3-17 人を隠すなら群衆の中・後編
エデル:オウキと行動を共にする人間の男
イルマ:オウキと行動を共にする人間の女
今回も第三者視点です!
中世と現代で異なる物や考え方は数えきれないほど存在するが、その中でも大きなものとして生活時間の変化が挙げられる。
現代ならば当たり前すぎて忘れがちだが、ボタン1つで部屋が昼間のように明るくなるから、夜間でも活動的になった。
故に過労死や残業などと言った負の概念が生まれたとも言えるが、概ね経済活動の活性化や生産力の向上、犯罪率低下に貢献したと言えるだろう。
一方、電気の存在しない中世では電気の代わりに火が明かりとして使われていたわけだが、松明に使用する松脂や蝋燭の蝋は決して安いとは言えず、遠慮なく使用できるものではなかった。
これは軍事施設でも同じで、いくらかの制限を設けている場所が多い。
最前線や防衛上失陥を許されない重要施設ならば、潤沢と言えずとも比較的夜間にも使用している。
だが最前線から遠く離れ重要でもない軍事施設ならば、ギリギリまで使用が制限されているのが当然である。
この森の中にポツンと佇む砦も、例に漏れずギリギリまで使用が制限された軍事施設であった。
使用できる場所は正門と巡回する警備兵1人だけ。誰も通らない街道警備と人員の集積地でしかない砦には十分な量であろう。
だから砦は夜になると、正門を除き暗闇に包まれる。それが侵入者にとって絶好の状況だと知らず。
エデルとイルマは、正門入って右にある兵舎の中で歩いていた。
兵舎内と言っても建物はとてもシンプルで、入ったらすぐに食堂を兼ねてテーブルとベンチが設置された大広間と隅にトイレ、さらに奥に進めば藁布団が並んだ共用寝室に、各自が使う装備を置く武器庫に食糧庫。
前線の砦でも同じような兵舎で寝泊まりした経験のあるエデルとイルマからすれば同じ作りであるため、特に慌てることなく大広間の横に設けられた倉庫へと足を踏み入れる。
今から共用寝室に入って暗闇の中で空きベッドを見つけるのは至難の業であり、人体に蹴躓いて怪我をするだけならマシで、最悪の場合不審者として騒ぎが大きくなりかねない。
なればこそ向かうは臨時で突然の来訪者が寝泊まりしても怪しまれない倉庫なのだが、これもまたエデルたちにからすれば都合が良かった。
なぜなら人の活動が消えた時、倉庫は絶好の隠れ場所になるからだ。現にエデルたちは兵舎の前に立っていた警備兵以外にバレず、兵舎内に入って雌伏の時を待っているのだから正解だろう。
「なぁイルマ。そろそろいいと思うか?」
「そろそろいいと思うわよ」
適当な箱にもたれかかっていたエデルが呟くと、イルマが平然と答える。
天井付近に空いた薄い横窓から覗く月光でイルマの上がった口角が見えるが、エデルは凝視できなかった。
「よ、よし。それじゃあ起動してみるぞ」
誰に説明するわけでもない視線を逸らした弁明をするように早口で言うと、エデルはポケットに突っ込んでいたオーブを取り出し
「本当に起動するぞ?」
「いいってば。ほら、さっさとやっちゃって」
急かされたエデルは、イルマに言われるがままに指先でオーブをすり潰した。
予想よりも簡単に割れたオーブから粉状のものが飛び散るが、それでもエデルはすり潰す指を止めない。
オウキに渡されるまで見たことも聞いたことも、ましてや使ったことすらないアイテムだから当然だろう。
「いつまでやってるのよ。あんたもさっさと準備しなさい」
「分かってるよ」
エデルは消えたオーブの欠片を
エデルが潰したオーブの正式名称は【魔物引き寄せオーブ】、通称【経験値ボール】。
魔物を誘引する効果を持つ魔物引き寄せ粉を固めたもので、効率的にサブ職業のレベリングを行いたいプレイヤーたちの味方アイテムである。
ただし引き寄せられるモンスターはどれも下級で、レベル帯は10程度でフィールドにいるモンスターばかり。
そのため上級プレイヤーは、この魔物引き寄せオーブで一気にレベルを上げた後ダンジョンへと潜り、上級魔物引き寄せオーブで再度フィールドでレベル上げをした後、再びダンジョンへと潜るのが一般的で、オウキも通ってきた道だ。
そう、どのプレイヤーも通ってきた道なのだ。だがあくまで通ってきたのはプレイヤーであり、NPCではない。
ましてや実際に命を懸け、一度しかなくリセットもないNPCではないのだ。
エデルがオーブをすり潰した後、効果はすぐに表れた。真っ先に騒ぎが起こった場所は、砦の唯一の出入り口である砦正面である。
荒々しく敵襲を知らせる鐘が鳴り響き、静かに眠りに付いていた砦を叩き起こした。
エデルとイルマが眺める窓の外では、つい先ほど門前で挨拶を交わした警備兵が涙目で、入れなかった中央の建物へと駆け込んだ。
そして次に現れたのは、これまた先ほどエデルたちが逃げ出した松明を持った警備兵で、彼は中庭でどうすればいいのか分からず狼狽えている。
ここで練度の高い部隊ならば臨戦態勢を整えた部隊が迎撃準備を整え終わるのだろうが、ここにいるのは砦の影を踏みしめる作業ばかりやっていた者ばかり。
そうこうしている内に、ついに魔物の第一波が開け放たれていた正門を取って砦内に雪崩れ込んできた。
まず魔物第一波の先陣を切ったのは、低級の魔物でも脚が早い【ウルフ】であった。
魔の森でサンフェスを囲んでいた【ブラックウルフ】に比べたら一段階レベルの低い魔物だが、俊敏な動きと複数体での戦闘にやられる者は多い。
そんなウルフに続くは【ビッグラット】で、イノシシ程の巨体と、げっ歯類が持つ鋭い歯が特徴の魔物である。
最後に現れたのは最弱の魔物として有名な【スライム】で、中央にあるスライムコアを破壊しない限り、獲物に張り付き溶かしてくる厄介者だ。
どれも街道や森におりレベル10にも満たない雑魚な魔物であるため、一般の兵士でも対処できる。
中庭で狼狽えていた警備兵も、即座に松明を眼前に迫ってきたウルフに投げつけて怯ませると、佩いていた剣でウルフの背骨を叩き折っている。
だがそれはあくまで敵が1体の場合に限った話であり、周囲を全て魔物で囲われた場合の話ではない。
「う、嘘だろぉ!やめろ、やめろぉ!!」
最も忠実に装備を整えて巡回していたが故に先陣を切らされた警備兵は、押し寄せる魔物の波にさらわれるのにそう時間はかからなかった。
警備兵の悲痛な叫び声が砦中央の中庭で響き渡ると、やっと兵士たちも異常事態だと悟る。
「敵襲ぅ!敵襲ぅ!!」
兵舎内には壊れたレコードのように同じ言葉しか繰り返さない怒号と、鉄が何かに当たった音が鳴り響く。
不幸なことに魔物たちは中央の指令所には目もくれず、兵舎に向かって突撃をしてくる。
エデルたちは知らないが、【魔物引き寄せオーブ】は使用した場所と使用者を主に狙うため、エデルのいる兵舎が狙われるのは当然であった。
そんなことは露とも知らず、先ほど惨劇を映し出していた窓から大量の魔物が押し寄せてきた。
「イルマっ!」
「ちょっと待っててっ!!」
次から次へと侵入してくるウルフとビックラットを切り伏せたエデルが吠えると、棚を動かしていたイルマも同じように吠える。
その間にも首元に食らいつこうとしたウルフを2体切り捨てるが、本来の目的を果たすためにはここを脱出しなくてはならない。
「もういいかっ!?」
「いいわ、よっ!!」
再びエデルが吠えると、イルマは壁に設置されていた大きな棚で窓を覆った。
覆ったと言っても幾分か隙間があるからスライムは防げないだろうが、兵舎の防衛が目的でない今は問題ではない。
「行くわよっ!」
「あぁ、付いていく!」
一息吐く暇も無く、静寂を取り戻しつつあった倉庫からエデルとイルマは飛び出すのであった。
倉庫の外、兵舎に入ってすぐの大広間はテーブルを建てて臨時バリケードにしながら防衛戦の真っ最中である。
テーブルの臨時バリケードによりビックラットの厄介な体当たりを防いでいるが、肝心のウルフからの攻撃には直接兵士が対応するしかない。
テーブルをもう一段上に積めば防げだろうが、残念ながらこの場にそれを思いつく者はいない。
エデルとイルマは鬼気迫る表情で魔物からの攻撃に耐え続ける兵士たちを確認するが、目的の人物の姿は無かった。
目的の人物がいないことを確認したエデルたちは、誰にもバレないようコッソリと先ほどは行けなかった共有寝室スペースに足を踏み入れた。
共有寝室スペースは想像通りで、藁布団が敷き詰められた質素なものであり、奥には換気用の窓が付いている。
魔物引き寄せオーブを使った場所が兵舎の入口付近だったからか、兵舎の奥にあった共有寝室スペースの窓には魔物は押し寄せておらず、ただ光を塞ぐ蓋がされているのみ。
窓ガラスも魔物もいない窓から飛び出すのに、そう時間はかからなかった。
その後、エデルたちがいた最も正門に近い兵舎の隣に立ち並ぶ同じ間取りの兵舎を確認したが、目的の人物が見つからない。
更には怠惰で落ちこぼれ兵ばかりであっても、緊密な防御態勢を整えてしまえば低級の魔物集団を押し返すなど容易いことだ。
最初は中庭を埋め尽くすほどいた魔物の大軍も今では数えるほどおらず、混乱に乗じて人探しにもタイムリミットが迫っている。
残る確認場所は中央の建物か城壁の上のどちらかであり、それでもいない場合は既に砦内にはいないか、魔物の集団によって……。
そんな悪い想定を振り払うように頭を振った後、エデルは確認を取った。
「イルマっ、あの子ってどんな性格だったっ?」
「性格!?えぇと、どんな子だったっけ……」
兵舎に目標がいないと知ったのか、徐々にこちらに迫りつつあったウルフを斬り捨てながら聞く。
だがイルマも戦闘中だからか、そう簡単に思い出せず、思考を今の戦場から思い出の中へと移してしまった。
イルマが思考を切り替えたのは時間にして1秒にも満たない短時間であったが、左右からウルフとビックラットが同時に飛びついてくるの完璧に防げないようにするには十分である。
「イルマっ!」
慌ててカバーに入るエデルであったが、ビックラットの鋭い歯がイルマの太腿に突き刺さるのは──
「ピギューッ!」
魔物の悲痛な叫び声が響き渡った。何が起こったのか、理解できないイルマであったが、鋭い歯が突き刺さったはずの太腿に痛みはなく怪我も無い。
どうして──
「危ないっ!」
遅れて左からとびかかってきたウルフの首を叩き落としたエデルを見て、イルマはやっと我に帰った。
気を抜いたことに怒るエデルを横目に、イルマの視界に入ったのは目を撃ち抜かれたビックラットの死体。
その瞬間、イルマは叫んだ。
「そうだ、あの子は弓が得意だったわ!これもあの子よ!!」
近場に見つけた扉から城壁内部に入り、城壁へと飛び出たエデルとイルマたちを出迎えたのは赤毛の女性であった。
「やっぱり、エデル兄ちゃんとイルマ姉ちゃんだったのか。久しぶりすぎて、そっくりさんかと思ったぜ」
そう屈託のない笑顔で笑うのは、テツヤが連れ戻してほしいと頼んだ村人で、少し前に徴兵されたアンネマリーだ。
「アリー!久しぶりね!」
イルマはアンネマリーを愛称で呼びながら、生きていた嬉しさを噛み締めるよう彼女を抱きしめる。
「いててっ!ちょ、痛いってイルマ姉ちゃん!エデル兄ちゃんどうにかしてよ!!」
「相変わらず元気だなアリー。ともかく無事でよかったよ」
「頭を撫でんな!アタシはもう大人なんだよ!!ってか、イルマ姉ちゃん力強いって!」
ジタバタとイルマの腕の中でアリーは暴れていたが、その腕の拘束が説かれることはなかった。
流石に城壁の上まで登ってくる知能も能力もないみたいで、エデルたちはゆっくりと気持ちを落ち付かせられた。
「で、なんでエデル兄ちゃんがイルマ姉ちゃんがここに居るんだよ?」
やっと自由になれたアリーは、腕と背を伸ばしながら問いかける。
「あっ!?そうだ忘れるところだった!」
久しぶりの再会についつい忘れていたが、エデルとイルマが苦労してここまで潜入したのは理由がある。
「アリー、実はな──」
「そいつが対象か?」
理由を説明しようエデルが話始めた瞬間、彼の後ろには大きな影が1つ浮かび上がった。
見た目、大きさ、雰囲気、どれをとっても人間ではないと感じったのだろう、アリーは弓を即座に引く。
「待ってくれアリー!この方は俺たちの味方だ!」
「そうよ!ヘレン様、失礼しました」
アリーが弓を引きかけたのは、数時間前に姿を忽然と消したヘレンであった。
「……エデル兄ちゃん、本当に味方なのか?そいつ、明らかにヤバいと思うけど……」
「あぁ!本当にこの方は俺たちの味方だ!あと失礼なことを言うな!」
説得を試みようとするエデル。だがこの場にいたのがヘレンだったのが運の尽き。
「もう一度聞くがそいつが対象なんだな?」
「え、えぇそうです、ヘレン様」
ヘレンの問いにイルマが答えると
「分かった。それじゃあ連れてくぞ」
「はぁっ!?ちょ、なんだお前、って飛んでるっ!?待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
直情的なヘレンは、アリーを連れて遥か上空に飛んだかと思うと姿を消した。
ほんの数分間の再会、積もりに積もった話はあれど、これからは幾らでも話せる。
そう気持ちを切り替えたイルマは、未だに茫然とするエデルに喝を入れた。
「よしっ!後は私たちが脱出するだけ!行くわよ、エデル!」
「あ、お、おぅ!」
返事をするエデルであったが動けない。
同じく喝を入れたはずのイルマも動かない。
なぜなら2人とも、考えていた脱出プランが使えなくなったからだ。
2人とも混乱に乗じて正門から抜け出そうとしていたが、中庭には既に兵士が何人も踊りだしており、魔物の掃討戦が始まっている。
中庭正面の正門から出ようものならば注目の的になるのは明白で、他の脱出方法を講じる必要がある。
だが何も思いつかないからこそ、2人は動けないのだ。
「……何か方法はないの?」
重苦しい雰囲気を打ち破るように、イルマは聞く。
「……城壁を飛び降りるとか?」
エデルは自分で言いながら城壁の外を眺めると、あまりの高さが足がすくんでしまう。
高いと言っても4メートルほどなので、オウキがいればこんな高さと言うだろうが、高層建築など存在しないこの世界の住民からすればかなりの高さになる。
「……嘘でしょ?」
「けどここを降りないと俺たちは助からないんだ」
足がすくむエデルに、覚悟を決めるイルマ。
色々話し合った末に、イルマをお姫様抱っこで飛ぼうとしたエデルを、アリーを送り届けた後迎えに来たヘレンに発見されて「お前ら番なのか?」とド直球の質問をされる一幕もあったが、無事エデルとイルマは任務を達成した。
だが2人は気づいていなかった。
普通であれば敵地から人を攫うなど到底不可能な任務をいとも容易く達成できたことを。
兵士たちが生死を掛けて戦っていた魔物たちを、難なく切り捨てていたことを。
無茶苦茶なオウキたちと共に行動し、様々な無茶ぶりを遂行してきた彼らも、一般人から見れば十分人外になりつつあるという事実を。
城壁のイメージが進撃の〇人のせいでかなり高いイメージでしたが、実はもっと小さいんですよね。
ただ中世の人からすれば十分大きいでしょうから、わざとあのような表現にしました。
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