?」

思いがけない言葉に「えっ」と声を出し立ち止まる。君も立ち止まり、振り返って僕の顔を見つめている。

時が止まったような感覚だった。


「うん」

僕は返事をした。


「やったー!じゃあさ写真撮ろ、写真」

「えー」

写真が苦手な僕は渋った。

「ほらほら、いくよー。はいチーズ」

保存された写真を見る。

「もう、笑ってよ。笑った顔がかわいいんだから」

「じゃあなんか笑わせてよ」

「え、ふとんがふっとんだ」

「なにそれ」

僕が笑った瞬間、君はシャッターボタンを押した。



付き合うことになっても僕らの日常は変わらなかった。

毎日昼休みになると僕は本を開き、君は横の空いた席に座り僕をじっと見つめる。


ある日僕は君に聞いてみた。

「ねぇ、僕たちってさ、付き合ってるんだよね?」

「うん」

「なんか……前と変わらなくない?」

「そうだね。何?カップルらしいことしたいって?キスとかハグとか?」

「いやそういうわけじゃないけど……」

「変わらないのが私たちらしくていいんじゃない?」

「え?」

「だって、本を読んでいる君が好きで、君といる時間が好きで、告白したんだからさ。付き合って急に本を読まなくなって、性格もガラッと変わっちゃったら、好きになった君と別人じゃん」

「たしかに」

「でしょ?だから変わらなくていいんじゃないかな?もちろん不満があるなら言ってくれてもいいけど」

「ううん、不満はないよ。君の言う通りだと思った」

君は満足げな顔をした。


そんな日常が変わったのはクラス替えの時だった。

僕と君は不幸にも別々のクラスとなってしまった。


「クラス、別々になっちゃったね」

「だね。こればっかりは仕方ないよ」

「そうだねー。これからは昼休みに君を見ることもできないのか」

「昼休みに僕のクラスまで来ればいいじゃん」

「でも、君のクラスに苦手な子がいるんだよね」

「君にも苦手な人とか居るんだ、意外」

「誰にだって苦手な人は居るでしょ」

「僕はいないけどなあ」

「それは君がずっと本読んでて他の人と関わってないからでしょ」

「え、急に悪口言うじゃん」

「あっ!図書室でいいじゃん」

「嫌だよめんどくさい」

「まぁまぁそう言わずに。じゃあ明日の昼図書室ね」

君は走って去って行った。



翌日の昼、僕は図書室の閲覧席で本を読んでいた。

「あ、来てくれたんだ」

背中から君の声が聞こえた。

「嫌だとか言ってたくせに私より早く来るなんて。もしかしてツンデレ?」

「うるさい」

「かわいい」

君は人差し指で僕の頬をつつく。

「やめてよ」

「顔赤いよ、ホントはうれしいんでしょ」

「あのさ、図書室なんだから静かにしてよ」

「はーい」

クラス替え前と変わらず、君の視線を感じながら僕は本を読み進めた。

それから毎日僕は昼休みになると図書室に行くようにした。


「ねぇ、今日部活ある?」

ある日突然声をかけてきた。

「ないよ」

「じゃあ一緒に帰らない?」

「別にいいよ」

「やったー。じゃあ、今日の放課後そっち行くね」

「うん、待ってる」

君と一緒に帰るのは、最初に出かけて以来はじめてのことだった。


その日の放課後、帰りの学活が終わっても君はなかなか来なかった。

クラスメイトがガヤガヤと騒いでいる中、僕は席に座り本を読み、君を待つことにした。


「ごめん待った?」

「ちょっとね」

「まーた本なんか読んで。友だちつくってないでしょ?」

「いいから早く帰ろ」

読んでいた本にしおりをはさみ、リュックにしまい席を立った。



「急に一緒に帰ろうなんてどうしたの?」

「いや、カップルらしいことしたいじゃん」

「前は変わらない方がいいって言ってたのに?」

「まぁね。でも一緒に帰ったことはあるし、いいでしょ?」

不服ではあったが、否定はできないので渋々頷いた。


「君の夢は何ですか?」

少し前を歩く君が振り返って僕に言った。

「どうしたの?急に」

「ほら、私たち来年で成人じゃん?」

「そうだね。全然実感ないけど」

「だから聞いてみた」

僕は少しの間考えてみる。


「んー……思いつかないや」

「えぇ……」

「でも、こうやって君といつまでも一緒に居られたらいいなって思う」

「なにそれ」

君は笑った。


「だめ?」

「ううん。でもごめん」

「なんで?」

「いや、言わせた感あったからさ」

「そんなことないよ。ほんとにそう思ってるよ」

「ありがとう。じゃあ私こっちだから」

「うん。じゃあね」

「じゃあね」

二手に分かれる道で別れの挨拶をする。

いつもの君と変わらなかった。


しかしこの日から、君は僕の前から姿を消した。



僕は翌日の昼休みも変わらずに図書館に行った。

本を読み進めながら、いつものように君が声をかけてくるのを待っていたが、君が来ないままチャイムが鳴り、本を返して教室へ戻った。


翌日も翌々日も図書館で君を待っていたが、君は来なかった。

君が図書館に来なくなって一週間が経ったころ、僕は君の教室に向かった。

扉から教室内を見回し君を探すが、君の姿はどこにもなかった。


「誰か探してるの?」

君のクラスメイトと思しき生徒が話しかけてきた。

「あ、えーっと……」

君の名前を伝えたところ、思いもよらないことを告げられた。

「あー……今週のはじめに急に転校するって先生から言われたんだよね」

「え……」

「君、もしかして彼氏?」

「い、いやただの友だちです」

「そう。私たちも突然のことだったから驚いたけど、家の都合だってさ」

「そう……ですか。ありがとうございます」


僕は呆然としながら廊下を歩いた。周りには大勢の人が居たはずなのに、何も聞こえてこなかった。静かだった。

君はなぜ僕に何も告げず去ってしまったのだろう。



転校のことは知らないフリをして、「なんで図書館に来なくなったの?」と君にLINEで聞いてみた。

しかし、待てど暮らせど返信どころか既読すらつかなかった。


なんで?あんなに僕のそばにいたのに。

なんで?最後だって変わった様子もなかったのに。

なんで……僕に何も言ってくれなかったの?

僕は君とどういう関係だったの?


それからというもの、僕は本を読むことをやめた。

本を読んでいると君が隣でずっと見ているかのような気持ちになり、虚しくなるから。

教室でうつ伏せになって自問自答を繰り返していた。


「あ、あの子じゃない?」

「たぶん、、」


「あのー」

僕は近くの人に話しかけていると思い、スルーした。

そのうち肩をやさしく叩かれ、頭を上げる。

目の前には二人の女子生徒が立っていた。一人は君を探しに行ったとき、声をかけてきた人だった。


「君、あの子のこと探してたよね」

「え?うん」

「この子が、あの子の家知ってるって言うから連れてきた」

「ほんと?」

もう一人の女子は頷いた。

「どこ?教えてくれない?」

「じゃあ今日の放課後一緒に行こう」

「わかった。じゃあまたあとで」



放課後、昼に話しかけてきた二人の女子生徒と君の家へ向かった。

十字路で二人は立ち止まった。

「じゃあ私たちはこれで。あの子の家、あそこの赤い屋根の家だから」

「え?来ないんですか?」

「行きたい気持ちはあるけど……二人きりの方がいいでしょ?」

「そ、そんなんじゃ」

「バレバレだよ。君、あの子と付き合ってるんでしょ」

僕は迷いながらも頷いた。

「じゃ、私たちはこれで」

「はい。ありがとうございました」

僕は一礼して彼女たちを見送った。



君の家の前に掲げられた表札を確認する。表札は変わらず君の名字のままだった。緊張しながらチャイムを鳴らす。


「はい」

「あ、あの、高校で娘さんと同じクラスだった者なんですが」

「そうですか。少しお待ちください」

少し待っていると扉が開き、中から女性が出てきた。


「どうも」

「はじめまして」

「娘のことで来たと言っていましたけど、ご要件は」

「はい、娘さんがしばらく学校に来ていなくて、同じクラスの人に聞いたら転校したと言われて」

「そうですか。もしかして彼氏さん……?」

「え、あっ、はい」

「あの子何も言わないで……ちょっと待っててくださいね」

そう言うと女性は再び家の中へ入っていった。

しばらくして女性は手にメモ用紙を握って戻ってきた。


「これ、あの子の居る病院です」

「入院……されてるんですか」

「ええ。よかったら行ってあげてください」

「はい」

僕はメモ用紙を受け取った。紙には近くの大きな病院の名前が書かれていた。


週末、君の居る病院へ向かうことにした。



病室のドア横には君の名前が書かれたプレートが掲げられていた。

緊張しながらドアをノックすると、中から君の声で「はい」と聞こえた。

引き戸をゆっくりと開けると、中には驚いた顔をして病床に座っている君が居た。


「えっ」

「久しぶり」

「なんでここが分かったの?」

「君のクラスの子が君の家を教えてくれて、行ってみたらお母さんがここを教えてくれた」

「そっか」

「ねえ、なんで何も言ってくれなかったの?」

「ごめん」

「急に居なくならないでよ」

「ごめん」

「いつ退院できるの?」

「多分ずっとここ」

「ずっと……」

「とりあえず座りなよ。」

僕はベッドの横のスツールに座った。


「ずっとってどういうこと?」

「寿命だよ」

「そんな……」

「そんな泣きそうな顔しないでよ。こっちまでつられちゃうじゃん」

「治らないの?」

「うん。ごめんね」

「なんで言ってくれなかったの?」

「言ったら告白断られちゃうかなって思って」

「そんなことしないよ」

「それに……しんみりした気持ちで付き合いたくなかった。最後まで楽しいまま、普通の恋人として終わりたかった」

「終わりたくないよ。勝手に終わらせないでよ」

「ごめん」

「謝らないでよ。君らしくない」

「うん」

「ねぇ、本読んでよ」



僕は君の横で本を開く。

こんな状況でも不思議と普段と変わらず読むことができた。

君と同じ場でこうやって本を読むのはかなり久しぶりで、ずっとこんな時間が続けばいいとおもった。


「すみません、面会終了時間です」

見回りをしていた看護師に声をかけられた。

「あ、はい」

本を閉じ鞄にしまい、病室を出る準備をした。

「ありがとね」

「ううん。また来るね」

「無理しなくていいよ」

「僕が君に会いたいだけだから」

「へぇ」

君は柔らかく笑みを浮かべた。

「耳赤いよ」

「じゃあ、またね」

僕は逃げるようにして病室を後にした。


その日から、僕は学校が終わると君の入院する病院へと通い、面会終了時間まで君の横で本を読むようになった。


「ねぇ、毎日来てくれてるけど部活は?」

「辞めた」

「えっ」

「部活よりも君に会いたいから。部活あると面会時間間に合わないし」

「へぇ〜、そんなに私のことが好きなんだ」

「うるさい」

「君ってすぐ顔とか耳赤くするよね。分かりやすくてかわいい」

「かわいいって、もう高2なんですけど」

「かわいいものはかわいいの。でも最初は私のこと無視して空気のように扱ってた君が、『君に会いたいから』って部活までやめて毎日病院に通う時が来るとは」

「君が『変わらなくていい』って言ってくれたからだよ」

「え?」

「ドラマとかだとさ、本とか趣味に没頭してると『私よりも趣味の方が大事なわけ?もう別れましょう!』ってことがよくあるじゃん」

「まぁ……ね」

「でも君は僕がずっと本を読んでいても、空気のように扱っていても、僕が好きと言ってくれたし、付き合ってからもそんなこと言わなかったから」

「あ、空気のように扱ってた自覚はあるのね」

「それは〜……ごめん」

君は笑った。


「私は君が本を読んでる姿が好きだったし、君はそんな私が好きだったわけか。自分で言うのもなんだけど、ホントお似合いだね。私たち」

「ふふ、そうだね。

 でも、だからこそ、何も言わずに僕の前から居なくなったのは寂しかったなぁ」



「ごめん。病気のことを言っても、君は優しいから断らないんじゃないかとは思ってた」

「うん」

「でも、君と帰ったときに夢を聞いたじゃん?」

「うん。たしか君といつまでも一緒に居られたら、って言ったと思う」

「そう。だから私のせいで君の夢が叶えられなくなっちゃうと思って」

「ふっ」

「なんで笑ってるの?」

「いや、君いつも自分勝手というか、強気だったからさ、ちゃんと他人のこと考えてたんだなあって」

「失礼な」

「だって僕が読んでる本を急に取り上げたり、手紙置いて返事を要求したり、図書室に来させたり……ね?」

「たしかに」

「ずっと一緒に居るっていう夢は叶わなくても、少しでも長く君と居られたほうが、僕はいい」

「ありがと」

「じゃあそろそろ面会時間終わるから帰るね」

「うん。気をつけてね」

「うん。じゃあまた」



毎日のように病院を訪れていたが、しばらくすると目に見えて君から元気がなくなっていった。


「失礼します」

君は僕の声を聞いて起き上がろうとしていた。

「無理に起きなくていいよ。大変でしょ」

「ごめん。ありがと」

「謝らなくていいよ。これお土産」

「え、どこ行ってきたの?」

「うん。高尾山に」

「家族と?」

「ううん、一人で」

「君ほんと一人が好きよね」

「本当は君と行きたかったけどね」

「私も行きたかったなぁ」

「退院したら行こうよ」

「退院……できるかな」

「できるよ。また学校で二人で本読もうよ」

「私は本を読む君を見るだけだけどね。でも、ありがと」

君はゆっくりと起き上がり、机の上のお土産に手を伸ばした。

僕はいつものように本を開く。


面会終了時間が近づいてきた頃、君が喋りだした。

「時間ってさ、残酷だよね」

「え?」

「ずっと一緒に居たい。そう思っていても時間はそんな私たちの気持ちを無視するように進んで、どんどん終わりへと向かっていくの」

「終わらないよ」

「君と一緒にいるときだけでも、時間が止まってくれればいいのに」

僕は何も返せなかった。


君と学校に通っていたときは否定していたが、時が進むにつれて元気がなくなっていく君と、僕のずっと一緒にいたいという気持ちから、今は否定どころか君の言葉に同意してしまっている。


「そうだね。じゃあそろそろ行くね」

「うん。ありがとう」


扉を開けて静かな廊下をゆっくりと歩く。

病院のエントランスのソファに腰を下ろす。

途端に涙が落ちてきた。


君とずっと一緒に居たい。

毎日学校で、君の隣で本を読んでいたあの日々に戻りたい。

そんな思いとは裏腹に、段々と起き上がるのが難しくなるほど弱っていく君を見ているのが辛かった。


「大丈夫ですか?」

病院のスタッフに声をかけられた。

「だ、大丈夫です。もう面会時間……過ぎてますよね。すみません。帰ります」

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

僕はハンカチで涙を拭き、病院を後にした。



「今日ね、夢を見たんだ」

「へぇ」

「すごく空気が綺麗で、綺麗なお花畑があって、周りには小高い丘があったり、小鳥が鳴いてたりしてるの」

「いいね」

「でしょ。直感的に、あぁここがあの世なんだなって。すごく素敵な場所だったんだ」

僕は少しの間、沈黙する。


「ねぇ、そんな素敵な場所なら僕も連れて行ってよ」

君の手を掴みながら言った。

「だーめ。君はこっちの世界で生きるの」

「なんで。嫌だよ。君と一緒がいいよ」

「泣かないでよ。つられちゃうじゃん」

君は僕の手を離し、両手で僕の顔を包み、親指で涙を拭う。


「むこうも素敵な世界だけど、こっちの世界のほうがきっと、絶対、間違いなく、素敵なはずだから」

「嫌だ。君と一緒がいいよ。君とずっと居たいよ」

僕はベッドに顔を伏せた。


「私も、私もずっと一緒がいいよ。君とずっと一緒に居たいよ」


しばらくして目を覚ます。

頭の上に君の手の感覚があった。

ゆっくりと君の手をベッドに下ろす。

君の方を見ると、君も目を閉じていた。

君の顔は変わらず美しかった。


消灯時間5分前。

僕はゆっくりと立ち上がり、君の顔に近づく。

寝ている君の唇に唇を重ねた。


「カップルらしいこと、できたね」

君はゆっくりと目を開け、囁いた。

僕は頷いた。


「またね」

「うん。ごめんね。ありがとう」



翌日、病室を訪れると君の姿はなかった。

代わりに、君の家で見た女性がベッドで荷物をまとめていた。

女性から君が昼ごろにむこうへ行ってしまったことを伝えられた。

そして女性はカバンから一冊のノートを取り出し、僕へ見せてきた。


「これ、娘があなたにって」

表紙には何も書かれていなかった。ノートを開くと日記のようなものが書かれていた。


最初のページには君と初めて会話を交わしたあの日のことが書いてあった。ページをパラパラとめくると、君に告白された日のことや、一緒に帰った日のこと、昨日のことまで書かれていた。


そして、裏表紙にはこう書かれていた。

「私の書いた本、どうだった?感想教えてくれると嬉しいな」

僕は女性にお礼を伝え、君の書いた本を抱きしめて廊下のソファに腰掛ける。

涙が止まらなかった。



立っているだけで汗がにじむような暑さの中、僕は君の眠る墓を訪れた。

「ごめんね。なかなか来れなくて」

線香を焚き入れ、お花を供えた。

「むこうはどう?君の言ってた通り、素敵な場所かな?

 こっちは変わらず。やっぱり君のいない世界は寂しいよ」

お墓の前の地面に座り、本を開いた。


「この君が書いてくれた本、今日初めて読むよ。

 遺書のようでなかなか読む気になれなかったけど、君と一緒なら大丈夫な気がする」


本を開くと不思議なことに涼しく心地よい風が吹き始めた。


学校の図書館で君が正面に座り、僕のことをじっと見ていたあの日々のように、君の眠る墓の前で君に見られながら本を読み進める。


心地よい風の中、本を読み終え君を見る。あの日々のように笑っている気がした。


「君の書いた本、今まで読んできた本の中で一番だったよ。

 …………じゃあ、またね」


君の書いてくれた本を抱きしめ、墓を後にする。



「君の夢は何ですか?」


僕の夢は変わらない。君といつまでも、いつまでも、ずっと、ずっと、一緒に居ること。


たとえ君が近くに居なくても、むこうへ行ってしまっても、僕の夢は変わらない。


君を、あの日々を、僕がむこうへ行くまでずっと、絶対、忘れない。

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