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最強の部下たちと征く、異世界魔王戦記  作者: 犬鈴屋
第3章 家号作戦

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3-22 暗闇から現れる者

「はぁ……」

眼鏡をかけた三つ編み少女のエネスティアが溜息を吐きながらペンを下ろし、つい先ほど書き記していた羊皮紙と隣に置かれた羊皮紙を睨みつける。

正面の羊皮紙には購入予定の装備や糧食に必要な予算が具体的に記されているのに対し、隣の羊皮紙には必要な装備数だけが集めろと言わんばかりに乱暴に記されている。

エネスティアの仕事はまさにその乱暴に書かれた装備数を実現するため、どれだけの予算をどこから持ってくるのか、一分の狂いなく書き記して家令に提出することであった。

通常貴族家の財産管理は信頼の篤い家令が行うのだが、ナール家では代々文官が実質的な管理を請け負っている。

ナール家も貴族家であるため家令はいるが、侵略戦争でのし上がってきた家らしく軍事以外の能力がからっきしで、家令よりも前線の指揮官が似合う男が務めている。

それでも平時ならば、その下に置かれた各部門の文官が多大な尽力を行って問題と言う問題は起こしてこなかったのだが、今回ばかりは平時とは全く状況が違う。

特に違うのが先の戦いでほぼ半数以上の装備類を消失したことで、未帰還の兵士からはもちろん、帰還した兵士も途中で捨てた者が多かったため尋常ではないほどの装備が消失してしまった。

当然装備類は揃えるのにはお金がいる。しかも軍の半数以上を新調しなくてはならないのだから、その規模は計り知れない。

そんな状態であるにも関わらず、今回は前回よりも大規模に装備類を調達せよとのお達しが出ているのだ。

限界を超えた徴兵により領地内で働き手不足で蔓延。早くも経済が低迷し収入も細くなっている今、前回以上の資金を要する調達は実現不可能としか言えなかった。

当然エネスティアは不可能だと当主に直訴した。だが返ってきた言葉は「飢えよりも装備を優先せよ」であり、一介の文官である彼女はどうすることもできない。

まさに種もみすらも食い尽くそうとする現状に、エネスティアの頭痛は収まることを知らなかった。


「これティア。あまりにも不用心がすぎるわよ」

「お母さん……ごめん」

エネスティアのいた部屋の隣から出てきたのは母親のカトリンで、彼女は燭台を片手に娘を(たしな)める。

というのも今屋敷内では不平不満を口に出した文官が次々と姿を消しており、問題にもなっていないのだ。

それがどういう意味なのかか分からないほど愚かでない娘は口を閉じたが、未だに口を尖らせている。

その顔を見て苦笑いを浮かべたカトリンは、落ち着いた足取りで娘に寄り添い質問した。

「それでティア。私の休憩中にどこまで進んだのかしら?」

「うん、そろそろ終わるぐらいまで進んだよ。これなら明日までに間に合う」

「それは良かったわ。でもまだ気を抜いちゃ駄目。終わるまでが仕事なの」

「……うん、分かった」

まだ気が抜けない、この言葉が示しているのは暗に突然何かを調達しろと言われるだろうから注意しろと言う意味も含んでいるが、真意は違う。

大規模な調達が入った後であるにもかかわらず、断続的に大きな調達が続いているのだ、間違いなく()()()()

それを理解したであろう少女の顔は暗くなったので、母親は優しく抱きしめる。

「大丈夫。何も心配はいらないわ。もうちょっとの辛抱だから」

カトリンには夢がある。こんな狭くて未来のない檻の中ではなく、外の世界で伸び伸びとした暮らしを娘にさせるという夢が。

既に賄賂や新たな地での生活を送るための資金は用意してあり、後は不審な物をせき止める外壁の監視所を抜けるだけ。

「必ず守るから」

果たして何から守るのか、魔物かそれとも人間か。母親の言葉の強さは両方だと示していた。




「お母さん苦しいよ」

「あら、そんな冷たいこと言うなんて寂しいわねぇ」

笑い合う母娘たち離れそれぞれの席に着こうとしたが、突然カトリンは窓の反対にある廊下を見た。

「お母さん?」

「いえ何か騒がしいような……。何かあったのかしら?」

既に夜の帳が降りた今、真っ暗闇に包まれた屋敷内を歩くのは警備兵くらいで、部屋内にまで響き渡る程大きな足音や騒ぎ声は本来聞こえないはず。

「……何かあったのか様子を見てくるわ。あなたはここでジっとしてなさい」

先ほどまで慈愛に満ちた目とは異なり、厳しい視線で言いつけるカトリン。

警戒態勢でドアへと近づこうとした瞬間、突然ドアがゆっくりと開いた。

「ひゃぁっ!?」

「何用でしょうか?」

エネスティアは突然の出来事に驚き飛び跳ねイスから転げ落ち、カトリンはドアを鋭く睨まない程度に見つめて問う。

影が揺らいだ気もしたのだが返事はなく、部屋に響くのはエネスティアの眼鏡が転がる音だけ。

ノックも無しにドアを開けてくる人間など、文官の中でも上位にいる彼女たちの上司かそれとも貴族家に連なる者以外ありえない。

だがドア向こうの暗闇から、それらの者が出てくる気配もない。

「……こんな夜分にどなた様でしょうか?」

再びカトリンが声をかけたが、全てが暗闇に溶け込み返事は帰ってこない。

「お、お母さん……」

「静かに」

娘を手で静止したカトリンは、近くにあったランプに火をつけドアへと近づき……

「失礼しますっ!」

ドア向こうの暗闇から兵士が飛び出してきた。

床に転がっていたエネスティアはさらに腰を抜かしそうになるが、兵士は報告を続ける。

「この部屋で何か異常は起こらなかったでしょうか?」

兵士が敬礼をしながら問いかけてくる。

「異常?それよりも何事ですか?」

カトリンに睨まれた兵士は、慌てたように答えた。

「はっ!失礼しました!詳細は分かりませんが、全ての部屋で異常を確認するよう指示を受け、参った次第でございます!」

足音と騒ぎの理由は分からずとも原因を理解したカトリンは、素早く脳を回転させて答える。

「分かりました。異常と言えばあなたのドアの開け方くらいで、ここに異常はありません」

非難混じりに告げるが、返ってきたのは不可解な言葉だった。

「はっ……?い、いえ、私はドアを開けておらず、私が来た時には既に開いておりました」

頭を傾げた兵士はそれだけ答えると、敬礼をしてから慌ただしく部屋を出ていくのだった。


「……ドアを開けたのは兵士ではない?」

カトリンは恐怖で脚が動かない。てっきり兵士がドアを開けてから入ってくるまでの時間が長かっただけだと自身に言い聞かせていた理屈が、あっけなく崩されたからだ。

顎に手を当て何かを閃くと、ドアへと近づき構造を確認する。

ドアノブは銀色の取ってを時計回りに回転させてロックを外す構造をしており、間違っても風が開くような作りはしていない。

だからこそ確実に誰かがドアノブを捻ったはずだが、その誰かを兵士も自分たちも見ていないのだ。

それならば考えられる可能性として、ちゃんと閉まっていなかったドアが風で開いただけかもしれないが、廊下に設置された燭台の火を消さないよう強い風は通らないようになっており可能性は極めて低い。

「……きっと風で空いたのよ」

だがそれ以外に何も思いつかなかったカトリンは、娘を安心させるためにも無理にそう言って納得させる。

「な、なんだ風か~。びっくりした~」

恐怖で頭一杯だった少女は母の言葉を疑うことなく安堵した。

そして落とした眼鏡を拾いあげてからイスによじ登り、レンズ部分に付いた傷を確認するため天井を仰ぎ見る。

だがそこには本来あるはずのない暗闇が、不可解な音に光を遮っていた。

エネスティアは聞く。

「お、お母さん?あ、あれって何?」

「あれ?」

娘が指さす先へと視線を移した母親は、とてつもない速さで黒い塊が娘へと飛び移る姿が視界に残った。




「きゃあああっむぐっ!?」

謎の黒い影は怯えるエネスティアに纏わりつくと、一瞬で口を塞ぐ。

「ティアっ!?」

母親は娘を助けるべく動き出すが、手元には火の着いたランプしか無く、侵入者を妨害することはできるが人質まで燃やしかねない。

ならばと太腿に隠し持っていたナイフを取り出したが、それよりも先に影が動いた。

「動くなっ!動いたらこの女を殺すぞ!」

「くっ!」

部屋内にはいないはずの男の声が響き渡り、それが直感的に黒い影の正体だと認識した母親は、すぐに動きを止める。

謎の現象ではなく誰かの犯行であるならば、犯人の言うことを聞いた方が娘を助けられると思ったからだ。

「その子を離して!代わりに私を人質にでもしなさい!」

「それは無理な相談だな。それよりも静かにしろ」

「……静かにって……もしかしてあなた、侵入者かしら?」

「……静かにしろと言ったはずだ。静かに俺の言うことを聞けば、その間は娘を殺さないと約束してやる」

静かにしろと言って周囲に注意を向ける犯人を、母親は先ほど報告を受けた異常の原因だと判断した。

部屋で起こる異常と言って思い浮かぶのは荒らしだけで、殺人ならば別の報告がくるはずだ。

そして犯人が部屋を荒らしていたということは、何かを求めているはずである。

「何が欲しいの……?すぐ取ってきてあげるから、その子を離して」

「ふむ……欲しい物、ね?」

男のそう呟くと、再び部屋には静寂が舞い降りるのであった。


「そうだな。ここに住む貴族貴族に関する全ての書類。それを持ってこい」

「……書類?お金ではなく?」

母親は意味が分からず、男の言葉を反芻してしまう。

押し入ってきた強盗の欲する物が、金でも物でもなく書類だと言うのだ。

「ふん、金などいらんな。それよりも書類だ書類」

強がりではなく本心からの言葉に、さらに疑問が深まる母親。

「……悪いけれど全ての書類は不可能よ。当主様が管理されている書類もあるもの」

「ならばそれ以外だ」

「……分かったわ。ちょっと待ってて」

兎にも角にも強盗が欲している物を集めねば娘は助けられない。母親は即座に部屋から飛び出し、各部署で管理されている書類を盗みだそうと決めたが……

「待て、どこへ行く気だ?」

伸びてきた謎の影に行く手を阻まれてしまう。

「どこって、あなたが要求した書類を持ってくるのよ」

「ここには無いのか?」

黒い影がユラユラと揺れており、恐らく周囲に散らばった書類を見渡しているのだろう。

「ここには財政の書類しかないわ」

「……ふむ。ならばそれらだけでいい。それを渡してもらおうか」

どんどん要求を変えていく強盗が不思議で仕方ないが、ともかく娘を救うために慌てて床に散らばった書類を搔き集めるのだった。


「ふむ……これは酷いな」

部屋中の書類を全てひっくり返す勢いでテーブルへ移していくカトリン。

黒い影の男は泣きべそをかいた娘を人質に取ったまま山のように積まれた書類を眺めているようで、時折ポツポツと愚痴のようなものを零していく。

財政に関する書類は数字の羅列が多く、特別な教育を受けていない限り見ても理解できない書類だ。

それを理解している物言いを続ける影の知識量は貴族相当の教育を受けた者に限られ、ここナシュタットでもそう人数は多くない。

ちなみに黒い影の男は、書類を確認するためか今はハッキリと姿形が分かるが、全身黒色のフードを身に着けているので顔以外はほとんど見えていない。

だが顔ががハッキリ見えたので男の正体が分かるかと思いきや、多くのナール家に付き従う陪審貴族と仕事柄顔を突き合わせるカトリンであっても初めて見る顔だ。

それならば内壁を越えてきた者の可能性もあるが、内壁は警備兵によって厚く守られおり、不審者が通ろうものならば警報が鳴る。

ますます強盗犯の正体に見当がつかないまま、書類は全てテーブルの上に高く積まれてしまうのだった。

「……これで全部よ」

「……たったこれだけ?どう見ても7年分もない気が……いや、この時代なら多い方か?」

ブツブツと不思議なことを言っているが、これ以上出せと言われても無いものは無いのだ。

「約束通りにしたわ!早くその子を離して!」

カトリンがそう言うと強盗犯は少し間を開けると、エネスティアを突き出すように解放した。

「おがあざんっ!」

「ティアッ!!」

突き放された娘は、不安を振り切るように母親の胸元へと走りより、そして無事を確認しあうように抱き合うのだった。


「これで約束は果たしたぞ」

「あなたは……あなたは一体何者なんですか!」

強盗犯の男の言葉に、娘を抱きしめて離さないカトリンが睨みで答える。

「ふん……どうしてそれをお前に言わないといけないんだ?」

先ほどまで未知に対する恐怖心はあれど謎の男に対する恐れはなかった。だがその先ほどの感覚を覆すほど強烈なプレッシャーに当てられ、エネスティアもカトリンも足腰が震えマトモに立つことさえできない。

「な、何を……!言うことを聞いたら助けてくれると言ってましたよね!」

「あぁ言ったな。その間だけは殺さない、と」

まるで初めから相手を騙す言葉遊びを弄する男の腕が、こちらに向けられる。

今ばかりはハッキリと見えることが恨めしく思う中、男の腕が動くよりも先にまたしても扉が開いた。

「物音が断続的に聞こえると報告を受けたから来てみれば……」

今度はカトリンもエネスティアも聞きなれた声が響き渡る。

重要な書類が山ほど詰まった部屋にノックもせずに入ることができ、家の財政を悪化させている原因とも言うべき女の声が。

普段ならば無理難題を吹っかけてくる声であっても、腕っぷしだけは信頼している者の声に光明が見えたが、その光は机に積まれた書類を見るなり吠えた女の言葉でかき消された。

「どうやらお前らも裏切り者だったようだな、カトリン、エネスティア!」

やってきたエルナ・ナールの判断は、決してカトリンとエネスティアの助けになるものではなかった。

本当はチョロっと2話くらいで終わらる予定だった主人公以外の視点が、3話くらいに長引きそうです。

ただ最低でも次々話の視点は主人公にしようと思っているので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。


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