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鎌倉の少女



言われて見れば、確かにあの白いワンピースを着た少女の顔だった。長い黒髪が頭を下げた時にさらさらと肩から滑り落ちている。


「もう少しで体力が尽きそうだったので、最後の望みでした」

「あ、いや、たまたまだし」

耳元のクスクス笑いを本当にやめて欲しい。

「ええと、九条さん。探索者なんですよね?」

「え、はい」

「どこかに所属していますか?」

「自分のクランを持っています」

物凄くびっくりした顔をされた。そうだよね、そういうのが普通の感想だよね。僕の見た目はただの子供だろうし。探索者のクランを持っているとは思えないだろうなあ。


「私のクランに入って欲しかったのですが、自分のクランを持っているんですね」

苦笑と共にそんな事を言われた。

「あなたのクランですか?」

「はい。〈ワンダラー〉といいます」

あれ、つい最近も聞いたクランの名前なんだけど。確か富士さんと伊達さんが昔有名だったと言っていたような。


「知っているんですか?」

「噂程度には」

僕がそういうと少女は小さく肯く。

「父の時代の話です。私は去年受け継いだばかりで」

僕の後を追い掛けてきた人が、お父さんだったはずだから、あの人が有名な探索者だったのだろうか?走って追いかけてきた姿は普通のサラリーマンに見えたけど。


「九条さんのクランは、なんて言うんですか?」

何だか最近はクラン名を聞かれてばかりだな。

「〈漆黒の魔王〉と言います」

そう伝えると、少女はひゅっと大きな音を立てて息を飲み込んだ。真ん丸に目を見開いて僕を見ている。大丈夫だろうか、具合が悪いのだろうか?

「あなたが、ダンジョンパニックを収めた救世主」

「…え?」

なんだか声が震えている気がする。やっぱり具合が悪いのだろうか?


「有架、避けなさい」

「え」

邪神ちゃんの声が聞こえたのと同時に、目の前の少女が抱き付いて来た。余りの素早さに避けるなんて出来なくて、ガッチリと抱き締められている。

「…仕方ないわね」

邪神ちゃんの呟きが耳元で聞こえたけれど、そんな事は今はどうでも良くて。女の子に抱きしめられている事で不自由な事態になっている事の方が大変で。


「九条さんが救世主!素敵!」

「へ、あ、あの、離して貰えますか?」

そのまま僕の顔を見られても、すっごく近いんですけれど。

「私を貴方のクランに入れてくれませんか?」

「え?あなたを?名前も知らないのに?」

「あっ」

少女は驚いたようにバッと離れた。いや、驚いているのは僕の方だからね?むっちゃいい匂いがしたのは忘れよう、うん。


「すみません、名乗りもせず。私は〈ワンダラー〉クラン主の、南小路流詩逢と言います」

「南小路さん」

「流詩逢と呼んでください。九条さん」

なぜ。

問いかけは口に出来なかった。僕の手はガシッと南小路さんの両手で掴まれている。動きが物凄く素早いな、この子。


「入れて貰えますよね?」

「ええと、そっちのクランはどうするんですか?」

「同率ではいけませんか?」

「同率って、ええと、音感から判断すると共同みたいな感じかな?」

「はい」

「断るけど」

「…え?」

不思議そうに首を傾げられたけど、そんな話を受けるはずもない。


「現行、他のクランの方も参入されて、クラン名はパーティ名にすると言われました。他のランカーの方にそうして貰っているので、南小路さんのクランだけ特別には出来ません」

「私のクランでも?」

「ランカー五位が入って下さっています。失礼ですが、〈ワンダラー〉はランキングには入っていませんでしたよね?」

最近はランキングを放送されないので、情報が古いかもだけど。


南小路さんは僕の手を離し、二、三歩後ろに下がった。

「九条さんはそんな事を言うんですね。そんなにランキングが大事ですか?」

何だか恨まれそうな声音だけど、仕方ない。

「知り合いでもないのですから、ランキングで判断するのは仕方ないと思います。探索者だと言われても、確認できませんし」

僕が言うと俯いてしまった。それから何も言わないし、家に帰っていいのかもわからない。考えあぐねている間にも日差しは少しずつ傾いていく。


「有架は長考ね?」

そう言われても仕方ない。本当にどうしよう。


お互いに何も言わないまま、時間が過ぎていく。そんなふうに立っている僕達に声がかかった。

「二人ともどうしたんだい?流詩逢は九条君を困らせているのかい?」

見ると見覚えのある男の人。

「お父さん…」

南小路さんが呟く。そうだ、僕を追いかけてきた人だ。

「九条君もこんな所に立っていてもつらいだろうし、東京駅ダンジョンに近いのも不穏だから、少し歩いてコーヒーショップにでも行こうか?」

まだ何か話があるのだろうか。


「良い機会だわ。昔の探索者の話を聞いてみたいと思っていたのよね」

耳元で邪神ちゃんがそう呟くから、僕は肯いて父娘の後を自転車を押しながら歩いていく事にした。

東京駅ダンジョンから離れると、確かに何かしらプレッシャーがかかっていたのだろうなと、肌感覚で分かった。特に辛い重いという訳ではないが、離れると分かる感覚がある。他のダンジョンでは外ゲートの辺りまでで終わる感覚なのだが、東京駅ダンジョンだけは違っていた。


南小路さんが選んだのは、メニューの写真が逆詐欺だと言われているコーヒーチェーン店で、僕は二人の相向かいに座って、渡されたメニューを見る。

噂では聞いているけれど、入るのはもちろん初めてだ。お店に入るという行為は、伊達さんに誘ってもらったお店が初めてで。僕の今までの人生で、誰かとお店に入るという選択肢は存在しなかったから、やっぱり家を出てよかったなと、つくづく思ってしまう。


「ここは写真でイメージするとビックリするから、一品だけ頼むのが良いと思うよ?」

南小路父がそんな事を言って笑う。南小路娘はメニューをパラパラとめくっているが、あまり興味が無さそうだ。


頼んだコーヒーが運ばれて着た後に、南小路父が僕に向かって頭を下げた。


「流詩逢を助けてくれてありがとう。家族一同、本当に感謝している」

「いえ、偶然ですから」

僕は苦笑しか浮かばない。そんなに何度も言われると照れ臭さも失せてしまう。

「それで、流詩逢はなんで九条君を困らせていたのかな?」

「…九条さんのクランと〈ワンダラー〉を同率に出来ないかって、お話をしたの。そうしたら知らないから出来ないって」

むくれた顔をしている娘を見て、南小路父は首を横に降った。

「それは当たり前だろう?いきなり他人に共同経営者になろうと言われて肯く人はいないんだよ?」

「だって、〈ワンダラー〉なのに」

呟く南小路娘に南小路父は苦笑した。それから僕を見つめる。

「九条君は私達〈ワンダラー〉の話を知らないよね?」

「はい。噂もあまり聞きません」

「そうだよねえ。私達のクランは崩壊してしまったからねえ」

懐かしむような口ぶりで、南小路父は店の外を見る。日差しが傾いた外はゆっくりと空の色が変わっている。


「ちょっと昔話をしようかな」

そう言って僕を見た南小路父は、はっきりと探索者の顔をしていた。



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