国という概念
話が一区切りしたと思ったのか、祝さんもお煎餅を齧る。勧められて僕も割って食べるが、耳元の考察に少し首を傾げた。
「では、ダンジョンで神聖と思われる力を使っている人たちに力を貸しているのは、おおよそ怪異であるという事でしょうか?」
僕の質問に名家さんは首を横に降った。
「そんなに強い怪異は数体いるかいないかだよ。ダンジョンで神聖系と言われている力の源は、日本の神様以外の外つ国の神様の力だろうよ」
「ああ」
なるほど。
肯いた僕を見たあと、祝さんが視線を窓に向ける。
外の緑が一瞬濃い色になった気がしたが、気のせいだろうか?
「外国の神は、ダンジョンが地域や国の境を気にせずに出現した段階で、一国という概念を捨てて全世界に影響力を広げた。だから人間が認識しているだけで、それぞれの国とかの概念はなく、この星は一つの世界であるという概念というか思想が支配している」
「それは、神様たちの力が及ぶという話ですか?」
「力の範囲の話では無く、全世界の認識の話だ。人間以外の全ての生命体の」
僕の耳元でやけに大きいため息が聞こえた。思考していた邪神ちゃんは何故か空を仰いでいるようだ。
祝さんが僕を見て少し目を細める。
「そちらの神の質問も受けるつもりだが」
小さく首を振る気配。
「あの、まだ考えたいそうです」
僕の言葉に祝さんが肯くと、名家さんが面白そうに僕に話しかけてきた。
「普通の人間が神様を体に下ろしているってすごいよね。九条君って巫女体質とかではなさそうなのにさ」
「まあ、色々有りまして」
「うん。詳しく聴きたい訳じゃないから警戒しないでね?ただ珍しいなあって思っただけだから」
「はい。…それでは次の問いかけを。要請すれば力を貸していただけますか?」
祝さんが目を閉じる。
「今話した通り、日本の神は外国の神に影響力を減らされていて、自分の神格を保つのに精いっぱいの状態だ。探索者に力を与えて戦うとかは出来ないと思う」
言葉の最後の方で小さく溜め息混じりに言われてしまった。僕は冷えたお茶を飲みながらどうしようか悩んでいたが、また名家さんが口を開いた。
「神様は無理だけど、怪異ならば力を貸せると思うよ。神の座についていない荒魂とかは怪異の範疇だしね」
「おい、天火」
「月読は慎重すぎると思うけど」
「ダンジョン関連に、日本の神たちを関与させたくない。今でさえ力が弱まっているのに、これ以上削られたら居場所がなくなってしまう」
冷静に話していた祝さんが、慌てたような声音で話していて、そこが本音なのだろうと知ることが出来た。
「あの、別に無理矢理ではありませんので。可能性を伺いたいだけです」
邪神ちゃんが小さくうなずいたのか、耳元で髪の毛がサラリと動く音がした。僕達は自国の神様の力を借りられない事に少し落胆していたけれど。
それでも戦わなければならない。
僕が欲している平和な空間の為に。
「人間に信奉されている怪異の中には、君達の言葉に乗ってくれるものも居るかも知れないから、諦めずに頑張って欲しいよ。…大きい神社仏閣には本物がいるかもだけど、中規模とか小さなところなら、今いるのは殆んど怪異だと思うから」
僕の顔を見て微笑みながら名家さんが言ってくれたので、肯いてから立ち上がる。
「有難うございました。色々と考えることが出来ました。感謝いたします」
祝さんも名家さんも立ち上がり、部屋のドアを開けてくれた。ドアの先にはどこかの町中の薄暗い道路が見えた。
「今日入ったダンジョンは、怪異の力は使えたから、それは覚えていると良いだろう」
「…はい、ありがとうございます」
ドアを抜けるとそこは道路の上で、縁側で脱いだはずの靴が足元に有った。靴を履こうと指を掛けると、何かが指に当たった。靴の先に指を入れると小さな石が出て来た。右手に握って靴を履いてから、まじまじと石を見てみる。
「…あの迷い家の贈り物かしら。そういう伝承があるって言っていたわよね?」
「迷い込んで家の物を持って帰ると、幸せになれるんだっけ」
名家さんの家では一切口を開かなかった邪神ちゃんが、話しかけてくる。
「どうしようかな」
「日本の神には頼れないって事よね?」
「うん、そうなんだけど」
そこまで言ってから、道路の反対側を歩いている人が、僕を見ている事に気付いた。耳に何か入れてないと、話してるのおかしいよね。
あらかじめポケットに入れてあった、イヤホンを片耳にそっと入れる。
「用意していたのね?」
くすくす笑う邪神ちゃんに、小さく肯いて見せる。
「探索者のたしなみですから」
「ああ、なるほどねえ」
本当にそう思っているのか分からない声音で、邪神ちゃんが肯いた。
此処は東京ダンジョンの近くの道路らしく、行きかう人は少ないので、そこまで神経質になる事もないのかもしれない。僕達はダンジョンの外ゲートにとめておいた自転車に乗って、家へ帰ろうとしたのだけれど。
「あの」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、真っ黒な長い髪の少女が立っていた。スポーティな格好と肩にかけている縦に長いバッグを見ると探索者のように見えたが、その人に見覚えはなかった。つまり知り合いでは無く、ランカーでもない。
「何か用ですか?」
「あの、もう一度お礼を言いたくて」
「お礼?」
何処かのダンジョンの関係者だろうか。今回のダンジョンパニックでは怪我した人たちもたくさんいただろうし。そこまで考えて少し首を傾げる。
いや、でも何でぼく個人を知っているんだろう?
隣に居るはずの邪神ちゃんからでかい溜め息を振り注がれる。
「有架は本当に人の顔を覚えるのが苦手なのね」
「え、何それ」
僕がそうやって話している間に、少女は距離を縮めて近づいていた。
「有難うございました。生霊の私の言葉を信じてくれて」
「……あ」




