世迷い事
「頭っきた」
風呂からあがって髪の毛を適当にタオルで拭いてから、藤原鈴菜はパソコンデスクの椅子に座って呟いた。
〈漆黒の魔王〉から連絡が入り、今回のクラン参入は見送ったと言われたのだ。あの場に居た人間で参入が認められなかったのは誰だとしつこくしつこく問いかけて、自分と津島だとも聞いた。北角はとっくに〈天原に征く〉を抜けており、〈漆黒の魔王〉に参入しているとも聞いた。
「そっちがその気ならば、こっちにだってプライドってものがあるのよ」
そう呟いて、探索者たちが良く意見を交わしているチャンネルを見つけると、裏アカで話しているスレに入り、愚痴をぶちまける。
(知ってる?最近話題のクランの噂)
反応をしてきた相手に向かって、まるでそれが本当の話のように〈漆黒の魔王〉の話をしていく。皆もあまり知らないクランの話だからか、嘘とも本当とも分からずに、話題だけが連なってゆく。
思いのほか多い意見交換に、藤原鈴菜はニヤつきながら答えていく。
今をときめく救世主なんて、誰のおかげで言っているのだか。私達がいたからこそ功績を詰めたんでしょ?あの子供が出て来る間、私達探索者が頑張ってモンスターを押さえていたのに。
(ダンジョンパニックが起きても、私達が頑張れば対処できたはず。あそこまで急速には出来なかったかもしれないけれど)
その意見は多くの探索者の心を揺さぶったのか、同意する意見が多数上がった。
藤原鈴菜は巧みに少しずつ、意見を捻じ曲げて話題を続ける。
今までやってきたことだから、それはとてもうまく情報として流れていった。自分たちの実力を大きく見せるために色々な手段を講じてきた藤原鈴菜のお得意の戦術。
「私達を敵に回すとか、大変だよ、坊や?」
ぎらぎらとした目で画面を眺めながら、藤原鈴菜はゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「三島さん。ネットの話題で少し不穏な物が」
第八ダンジョンの近くに立っている探索者協会支部の奥の部屋で、多くの資料に埋もれて唸っていた三島の前に、部下の睦月が打ち出した紙の資料を差し出す。
「え、何だよ。今は見ての通り忙しくてさ」
そう言いながらも差し出された紙を受け取り目を通す。そして片眉が上がった。
「〈漆黒の魔王〉って、今回の功労者の所だよな?」
「はい。クランの批判は今までもありましたが、今回に限っては本当の実力者なので、このような話が出て来るのは、嫌がらせとしか思えないのですが」
「このクランに関しては、五十嵐本部長が個人的に連絡を取っているみたいで、我々支部長では確認も出来ないのだが、どうしようかな」
ばさりと他の資料の上に紙を置いて、三島が溜め息を吐いた。資料を持ってきた睦月は眉根を寄せたまま三島の指示を待つ。
「介入不可って訳じゃないだろうから、話に参加して誰が言いだしたか突き止めてくれる?こういうお痛をする探索者は、ちょっと叱らないとなあ」
疲れたままそういう三島に、にっこりと笑って睦月が肯く。
「そうですよね。是非、お仕置きをしなければ」
「え?あ、いやいや、睦月さん?」
三島が気付いて止めようと手を伸ばしたのだが、さっそうと睦月は部屋を出て行ってしまった。
「ええ、うそ」
その光景を黙ってみていた、部屋の隅に居る響カナが大きな溜め息を吐く。
「…睦月さんはネットの上だとヤバいのに」
「……どうしよ?」
見られて響カナは首を横に降る。
「ドSに付ける薬は無いよ」
「ああ、うん、そうだな」
三島は閉められた扉を見たまま力なく肯いた。
「これって、如月が言っていた子のクランじゃないかな?」
ノートパソコンの画面に映ったスレを、右隣に座っている如月遠矢に見えるようにずらしながら、沼田が問いかけた。
「言っていた?ああ、九条君のクランかな?」
言われて如月遠矢は肯く。それからスレの内容に眉を顰めた。
「これは酷いな」
「そう。もう四時間ぐらいで、かなり拡散がされているみたいだよ」
「困るなあ。九条君にはスポンサーにならせてもらうんだから」
「まだ聞いてもいないのに」
そう言って苦笑しながら、沼田はパソコンのキーを叩き出した。
「まあ、如月の知っている子なら、食い止めようかな」
「頼むよ、沼田。九条君は良い子なんだ」
「はいはい。何回聞いたやら」
沼田は隣の如月遠矢をちらりと見てから、また自分のパソコンの画面を見る。スレから拡散された噂は既に外国にも飛び火していた。
「三澄。その笑い方は怖いから」
門燈詩愛理は先程見つけてしまった日本のネットの画面を、九条三澄が眺めている事に溜め息を吐いた。たまたま見つけてしまったのだが、消す前に素早く九条三澄が詩愛理の画面を見つけてしまったのだ。
「本当に、人間って」
おかしな音階で話しているような、微妙な声音に門燈詩愛理がもう一度溜め息を吐く。何度も聞いたら頭痛がするだろうと思えたが、止める術はなかった。
「俺の息子の悪口を言うなんて、信じられないよ」
人の声の裏で何かがギチギチと音を立てている。
「日本の人員に頼もうか?」
門燈詩愛理の言葉に九条三澄は首を横に降る。
「手を下すなら直接行くけど」
そこまで呟いてから、ふっと九条三澄の気配が和らいだ。
「ああ。俺の息子は人望があるねえ」
門燈詩愛理がパソコンの画面を見ると、ネットの中で攻防戦が始まっていた。
「…そうね」
本心から同意する。本当に人望があるのだろう、素早い処理に安堵の溜め息が出た。
「ありがとう、シェリー。俺の息子を心配してくれて」
「それは、当たり前でしょう」
愛する人の息子なのだから。たとえ血がつながっていなくても。




