ダンジョンパニック//池袋敢争・1
二階層に降りても、普通のモンスターが光っている事に変わりはなかった。
「神聖系ってこういう感じなのかしら?」
前回から僕も気になっていた疑問を穂香さんが口にする。
「…なんか違う気がするけど」
「でも落ちる魔石の色は違うから、神聖なのでしょうね?」
いや、最後が疑問形なのは。
出て来るのは白く光っている兎だったはずだが、こちらに向かってくるのは光った白い熊で。僕の魔法で消えてゆくが、いや随分大きいな?
「くま。何だか周りは綺麗な美術館の様な造りなのに、出て来るのは自然系なのね」
はい、全く同意です。
「でも、じゃあどういうモンスターが良いのですか?と問われると返答は出来ないし」
はい、全く同意です。
穂香さんの話に相槌を打っていると、ちょこっと肘をつつかれた。
「有架くんはどう思うの?」
「特に意見はないよ。全く同意と思っているけど」
「そう?神聖系って思っていたのと違っていたけど、よく考えたら、私が想像していたのは神話系かも知れないわ」
「神話系?」
穂香さんが肯く。
「ええ、天界とか冥界とか、そういう所の外国の神々や眷属みたいな」
「…それは手間取りそうだな」
「そう?有架くんなら、今みたいに全部消しちゃえばいいだけじゃないの?」
「いや、魔法障壁や魔法耐性がある相手は、やりにくいよ」
首を傾げてから、穂香が聞いてくる。
「横浜ではどうしていたの?」
「伊達さんと、ランカーの富士さんが一緒だったから」
「ああ、近接がいたのね」
「うん。だから下に行ったら、少し作戦を考えないと」
穂香さんが足元の床を見る。
「〈天原に征く〉で動ける人がいると良いけれど」
それは無理だろうと僕は思っている。津島さんの剣技と藤原さんの剣術と。剣豪と言っても良い二人に連絡が取れないとなると二人とも重症か、もしくは。
僕達は見つけた三階層への階段を下りた。
降りた先の血溜まりに驚くが、穂香さんと避けて歩くと、通路の奥から何かの唸り声が聞こえた。どう聞いても肉食獣の鳴き声だ。
僕達の行く先の通路に、のっそりと涎を垂らした虎が現れた。白くて光っているのは変わらない。
「白い虎って綺麗ね」
穂香さんが眺めている雰囲気だったが、魔法で消してゆく。大きな虎を消した後に奥から小さな虎が数匹出て来た。
「…お母さんの虎だったのね。小さい虎は何ともいえないぐらい可愛いわね」
攻撃を躊躇うような口ぶりだったが、僕達はどっちもテイマーではない。魔法で消し去ると複雑そうな顔で僕を見た。
見られても仕方が無い。
あれが育てばさっきのように、人を襲うモンスターになるのだ。
「…テイマーがいないから」
「そういえばそんな職業もあったわね。でもダンジョンの中でしか使えないから、物凄く人気がなかったはず」
「そうなんだ」
「ええ、ダンジョンの中でだけ発動する職業スキルみたいな物があって、それを駆使して戦う人もいるけれど、現実世界では使えないから、意味のないスキルだって言われているわね」
職業スキル。いったいどうやって職業に就くのだろう、ダンジョンの中で。
僕が疑問に思いながら進んで行くと、穂香さんが隣で話してくれた。
「最初期からある話で、ダンジョンの中でしか使えない魔法も、魔法使いという職業について発動する物なのだけど、魔法使い、戦士、僧侶、斥候、動物使い、あと何だったかしら。十個もない職業に就職すると、それぞれのスキルがもらえるのよ。使えるのはダンジョン内限定なのだけれど」
不自由な力だな。
「職業スキルを得るには、レアな魔導具を発見しないと駄目みたい」
「魔法を魔導具で使えるようになるというのは知っていたけど、魔法使いに就職するからだったのか」
「そうなのよ。面白い話よね」
そう言って穂香さんが笑う。
「私達は修行して魔法使いになるのに」
血筋をもってしても、素養と修行が必要なものだから、ダンジョンでお手軽に職業で魔法を使う人がいるのは、嫌なのかもしれない。
けれど、ダンジョンが出没しなければ歴史の表舞台には出て来なかった一族で。それは僕の家系も一緒だ。陰陽を継いでいる一族が幅を利かせているのも、表に出て来たからで。きっとダンジョンが無い世界では裏家業になっていただろう。
四階層へと階段で降りる。
所どころ血だまりがあるのは仕方ないが、それは傍に遺骸がなくてはいけない量で。見る限りは何処にも遺骸が見当たらない。
「クランの人達が、回収しながら進んだのかしら?」
穂香さんが首を傾げるが、一体このモンスターの量でどうやって。
消したモンスターの魔石が僕の腕輪に吸い取られるのを見ながら、穂香さんがまた悩んで言った。
「この量じゃ、探すのは無理かしら?」
「多分、手間だと思うけど」
「有架くんだったら行けるわよね?」
「探せと言われれば探すけど、パニックを収める方が先じゃないかな」
「そうねえ…」
じゃあどこへ行ったのか?それを口にはしなかったが、穂香さんの視線は血だまりを見るたびに、ゆらゆらと周囲を見渡した。
通路沿いに歩いて行くと、行き止まりが有って。
「穂香さん、こっちで合ってる?」
「ええ、合っているはずだけど」
自分のマップを見ながら穂香さんが答える。横に行ってマップを見るが確かにこの先にも通路が表示されていた。
じゃあ、この壁は何なのだろうか?
悩んで壁に近付くと、壁がぶるっと震えた。
壁は一瞬で消えて、光った大口のワームが向かってくる。
ワームの腹だったって事!?
白くて艶々しているワームは、その口だけはリアルにおぞましくて、指を鳴らすが一発では消えない。
ちっと舌打ちをすると、横に穂香さんが来て腕を伸ばした。
「〈バロウズ〉」
薄赤い壁にワームがぶつかり弾かれる。
もう一度魔法を掛ける。耐性があるのかまだ耐えているようだ。
ああ、やっぱり剣士が欲しい。
そう思いながら魔法を掛ける。追加二発で消えてなくなったが、なかなかにしぶとかった。僕は横にいる穂香さんを見る。
「ありがとう、助かった」
「防御魔法は、一杯仕込んできたから、任せて」
そう言って微笑む穂香さんが頼もしい。
歩きながら、自分のクランに入ってくれそうな人を想像してみたが、誰も思いつかなかった。どの人も自分のクランを持っていて、しっかり運営していそうな人たちで。
僕のクランには入ってくれそうもない。
うん、人望が無いもんね。
新たに新人さんから募るのは無理で。
この限界状態を生き抜いた人なら、良いのだけど。今のところ情報ではランカー以外がダンジョンを制しているとは聞いていなくて。
そして僕の知り合いと言えば、ほぼ全員ランカーだった。まあ仕方が無い。僕の魔法についてこれる人を想像する時に、ある程度の実力者じゃないとついて来れないし、利益を楽して享受しようと思われても嫌だった。
それと、最大の関門は。
僕は穂香さんを見る。
ダンジョンの外でも自衛が出来る人物でなければ嫌だからだ。
今の僕のクランの人員は、そこは間違いなく安心できて、外を単独行動しても怪我もしないだろうと信用している。
その信頼を置けるのは、やっぱりランカーになっちゃうだろうなと。
柔らかい壁が無くなった先を一緒に歩く。
「なんだか、沢山いすぎて嫌になってくるわね」
僕の魔法で消えていくモンスターを見ながら、穂香さんが呟く。確かに先に入ったクランがいるのに、溢れるほどの数が襲い掛かってくる事態では、飽きるよりも先に嫌になるだろう。
「有架くんって、高校は行かなかったのね?」
「え?そうだね、中学卒業して探索者になったから」
「…年上は嫌い?」
どういう質問だろう?
僕が首を傾げると、穂香さんが両手を左右に振った。
「あ、変な意味じゃなくて、好きな子はいるのかなあって」
「誤爆デも酷いダろう」
なぜか穂香さんの言葉に邪神ちゃんが答えていた。
「僕が好きな人?…恋愛的な意味でかな?」
「え、うん、そう」
「いないよ。僕はそういうのあまり興味が無くて」
「そうなんだ、うん、分かった」
頷く穂香さんに僕も肯く。女性ってそういう話が好きだなあ。だいたい僕が好きになったところで幸せに出来るビジョンが見えない。それならそういう事は考えない方が良い。
五階に向かう階段を下りる。
不意に曲が聞こえた。え、まさか。
隣に居る穂香さんが辺りを見回す。
「この曲は何?」
「ダンジョンは攻略されていないと曲が流れているんだ」
「ああ、これがそうなのね?え、でも、まだ五階よね?」
そう、まだ五階層なんだ。こんな浅い層で曲が聞こえるという事は、ここに津島さんたちがいるという事で。
僕は鳴らしていた指をそろえる。
「〈絶の黒雲〉」
範囲を広げて指先から黒い雲を出す。大きな円形に雲が湧き出し、かなり先の通路までモンスターを消していく。白い魔石が道しるべのように通路を埋めるが、それの吸い取りに目線を向ける訳にはいかない。
「穂香さん、ここの地図は?」
「あるわ。ここが結構複雑な通路で」
僕は穂香さんの手の甲に浮かんでいる通路を見る。幾つかの行き止まりを見つけてそちらに向かう事にする。
「津島さんたちが、こんな所でやられる訳がない」
「そうなのね?なら、何かトラブルかしら」
それもあり得るな。でも、彼らがやられるトラブルなんて。
最初の行き止まりには何もなくて、次の行き止まりに向かうと、道の先は僕のではない雲が漂っていた。確かこれは。
「なにこれ?先に行ってもいいのかしら?」
「まって、穂香さん僕の手を握って」
「ええ」
そう言って穂香さんが僕の手を握った途端に、ずっと身体が道の奥に引っ張られた。
「これは?」
戸惑う声の穂香さんの腰を抱く。
ふっと体が浮くような感じがして、視界が変わった。




