ライフライン
立ち上がって探索者協会に行こうと思うと、宗典さんが声を掛けてきた。
「夜遅くに行動するのは、あまり進めませんが」
そう言われて時計を見れば、夜の十時過ぎ。確かにこれから出歩くには遅い時間帯だけれど。
「でも、今の時間帯に連絡が来て、来いって言うなら理由があると思うんだよね」
僕の言葉に邪神ちゃんが肯く気配。
「有架を他の人に接触させたくないのじゃないかしら」
その言葉に宗典さんが眉を顰め、高嶺さんと無花果さんが肯いた。
「それでしたら、私が送ります。よろしいでしょうか宗典さま?」
無花果さんがそう言って宗典さんに確認を取る。運転しているのは何時も無花果さんだけど、もしかして他の人は運転免許がないのかな。
無花果さんの顔をじっと見てから、諦めたように宗典さんが肯く。
「分かったよ。無花果は安全運転で帰ってきてね」
「はい」
にこやかに笑った無花果さんに促されて、僕は錬金研究所を後にした。外は前よりも人も車も少なくて、東京なのにしんとした気配で、ダンジョンパニックの影響が窺えた。
車で待っていると言った無花果さんを説得して帰してから、探索者協会本部に入ると、人の少ない受付で五十嵐さんが待っていた。
僕の顔を見て何故かほっとしたように微笑むと、中に手招きされる。
後を付いて小さな談話室に入ると、五十嵐さんがコーヒーを二人分入れてソファに座ったので、相向かいに座った。
「こんな夜遅くにすまないね。九条君」
「いえ。なにか重要な話だと思ったので」
僕がそう言うと、五十嵐さんは眉尻を下げた。困ったような表情のまま僕を見るので、僕も五十嵐さんを見返す。
「ダンジョンパニックを収めてくれてありがとう。本当に助かったよ」
「まあ、成り行きですが」
「うん。それでも九条君以外は出来なかったと思う。君が探索者になってくれていて本当に良かったよ」
まだ少し困った顔のまま、五十嵐さんが言ってくる。
僕が少し首を傾げると、小さな吐息をついてから五十嵐さんが本題を口にした。
「君が集めた魔石を、探索者協会に売却して欲しい。ダンジョンが進化してしまったせいで探索者は思う様にダンジョン内で収集できていないんだ」
「…僕と一緒に行った富士さんと伊達さんは、結構な数を持っていったと思いますが」
「うん、彼らからはもう売ってもらったけれど、それだけでは到底足りないんだ」
「…そうですか」
「国全体が魔石不足になっている。主要都市分だけでも売ってくれないかな」
「…僕自身は持っていても利用価値が分からないので、売っても良いですけど」
言葉を切って部屋を見回す。僕の視線の先を五十嵐さんも一緒に見ているが、謎に思ったのか首を傾げた。
「何か?」
「ええと、この部屋では場所が足りないと思います」
ぱちくりと目を瞬かせた五十嵐さんが、じっと僕の顔を見つめる。数秒経ってからバッと立ち上がって深く頷いた。
「では来てくれないか。倉庫の方で鑑定しよう」
「そうですね。その方が良いと思います」
僕は頷いて五十嵐さんの後を付いて歩く。何せ今まで換金した事がほとんど無くて、ずっと保管していたから、どれぐらいの数があるのかは自分でも分からないのだから、あの小さな部屋では足りないと想像してしまった。
出してから、しょぼいと思われるかもしれないと、考え直してしまったがもう後戻りも出来ないし、仕方ないかな。
『…全部渡すのはどうかと思うけど』
邪神ちゃんが僕にだけ聞こえる声で言ってくる。
答える訳にはいかないので、小さく首を傾げたが、邪神ちゃんは小さく溜め息を吐いただけで、それ以上の言葉は呟かなかった。
魔導具の中から出すのは任意で出来るから、僕が出したくないと思えば大きい魔石、ボスクラスの魔石は出さずにとっておけるけれど。
うん、どうしようかな。
階段を二階分降りた先に、大きな倉庫部屋があった。
そこには見た事がない様な武器や防具、魔導具の数々が特殊な光方をしているガラス箱に入って、綺麗に並べられていた。膨大な数に圧倒されていると、五十嵐さんが振り返って僕を手招きする。
近寄ると二十畳ぐらいの床の色が違う場所の前で立っているのが分かった。
不思議な床の色を見ると、横から五十嵐さんの声がした。
「ここに置いてくれれば、分類があっという間に出来るんだよ」
ここまでの量があるかなあ、そう思いながら五十嵐さんを見上げると、また困った顔をされた。前と違って少し彼に同情心が湧いてくる。
「性質も魔石の階級も全部分析してくれる優れもので、間違う事はないと思うから安心してくれ」
このただの色違いの床にそんな魔術が掛けられているのか?
『何かの遺跡かしら?』
「遺跡?」
うっかり口から疑問が零れてしまったが、五十嵐さんは感心したように唸った。いや違うんです。僕の意見ではないのです。
「確かにこれは解明されていない道具でね。ダンジョンが現れた時期に海底で見つかったものだ。魔法的な何かが解明してくれる事は分かったのだが、複製は出来なかった。探索者協会の所有している中でも、トップシークレットの一つだ」
そうやって開示されても困るだけなのですが。
「ここに出してくれないか?」
「…分かりました」
宗典さんが作った魔導具は驚くほど高性能だから、僕の思考を読み取って魔石を吐き出した。目の前の床には小山ほどの魔石が積み上がる。大きな魔石はまだ出さずにいるが、それでも多い気がする。
幾らになるのかなあ。
床が光ると、魔石が少しだけ浮いてクルクルと回る。
小さなものから床の先にある場所に移動して、何かを空中に表示してから、ゆっくりと大きな箱に入っていく。それはあまりに自動的で視線を奪われた。
大きな箱の横にいる職員さんが、眼鏡を押し上げながら素早く確認してパソコンに入力しているようだ。暫くは大きな倉庫の中にキーボードをたたく音しかしなかったが、職員さんが眺めている五十嵐さんを見て、部屋の隅を指さした。
「本部長。見ていても早くなる訳ではないので、あそこで座って待っていてください」
指差された所には確かにソファが置いてある。
「ああ、分かったよ、佐藤くん。…九条君、あっちで待っていようか」
僕は肯いてソファに向かうけれど、魔石の動きが気になって何度もチラチラと見てしまう。どういう魔法が重なってあんな動きになっているのか、僕も邪神ちゃんも興味津々だが、この場で解析は出来ないので、後で宗典さんに相談しようと諦める事にした。
「有難う九条君。あれだけあれば暫く持つと思うよ」
「そうですか?」
「ああ。傷がついているものは無さそうだし、管理もしっかりされていたようだし」
五十嵐さんが僕の腕輪を見る。
「それは魔導具かな」
「…はい。僕のクランの錬金術師が作ったものです」
「それは、すごいね」
次に出てくる言葉は容易に想像がついた。
「いくら出せば、作ってもらえるのだろうか」
『五百億ぐらいじゃないかしら』
五十嵐さんの質問に邪神ちゃんが答えて、うっかりコーヒーを吹き出さないように僕は口に力を入れた。それがどう映ったのか五十嵐さんが慌てて言ってくる。
「いや、急にすまない」
急なのは邪神ちゃんなので僕は緩く首を横に降る。
「いえ、そう言われるのは想定内でしたので」
「そうか。うん、でもいきなりだったな。今は魔石を売ってもらえることに安堵しようか」
五十嵐さんはそう言って、作業を見ながら微笑んだ。
僕もつられて作業を見る。最初は小さな魔石が浮いていたが、だんだんと大きな魔石が浮いていて、分類される箱も変わっていた。佐藤さんと呼ばれた職員さんは冷静に入力を繰り返している。
かなりの量を放出したのに、その量に関しての驚きの声は五十嵐さんからも佐藤さんからも出て来なくて逆に驚いている僕は、その事について尋ねようか悩みながら、五十嵐さんの出してくれたコーヒーを口に含んだ。




