ホラー広告代理店
ここが、研修会場? カフェの四人掛けテーブル席、僕の対面に座る先輩の長縄さんは気怠そうに首を左右に倒した。
「どこでもやれる仕事なのさ。必要なのはパソコンとインターネットだけ……」
長縄さんは彼の右隣にいた男の肩にちょんっっっ……と触れた。会社員というよりはフリーランス風な男はノート型のパソコンを華麗に操作した。何かが、何かが起きているぞ。
男は筐体を回して何も分かっていない僕に画面を見せてくれた。長縄さんが腕を伸ばして、指で注釈。
「メールアカウントにログインする。依頼が来ているから本文をよく読んで返信する」
「どこからメールが」
「広告代理店からだよ」
「代理店……あの、僕のイメージだと、代理店が広告主の代わりに宣伝するのかと」
「中間業者を挟めば挟むほど、雇用が増えて、みんなが少しずつ豊かになるんだよ」
「そんなばかな」
男の手によってパソコンはふたたび彼の正面に戻る。一方の長縄さんは男の肩をリズミカルに人差し指でつつく。
「で、依頼を引き受けたら、カフェなり駅なりでね、パソコンを広げている人を見つけて、こうやってお借りするわけです」
「簡単に言うなあ」
「あらかじめ決められたウェブサイトでメールの添付資料に記載された文言を打ち込んで発信するだけ。あっという間さ」
「どうやって借りるんです」
「なあに、ボクたちが肩を叩けば、男も女も一発でメロメロ、すーっとめまいを感じて、身を委ねるさ」
「できるかなあ」
長縄さんは肩をすくめて鼻を鳴らして頭を後ろに倒して下目遣いをして舌をレロレロと出した。完全にバカにしてやがる。
「仕事はできるかじゃない。やるんだ」
「そもそも、その手の発信に意味といいますか、人を動かす力があるんですかね」
「あるある。影響力がある。知っている人が知っているものを人は知りたがるし、知ったら真似したくなるかもしれないし、そのときは真似したくないと思っても、ふと思い出して真似したくなるかもしれないぜ」
「で、でも、警察が黙っていないかも……」
鋭い眼光、長縄さんは前のめりになって僕に凄んだ――。
「キミ、自分の立場わかってる?」
――と思ったら、長縄さんは表情をぱっと明るくし、両腕を広げて仰け反った。
「ボクたちお化けなんだから、ナニやったって捕まらないよおおおん」
長縄さんは彼の右腕となった男の頭に右腕を貫通させながら握り拳を突き上げた。
「今回、天からおりてきた企画は縊死のリバイバルブーム! さあ、人間の意識に刷りこみまくって仲間をいっぱい増やそうぜ!」