身内に対する話し方
喉が痛くてうまく眠れなかった。
横を向くと、自分の喉からグルグルと音がする。気持ち悪くなって、一階のトイレに行って吐いた。何か肉塊と血が、べしゃっと出た。
新陳代謝だろうか?
まだ気持ちが悪いのでうがいをしてから、台所に行って水を飲む。
静が心配そうに傍に寄って来た。
「大丈夫ですか?有架さま」
「うん、たぶん」
変な声だな。
「ちっとも大丈夫ではないです」
少し怒ったように、静が言う。
そう言われても、こればっかりはどうする事も出来なくて。それでも昨日よりは話しやすい。ただ声が変になっているだけで。
「おはよう、有架」
「おはよう、邪神ちゃん」
「うわ、凄い声ダね、ダいじょうぶ?」
邪神ちゃんにまで心配されてしまった。
今日もゼリー飲料を貰ったけど、静はちょっとご立腹。僕だって静のご飯を食べたいけど、温度のある物はまだ駄目そうで、断念した。
スマホが光っているので、見るとメールが来ていて。
《道具が揃ったので、今日来てほしいな。小鳥遊さんも一緒に来てね》
《分かりました。十時ごろ伺います》
返事をしてから、小鳥遊さんにメール。
《今日、上野駅に十時前に来れますか?》
直ぐに返事が来る。皆の返事が早いのは良い事なのだろうけど。
《おはよう、九条くん。十時前に上野駅ね?待っているね》
ふうと息を吐いて、テレビを付ける。リモコンの角を撫でた後で、テレビが付いた。
「有架は、リモコンフェチなのかな」
「ちょっと、邪神ちゃんそれは、やめて」
酷い中傷を受けたような気がするが、テレビのキャスターを見る。
日本全国のダンジョンの状況を話していた。
全国には四十九のダンジョンがある。大体は各県に一個あるかぐらいで、多くのダンジョンは都会に集中している。
はっきり言えば、関東と、大阪近辺に数多くあり、その他の県には全く存在しない所もある。だから、関わりたくない人達は地方に住んで、ダンジョンの事など気にも留めないで済む。ただ、新しい探索者という職業には興味があるらしく、人が集中している。
ゼリーのヨーグルト味が美味しい。
ダンジョンのない県に住んでいても、ダンジョンパニックが起こればいずれは被害に遭うのは知れているので、関心が高いのは良い事だと思う。
初めてダンジョンが出来た時は、辺りは人がいなくなるほど蹂躙されたのだから。
過疎化している県も幾つもある。
その昔、対策がされるまでの間、世界の人口は随分減った。確かその時は半分ほどに減ったと聞いている。
それはそうだろう。
その時まで、陰陽や魔法使いなどは表立って生きられなかったのだから、対策は殆んど軍隊に任されたのだ。日本で言えば自衛隊が武力でダンジョンに抗った。
幾らかは利いたのだ。ダンジョンの外に出て来たモンスターには。
だが、中では利かなかった。銃火器はダンジョン内で使えなかったのだ。いまだにどういう理由で銃が使えないのかは解明されていない。
それさえ分かれば、人類は楽勝だと思うのだけど。
そして、キャスターはまたダンジョンパニックの可能性を示唆する。
進化したダンジョンに挑める探索者は、ランカー以外にいないと嘆いている。
そうだろうなあと、画面を見ながら考えていたら。
「有架が、全部踏破すればいいのよ」
邪神ちゃんが暴論を吐く。
「無理です」
「デきるよ、きっト」
「無理だよ」
僕の言葉に、邪神ちゃんが腕を上下に動かす。
「何デよ?」
「その数を回るのが無理。何個あると思ってるの?」
「ならば、潰しテ回ればいいのよ。幾ツか残しテ」
「え、いや、それは」
ダンジョンの仕組みが分からないのに、そんな事は出来ない。数を減らしてさらに強化されても困る。
僕らの間に静がグラスを置いた。
テーブルの上に座っている邪神ちゃんが静に抗議する。
「なによ、急に」
「有架さまだけが、努力しなければならないのは、許せません」
怒っている静を邪神ちゃんが見上げる。
「…そうね、そうダわ。静の言う通りね」
「はい。皆で抗えばいいのです」
そうなのだけど。
抗える人が限られていると、そういう話をテレビでは言っている訳で。
あ、このカルピス、うま。
「マンゴー味です。他にもありますよ?」
「え、味が違うのがあるの?へえ、いいね」
僕が笑うと、静も笑ってくれた。
うん、静は笑っている方が何倍も美人だ。
支度をして玄関で静を見る。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
今日は微笑んでくれて、嬉しい。
上野駅について、パンダのオブジェの前に行く。
小鳥遊さんが立っていて、また男達が付近をうろついていた。もういっそ錬金研究所で待ち合わせの方が良いかな?
「待ちましたか?」
小鳥遊さんに声を掛けると、小鳥遊さんが驚いたような顔で僕の手を握った。
「どうしたの、その声」
「ああ、ちょっとありまして」
「やだもう、あまり喋らなくてもいいよ?」
そんな悲しそうな顔になるとは思っていなくて、僕はちょっと焦った。
「話すのは、大丈夫ですから」
「だめ、無理しないで」
そう言われて、逆に手を引かれる。
一回しか行っていないのに道を覚えているようで、小鳥遊さんがぐんぐん進んで行く。僕は手を引かれて苦笑が浮かんだ。
しっかりした人だなあって。
クランの相方に選んでよかったなあって、単純にそんな事を喜んでしまった。
真っ暗な路地にも間違いなく入り、錬金研究所の前まで歩く。
何時も通り小さな明かりがついていて。
中には何時も通り四人が待っていた。
小鳥遊さんが頭を下げて入る。僕はどうしようかと思ったら成田さんが手を振って断って来た。え、僕だけ何だか礼儀がなっていないようで、嫌だなあ。
僕の顔を見て成田さんが笑う。
「前も言ったけど、九条君がそんな事をしたら、俺が駄目になるからやめてね」
「そう言うなら、しませんけど」
僕が驚くぐらい一斉に真剣に見られた。
「…どうしたの、その声」
「錬金陣が足りませんでしたか?」
「どうして直さないの?」
「風邪とかじゃないよね?」
最後のローズさんの声に肯いた。
「風邪じゃないです。それから自分でやったので、怒られても困ります」
「錬金を組むから、症状を教えて」
成田さんの真剣な声に、僕と邪神ちゃんが見あう。
「私がお願いしタのよ、怒らないデあげテ」
邪神ちゃんの声に、隣に居る小鳥遊さんが驚いた。
「え、この子喋れるの?」
「はい、喋れるようになりました」
僕が答えると感心したように小鳥遊さんが邪神ちゃんを見つめた。まだ成田さんが真剣な顔で僕を見ている。だから怖いから、そういうの。
「母の陰陽を解いて、入れ込んだので。これは反呪です。治せません」
「どうして」
成田さんが呟く。
「反呪は、本人が生きていれば本人に行きますが、死んでいるので使った術者に戻ります。反魂とかと一緒です」
「では、それは」
「多分錬金でも治癒は難しいかと。自然に治るのを待つしかないので、怒らないでください」
僕の言葉に成田さんが溜め息を吐く。
「あまり、身体に欠陥があるのは良くないのだけど」
「僕にはそれよりも、邪神ちゃんの方が大事なので」
「あいツのこトを考えるト、私が喋れタ方が良かっタのよ。それ以上は怒らないデくれる?錬金研究所の…成田、ダっタかな」
喋っている邪神ちゃんを、成田さんがじっと見る。
「九条君がそう言うなら仕方ないな」
「有難うございます」
「いや、ほんとそういうのやめてね、九条君。もっと偉そうでいいんだよ?君は俺達の魔王様なんだから」
「…それなら、いう事を聞いてくださいね、成田さん」
「もう一声」
「え、なんですかそれ」
成田さんを、無花果さんが目を細めてみている。
「きっと、敬語を止めてくれと言ってるのだと思います」
え。
どうやって言えばいいのかなあ。
「……僕のいう事だ、大人しく聴け、宗典」
言った途端に、成田さんの顔が真っ赤になって嬉しそうに微笑む。それから無花果さんもエリカさんもローズさんも、みんな笑顔になった。
ど、どういう事!?
慌てて小鳥遊さんを見たけど、分からないと首を振られた。そうだよねえ?
「あの」
「ごめんね、九条君。無理強いはしないから。今のですごく嬉しいから」
「録音してあります、宗典さま」
「さすが無花果。有難う」
ちょっと待って、それは一体どういう。
「九条くんの敬語が嫌という事かしら」
小鳥遊さんが呟く。
そう言われても困る。僕はこんな年上の社会人に敬語なしで話したことが無くて。
「でも、私も、敬語よりは普段の言葉で話してくれると、嬉しいかな」
「え、それは」
確かに、小鳥遊さんにも敬語だけど。だって年上だろうし。
え、でも。
「落ち着いテ、有架。息が乱れテる」
「うん、邪神ちゃん、ちょっと待って」
混乱した頭を少し振って皆を見る。確かに強要はされていないけど、言われてみれば身内だけど。僕のクランの人だけど。
混乱するほど僕は敬語にこだわりがある?
自問したけど、そこまでではない。今まで生きてきた場所で強いられていただけで。
うん。
ハアッと息を吐いてから、皆を見る。
きっと距離を感じるんだよね、僕の言葉で。それは悲しいかな。
「僕の身内だもんね、みんな」
「そうだね。そう思ってくれると嬉しいよ、九条君」
「でもいきなり名前で呼ぶのは、少しハードルが高いけど」
「敬語を止めたついでに変えた方が良いと思うわ。後で変えるタイミングが分からなくなると思うわよ?」
小鳥遊さんがそう言ってくる。
「…分かったよ、穂香。これでいい?」
「すごく嬉しいし、恥ずかしい。でも嬉しい方が上かな」
「そうかあ。僕はちょっと頑張るから、ちぐはぐな言葉でも許して欲しいかな」
何故だかみんな、にこにこしている。
「ねえねえ、わたしは?」
「ローズ、さん」
「さんもいらないよ。ねえ」
「う、ローズ。でいいかな」
「うんうん」
「わたしは」
「エリカ」
「うん」
じっとこっちを見て口は開かないけど、期待されているのは分かっている。
「無花果」
「はい、魔王様」
「そう返してくるの?」
「はい、有架さまと呼ぶのは、少し危険な気がするので」
「そうかな」
考えて、もう一人を見る。
きっと昔は習慣の違いで、名前呼びで呼び捨てだったのだろう。僕には普通でもずっと違和感があったのだろうか。
「宗典、慣れないからそんな真剣に見ないでくれないかな」
「うん。すごく嬉しい。でも無理だったら嫌なんだけど」
「きっと慣れると思うから、頑張るよ」
「我が魔王ばかりに無理をお願いするのは心苦しいので、望みは幾らでも言ってください。何なりと叶えます」
僕はちょっと違和感が生まれる。
「それでそっちが敬語って」
「言ってみたかっただけだよ、君が嫌がるなら今まで通りに」
「僕が敬語を止めるんだから、普通にして欲しいよ」
「はいはい。じゃあ、魔導具の話をしようか」
奥のソファセットに座ってから、溜め息を吐いた僕に。
「有架は、大変ダねえ」
原因の邪神ちゃんがそんな事を言ってきた。
いや、君ねえ。




