その手を取るべきか
滑るような南小路父の視線に、どうしようかと身構えると、南小路娘が僕の手を掴んで立ち上がった。
「娘の彼氏事情に父親が出てくるなんて信じられない!」
それは大きな声で店中に響き、南小路父の雰囲気は霧散して、ぱちくりと目を瞬きさせている。
「彼女候補の父親が口出しするのは過保護で無粋だわ!お父さんはもう帰って!私は九条君と一緒に行くからね!」
そのままぎゅっと握られた手をぐいぐいと引っ張られて、店の外に出ると、南小路さんは走って街中を抜ける。僕は手を引かれたまま彼女について行った。
南小路さんの息が切れて、足がゆっくりと止まる。
「はあっ、あの、父は、はあっ、来て、ますか?」
聞かれて後ろを見るけれど、南小路父は付いて来てはいなかった。後ろには誰もいない。もう薄暗くなっているので、歩いている人もまばらだった。
「来ていないよ」
「良かった、はあっはあっ」
激しく息をしている南小路さんの息が収まるまで、彼女が握っている僕の手は解かないようにする。
「まさか、後を追ってくるとは思っていませんでした。…実は父の事も話したかったのだけど、先に九条さんが救世主だって分かってしまったから暴走してしまって、ごめんなさい」
謝られているが、その内容に頷いていいのかどうか考えてしまう。僕は救世主では無い。ただ力があったからそれを使っただけだ。僕以外に適切に処置が出来る人がいたら、その人がすればいいと思う。
南小路さんはまだ僕の手を握ったまま、ゆっくりと歩き出す。半歩分後ろでついて行く。
「九条さんに助けて貰ったのは本当に僥倖でした。私はあの場所で閉じたまま消えなければならなかった。浜辺で騒ぎが起きて救助されたと、価値が付いたので生きても良くなったのです」
「…どういうこと?」
すぐ傍で南小路さんが降りかえる。
「私は〈ワンダラー〉を引き継いだけれど、それは名目上で実質は今でも父の管理下にあります。魔法使いの母の血を引いて生まれなかった私は、父にとってお荷物でした。どんなに頑張って探索をしても目も合わせない。そういう人でした」
少し震えた指先をぎゅっと握ると、南小路さんは小さく肯く。
「私に宿った魔法は自身を守る防壁のようなもの。私一人しか守れず、守っている間は攻撃も出来ない、そんな魔法でした。勿論父の機嫌は良くならずに放置された」
「…海に流されても?」
問いかけた僕を見て、南小路さんは小さく頷いた。子供のように。
「はい。父は私を放置した。それがあの話の真相です。九条さんには聞いてほしかった。あの日のように助けてほしかった。私をあなたのクランで匿ってほしい」
小さな声で、けれど決意は固く、南小路さんは僕に問いかける。
耳元で邪神ちゃんの溜め息が聞こえる。言葉は聞こえない。僕の真意を待っているのか、もしくは呆れているかだ。
「ダンジョンの外でもそれは使えるんですか?」
「そう、使えます」
「そう、か」
もう一度、盛大な溜め息。そういう行動で反対意見を消極的に伝えても、僕ははっきりとした言葉以外で受け付ける気はないからね?
「もう、戻らない感じでいいのかな?」
「!、はい!」
南小路さんは握っている手をさらにギュッと強く握る。
「リエゼロ。聞こえてるかな?」
遠くの空から薄く光る鳥が直滑降で落ちてくる。僕の肩の寸前で止まりふわりと肩に降りた。見降ろした僕の目線に、鳥が視線を上げる。
『お呼びですか、魔王様』
「うん。この人を、南小路さんを僕のクランに入れる。住居はあるよね?穂香さんもクランの拠点に住んでいるよね?」
『…ご用意させていただきます。何時も通りに来ていただければ、ご案内できるかと』
「うん、ありがとう」
『光栄至極にて。では』
また直角に空に昇った鳥を、僕のすぐ横でポカンと南小路さんが見上げていた。
「…魔王様?」
「ええと、まあ、そう呼ばれています」
「だから〈漆黒の魔王〉なの?」
「まあ」
至近距離で僕の顔をしみじみと見た南小路さんがふいに顔を横に向けて、ぷぷっと吹いた。
「厨二…」
失礼な。




