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最強の部下たちと征く、異世界魔王戦記  作者: 犬鈴屋
第3章 家号作戦

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3-20 羊の群れを率いる者

暑さが鳴りを潜め、豊穣の靴音が空から降り注ぐ頃、全てを拒絶した室内では重苦しい空気が漂っていた。

「……」

前方で難しい顔をしたまま座る老齢の男は、部屋のある屋敷を所持するナール家当主のエッカン・ナールである。

彼の視線は羊皮紙を捕えており、そこには近々行われる大規模な軍事作戦の概要が纏められていた。

「出陣は今年中。今からでも十分間に合う、か」

あの大敗北を喫したのが雪解けが始まる次期であり、未だにその時に負った傷は癒えていない。

特に傷が深いのは人材であり、先ほどまで当主の前で椅子を温めていた者たちは、これまで轡を並べて戦ってきた者たちの嫡子だ。

魔族たちに復讐する一心を共有しているので信用できるが、副官を務めるどころか領都で勉強や稽古ばかりで従軍経験も無く、信頼しているとは口が裂けても言えない。

惨憺たる士官の現状だが、兵士の質もどうしようもないほど低下していた。

何年も訓練を積んできて屈強な肉体を持つ歴戦の兵たちが、今や季節を隔てない訓練期間しかなく武器に振り回される元村人たちで埋め尽くされているのだ。

勇猛果敢に敵を打ち倒し蹂躙していくナール家軍、その看板は既に外枠しか残っていなかった。


そんな絶望的な状況の中、下された勅令は遠征軍本隊の進路を確保する先遣隊、その片翼を任ずるというもの。

以前の御前会議で決められたのは、今回の遠征軍の主力は魔の森との国境を守る第2軍、そして総司令官は本軍団の指令でありナール家が属する派閥の長の第1王子だ。

この勅令にナール家は即座に飛びついた。

前回の大遠征を任じられたにも関わらず大敗北を喫し、武門であるナール家に限らず、大遠征の提案者である第1王子の顔に泥を塗ってしまっており、汚名返上の絶好の機会なのだから。

たとえこの勅令が第1王子と第2王子の熾烈な権力闘争の末の結果だとしても、現場ではなく王宮で決められた取り決めであっても関係ない。

そんなことを戦場に出た経験すらない若輩指揮官たちは息まき、周囲に熱量を伝播させていき湧き上がる。

逃げ帰った兵士から聞いた話や前回の損害という水で冷やそうと試みたが、その熱は火となり当主の固まった意見を溶かすのに十分であった。

ここで自身の意見を通すのは家を二分しかねず、エッカンの机に溜まった軍事増強のための負債と各地から寄せられる除隊嘆願書、各都市から送りつけられた人手や物資不足の解消を求める声は、より速度を増して積み上がっていくだろう。


家の行く末を憂いているエッカンの思考は、突如鳴り響いたノックの音で遮断された。

「父上、私です。エルナです」

「……入れ」

主に領内警備を任に就く娘の声が返ってきたので、当主は溜息を押し殺して入室を促す。

「失礼します。徴兵した新兵の装備についての書類を持ってまいりました」

無骨な武門の家に相応しく、煩雑な礼儀作法を全て取っ払った娘から渡された書類に目を通すと、頭痛を抑えるようにこめかみを抑える。

エルナ・ナール、現ナール家当主の次女であり、領内の治安維持を主な任務としてこなしてきた将軍。

出自と多くの将兵を失った今、ナール家の貴族軍を纏め上げる人物へと祭り上げられるが、実戦経験のないお飾り将軍である。

どれだけ失敗しても大損害にはない治安維持と戦争は決定的に違うだけでなく、これまでにいた優秀で歴戦の将兵の補佐も無い。

実戦経験が無く直情的なエルナにできる指揮と言えば突撃くらいで、そんな者が血筋だけで将軍に抜擢されているのだから、どれだけ人材不足なのか理解できるだろう。


「装備の新調はお前の言う通り急務だろう。だが、今の我らにそのような余裕など無い。領内の砦内に備蓄してある装備を徴用して補え」

装備の質に見合った熟練の兵士ならば有効活用できるだろうが、訓練もろくに出来ていない新兵に渡すなど宝の持ち腐れだ。

「しかし父上!我がナール家の威信を示さねばならぬのです!継ぎ接ぎの鎧など他家の人間に見せようものなら末代の恥ですよ!?」

自身が末代とは夢にも思わずに訴え出るエルナは、さらに言葉を付け加えていく。

「それに余裕ならば領内から徴収すればいいのです!我が家の威信が遠くへ響き、新たな土地が手に入る。そのためならば民も喜んで出しましょう!それにやっと巡り巡ってきた復讐の機会なのです、絶対に逃せません」

敬愛する次期当主候補だった兄を殺した相手を自分の手で首をはねる、その情景が一刻も早く訪れんことを願うように彼女の瞳は燃え(たぎ)っていた。




どうやって燃え滾る娘を鎮火すべきか、そればかりに意識が持っていかれていたエッカンであったが、再びノックの音が部屋に鳴り響く。

エルナの時と同じ手順で入室を促すと、兵士が飛び込んできた。

「どうした?」

エルナとの会議を中断させられたからか家の将来を憂いてか、ビクリと兵士を委縮させてしまう。

無駄に兵士を委縮させても意思疎通に弊害が起きるだけなのを知っているエッカンは、努めて冷静に言い直そうとするが遅かった。

「何事だと聞いているのだ。早く答えろ」

凄まじい剣幕でエルナが脅すと、兵士はとても答えにくそうに報告する。

「は、はっ!ほ、本日未明、とある農村にて脱走者が出ました!」

「なんだ脱走者か」

新しく徴募をした場合、戦場へ行きたくない農民は兵役から逃れるために逃亡するのだ。

「全く嘆かわしい……」

栄誉ある徴兵と認識しているエルナからは怒りと侮蔑交じりの言葉が吐き出されるが、何かに気付いたように兵士に向き直る。

「脱走者如き、いつものように処理しておけ。それよりもまさかこんな下らないことを報告しにきたわけじゃないだろうな?」

「エルナ、静かにしておれ」

現在の状況で将軍を一般兵の前で叱責などできないエッカンは、庇うことも窘めもせず話を勧めさせた。

「は、ははっ!それが、村人全員が脱走したようなのですっ!」


「なんだとっ!?」

エルナは悲鳴のような叫び声を上げ、エッカンも目が剥かれたように光られる。

1人2人の脱走者であれば数少なかったが毎年あるが、それでも村人全員は過去一度もない。

見開いた目を戻したエッカンは、呼吸を整えてから問う。

「どの村だ?」

「はっ!領都から北西の村でして、人口は50人ほど。名前はございません!」

「50人、か……」

兵士の言葉を反芻(はんすう)しながら、考える。

「街道警備の兵は何をしていた!?私がいなかっただけでこの──」

「エルナ静かにせよと言ったはずだ。二度目はないぞ」

怒鳴り声を上げるエルナを制止させ、エッカンは考えうる可能性を口に出していく。

「魔物に襲われた可能性は?」

「村及び徴兵場所の砦までに村人の痕跡は一切見つかっておりません!」

「まだ村におるのでは?」

「捜索しましたが村人は誰もおらず、家の空でした!」

村人が期日になっても砦に来ず、家にもいないなら間違いなく脱走だろう。

「ならばすぐに追討部隊を出せ。決して王領へと逃げ込まれてはならぬ」

村と砦のさらに北西には王都があり、その周辺は王の直轄領だ。

王の直轄領に逃げられてしまえば、脱走者の処遇を決める権利は自身の手から離れるだけでなく、王に迷惑をかけることに繋がる。

ただでさえ第1王子の顔に泥を塗っているのに、これ以上の汚名は防ぎたいエッカンであったが、兵士の口からは理解不能な言葉が出てきた。

「そ、それが……村人たちの痕跡もないのです」


たとえこの世界が現実世界とは違うものであっても、人間が信じられない状況に出くわした場合の反応は変わらない。

口をポカンと開け絶句し、ただただどのような理屈を使ってでも自分の納得いく論理を導き出そうとする。

だがその処理を経てもなお解釈できない場合、声を荒げ説明を求めるのだ。

「ど、どういうことだ!?50人も村人が家財を持って逃げたのであろう?それならば痕跡はあるはずだ!」

よほど卓越した人間でない限り、人間は移動した時に痕跡を残す。

足跡や折れた枝、不自然に開いた獣道。その痕跡を見てある程度逃げた方向を絞るわけだが、それが一切ないのはあまりにもおかしい。

「そ、そう考え必死に探しましたが、いくら探しても発見できませんでした!」

昔の血気盛んなエッカンであれば「無能はいらぬ!」と言って切り捨てているところだが、今は1人でも正規兵を無駄にする余裕などない。

「必ず痕跡があるはずだ!探せ!!エルナ、お前が指揮しろ」

「はっ!必ずや脱走者を処理してまいります!」

エッカンはこれ以上厄介事を作らないためにも、念には念を入れるのであった。




ナール家の財政悪化、消えた村民たち、そして遠征軍の成否。

エッカンの眠れない夜を作り出す原因はいくつか転がっているが、その中でも特大級の原因もある。

その特大級の原因は人が簡単に出入りできる作戦室には無く、自分がいるとき以外ほとんど開かれない執務室、さらに重要書類が置かれた机の中に厳重に保管されていた。

この重要書類は一見変哲もない羊皮紙であるが、記載されている金額は先ほど娘が持ってきた書類が可愛くなるほどの数字が躍っている。

財政が悪い中での出費も悩ませる原因だが、それよりも王国が始まって以来の禁忌に触れていることも原因だ。

王国の始まりは魔族を駆逐する遠征軍であり、人間種こそが最も優れた種族だとして排斥してきた。

エッカンも人間種至上主義にドップリ浸かっているものの、人間種が絶対的に優れた種族とまでは思っていない。

これは当主として数多くの魔の森への進軍を率い、何度も魔族を相手にしたからこそ肌でそれを感じている。

魔族にも優秀な者がいる、いや身体能力を見ると人間種よりも優れているかもしれない。

そんな優れた魔族たちを何度も撃退してきたわけだが、今はその魔族たちを撃退し得る優秀な人間種がいないのだ。


このままではナール家はまたしても無様な敗北を喫してしまうかもしれない。そうなればナール家は改易、お家取り潰しになる可能性も高い。

強い危機感と現実的な対応策、その狭間で苦悩したエッカンが取った選択肢。それこそ禁忌である。

このまま何もせず戦争に赴けば確実に敗北して改易ならば、禁忌を犯して突き進むしかない。

引くも地獄引かぬも地獄、それならば地獄ですら追いつけないほど真っすぐ突き進んでやる他、家を救う道はない。

覚悟を決めたエッカンが見据える未来が、繁栄か滅亡か。今はまだ誰も答えを知らなかった。

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人物データ

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名前:エッカン・ナール

年齢:約60歳

性別:男

所属:ナール伯爵家 当主

職業:コマンダー(Lv.32)

   ジェネラル(Lv.47)

   ソルジャー(Lv.17)

   ライダー(Lv.44)

   ノーブル(Lv.11)

   ノービス・スミス(Lv.4)

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名前:エルナ・ナール

年齢:約30歳

性別:女

所属:ナール伯爵家 将軍

職業:コマンダー(Lv.3)

   ジェネラル(Lv.6)

   ソルジャー(Lv.15)

   ライダー(Lv.38)

   ノーブル(Lv.28)

   ダンサー(Lv.2)

   ホイッパー(Lv.45)

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ちょっと前から季節の設定を追加しましたが中々書けずじまいでした。ただもうすぐオウキの方でも季節が分かってくるのでご安心ください。

そして禁忌については本話では敢えて隠しています。後々出てくるので期待してお待ちください。

あとチラリとキャラ設定を最後に付け加えました!どんな人物なのか、ちょっと想像しやすくなったかな?


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筆者の執筆モチベーションにも繋がるので、ぜひよろしくお願いします!

X(@KenRinYa)もやっているので、フォローもよろしくお願いします!

また感想や質問、要望などもコメントかXで受け付けていますので、ぜひぜひお送りください!

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