攻略//横浜ダンジョン・2
少し怖そうな曲が掛かっている中、警戒しながら進んで行くと、伊達さんが秒で切りかかった。空中に浮いている破れた布を被った骸骨の顔を持つ死霊。
リッチって初めて見たかも?
リッチ自体の口からも白い息が出ていて、僕達の周りも急に温度が下がる。
死霊系が傍に居ると温度が下がるのは当たり前で、辺りが白い霧に囲まれているから、他のモンスターが見えにくいというギミックなのだが。
伊達さんが難なく切り伏せて、一瞬で霧が晴れる。
僕達には残念なギミックになってしまっている。霧に紛れていたはずのゴーストなんて見ただけで僕に消されているし。
前に見た幽鬼はリッチの下位互換。空中に浮く事はなくて地面を歩いている骸骨。ただこの間のは何故か全員鎧を着ていたから、普通の幽鬼とは違ったのかも知れない。
肉欲があったのも何か違う。
あんな幽鬼がいるものだろうか?
自然発生では考えにくくて、死霊術師がいたと考えるなら納得できるけど。
それは相庭さんを狙ったという事で。
つまりは。
轟さんが、伊達さんの前に浮かせていた光る魔導具を、自分の頭上に引き寄せた。伊達さんがパッと轟さんの近くに寄る。
「九条君も来て!」
言われて数歩近寄ると、ガチャガチャと多数の足音が聞こえた。
前の通路も後ろの通路も、今考えていた幽鬼で埋まっていた。余りの数に通路の奥が見えないぐらいだ。
轟さんと伊達さんが緊張している中、僕はやれやれと思う。
「これって誰か操っている人がいますよね?」
「多分な」
伊達さんが短く答える。
「前もこんな奴だったので、これを操っている奴が相庭さんを襲ったやつでしょうね」
はっきりと分かるほど、伊達さんが怒った。もちろん煽るために言ったのだが。
「死霊術師は、何処にいますかねえ?」
僕が聞くと、緊張したまま轟さんが答えた。
「そんなに遠くには居ないと思う。この数だし油断しているかも」
「前と後ろ、どっちだと思います?」
近づいて来る幽鬼は、手に武器も持っている。前後どちらにも僕達は逃げられない。
まあ、逃げないけど。
「前だろう。後ろから前を見るのは難しいが、先に行っているなら後ろは通って来た場所だから想像しやすい」
なるほど、道理だ。
「では、前でお願いしますね、伊達さん」
「分かった」
「ちょっと九条君、落ち着き過ぎじゃない!?」
轟さんがそう言って、幽鬼の動きが少し早くなった。
「〈漆黒の風〉」
パチンと指を鳴らして、円状に風を起こす。
僕らの周りの幽鬼など、真っ先に掻き消えた。多数の魔石がころころと床に転がる。
幽鬼が消えた途端に伊達さんが走り出した。
前方の通路に人影は見えないけれど、この先にいるだろうか?それとも後ろに?僕は後ろも警戒しながら、もう一度指を鳴らす。
まだいる気配がしたからだ。
伊達さんを追って轟さんも走りだす。遅れないように僕もついて行く。
僕の視界の先で、伊達さんが人間に大剣を振りかぶっていた。伊達さんと人間の間に幽鬼が湧く。ほとんど接触している状態でモンスターが出現した。
人間の男が薄く笑う顔が見えた。
僕は指を鳴らす。
その音を聞いた伊達さんは、躊躇わずに大剣を振り下ろした。そのまま大剣が男の肩に降りて腕が千切れて飛んだ。
「うわあああ!?」
血が吹き出した肩を押さえて、男が後ずさる。
伊達さんはまだ大剣を構えたままの姿勢で立っていて、轟さんと僕が追いついてもその男から視線を逸らさない。
「お、おまえ、人間相手に、なにを」
腕を切られた男がそう叫んでいるが、些か分が悪い。
「芽久を襲ったのは、おまえか?それとも他の奴か?」
伊達さんに聞かれて男が僕達を見るが、轟さんも苦い顔をしているし、僕は本当にその男の命に興味が無かった。
「知らないよ、そんな奴。お前探索者なのに、こんな事をして良いと思っているのか?」
「お前が死霊術師なら、何の問題も無い」
「は、何を言ってるんだ。人間は襲ってはいけないって」
「敵対者に容赦はしない。それが俺の信条だ」
重い大剣を構えたまま、伊達さんが話している。
後ろにいる僕は男の目線から、その動きが何をしているのか分かっていて。そちらに腕を伸ばして指をパチンと鳴らした。
柱の影にいた三メートルほどの大きさのレイスがすっと消えた。魔石がコロンと落ちる。僕はそれを拾いに歩いていって、手に取ってから片腕がない男に向かって声を掛ける。
「まだ、何かやりますか?僕の魔力があなたの魔力より少ないと良いですけど」
男の顔色は悪い。きっともうすぐ魔力切れだろう。
僕は無限に近い魔力があるけれど、普通の人は自分の魔力を配分しつつ魔法を使っているはずだ。それでもさっきの魔法をこの男一人で使っていたら、かなりの魔力を消費したはずで、…追加のレイスなんて呼べたかなあ?
伊達さんがゆっくりと男の首に大剣をあてる。
「答えろ。俺を狙う理由は?」
「そ、れは」
視線が動きすぎて、僕の視界からは丸わかりですが?
本当に、嫌になる。
「動かないでくださいね、轟さん」
僕が言うと轟さんの右手が止まり、大剣を構えていた伊達さんの動きも止まった。肩を押さえていた男を蹴り飛ばして床に転がすと、伊達さんがこちらを向く。
僕の声で動きを止めていた轟さんが息を吐いた。
「悠斗、そいつをどうするんだい?」
そう言った轟さんの右手は、固く握られていた。
「天、その手を開け」
僕よりも付き合いの長い伊達さんの方が判っている様だった。
「何言ってるんだ、悠斗?それよりも」
「その右手を開け、天」
どうするかと見守っていたら、右手を素早く降って伊達さんに投げつけると、轟さんが伊達さんに掴みかかっていた。辺りは光が満ちていて、僕はこの事態に危機感を持つ。
この光は。
声にならないうめき声が聞こえて、視界が戻った後には伊達さんが焼けて地面に倒れていた。轟が荒い息で振り返って僕にも何かを放り投げようとする。
その腕ごと消した。
投げる姿勢だった轟は、勢いが余って自分で転んでしまった。
「え、何が」
痛みよりも先に疑問が出て来るのは、強靭だなと思う。
轟を見ていると、懲りずに左手で何かを取り出そうとしていたので、左手も消した。さすがに僕が魔法を使っていると分かったのか、轟が僕を見る。
足だけで使える道具があれば別だが、今のところ疑わしい動きはしていない。
「おまえ、一体何なんだよ!?」
叫ばれたが、気にせずに伊達さんの傍に寄る。屈んでみるとまだ意識があり、前みたいに全身が焼けている訳でもなかった。ただ半身は焼けている。
カバンの中から、回復の錬成陣を取り出して焼けた場所に押し当てた。
一回では治らず、もう一枚使った。
痛みも軽減されるのか、伊達さんが自分で起き上がる。
「ありがとう、九条君」
「いえ、持っていて良かったです」
起き上がった伊達さんは、急速に顔色が悪くなっている轟の傍に立った。
「なんでだ、天?俺達は親友では無かったか?」
「親友?オレに親友なんていないよ。なんだよ、もう少しで芽久ちゃんも彩ちゃんもオレの物に出来たのに」
大溜め息を吐いて轟が言うと、伊達さんが苦い顔になる。
「お前やっぱり、芽久の事をそういう風に見ていたのか」
「は?最初からじゃないけど。育ったら可愛い子になるしさ、彩ちゃんだって大学のミスコンで三位の可愛い子だったのに。お前が持っていくとか有り得ないね」
男の八つ当たりか、醜いものだな。
伊達さんは信用していた分、辛いだろうけれど。
「…天、お前をクランから外す。地上に帰れ」
「は、お人好しだな。お前のいない間に妹を襲ったらどうするんだよ」
うん、僕もそう思います。
うちの静じゃあるまいし、誰も敵いませんなんて中々出来ないよ?
「芽久は訓練している探索者だ。外でも行動できる」
「…本当に馬鹿だなあ、悠斗は」
そう言って笑った轟は、ゆっくり目を閉じた。
「後ろの九条君の方が、よほど理解していると思うけどね」
「そうですね。少なくともさっきから黙っている、あの男が何かしているんだろうなって、思っています。まあ、僕が勝ちますけど」
僕を中心に魔法が逆巻く。
本当に、世の中汚い思考の人間が多すぎる。守るべき物もあるけれど、唾棄すべきものの方が多い気がして。
何時もより色の濃い黒い風が、辺りを一瞬支配して消えた。何かを仕掛けていた男が息を飲んだが嫌な奴が放った死霊など確認もしてやらない。
僕は怯えた顔で僕を見ている片手の男を見てから、気を失っている轟を見た。
「…どうしますか伊達さん。そいつらを連れて上に行きますか?それともここで始末しますか?」
僕の言葉に伊達さんが目を開く。
「いや、両方とも連れて帰って手当てをしたい」
「…そうですか」
普通の人なら、助けるものなのだろうか?それで自分の大事なものが被害に遭う可能性が上がるとしても?
「……今の僕は、貴方のクランの者ですから従います」
「ありがとう、九条君」
片腕の男を掴み、轟を足の下にして伊達さんが自分の探索者カードを触って、何かを呟いた。多分強制送還の術式だろう。ランカーなら持っていると聞いた。
「九条君も此方に」
「あ、はい」
伊達さんの傍に行こうとした僕は、横から飛んできた何かに腹を打たれて壁際に吹っ飛んだ。
「はは、ざまあみろ!」
伊達さんに掴まれた男がそう言って醜く笑った。
その瞬間に三人の姿が消える。接触型の魔法だったのか。
僕は立ちあがって、僕を弾き飛ばしたリッチを魔法で消す。
ハラハラと黒い欠片が魔石と共に落ちるのを見ながら、溜め息を吐いた。
戻るべきか、探索続行か。
どっちにしようかな?




