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それはとても遠い記憶




僕達には、遠い異世界の記憶がある。


それは暗黒の勇者と呼ばれた僕も関わる話だ。

歴史的に勇者を輩出する事がある王国は、僕ともう一人の光輝の勇者が現れて、やがて魔王が現れるだろうと予言されていた。


実際に出現するまで、それぞれに訓練をしたり、城の守りを強化したりと準備も努力も怠らなかったが、魔王はその全てをあざ笑いながら出現し、勇者も聖女も王女も何もかもを打ち破り、王城を乗っ取り、王国を暗黒に導いた。


僕はその場で戦うことは出来ずに、もう一人の勇者たちに湖に落とされて、未来へと時を渡った。


辿り着いた未来には、すっかり荒廃した王国があり、魔王の呪いに怯えながら人々が暮らしていて。記憶を無くしていた僕は一人で魔王の封印を解き、協力者を得て時を戻り、魔王が出現する時に現われて、光輝の勇者と共に魔王を打ち負かした。


無茶をした僕は、その場で存在が消えて、残った人たちに王国の未来を託した。

そういう話のはずだけれど、呪いの魔王はそれを許さなかったようで、自分が消される時に周りの人達を巻き込んで、この世界に転生した。


それが真実なのかは、まだ分からないけれど、沢山の魂を掴んで自分と一緒に転生させるなんて、そこまでの力があったかと言えば、そこまでではなかったはずで。


そんな力があれば、一つの国などとっくに支配出来ていたはずだから。


だから、僕は考える。

遠い異世界に干渉をして、魔王の魂を呼び寄せることが出来る存在が、この世界を終わらせようとしているのではないか。

あるいは迷宮を作ってこの世界を新しく作り変えようとしているのか。


それが誰なのか。今は分からない。




ゆっくりと目を開けると、知らない部屋の中に横たわっていた。ベッドの上から降りて辺りを見回してみる。やっぱり知らない場所だ。


「起きたのね?心配したわ」

目の前に薄い青色をしたローフェが立っていた。僕よりも身長の低い美少女は、生身の身体を持たずに薄く透けて見える青い色をした存在だ。


「ここは?」

「賢者が作った部屋、らしいわ。倒れたあなたを抱き上げて連れて来たのがここだったから、多分作ったのだと思うわ。あの魔王の間を作っていたから驚きはしないけど」

いや、そう言われても。

どこかのホテルか、お屋敷の客間とでも言うような造りの部屋を、一体何処に作ったというのだろう。

少し首を傾げていると、ススッとローフェが近づいて来て僕の頬を触る仕草をする。存在が確かではないから、接触は出来ない。

「顔色も戻って良かったわ」

「そうなんだ。自分では見えないけれど、酷かったかな」

「ええ、とても」

それは心配を掛けたな。


頷いて、外に出るだろう扉を開けると、少しだけ空間が歪んで、僕はお店の部屋の端にある転移円の上に立っていた。

ソファがある場所には一同が集まって座っていた。

その中に穂香さんを見つけて傍に行くと、穂香さんはにっこりと笑った。


「起きたのね、有架くん」

「うん。家に帰ったんじゃなかったっけ?」

「あれから、もう二日過ぎているのよ」

「え、二日?」

皆に頷かれて、僕は少し焦った。そんなに寝ていたのか。


「起きたのなら良かった。覚醒があんな事故になるとは思っていなかったから心配した」

近衛さんは皆と一緒に座っていて、僕を見る。

僕は違和感なく座っている近衛さんを見て、少し心がうずいた。


本来は、彼が勇者である。

記憶を取り戻した後では、その気持ちが幾分強くなる。僕は彼の後に選ばれた勇者で、本来なら彼一人が正式な勇者で。

取り巻く人たちも、本当は彼が未来に飛ばされたならば、彼に協力したはずで。


「…だから、嫌だったのよ」

僕の傍に居るローフェが小さな声で呟いた。


「一回、家に帰ってくるよ。何か話があるならその後で」

僕は皆の返事を聞かずに、店の扉に早足で向かう。誰かが後ろで何かを言った気がしたが、後ろからローフェが包み込むように押してくれたおかげで、錬金研究所から外に出た。


大きく息を吸い込んだ僕の頬を、ローフェの指先が撫で下ろす。

「有架は、一回落ち着いた方が良いわ。記憶を取り戻すことは良い事ばかりではないのだから。どちらかと言えば、悪い事の方が多かったかもしれないし」

横に顔を向けると近い場所にローフェの顔がある。

生きている人ならば、息がかかるくらいな場所にある美少女のかんばせは、少し寂しそうな目で僕を見ていた。


「それでも、選んだのは有架だし、それに答えたのは私だわ。二人ともに責任があるなら、二人で抱えましょう?」

「うん、ありがとう」

僕が答えると、ローフェはにこりと笑った。


駅に行って電車を待とうと思ったけれど、どうやら家の方に向かう電車は運行休止になっているようで、ここから歩いて帰らなければならない様だった。

「…何時間かかるかな」

「そうねえ」

二人で駅前で溜め息を吐いていると、駅の前のロータリーに見た事がある車が止まった。

運転席から見慣れた人が降りてくる。


「有架さま。いまは電車が止まっていますので送ります」

降りてきた無花果さんがそう言って助手席を指さした。

少し戸惑っている僕の顔を見てにっこりと笑う。

「他の人はいませんから、安心して下さい」

ローフェと顔を見合わせたけれど、ごねる事もないかと助手席に乗り込んだ。無花果さんが乗り込んで運転する横で、僕はシートに背中を預けた。

暫くは無言で運転していた無花果さんは、チラッと僕の顔を見てから苦笑する。


「宗典さまが暴走していて、申し訳ありません。貴方に会えて浮かれているのです」

「うん…暴走してるよね」

前を見ながら、無花果さんが目を細めて笑う。

「はい。こちらに来た後で、私達は随分困惑していたので。有架さまが生まれてくるとは思いもせず、ただ、要るかもわからない魔術を研究するぐらいしか出来ませんでした。最初はどうして飛ばされたかも理由が分かりませんでしたし」

話を聞きながら僕は違和感を覚える。


「…飛ばされた?」

また僕をチラッと見て、無花果さんが肯く。

「はい。それ以外の表現が出来ません。掴まれて飛ばされた感触が残っていましたので」

僕が見ると、本人も眉根を寄せて混乱しているような顔だった。


「魂だけ抜き取られて、こっちに来たわけじゃない?」

「…多分、今の我々を形作っている成分の何割かは、一緒に持ってこられたものが混ざっているのではと、考察しています」

それはとてつもない話だった。今まで僕も考えていない話で。

「その話だと、そんな事を出来るほどの力を持っている誰かが、確実にいるよね?」

また肯いて、無花果さんがハンドルを緩やかに切る。


「別の世界から肉体ごと持って来る。しかも多人数」

「はいそうです、邪神様」

ローフェの呟きに無花果さんが頷く。僕の横でローフェが低く唸る。

「とても、魔王なんかの範疇では無いわ。それは確実に神の仕業よ」

ローフェの考えがあっているだろうと、僕も肯く。別の世界から何人も移動させて、身体をこっちに合わせて作りなおし、あまたのダンジョンを作りだす。


創造神以外に出来るものがいるだろうか。


「…有架さま?」

黙ってしまった僕に、いたずらな顔で無花果さんが声を掛けてくる。すっかり重くなってしまった空気にはあまりそぐわない顔に、僕が首を傾げると小さな声で言った。

「私の名前は思い出してくださいましたか?」

「うん」

僕は頷いてから、気付く。

違う、頷きが欲しい訳じゃなくて、今の問いかけが欲しがった返事は。


「ファイゲ」

「はい。ディザイア様。久しゅうございますね」

今まで会っていたのに、まるでたった今逢えたかのように、ファイゲが笑う。

彼方の世界に居た、錬金術師の助手は本当に嬉しそうに笑った。


「後でまた、来られた時に皆の名前を呼んであげてください。今日は本当はそれを期待して皆で待っていたのですから」

「…分かったよ」

僕が肯くと、無花果さんは微笑んで頷き返してきた。僕にとっては過去の話でも、彼らにとっては今の時間にしたいのだろう。

無花果さんの喜びようがそれを如実に表していて、僕は溜め息を吐かないようにしながら車に揺られて家に向かった。




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