3-8 エデルとイルマ
現目標:ハウス作戦
概要:敵国内の辺境に住み教鞭をとれる人材を確保するため、少数部隊で潜入・スカウトする
メンバー:オウキ、オルクス、ヘレン、エデル、イルマ
森の中で出会ったプレイヤー”サンフェス”を駆けつけてくれたシーラに預け、俺たちは再び森の中を歩いた。
想定以上に森は深かったようで、出発から半日経ち、太陽が頂点へと昇っても景色は変わらない。
冷静に考えれば当然で、1日で森の外縁部に付くほどジリト王国に近いならば、キセトの町はもっと苛烈に攻められてもおかしくない。
加えて今は俺たちのパッシブスキル『威圧』が、生存本能に従順な魔物たちを遠ざけているからエンカウントはないが、通常ならば何度も魔物と戦闘が起こっているだろう。
そう考えると移動しやすく魔物ともエンカウントを減らせる海岸線を行軍してきたジリト王国は、とても合理的な選択をしたと言える。
キセトの町との圧倒的な兵力差があったのも考えると、ジリト王国軍に致命的な欠陥は見当たらない。
唯一の誤算である俺たちがいなければ、今頃キセトは人間が跋扈する町へと変貌していただろう。
ただその変貌は今はまだ一時的に跳ね返したに過ぎず、完全に脅威を退けたとは言えない。
俺たちの暮らすオルサバーグ含め、その迫りくる脅威を可能な限り避けるべく俺たちは一歩一歩を踏みしめ進んでいくのだった。
時間は正午を過ぎた頃、まだまだ太陽は明るく森を照らしている中、俺たちは野営準備に入った。
まだ外は明るく歩みを止めるには早いが、今日は深夜に出発しているため野営に早めに始めたのだ。
野営準備と言ってもやることは非常に簡単。まずは適度に開けた場所を探して、そこへアイテムボックスに入れていたランド製の家を設置。後は家にミラージュクロスとクワイエットクロスの複合布をかけ、さらに外側には警報装置を置く。
警報装置は簡単なもので、周囲の足元に極細の糸を張り巡らせて置き、その糸に触れたら家の中に鈴子が鳴り響くというものだ。
これで外からは透明かつ無音であり、警報装置に触れても侵入者は気づけない。
問題は複合布で家を覆う都合上、熱が全て家に籠ってしまうのだが、それは魔電で動くエアコンの力技で解決しているから問題なし。
これは家に超高級な魔電炉を設置し、かつ絶えず燃料となる魔石を投入できる俺たちだからこそできる荒業と言えよう。
そしてこの家の名はキャンピング・ハウスと言い、1階にはキッチンとダイニング兼リビングルーム、浴室と共有スペースが、正面出口入って目の前の階段を登ると2階にある10つの個室が見え、各階に2つずつトイレも設置されている。
食材はアイテムボックスから取り出して調理するのだが、設置されていた浴室とトイレは原理不明のままなぜか使えた。
原理や仕組みはどうなっているのか、取水や排水はどうしているのか、その辺りは謎の力で動いているためエデルたちに問われても「分からん」としか答えようがない。
入れた物は劣化しないアイテムボックスに保存していたおかげか、まだ新築と言い張れるキャンピング・ハウスに足を踏み入れた。
どうして新築並みに綺麗かと言えば、俺が重要でもない周回時などに使うのを渋ったからだ。
キャンピング・ハウスの主材料は木材なので、少しばかりのギャザリングで何棟でも建てられるが、より快適に過ごすために設置した魔電炉は違う。
しかも魔電炉は破壊できても再設置は不可能な性質を持つため、実質キャンピング・ハウスは消耗品となっていたのだが、今回はそのようなこと言ってられないと判断し利用する。
ただそれを事前にエデルたちにも話したからか、彼らはキャンピング・ハウスに入るのを遠慮した。
「自分たちは野営で十分ですので」
「護衛対象がチョロチョロすんのが1番邪魔なんだよ。遠慮なく入れ」
腰を引いて遠慮する2人の尻を蹴り飛ばし、強制的にキャンピング・ハウスへと入れると観念したみたいだ。
だがそれでも彼らの遠慮は、俺が予想以上に深かったようだ。
「あ、ありがとうございます!しかし、俺たちの部屋は一緒で大丈夫なので、これ以上はご勘弁を!」
確かにいきなり社長と平社員が同じ家に寝ると言っても心休まらないよなと納得しかけたが……
「え?同室!?」
キャンピング・ハウスが違う意味の休憩場所になるかもしれないと邪推しかけたが、それは命を懸ける若者にとって仕方がないだろう。
だがこのままだと俺がよく分からない感情でエデルとイルマを見れなくなりそうだから、さっさと宿泊方法を教えて夕食準備へと入るのだった。
夕食準備と言っても、俺たちパーティーの調理番は長らくの間ドーシュただ1人で、そいつは今はオルサバーグで留守を任せているから居ない。
そうなれば必然的に、食卓の上に並べられるのはアイテムボックスに詰められていた既製品であった。
周辺の偵察を済ませたヘレンと警報装置を設置し終えたオルクスを待ち、全員で夕食を取る。
一応イルマも料理をしていた経験があるらしく、一般職コックのレベルが6と少しばかり上げられている。
それならば任せようかとも考えたが、万が一の毒殺の可能性を考慮して取りやめとなった。
決して彼女に作らせてみた結果、禿頭の木人の方が美味しかったからではない。
……今度ドーシュにはイルマに料理を教えるように指示を出しておこうと決意した瞬間でもあった。
その後は夕食、今後の行動予定や確認事項の確認、そしてオルサバーグへの定時通信を終わらせ、本日の日程は完了だ。
後は即応態勢を整えつつキャンピング・ハウス内での自由行動へと移ったのだが、俺は会議室兼リビングから一歩も動けない。
何か負傷していたり攻撃されているわけでもなく、ただただ自室に戻っても暇を持て余してしまうと理解しているからだ。
時間はまだ夜のとばりが降りたばかり、現実ならば夕食後か早めの入浴時間を楽しむ時間で、寝られるわけがない。
夜番を交代でするヘレンとオルクスに混ざろうかとも考えたが、俺に夜警は恐れ多いと断固拒否されてしまっているから、邪魔にならないためにも外出など論外だ。
元々オールでゲームをプレイし続け、起きている時も携帯やパソコンで遊び続けた俺にとって、何もない夜の自室ほど苦痛なものは無かった。
そうして絶望していたのだが、ふと前を見ると俺と同じように席に着いたまま動いていないエデルとイルマがいた。
「……解散だと言ったはずだ。自室に戻っていいんだぞ」
俺は突き放すように告げる。平常時ならばこんな冷たく言われたら恐いものだが、俺と彼らの立場を考えればこれくらい言った方がいいだろう。
なぜならエデルやイルマにとって俺は直属の上司、いや上司よりも上の立場だ。
例えるならば平社員が社長と出張先で同室のホテルに泊まるようなもので、いくら用事が終わったからと言っても平社員は社長の出方を伺う。
ここで最もベストな対応は社長自ら平社員の前から姿を消す、つまり真っ先に自室へと戻るべきなのだが、暇を持て余していた俺はそのベストなタイミングを見逃してしまった。
それならば次善である平社員の心労を和らげるためにも自室へ帰れと直接言った方がいいだろう。
この対応はどうやら正解だったようで
「分かりました。それでは何かありましたらすぐにご連絡ください」
エデルとイルマが揃って頭を下げると、自室に足先を向けた。
想定通りエデルとイルマが自室へと向かったのだが、ふとある事を思い出した俺は止めておけばいいのに変なおせっかいを焼いてしまう。
「そうだ、お前らは同室だからと言って程ほどにするように。明日も森の中を歩くし、何よりもこのタイミングで身重になられたら困るからな」
自分でもいらないおせっかいだと思うが、言っている内容は正論だと思っている。
夜の運動会はかなりの体力を使うし、何より作戦行動中に身重になられたらかなり危険だ。
これがまだオルサバーグ領内であれば緊急避難させられるが、これから向かう先は事前情報がほぼない敵地である。
イルマだけでなくパーティー全体も危険に晒す行為だと戒めたつもりだったのだが、エデルたちの反応は予想外のものだった。
「身重……?あ、もしかして子どものことですか?いくら私たちでも、子どもが作戦の支障になるのは分かっていますので心配は不要です」
イルマが笑いながら否定するが、彼女の回答にどこか違和感を覚える。
俺は身重になった彼女が作戦の支障になると言ったのに対し、イルマは子どもが作戦の支障になると言っているのだ。
いくら敵地にいると言っても長くで1、2か月で帰還を目指す作戦なのだから、今日身重になったと仮定しても出産時にはオルサバーグに帰っているはず。
俺は意味が分からず、素の声で聞き返した。
「いや流石に出産までには帰還する予定だぞ?」
「え?そんな作戦帰還って短かったでしたっけ?」
イルマは自分が変なことを言ったか不思議そうに聞いてくる中、俺はふとあるシステムを思い出した。
俺が思い出したのはこの世界の元になったであろうNRGの妊娠・出産システムだ。
NRGは国を興したり戦争できるシステムと、NPC1人1人に歴史や人格などを持つシステムの両方を併せ持っている。
当然戦争となれば多数のNPCが殺傷されるわけで、多彩なバッググラウンドを持つNPCも容赦なく消え去る。
だがそうなると必然的にNPCの数はある一定水準以上に保っておかなければいけず、本来の人間の生殖方法では全く追いつかなかった。
そこでNPCの数を一定以上に保ちつつ、全年齢でプレイできる健全なゲームも維持しようとした結果、生まれたのが卵による妊娠・出産システムだ。
このシステムは簡単で、気に入った者同士が了承するならば、互いがDNA──正確に言えばプレイヤーデータ──の詰まった核を持ち寄って結合させる。するとその融合核は卵へと変わり1日で孵化するのだ。
手っ取り早く、それでも健全に。それの究極がこの卵生の妊娠・出産システムで、このシステムが実装された時はかなり騒がれた。
俺としては確か卵生の哺乳類っていた記憶があるし、ゲームのシステムなのだからと気にしていなかったし、何よりこんなに長くゲームをプレイしていても人付き合いがほぼ無い俺には関係ないと忘れていた。
ということは……
「もしかして子どもは卵から?」
「えぇもちろんです」「そうですね」
最終確認に揃って頷きで返され、俺は項垂れるほかない。
「あ、でも長老が確か別の方法もあると言っていたような気がします」
「そんなこと……あ、あれね?女性のお腹から出てくるって怖い話の奴。でもあれって作り話でしょ?」
確かに知識のない人に出産を口だけで説明すると、お腹から赤ちゃんが這い出すとしか言いようがない。
どこぞの異世界人が胸から出てくるチェストバスターよろしく、そんなホラーチックなものではないのだが……。
「俺もそう思ってたんだけど、それ以外思い当たるものが無くて……」
「う~ん……。オウキ様、お腹から赤ちゃんが出てくるって嘘ですよね?」
自分の腹から赤ん坊が出てくるなんてあり得ない、そう言いたげな顔でイルマが問い詰めてきたので、俺はついつい口からポロリと真実を離してしまった。
「いや本当だぞ。というか、俺の常識なら基本的に女性の胎から赤ん坊は出てくる」
「え、本当なんですか!?」
「本当に本当だ。だけど多分、この方法は卵よりも長い時間がかかるし、女性への負担も大きい。簡単に子どもを増やすというよりも、特別な人との間に子を残す方法って言い方が正しいかもしれん」
「特別な人と……」
どれだけ鈍感な俺でも、イルマがチラリと横目でエデルを見たのは見逃さなかった。
やはり以前から感じてはいたが、この2人の仲は特別なものとみて間違いないだろう。
「あのオウキ様。とても不躾な質問なのですが……」
これまで静かにエデルの後ろに控えていたとは思えないほどグイグイと迫ってくるイルマ。
彼女が今から何を言おうとしているのかある程度予想できたから聞きたくないが、彼女の少しだけ早く動く口は止まらない。
「どうやって作るのか、参考にしたいので教えていただけないでしょうか?」
結局俺は洗いざらい全て吐いたと言っていいだろう。
”気に食わないから”と若者の恋路を邪魔する頑迷固陋な人間にはなりたくない。
おしべとめしべの役割から、それはもう全て説明してやったので、説明し終わった頃には謎の達成感を覚えたくらいだ。
だが1時間後、いや数分後には後悔の念が頭を埋め尽くしていた。
考えが変わったとか意地悪になったとかではない、生々しい音が聞こえて来たからだ。
そんな休憩で使うとは想定していないし、ゲームの世界でイビキをかく者もいなかったので、壁は薄く防音性能など無い。
この状態で寝られるほど図太くない俺は、虚しさと後悔が渦巻いたような闇の下、眠れない夜を過ごすのだった。
ギャグ回に見せかけつつ実は世界観説明回でした。
ちなみに卵生の哺乳類は単孔類と言って、カモノハシとハリモグラだけらしいです。
そしてこれは後々の展開のためにも、実は必要な設定だったりします。
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