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迷い家



僕の質問に祝さんがグッと黙った。直接的な質問は考慮していなかったのだろう。なにか怪異の面白い話でも聞かれるのかと、気軽な雰囲気だったのが深刻な表情を浮かべる。


「そう問われたのなら、神々は守ってはいないと答えるな、俺なら」

「月読」

「俺はハーフだから御咎めも無いしな。しかしそうか、深刻な話をするんだな?」

「はい」

僕の頷きを見て、祝さんが隣の人を見る。見られた赤髪の人が僕を見てニコッと笑った。

「あ、俺は名家天火って言うんだ。難しい話をするならば俺の家に行こう。ここからなら行けるし」

そう言われて、僕は首を傾げる。

何だか次元の違う話をされている気がするぞ?どれだけの力を持っていれば、ダンジョン内から直接、遠くに飛べるのだろう。


祝さんが目の前に立って、僕の腕を掴んだ。何の祝詞も呪言も聴こえない静寂の中、足元からぶわっと熱気が上がってきて、身体が少し持ち上がる。

これは名家さんの妖気だなって感知してすぐに、目の前の景色が歪んだ。ダンジョン内の青い色が視界から消えて、綺麗な緑色の景色が現れる。


二秒後には僕は美しい景色が広がる邸宅の庭に立っていた。

目の前に巨大な邸宅があって、あたりは深い緑の立ち込める森が広がっている。僕の腕を離して、祝さんが家に向かって歩き出す。


「天火の実家だが、俺の家でもあるから遠慮せずに入ってくれ」

その言葉に名家さんが苦笑しながら、祝さんの後に続いた。


あたりから低い鳥の声が聞こえて、ざわざわと葉擦れの音もする。

穏やかな空間だ。

二人が入った長い縁側がある家の中に、いつのまにか美しい着物をまとった妖艶な黒髪美女が立っていて僕を見ている。目線が合うと、穏やかに微笑まれた。


「何処から来たの、坊や?」

鮮やかな唇から零れた声も静かで美しい。

「…東京から来ました」

「そう。ここに迷い込んだのかしら?」

「え、いえ。祝さんと名家さんに連れられて来ました」

「あら」

僕の答えに美女は驚いた顔をした。


「母さん、俺のお客さんだよ」

美女の後ろから名家さんが現れて話しかける。美女は後ろを向いて名家さんをじっと見ているようだ。その視線を気にせず名家さんがもう一度僕を手招きする。

「大丈夫だから入りなよ。迷わないから大丈夫だよ」

掛けられた声に肯いて、縁側に靴を脱いで上がると美女がもう一度微笑んで僕を見た。


「息子の知り合いなのね。いらっしゃい、ようこそ迷い家へ」

「迷い家…」

何処かで聞いた事がある話だ。ええと、民俗学の本で読んだ気がするけれど。


「私がここの主よ。旦那様は居るけれど、私が家主なの。何か有れば聞いてちょうだいね」

「母さん。久しぶりのお客だからって構い過ぎないでよ」

二人で笑っているが、僕は混乱が収まるまで外の話が右から左に流れている。名家さんのお母さんには見えないほど若い美女は、少し頬を膨らませながら、名家さんを見上げている。


「九条君だっけ?そこの親子は良いから俺の部屋に来てくれ」

なかなか来ない僕にしびれを切らしたのか、祝さんが奥から歩いて来て、僕の腕をちょいちょいと触った。見上げて肯くと奥に歩いていく。

後について歩いていくが、この場所の不思議さが凄かった。

何処まで歩いても行きつく先が無いかのように、襖が何回も開けられては閉じられていく。廊下に出ても、もう何処かは分からない場所に居る。祝さんがいなければ家に帰れないのは確実だった。


「ここだ、入ってくれ」

襖の続き間を抜けて出た板張りの廊下に、急にドアが現れて、開けて入室を促された。中に入ると普通の男性の部屋に見えた。此処が古い日本家屋だと分かっていればなにも違和感はなかった。

祝さんは、部屋の真ん中に立って僕を見ている。折りたたまれた布団一式と、小さなふみ机以外はラグマットすら引かれていない畳の部屋の中、祝さんと相向かいに僕も立っている。

「じゃあ、話しようか」

「はい、お願いします」

「君が知りたいのは、どういう事だろうか」

僕は少し考えてから祝さんに質問する。

「この国の神様はダンジョンに関与していますか?」

祝さんがはっと目を開けた。

「また、根柢の話だな。うん、そうか」

そう言ってから祝さんは溜め息を吐いた。


「この国にいる神は、迷宮には一切関与していない。いや、関与できないという感じかな」

「関与できない」

「そうだ。たぶん日本の神の力が使えるダンジョンもあるが、ほとんどのダンジョンで日本の神の力は使えない」

「…聖なる力が使えると聞いていますけど」

「ダンジョン内で、か?」

「はい」

祝さんは少し考えるように窓を見る。つられて僕も窓を見ると一面の緑があって、やっぱりどこか遠くに来たんだなと感じた。


「入るよ」

ドアを開けながら名家さんが入って来た。

思考しているのか祝さんはこちらを見ないが、名家さんは持っていたお盆を低い文机に置いてお茶とおせんべいを置いてから僕の相向かいに立ち、立っている僕と祝さんを交互に見てから盛大に苦笑した。

「二人とも座ったら?」

五秒ほど名家さんを見た祝さんが、頷いて畳に座った。促されて僕も座る。


自分が持って来たお茶を真っ先に飲みながら、名家さんが僕に聞いてくる。

「迷い家って知ってる?」

「名称だけは聞いた事がありますけど」

「そうかあ。結構有名な怪異だと思うんだけどなあ。山の中に大きな屋敷があって、そこに入ると帰れないみたいな」

「…おおざっぱな説明だな」

考えていた祝さんがお茶を手に取ってから、僕と名家さんの話に混じる。


「そう?何かを持って帰ると幸福になるとか、美女の誘惑があるとか、細かくは地域によって違うじゃん?何処も違わない話だと、今言ったところだけだと思うけど」

名家さんが笑って言うと、祝さんがムッと口を閉じた。


「人間が勝手に入って勝手に行方知らずになるだけの話が、適当な言い伝えでおかしな話になっただけだ」

「昔は人を食べたって言われていたけど、母の代になってからは人を食べるって事は止めたらしいんだよね」

だから安心してねと名家さんに言われたけれど、その話に安心してもいいのだろうか?要するに昔は、その言い伝え通りに事例が行われていた訳で。


「神の力が通じないのは、日本の神の有り様が関係していると思う」

「日本の神様の有り様、ですか?」

少し首を傾げた僕に、祝さんは頷いた。


「少し長い話になるが、いいか?」

「はい、お願いします」

僕が肯くと、祝さんも小さく肯いてから、話し始めた。




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