参入者を選択
僕が小さく溜め息を吐くと、広げたどこかの地図の上にローズさんが指を滑らせる。その動きにつられて視線を動かすと、綺麗な薄桃色の指先は、幾筋もの線で囲まれた場所を指して止まった。そのまま指を動かさずにローズさんは隣のエリカさんを見る。肯いてからエリカさんが僕を見た。
「では、集められた情報を先にお渡しします。魔王さま」
「うん、頼むよエリカさん」
「はい。…現在、第二、第十二、および第三十一ダンジョンは封鎖されています。ダンジョンパニックによって外に出たモンスターは殆んど討伐されたとの事。第七と第八ダンジョンは、中に入る探索者を制限して入場させています」
「制限付きで中に入っている?」
僕の問いかけにエリカさんは肯く。
「はい。どうしても資源確保のために、潜るしかないようです。そうは言っても浅い階層の様ですが」
「うん、そうか」
今の時代にダンジョンから取れるエネルギー源、つまり魔石を集めない訳にはいかない。自然エネルギーが五割、魔石を変換しているエネルギーが五割ぐらいだと小学校で習うのだから、国を維持するためには必要不可欠なのだろう。
『どっちにしろ、ダンジョンの封鎖は国には認められないでしょうね』
そうだね。
邪神ちゃんが聞こえないように話すので、僕も返事を言葉にしない。彼女の考え方に全面的に同意するわけではないが、僕達はまだ、全てを明け渡すほど彼らを信頼できていない。異世界の話は、確かに偶然の一致ではないと思うが、今を生きている僕達にはそれぞれの生きてきた時間があって、抱えている物もそれぞれ違うだろう。
宗典さんが僕を見る。無花果さんが僕を見る。
そうやって彼らに見えている僕が、本当の僕にはなり得ないように、話して共有した時間の分だけしか僕は彼らを知らないのだから。
「それから」
テーブルにあるカップを持って紅茶を飲んだ僕に向かって、エリカさんが話し続ける。
「先日、我々のクランに参入すると言っていた〈天原に征く〉の話ですが」
「?…津島さんのクランがどうしたの?」
「はい。参入を認めたのを取り下げました」
「…どうして?」
僕が決めて参入を許可したのだけれど、その後の話し合いで不具合でも出たのだろうか?僕のクランと言っても、実質的な運営は四人に任せてあるので、彼らが嫌だと思えば仕方がない事だ。お金を出しているのは四人だろうし。
「北角さんはクランを抜けて、〈漆黒の魔王〉に入りたいと言ってきたので、個人として入ってもらいました」
仲が悪いようには見えていなかったけれど、色々とあるのかも知れない。人の心は複雑で奥には何が潜んでいるか分からないものだ。
「うん、わかったよ」
「それから伊達さんと相庭さんも参入完了しています。あとは、近衛藍さんも入りたいと言われましたのですが、どういたしますか?」
本当の勇者。
僕がエリカさんを見ると、判断は僕にゆだねるという顔をしていた。何時も通りに。たとえ前世の勇者でも、このクランは僕のクランだから、僕の言葉を待ってくれている。
少しだけ感謝しながら、エリカさんに頷いて見せる。
「信用できそうだから、本人の意思通りに」
「分かりました。伝えておきます」
「うん」
肯いて無花果さんが運んだケーキを口に入れる。美味しいな、ベリーのケーキ。
『混乱しないように、自分の意思は取捨選択しておいて』
邪神ちゃんに囁かれて小さく肯く。
たとえ今、しっかりと選んでいたからと言って、何か不測の事態が起こった時に、正しい判断が出来るとは思えないけれど。
出来る事はした方が良い。それが自分の感情で左右する、難しい心の問題だとしても。




