ダンジョンパニック//横浜紛乱・3
おにぎりを食べながら、通路の向こうに出現しているモンスターを消していると、僕の指先をしみじみと見ながら、富士さんが溜め息を吐いた。
「じゃあ何で、鳴らしてるんだよ?」
主語はないが、話したい事は分かった。
「他の人のタイミング用でもあります。僕の魔法に重なってもまずいので」
「ああ、助かる時もあるな」
何かを思い出した伊達さんが頷くと、富士さんが二個目のおにぎりを口に入れる。
「九条君が魔石を協会に売ったら、ランカーになると思うんだよ」
三つ目を手に取って、富士さんが僕を見る。肯いてどうぞと言うと嬉しそうに頬張った。
「そうでしょうか?」
「今まで見た感じ、相当上級の魔法使いだろうし」
「…いえ、僕は」
「あのな、殆んど無限に魔力を持っているってだけで、上級ランカー確定だから」
伊達さんまで頷いたので僕は首を傾げるしか出来ない。
「普通は魔法使いではなく、ダンジョンの中でだけ使えるものだから、魔力量はとても少ない。たまに魔導具を見つけて増幅している幸運な者もいるが。だから元々魔法使いなのは珍しいし、陰陽師としても注目されるだろう」
「まあ、魔法使いとして見られるだろうな。血筋じゃない魔法使いなんて希少だしなあ」
言われてみれば納得なのだが。
それが自分となると、どうにも気持ちが追いつかない。
「まあ、それもこの騒動が平和に終わった後だな」
水をごくりと飲んでから富士さんが伊達さんの言葉に肯く。
「違いない。じゃあそろそろ行くとするか」
そう言って立ち上がった二人が、良い笑顔で僕を見る。
「美味しかったよ、ご馳走様」
「ほんと、美味かった。別のも食べてみたくなるな」
静のことを褒められて僕はすごく嬉しくなった。僕の顔を見ながら伊達さんが呟く。
「これは、妹は大変だな」
意味が分からず首を傾げると、富士さんが伊達さんを見ながら溜め息を吐いた。
「相庭さんかあ、大変そうだねえ」
「九条君はしっかりしているから、良いとは思ったが」
「胃袋掴まれてるなら、そっちじゃね?」
「…そうかも、しれないな」
謎会話を続けている二人と一緒に、探索を再開した。
十五階層は今までの階層よりも複雑な道順をしていた。交差する場所が多く、全く同じ場所に見える造りが、悩ませて来る。
伊達さんがマップの魔導具を待っていなければ、だったが。
「それ便利だよなあ。うちもそろそろ買うかなあ」
「あれば便利だが、確か岩倉がマッパーではなかったか?」
「自分で作成するのが大好きだからな、あいつ。今まで行った先は全部書いて持ってるよ」
「…凄い能力だな」
「基本あいつはオタクだからな」
だからさ、貴方達、大親友でしょ?
大型のモンスターが出て来ても、ランカーが二人もいてはどうにもならず。むしろささやかな同情心が芽生えるほどだ。
十六階層、十七階層と降りた。
相変わらず僕が常に魔法を使っていなければ、歩く先が出来ないような状況ではあるが、三人で通路を歩いていく。
僕達が行かない通路はモンスターが沢山いるが、全部潰滅を目指していないし、勝手に近づいてくるから殆んどは滅していた。
僕は魔石を富士さんから受け取りながら、収拾の魔導具も欲しいなとか思っていた。宗典に頼めば作ってくれるかな。
うん、別にあの人達が嫌いな訳じゃないんだ。
ただ僕が上だと、クランのトップだと受け入れがたいだけで。
十八階層、十九階層と、徐々に大きさが変わってくる。通路一杯のモンスターの大きさが二倍近くなって来た。
何回も弱い魔法を重ねるのは、少し面倒になっていて。
鳴らしていた指を戻し、人差し指と中指をそろえて、曲げていたひじを伸ばす。
「〈絶の黒雲〉」
真っ黒な雲が指先から半円状に広がる。何本もの通路奥まで雲が流れていく。いっぺんにモンスターの絶命の声が聞こえてきたので、かなり五月蠅かった。
ハアッと息を吐くと、後ろの二人が声を掛けてくる。
「面倒だったか?」
「…少し」
「数が多すぎるからな。やはり俺が前に行こう」
伊達さんが前に立ち通路を進む。
「いっぺんは楽なんだけど、魔石拾うのが面倒だよなあ」
「…置いていってもいいのですが」
「はあ?駄目だぞ、そういうの。拾って外に出回れば、それだけ人の生活が楽になるんだからな」
富士さんが屈んで拾いながら、袋に入れていく。
ああ、集める魔導具が欲しい。
「……助けてほしい」
呟いた僕のもとにまるで流星のように、光った鳥が一羽突っ込んできた。
伊達さんと富士さんが剣を構える。
僕の肩に泊まった鳥が、パカッと口を開いた。
『やっと見つけた、魔王さま!』
その言葉を聞いた二人が、剣を降ろす。
『お困りですか?我が魔王』
宗典が話しかけてくる。
「…魔石を収集するのがめんどい」
『なるほど。では、これをどうぞ』
鳥の口からごろっと腕輪が出てくる。うん、いやいや。
『もともと管理に持たせようと思って作っていた物です。お使いください』
「有難う賢者殿。リエ・ゼロはまだ居るか?」
『はい、魔王さま、ここに』
「僕は中に入ってしまったから、外が分からない。状況は?」
『はい。現在、ダンジョンパニックが起こっているのは、横浜を含めて三つ。他の二つには近衛のクランと、津島のクランが入っています。じきに収まるかと』
「外の被害は」
『…死者多数、怪我人も多数。建物や乗り物の被害も加えると、かなりの被害です』
「国外は?」
『はい。連絡が途絶えた国が幾つか。大国はまだ押さえている様です』
「…分かった有り難う。ここを出てからまた聞くから、情報を揃えておいてくれ」
『分かりました』
僕が息を吐くと、鳥が小さく鳴いて天井に向かって消えていった。あの魔法使いはどれだけの才能なのか底が知れないな。
「賢者殿?」
「リエ・ゼロ?」
ええ、分かっていますとも。
僕が二人を見ると、二人も僕を見ていた。
「僕のクランメンバーですが、なにか?」
うっと息を飲んで、動きが止まる。
何か悩みながら富士さんが首を振り、伊達さんは考え込み。僕は腕輪をはめてから富士さんに言った。
「もう拾わなくていいので、早めに終わらせましょう。外が酷い事になっているようなので」
肯いた富士さんが再び剣を構える。
「拾わなくていいなら、どんどん先に行こう。俺も実家が心配になって来た」
「…そうだな、今は九条君のクランの事は置いておこう」
情報は諦めて下さいね。
腕輪に魔力を流すと、凄い勢いで魔石が集まって腕輪に納まる。
僕も二人も何も言わずに見守ったが、同時に三人で首を振ってしまった。
「行きましょう」
何も言わないのも変な感じだったので、言ってから下の階段を目指す。
二十階層への階段に足を掛けると、ピアノがバーンと鳴ってから、早い連打の旋律を奏でだした。
「この様子なら、またボス戦だな」
「その様だな、今度は何だろうか?」
階段を下りた先で、大きな四本の柱がそびえる階層が見えた。そしてその真ん中にいるのは、大きな鶏が三羽…?
「あれはコカトリスだな」
僕の横で富士さんが唸る。
「こりゃあ最後の階層のモンスターが何か、予想が出来そうで嫌になるな」
「俺達で向かうには、装備が無さ過ぎる。整えて再戦している暇もない。九条君、頼めるだろうか?」
「はい」
僕は柱に向かって歩いていく。三羽まとめて範囲に入れてやろう。
「〈黒風白雨〉」
腕をぱっと伸ばした。
バジリスクに放ったものとは規模を変える。周りに巻き込まれる人がいないから自由に使えた。崩壊の風が、嵐になり範囲の中で荒れ狂う。雨が混じっているのは逃げられないようにするためだ。
もっと観察もしていたかったが、仕方が無い。
やっぱり後でモンスター図鑑を買おう。
数分続いた魔法が切れるとそこは床に渦巻きが描かれた、ただの広い場所になっていた。落ちている魔石が腕輪に入る。
「…凄いな」
「何も言えない」
後ろで二人がそんな事を言う。
「行きましょう。三十階層ぐらいで終わりだと良いんですけど」
僕の言葉に二人が頷く。
「そうだな、二十三階までしか踏破していないから、何階層まであるのか分からないからなあ」
「早くしないと、また新たにパニックが起きるかもしれないし」
僕と富士さんがぎょっとして伊達さんを見る。見られた伊達さんは普通のように言葉を継いだ。
「分からないだろう?もうどこが安全なダンジョンなのか」
それはそうなのだが。
その可能性は、今はまだ考えたくはなかった。




