3-23 スポットライトから外されたお嬢様
エルナ・ナール、ジリト王国で有数の武門として名を馳せるナール家の直系子であり、若年期には当主である父に連れられ従軍し、年若いながらも領内の治安維持を主とする勇将である。
彼女の鍛え上げられた肉体から振り下ろされる剣技は重く鋭く、多くの腕自慢やならず者たちを屠ってきた実績を持つ。
そのため市井の者がエルナに抱く感情は、恐れおののくか安心感を覚えるかで二分されている。
そんな評価と名声を抱く彼女であったが、必ずしも自身と貴族界隈で同じ評価が下されていたかと言えばそうではない。
まず彼女自身が最も自身を卑下していたのは、自身が次女であるということ。
ジリト王国には徴嫁令という一風変わった制度が敷かれており、有力貴族の長女を特別な理由が無い限り王家へと側室を出さなくてはいけない。
代わりに王家から降嫁された姫が嫡男の正室とするのが、徴嫁令という制度である。
これは2代前の第7代目ジリト王、通称貴族王が特定の派閥で独占していた王家への影響力を分散させるために発令された勅令だ。
有力貴族も王家と直接パイプで繋がれるメリットを得たことで急速に広がり、現在の第9代目ジリト王もその勅令に倣って有力貴族の子女を側室に迎え入れている。
当然武門として名高いナール家からも側室を出しているのだが、原則は長女。
長女にもしものことがあった場合のスペアとして養育されていたものの、それも長女が無事に成人を迎えたことで終わりを告げた。
確実かつ簡単に子を成せるこの世界では、正室が家柄と血筋が重要視される反面、側室が求められるものは各貴族が培ってきた独自の技能や知識の伝播である。
もちろん子を成し家を残す目的もあるが、子飼いの回復魔法の使い手を囲っている貴族家では乳幼児の死亡率は現代とほとんど変わらない水準であり、正嫡がそのまま家を継ぐ。
側室が産む子は庶流となって家を守る盾になっていくのが一般的だ。
エルナも本来であれば王家への側室入りの話が消えた時点で、他家と政略結婚を目指すべきだったのだが運命がそれを許さなかった。
名門ナール家の由緒正しき娘を正室として迎える家どころか、側室としてでも歓迎する家が現れなかったのだ。
理由はとても分かりやすく、ナール家に敵対意識を持つ貴族からの妨害である。
ナール家は他の家を出し抜く形で領土拡張を行った過去があり、初めから貴族の中では浮いた存在だった。
加えてナール家の所属する第1王子派閥外から、特に調略を得意とする第2王子派閥の貴族はこれ以上ナール家の躍進を許すはずがなく、嫁入りの話は悉く失敗した。
さらに運命の悪戯は続く。
他家への嫁入り話が消えても、庶流で優秀な者を婿入りさせる話や反対に嫁入り話が浮上する。
これは派閥や妨害など入らず成功するかに思えたが、今度はエルナ自身の問題で破綻した。
「どうして栄えあるナール家の直系である私が、庶流の貴方と轡を並べなくてはいけなくて?」
庶流の男とお見合い一言目に出た言葉がこれだったのだ。当然お見合いは破談した。
それでもまだエルナが優秀であれば、優秀な指揮官の知識を欲した庶流が縁談を持ってくるのだが、エルナはお世辞にも指揮官として優秀とは言えない。
決断力はあるものの全体を俯瞰する能力が致命的に無く、打開策として騎兵突撃を好む癖があった。
それゆえに彼女に与えられた役割は副司令官でも参謀でもなく、治安維持部隊の隊長である。
当主であり父エッカン・ナールは男児に恵まれず、嫡流唯一の男児が長男エズンであり、実質的な家督継承権2位のエルナが。
例えば三国志で有名な曹操を見てみると嫡子の曹丕が跡継ぎとなり、その下の弟である曹彰は将軍として活躍している。
例えば日本の戦国時代でも随一の名声を誇る武田信玄も、様々な事情により四男の武田勝頼が嫡子となるものの、五男で有力国衆の跡継ぎとなった仁科盛信も一城の主として織田家に対抗している。
これらの例を見るとどれほどエルナが将軍ではなく治安維持部隊の隊長になっているのがおかしいのか分かるだろう。
それほど能力的に劣る姫を正室として迎え入れたい庶流などあるはずも無く、エルナは結婚適齢期を過ぎ去ってしまった。
そんな運命に弄ばれた彼女を裏で”警邏隊の予備塩漬け肉”と揶揄する者が後を絶たない。
警邏隊とは彼女が所属する治安維持部隊の名であり、塩漬け肉はただの保存食だ。
塩漬け肉は腐りやすい肉の保存期限を延ばした便利で安価な携帯食料なのだが、予備の塩漬け肉は基本的に消費されない。
警邏隊は各町や村を巡っているが1日の終点は基本的に町になっており、町で提供される料理を取るため携帯食料は移動中に小腹が空いた時にだけ消費されるからだ。
しかし消費量が少ないと消費量ギリギリの予備分はしっかりと用意されている。
ただいくら塩漬け肉の保存がきくと言っても数か月が限度で、残った塩漬け肉はさらに安価な値段で市場に卸される。
つまりエルナを”警邏隊の予備塩漬け肉”というのは、使い道がなく何れどこかへ安い場所へと下ろされていると揶揄しているのだ。
当然そのような暴言をナール家の者が許すはずがないのだが、人の口に戸は立てられない。
こうして彼女は栄えある名門一族の直系に生まれながらもスペアにすらなれず、空虚な役割を担っているのだった。
そんなエルナ・ナールは自身に与えられた役割を懸命にこなそうと、ナール家の屋敷に不審者が現れたかもしれないとの報を聞くと、即座に寝泊まりしていた兵舎を飛び出した。
城門前に設営された兵舎から町中央にある屋敷までの道は長く複雑だが、その間に幾度となく伝令が彼女の前に現れては異常を告げる。
ある者は羊皮紙の束がほどけて床へと散らばっていた、ある者は夜間警備をしている兵士が気絶していた、またある者は何か黒い影が揺れ動く物を見た、と。
エルナは駆けながら慣れない頭を動かす。今、ナール家を襲撃して利を得る者は誰なのか。
最も考えられるのは敵対派閥に属する貴族の手先だが、そんなどこの馬の骨かもわからない者が内壁を越えられるとは思えない。
そうなると既に内壁の中にいた者で、現状のナール家に不満を覚える者がピックアップされる。
内壁に住んでいるのはナール家庶流の貴族や将軍に連なる者たちであり、特別信頼のおけるものしかいない。
ここまで人物を絞ってきたエルナが犯人として目星をつけたのは、常に彼女と対立していたエネスティアであった。
エネスティア・ゲドゥルト、ナール家に仕える文官を手元に置いておくため当主が無理矢理作った愛妾の子。
エルナからすれば取るに足らない者のはずが、エネスティアは成長するにつれどんどん文官としての頭角を現すようになった。
今まで自由に使えていたお金も管理され、何をしようにも使用用途にケチを付けられる。
だがそれよりも気に障ったのは、愛称の子であるにも関わらず自分よりも重用されていることだ。
嫡流である自分よりも庶流ですらないただの平民の女が、我が物顔で屋敷に住んでいる。
もしかしたら自分が座っていたかもしれない椅子に座っている女に、エルナは殺意にも似た憎悪を覚えるのは必然だろう。
そしてそんなエルナがエネスティアを異常事態の犯人だと断定し、排除しようと取り掛かったのもある意味で必然だった。
屋敷に付いた足でそのまま憎き敵がいる財務室に足を踏み込んだエルナであったが、彼女の目にはさらに異常な状況が飛び込んでくる。
テーブルに高く積まれた羊皮紙の数々に、エネスティアの前に佇む見たことない男。
そしてエネスティアを守るように抱きかかえている憎き者の母親もいるが、今は捨て置いていいだろう。
エルナの鈍い頭が全力で回転し、1つの結論を導く。
今ナール家を襲撃するメリット、そして自分が考えられる理由。
「物音が断続的に聞こえると報告を受けたから来てみれば……」
エルナはゆっくりと剣を引き抜き、怒声を上げた。
「どうやらお前らが裏切り者だったようだな、カトリン、エネスティア!」
導かれた結論とは、敵対派閥の貴族にナール家の情報を売り渡そうとするエネスティアとその母という思考であった。
エネスティアが不可解な表情を浮かべているが、エルナから見ればそれは事実を指摘されて困惑された顔にしか見えていない。
「私の目は誤魔化せんぞ!そのどこの貴族からの密偵を殺してからお前らもじっくりと尋問してやる。簡単に死ねると思うな、覚悟しておけ」
「……は?」
既に今回の件の半分以上解決した気でいるエルナであったが、男からは素っ頓狂な言葉が飛び出してくる。
「おい、こいつは何を言っているんだ?」
「わ、分かりません!」
男とエネスティアの問答に、苛立ちを覚えたエルナは吠えた。
「今更誤魔化しても無駄だ!貴様の正体はとっくに分かっている!!」
どの貴族家からの刺客かも分かっていない状態でよく言えたものだが、そんな事情を知らない男はやっと全身をエルナへと向ける。
「ほう……?俺の正体を知ってるなら消しておくか?」
これまで数々の凶悪犯罪者と対峙してきたエルナですら底冷えする殺気を男はまき散らす。
男の殺気に気圧されエルナは動けずにいたが、事態は急変した。
「……なんだ?」
男が1人で話始めたのだ。
「そうだな。今発見された。……何?それは面倒だな」
「貴様!誰と話している!?」
勝手につらつらと話す男を威嚇するように吠えたが、どこ吹く風の男は話を続ける。
「あぁ。あぁ。……分かった、帰投する」
帰投するという言葉を聞いたエルナは、咄嗟に握りしめていた剣を振りかぶって男に斬りかかった。
生き物としての生への執着心か、それとも逃がしてなるものかとの戦意からか。
だがどちらであっても訪れた結末は同じ。
「なにぃっ!?」
振り下ろされた剣が、まるで初めからそこに収められていたと言わんばかりに男の手のひらで握りしめられた。
治安維持部隊という閑職に追いやられても嫡流であるエルナの持つ装備は、ナール家が用意できる最高品質に近い。
にも関わらずまるでオモチャの剣かのように掴んだ男は、エルナを挑発するように彼の後ろで座るエネスティアに振り返った。
「おい、お前ら」
「な、なんですか!?」
エルナがいない者のように男はエネスティア母子に話しかける。
「この書類を作ったのはお前らか?」
「そうですが……」
必死に剣を動かしても、岩のように刺さったまま動かない。
「ふむ……お前ら俺と来るか?」
「なっ!?」
エネスティア母子だけでなく、エルナからも驚愕の声が飛び出す。
「御託はいらん。見た感じここにいたら殺されるだけなんだろ?それだったら俺についてきて助かるか、ここに居て殺されるか。今決めろ」
「待て!こいつらは重要な証人だ!連れていくことは許さん!!」
今も引き抜けない剣を握りしめたままエルナは吠えるが、返ってきた返事は冷たい声だった。
「お前には聞いてない。黙ってろ」
「黙っていられるか!!そんな平民どもに何の価値がある!?」
エルナは激高していた。ナール家が襲撃されたということよりも、自分という高貴な貴族の目の前で憎き平民が必要とされていることに。断じてそのようなことが許されていいはずがない。
エルナは握りしめていた剣から手を離し、もう1本腰に佩いていた長剣を引き抜いた。
「貴様もこいつらも!今すぐ殺してやる!!」
そして大きく振りかぶり……天井に剣をぶつける。
「なっ!?」
「当たり前だ馬鹿が」
振りかぶった姿勢で無防備になったエルナは、剣を握りつぶした男にボディブローを食らい壁を突き破って消えていってしまう。
エルナが姿を消した財務室で、拳を握りしめた男が何の気負いも無く呟く。
「くそ失敗した。力弱め過ぎてヤれなかったな」
男が周囲を崩壊させないよう力を弱めていたのもあるが、エルナが身に纏っていた装備が良質であったのも理由だ。
だが今はそんなこと考えている場合ではなく、男は再びエネスティアに振り向くと最後の質問をした。
「で、お前達の答えは?」
この日、ナール家は襲撃を受けた。
重傷者はエルナ1名、軽症者数名、そして行方不明者がエネスティアとその母カトリンの2名。
物的損害は大きく、ナール屋敷上層部の壁が何枚か損壊していたことに加え、何枚かの重要な予算が纏められた羊皮紙が消えていた。
ナール家の本拠地を襲撃される重大事項であったが、当主のエッカンと次期当主のエックルトには傷一つ付いていないため、ナール家にとってもジリト王国にとっても軽微な損害だと言っていい。
だがこの出来事は後にジリト王国を襲う大厄災へと繋がることを、誰も想像すらしていなかった。
魅力的なストーリーは魅力的な敵からって言葉をどこかで聞いたなと思って作ったエルナという敵キャラ。
思った以上に長くなってしまってビックリしてますが、次回からはちゃんと主人公サイドを描こうと思っています。
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