3-18 疾走、傾聴、逃走
現目標:ハウス作戦
概要:敵国内の辺境に住み教鞭をとれる人材を確保するため、少数部隊で潜入・スカウトする
メンバー:オウキ、オルクス、ヘレン、エデル、イルマ
「あぁ~」
とんでもなく行儀は悪いことは百も承知で、キャンピング・ハウス内リビングのテーブルに足を乗せて全体重を椅子へと掛けた。
こんな不作法、普通であれば口酸っぱい者に怒られるのだが、幸いなことに今はいないので許されるのだ。
「オウキ君、行儀が悪いぞ。やめるように」
……どうやら怒ってくる者がいたようだ。
これ以上怒られたくないので素直に脚をテーブル下に戻しつつ、嫌味の一つでも言いたくなるのだがグっと堪える。
なぜなら今怒ってきたテツヤを引き入れようと決めたのも、引き入れるために今苦労して非戦闘員を入れた行軍をしているのも、そして撤退する時に使おうと思っていたアイテムが使えなかったのも全て自分の責任だからだ。
だがそれでも、それでも文句の一つくらい言っていいだろ?
「それで、結構遅めに歩いてた村人たちの様子は?」
俺の言葉を聞いたテツヤは、軽く溜息を吐いてから答えてくれた。
「問題ない。強いて言うなら、テント生活が不便で仕方ないとさ」
「……どうしようもないって分かってるでしょ……」
厭味ったらしく言い返された俺は、天を仰ぎながら呟いた。
今俺たちはテツヤがいたテツヤ村の住民50人ほどを引き連れ、敵国内で逃亡中だ。
幸いなことにテツヤがオルサバーグへ来る条件として提示された村民誘拐作戦は、エデルとイルマの大活躍によって無事に成功。
ヘレナの支援があったとはいえ、怪我一つなく誘拐対象であるアンネマリーという少女を連れ出し、しかも混乱の最中で誰にも見つからず抜け出したようで、偵察に行ったヘレンの話では事後処理に大忙しで、特に消えたことに疑問は持たれていないようだ。
即日に任務を完遂してくれたので、無事俺たちは余裕を持って村を後にし、足跡や人が移動した痕跡は全てヘレンに消してもらったから、特に追手は来ていない。
今はただの村人の体力を鑑みて、かなり早めに野営しているが空の監視者の警戒に引っかかる者もいない。
だから逃亡中と言っても、アイテムボックスに物資は潤沢にあるし、村人たちの寝床も昔に買い込んだままだったテントが山ほどあったので、極めて順調で余裕があると言っていいだろう。
だがしかし、そうだがしかしなのだ。
事前に退却する時に使おうと思っていた【ミニポーター】が使えなかった事実を知った時の絶望感たるや、凄まじいものがあった。
俺の案ではテツヤを見つけたら【ミニポーター】を使って一気にオルサバーグへと戻る予定だったのは、あらゆる問題の対処などを綿密に盛り込んだ作戦内容に行きの片道しか考えていなかったことから明らかだ。
それ故に当初の予定では短くて短くて1か月、長くて2か月くらいだと想定していた部分もある。
だと言うにも関わらず、肝心の【ミニポーター】が一切使えない問題が今発覚するとは夢にも思っていなかった。
言われて見たら当然のことで、戦争中の国家間でも【ミニポーター】が使えてしまったら、不可逆的な歴史が売りのNRGなど一瞬で終わっていただろう。
だって【ミニポーター】を戦争中でも自由に使えてしまったら、敵国の王城に直接テレポートして戦えばいいだけなのだから。
それとも国のインフラを担う【魔電炉】の目の前にテレポートとして、遠隔爆破するだけで勝てる。そんなゲームを果たして面白いと言えるか?
だから【ミニポーター】が戦争中の国同士間では移動できないことに納得しつつも、今判明するのは恨めしいという他ない。
いくら人と関わらず国にも属さず遊んでいた俺が悪いと言われても、こればかりは声を大にして言いたい。
魔の森をエデルたちのレベリングを兼ねながら抜けるのに半月ほど、夜陰と木陰に紛れてジリト王国内を最速で移動してテツヤの村まで半月ほど、そしてテツヤの説得と移動準備に数日。
ここまで順風満帆に推移していた任務の最大の障害が、まさかジリト王国という敵国でもテツヤでもなく、俺のアイテムボックスに入っていたアイテムだとは思わなかった。
いやアイテムが悪いわけではないな。俺がソロ──決してボッチだったわけではない──プレイを決め込んでいたのが悪いのだ。
ともかくアイテムが使えなかったことで敵国内を移動、しかも非戦闘員を連れての移動になるので作戦に大きな変更が加えられるのは必然。
幸いなことに通信はできたので、オルサバーグに留守番組には現状と帰還がかなり遅くなることは伝えてある。
治療のスペシャリストであるシーラ、テツヤの腕を直すためにランドには来てほしい気持ちはあるが、治療はオルサバーグで何かあった時重要になるし、ドワーフの一般体型であるランドは子どもにしか見られないのでジリト王国内を単独で歩けない。
そのためオルサバーグからの援軍は諦め、現戦力でオルサバーグに、最低でも魔の森まで退却していかなくてはいけないのだ。
俺たちが人目を避けながら爆走して半月かかった道を、非戦闘員でも余裕を持っての移動になるのだから、倍を見積もっても足りないくらいかもしれない。
この行程がどれほど面倒なものになるか、話を聞いたエフィーが思考停止になるくらいなのだから、俺が悪態付くのも仕方ないだろう。
ただいつまでも悪態をついているだけで事態は解決しない。
テツヤが俺のところまで来た目的が、村人たちとコミュニケーションを取ってケアすることで今後を考えると重要なので、重たい腰を上げた。
キャンピング・ハウスを出て真っ先に視界に飛び込んできたのは、門番のように佇むオルクス。そしてそのオルクスに威勢よく飛ぶこむ赤髪の少女アンネマリーの姿があった。
「……まだやってんのか?」
俺がそう呟くと、目を尖らせたアンネマリーがこちらを睨みつけてくるが、正直に言って怒った猫にしか見えない。
まず最初に顔を合わせたのは、エデルたちに任務を任せて村人たちの家財をアイテムボックスに詰めている時だった。
可能な限り早く移動するため夜通しの引っ越し作業をしていたのだが、そんな俺の前に突然アンネマリーが上から落ちてきたのだ。
一応ヘレンから落とすと聞いていたから着地のマットを敷いたのに、なんと彼女はそのマットを避けて地面に両手両足での四点着地。
そこまでの高度は無かったし、現実世界の人間と比べてステータスがある分肉体強度が高いからこそできる芸当だが、見た目は完全に地面に降り立った猫そのもだった。
それだけじゃない。村長に事情を聞くなり俺を敵視し勝負を挑み、前哨戦として戦ったオルクスにコテンパンにされても諦めないくせに、村人たちに供出している食事には遠慮なく食らいつく。
敵視しているくせに飯だけはしっかり食うのかと思わなくもないが、なんだか昔路地裏で見たヤンチャな野良猫に見えて憎めないんだよな。
だから俺の護衛であるオルクスを引っぺがしてまで勝負に挑んでいても、ただただオルクスがじゃれつく猫と遊んでいるようにしか見えない。まぁオルクスからすればいい迷惑なのは、フルフェイスの鎧で隠れてても滲み出ているが。
「オルクス、村人たちとちょっとした用件がある。お前はそのまま遊んでてやれ」
「遊ぶだぁっ!?お前、アタシのこと舐めてんだろ!?すぐにギャフンと言わせてやっからな!」
「我が主、我、ついていく」
「いや大丈夫だ。そんな重要なことじゃない」
「我、ついていく」
「分かった。それじゃ付いてこい」
確固たる意思を表明する護衛の意思に負け、俺は肩に猫を乗せたオルクスを連れて村長のいるテントへと向かった。
向かうと言っても徒歩数秒圏内の位置にあり声も全て筒抜けになっているから、辿り着く前にテントが開く。
「いらっしゃいませオウキ様。そしてアンネマリーが大変ご迷惑をおかけてして大変申し訳ありません」
「いやいい、気にするな。オルクスの遊び相手にもなるしな」
「なんだとぉー!?遊んでねぇーよ!!」
俺の言葉に猫が威嚇の鳴き声を上げるが無視して話を続ける。
「それで、バウアーさん。何か不足している物などはありますか?」
テツヤ村の村長の名を呟いた後に、先ほど出されたテツヤからの要望を叶えていく。
「不足している物、ですか……。我儘を言うならば、トイレがもう少し欲しいですじゃ」
「トイレ……?4つでは足りないか?」
50人の村人に対して4つのトイレは、かなり多いと思っている。
分かりやすく日本では災害時に避難者へのトイレは、当初で50人当たりトイレ1つ、長期化する場合でも20人にトイレ1つが目安だ。
設置や処理などは魔道具を使っているから考えなくていいとしても、50人の村人に対して4つのトイレは、破格の対応と言っていいと思っていたのだが違ったのかもしれない。
「いえ、普通であれば足りておるのですが……」
そう言って言い淀むバウアーだが、要望を出されるにしても目的や理由が曖昧なままだと賛成しにくい。
「はっきり言ってくれ。どんな理由であれ文句は言わんから」
「ううむ……食事が美味しすぎて食べ過ぎ者がたくさん発生したのじゃ……」
「食事」
「えぇ食事ですじゃ。特に今日食べたちきんそてーなる食べ物は美味しくて美味しく……さぞ有名な方がお作りになったのじゃろう」
すいません、作ったのはヨボヨボの木人で、全くの無名です。
「口に入れた途端、広がる甘く蕩けるような味、そして口一杯に広がる肉の美味さ、筆舌に尽くしがたいほどの美味さは、寝る間も惜しんで腕を磨いてきた職人のようですじゃ」
ごめんなさい、作ったのは太陽を崇める変人なんです。
「特にワシのような年寄りでも簡単に食べられるくらい柔らかい鶏肉は、作り手の苦労が垣間見えるようで泣けますのぉ」
申し訳ない、多分作り手は今も太陽を崇めていると思います。
「ワシらも時折そこのアンネマリーが狩ってくれた鳥を食べておりましたが、それとは比べ物にならないくらいでしたのじゃ」
「ちょっ、村長っ!?アタシの狩った鳥の方が旨いだろっ!?いつも美味しそうに食ってたじゃねーか!」
「それでもじゃ!というか、お主が1番食べたのじゃから美味しさも理解しておろうに」
「うっ、うっさいなぁ!」
チキンソテーが如何ほど美味いのかを語るバウアーと美味しさを認めたくないアンネマリーの口論が巻き起こったが、俺は持ち運べるトイレを追加で2つと整腸薬を出し、バウアーの語る夢を守るためにもテントからこっそりと出るのだった。
これでテツヤからの要望は叶えたと言っていいだろう。
未だテツヤ村近くの森内にいる俺たちは、これからの道程で次々の問題が発覚するはずで、今のうちに解決できるに越したことはない。
そう思いながらキャンピング・ハウスへと向かっていた俺だったが、ふとあることを思い出して足を野営地の外縁部へと向けた。
上空に最強の監視者がいると言っても、暗い木々の間から魔物が飛び出してくる可能性はある。
その魔物は俺たちが認知できないほど弱い魔物か、俺たちの認知を掻い潜るほど強い魔物のどちらかになるのだが、今のところその危険性は薄いだろう。
後ろを付いて歩くオルクスも言葉にしないが、僅かでも危険性のある場所に足を運ぶのは不満気だ。
そんな中、俺は森の中に溶け込むように佇む目的の人物に声をかけた。
「イルマ、周囲はどうだ?」
「オウキ様!オルクス様も!どうされましたか?」
そう、俺がここまで来たのは野営地を地上から警備してくれているエデルとイルマと話すためだ。
「いや何もない。もし何かあったらヘレンが教えてくれるから、そんな気を張らなくてもいいぞ」
「流石ヘレン様ですね。ですが、気を抜くのは絶対駄目だと学んだので……」
イルマは遠い目をしており、言っていることが前回の任務だとある程度察しはつく。
俺は砦内に入るために設定を練りに練っていたのだが、門番の警備がガバガバだったので簡単に侵入できたらしい。
その結果が砦内を一時的とは言え魔物に占領されかけたわけで、それを自分たちで起こしたとはいえ間近で見たら警備への認識を改めるのは当然かもしれない。
「まぁヘレンの話をしに来たわけじゃなくてだな、何か要望とかはあるか?」
ヘレンの警戒網が敷かれているとはいえ、自主的に夜間警備を引き受けてくれている2人だ。
2人のおかげで村人たちも安心して眠って翌日も元気一杯に行動できるので、想定以上に活躍してくれている。
「要望ですか?特にありません。きっとエデルも同じだと思います」
そう言ってイルマは、明らかに小さな個人用テントに視界を移した。
ちょうど1人入れるくらいの個人用テントには1つの影があり、夜間の警備を交代制で務めるのだろう。
「本当に何もないのか?遠慮はいらんぞ」
「そうは言っても……でも、敢えて上げるなら村の人たちとの関係性についてですかね。どうしても私たちは村から飛び出した身ですので、どう関係を戻していくのかがちょっと掴みかねてます」
「うん?いつものようにすればいいんじゃないか?」
「いえ、そうなのですが……何といえばいいんでしょうね、知人だからこそちょっと気まずいというか……」
予想外に複雑な心情を吐露してくれるイルマだが、ソロを極めた俺からすれば全く理解できない。
それなのにも関わらず俺が要望を聞いた手前無下に扱うことも、頭を抱えることもできない。
「あ~それならエデルに相談してみるとか……」
「エデルも私と同じように距離感が分からなくなっているようで、あんまり皆に近づいていません。幸いなのはアリー……あ、アンネマリーだけは関わらず喋りかけてくれることですかね」
「じゃ、じゃあアンネマリーに協力してもらうっていうのは……」
「アンネマリーは私たちよりも年下なので言いにくいんですよね。それにこういうことはあの子も苦手でして……」
俺だって苦手だという叫びを喉奥に押し込め、必死になって対処法を考える。
だが人心の機微が分かるならそもそもソロを極めていない俺に、何ができると言うのだろうか。
できて誰かに相談しろと言うだけになるのだが、その相談相手も適任者が見当たらない。
まず俺の仲間は、俺と同じくらい心の機微に鈍感で、やりたいことをやるだけの者だから除外だ。
次にテツヤが思い当たるのだが、どちらかというとテツヤも村の人という意識があるのだろう。
その証左に慕っていたはずの長老へ相談に行っていないのだから、俺の考えは間違っていないはずだ。
そうなってくると残るはオルサバーグの町長オルサやその娘スーラーだが、初対面の人間を押し付けるのはよろしくない。
そして考え抜いた末に俺は──
「ま、まぁどうするか考えておくとしよう」
そう言って逃げ出すしかできなかった。
(敵陣の中を)疾走、(逃げ出す人の意見を)傾聴、(相談ごと&敵からの)逃走を語呂よく組み合わせてみました。
傾聴の部分を〇走にしたかったけど、私の語彙力では無理でした・・・
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