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緊急依頼




急いで駆けあがったとて、電車が一本ぐらい早くなるだけなんだけど。

ちょうど、反対の場所にいるから気持ちが焦る。

入って来た電車に入って、ドアが閉じるのを見ながら考える。


どうして小鳥遊さんが、第七に入っているんだ。あそこはまだ閉鎖されていて。

ああ、そうだ。

五十嵐さんに中の調査をと言われて、僕は断ったんだ。

だから、小鳥遊さんに話がいってしまったのか。


もともと魔法を使える人材は少ない。ダンジョンの中で魔法を使うには、魔法が使えるようになるアイテムをダンジョン内で拾って使用する以外に、魔法の習得方法がない。魔法を使えるようになれるアイテムは、高額で取引されるから売ってしまう方が多いと聞いている。


魔法使いの一族はそれよりももっと希少で、日本では数家族しかいなかったはず。僕の家のような陰陽や神道の家柄なら少しは多いけど、探索者になるのは珍しい。そんなものにならなくても生きていけるからだ。


だから魔法が使える探索者となると、協会に頼まれ事をされることが多いのだろう。

それを断れるほど、小鳥遊さんは冷たい人ではないはずで。


僕が断らなければよかった。

電車は早く動いているはずなのに、焦っている僕の体感的には遅すぎるぐらいだ。渋谷駅に着いてから走って探索者協会本部に入る。

中は騒然としていた。


受付の中側に五十嵐さんを見つけた。

「五十嵐さん!」

「九条君!」

向こうも焦った様な声で僕を呼ぶ。


「小鳥遊さんからメールが来ました」

「いつ!?」

「三十分ぐらい前です。詳細を教えてください。入れるなら僕が行きます」

「頼めるか」

「はい」


頷く僕を五十嵐さんが手招きする。

周りで騒いでいる探索者たちが僕を見る。

「何だあのガキは」

「五十嵐さん、この間もそのガキを使いましたよね?何処のクランの奴なんですか?」

五十嵐さんが僕を見る。

「伊達さんのクランに入りました」

「そうか」

五十嵐さんが頷く。


大声で聞いてきた探索者に、五十嵐さんが答える。

「〈悠久の旅人〉の所属だそうだ。クランは関係ないと思うがな」

受付の外で、探索者が唸った。


五十嵐さんについて、会議室に入る。

そこには数名の職員がいて、何だか資料を探したり書いたりしている。


「捜索隊がまた行方不明になった。今度は小鳥遊さんも含めて八名」

「どこで消息が途絶えたか、分かりますか?」

「第十階層だ。多分その先に行っていると思う」

「…随分潜りましたね」

僕は壁に貼ってある地図を見る。赤い印が十階層に付けられている。


「本来キメラがいる階層まで潜って調べる予定だった。今回はランカーも入っている」

「どの人ですか?」

「十八位の青木 春が入っている」

「一緒に行方が分からないのですか?」

「そうだ」

うん、不味いな。ランカーがいるなら第七ダンジョンなんて、踏破できるはずだ。


「九条君には、二十階層まで潜って欲しい」

「救助はこの間のカードでするんですね?」

「そうだ、頼めるか?ダンジョンアタックになるが」

「まだ、探索者に成り立てなんですけどね」

いきなり踏破なんて思わなかった。けれどここで断ればまた面倒な事になるだろう。


僕は伊達さんにメールを打つ。

ダンジョンアタックなら、クランに報告しなければ不味いだろう。

メールを送ってすぐに電話が掛かって来た。

『九条君、無謀だ』

はっきりと言われて、苦笑しか浮かばない。

「五十嵐さんから頼まれたので、仕方ないです」

『面倒があったのか』

「最高に面倒な事案です。僕は行きますのでよろしくお願いします」

『俺が行くまで待てるか?』

「え、伊達さんが来るんですか?」

僕が言うと、目の前の五十嵐さんも驚いた顔をする。


『俺が行ったら不味いか?』

「ええと、五十嵐さん、伊達さんにも頼みますか?」

五十嵐さんは悩んでいるようで、顎に手を当てて考えている。

お金の事か情報の事か分からないが、すぐに頷けない事態のようだ。


「後詰をお願いしたい」

「…僕だけで行きます。本部に来て貰いたいそうですが」

『五十嵐、お前は何を考えている!?』

怒鳴った伊達さんの声がスマホから零れている。五十嵐さんにも聞こえていて。


「探索者、伊達 悠斗。俺が決めているんだ従ってくれ」

固い声で、僕のスマホを取って伊達さんに伝えたようだ。その後の会話がないから伊達さんは承認したのだろう。

「五十嵐さんて、偉いんですか?」

スマホをしまって聞くと、五十嵐さんが苦笑した。


「俺はこの探索者協会本部の本部長だ。言ってなかったか?」

「はい、聞いていません」

そんな人に喧嘩売ったんだね、僕は。


「じゃあ決まったので、動きます」

「頼んだぞ、九条君」

「はい」

色違いのカードを貰って、ダンジョンに急ぐ。内部ゲートをくぐると、嫌な気配がした。

ああ、ここも変化している。


「邪神ちゃん、全力で行くからよろしく」

胸で邪神ちゃんがぶるっと震えた。よし、行こう。


他に誰もいないダンジョンなら、札を持つ必要もない。

範囲も最高に広げて、僕は指を鳴らす。

「〈漆黒の風〉」

バンと音がするように、僕の足元から突風が吹き荒れた。

風に当たるモンスター全部消し去ってやる。


人間には効かないように、種族を限定している。

もしそこをすり抜けるモンスターがいるなら、それは人間という事だ。


一階層も二階層も人はいない。

いっそ十階層まで飛んで行っても良いが、人は探さなければいけない。

三階層、四階層、五階層。

降りるたびに移動しながら数回ずつ魔法を打つ。モンスターは消えるが人はいない。


それにまだ、血の臭いはしない。

やっぱりもっと下だな。


六階層に降りた時、景色が違うように感じた。

指を鳴らしてから、何処に異常を感じたのか見回す。

この間来た時となにか違うだろうか。草原があって木がたくさん生えていて。泉があって。


僕の眼が泉の方を見たまま止まる。

あれは何だろう。

あの泉の傍の木の上に、ある物は。


そちらに歩くと、モンスターが近寄って来る。

見たことがない大きな猿が走ってくる。目が血走って真っ赤だ。それに身体がいくらか歪んでいる気がする。

それが何頭も駆け寄ってくる。口には赤い汚れが。


「〈漆黒の風〉」

指を鳴らすと猿も掻き消えた。コロコロと魔石が転がるが、それを拾う気にはなれない。木の上には枝に貫かれた無残な遺骸が刺さっている。


わざと晒すように、こんな姿で。

傍まで浮かんで、カードをかざす。

ああ、こんな姿で送るのはひどすぎる。


こんな意図は人間以外に考えられない。もしもモンスターがやっているなら、相当な知力があるモンスターで。今のところはそこまでの害意のあるモンスターは確認されていない。でも確認されていないだけで存在していたら。


いや、余分な事を考えるのは止めよう。

今は急いで先に進まなければ。


七階層に降りる。

魔法を放つが、人間は見当たらない。

この先も十階層まで草原が続いているはずだけど。


ここにも見た事がないモンスターがいて。前はキメラがいたがそれ以外はあまりいなかった。今はオークが何体もうろついている。これが正常なのかは分からない。

指を鳴らして排除する。転がってくる魔石を本当に拾う気になれなくて、全部放置しているけど、探索者らしくない行動だというのは分かっているけれど。


欲しくなったら、帰りに拾えばいいかと思って。

そのまま、八階層に降りる。

ここも景色自体は変化のない草原なので、魔法を放って九階層に降りる。

本当に人間の反応がない。


十階層まで降りて、転移装置の傍に行く。誰かいるかも知れないから。

魔法を打ちながら歩いて行くと、転移装置の横に人が二人倒れていた。


周りには魔石が幾つか転がっていた。

きっと戦って、最後まで。


カードをかざす。魔石は服のポケットに入れた。

きっと二人のものだ。


早足で下を目指す。

小鳥遊さんの生存が、危ぶまれて来た。

こんなに生存者がいないなんて、思っていなかった。

ランカーがいるはずなのに。


十一階層、いない。十二階層、いない。

一体何処まで。

十三階層まで降りた時に、モンスターの声と剣戟が聞こえた。


その方角に身体を飛ばす。それから指を打ち鳴らした。

「〈漆黒の風〉」

僕の周りから黒い風が立つ。


五人とも動いている。生きている。

その側に降りると、小鳥遊さんが抱き付いて来た。良かった、生きている。

「九条君!」

「遅くなりました。他の人は」

剣を握って立っている青年が僕を見る。


「今の魔法は、お前がやったのか?」

「はい、そうです。怪我はありませんか?」

「そこの二人が怪我をしている」

言われて、座り込んでいる人を見る。僕には使えないらしいけど、他の人には使える錬成陣が手元にある。


カバンから取り出して、怪我に押し付ける。

錬成陣が光って、怪我を治していく。

「え、なおった?」

「あ、腕が戻っている」

二人が僕を見る。疲労して青い顔をしていた。


「それは、錬金か?」

「はい、偶然持ってますので」

そういって見返すと、小さく頷かれた。


「小鳥遊さんは大丈夫ですか?」

「ええ、小さな怪我なら、福田さんが治せるから」

怪我をしていないもう一人の女性が、小さく頷いた。

「私は大きな怪我は治せないので、魔導具を使ってくれて良かったです」

「…何処まで行きますか?僕は先に行かなければいけないのですが」

青年が首を傾げる。

多分この人がランカーかな。装備が一人だけ高そうだから。


「お前、九条って言ったか。何処まで行くんだ?」

「今回僕は、ダンジョンアタックする事になっています」

「最下層まで行くのか?一人で?」

「…五十嵐さんからの指名依頼なので」

青年が肩を竦める。

「それは断れないな」

「そうなんですよね」

僕が同意すると、青年が小さく笑った。


「聞いていると思うが、俺が青木だ。俺も調べろと言われているが」

「キメラのいる階層までですよね?何時もは何処にいるんですか?」

「大体ここら辺だな。十五階ぐらいまでにいるはずなんだが、見当たらない」

「一頭も?」

頷かれた。全くいないのも不穏な話だ。


「皆さんは帰りますか?」

僕がカードを見せると、座り込んだ二人は頷いた。

カードをかざして返すと、三人が僕を見ている。


「小鳥遊さんと福田さんも帰りますよね?」

聞くと二人は顔を見合わせた。

「九条君は最下層に行くのよね?」

「はい、そう言われているので。確認しなければ協会も不安なんだと思います」

「そうだ、九条君。何処かの階層に他の人がいなかった?帰るって言っていたのだけど」

小鳥遊さんが聞いてくる。


「…三人とも僕が帰しました」

「そうなの?それなら良かったわ」

微笑んでいる小鳥遊さんを、僕は帰さなければならない。


「生きて帰って下さい」

僕がカードをかざすと、驚いて小鳥遊さんが僕を見た。

「え、どうし」

言葉が途切れて送られる。少しほっとした。

「福田さんも」

そう言って振り返ると、剣筋が顔の前を通って行った。

反射で顔を引いて後ろに飛んだ。


「は?」

「聞きたいのはこっちの方だよ。どうして小鳥遊を返しちまうかな」

青木が剣を構えたまま、僕を睨んでいる。

福田も細い棒を構えて、青木の傍に立っていた。


ああ、君達は敵か。


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