2-14 キセト防衛戦・決戦1
大目標:安寧の地の確保、元の世界に戻る
中目標:侵攻してくる敵を撃破、元の世界に戻るための研究人材の確保
小目標:城塞都市の建設、難民たちを救援
現在の目標:キセトの町の防衛
血と汗と何かが燃えた匂いが立ち込める城壁からそう遠くない場所で、小さな笑い声が絶えない天幕の集団があった。
円柱型の天幕は闇夜に紛れられるよう黒色をしていたが、今は太陽が姿を見せて久しく朝食を作る焚き火がいくつも設置されていたので意味を成していないが、大した問題には成り得ない。
そんな楽観的とも言えるムードは天幕の集団にあっても一際目立つほど大きな天幕の中にも浸食しており、大量のベッドの代わりに設置された巨大なテーブルの席に着く者たちの表情と会話からも明らかだ。
「私の隊は大通りから家4つまでを……」
「いやいや、それはちょっと強欲がすぎるというもの。せめて家2つまでに我が隊に譲っていただかなくては……」
会話内容はもっぱら略奪範囲に関することで、その前に行われる城壁攻略はテーブルの隅どころか外に放り投げられていた。
各隊の指揮官たちが欲望と欲望の摩擦熱で熱気を帯び始める天幕、とある人物が入ってくると全てを凍らせる冬が到来し、最も奥の席に腰を下ろす頃には熱は余すことなく霧散していた。
入ってきた人物はこの開拓大隊の総指揮を執るエズン・ナールその人で、初老に差し掛かって間もないにも関わらず見事な体格と風格を持つ男性だ。
ナール家の者が持つ美しい金髪を短く刈り上げ、その厳めしい顔に添えられるように整えられたカイゼル髭、数多の戦場を駆けてきたことを容易く想像させる筋骨隆々な体躯はそれだけで威圧感を持つ。
エズンは一度咳払いを挟むと静かに、だがこの場にいる全員に聞こえる声で問う。
「それでは本日の軍議を始める。まずは略奪範囲よりも先に城門攻略について、みなの意見を聞こうか」
その言葉は未だに燻ぶっていた余熱を冷やすのに十分であった。
エズン・ナールは魔族との数多の戦争で領地を拡大し爵位を上げてきたナール家に所属しており、現当主の嫡男だからこそ従軍経験どころか指揮経験も豊富だ。
そんな彼は現当主の父、引いては国王からの命令で軍隊を率いて目的を攻略すべき動いている。
あくまで目標までの中間ポイントでしかないキセトの町で、略奪に講じる時間も持ち運ぶ手間も無駄でしかなかった。
「心配するな略奪は凱旋した時ならば認める。ただし我が隊で持ち運べる分だけだ」
途端に熱気がテーブルに戻ってくるが、そんな熱を振り払うように話を進める。
「まず城壁の様子は?」
「はっ!抵抗は散発的なものとなり、城壁より飛来してくる物も木屑や小石が主となっております」
「ふむ、それでは魔族どもは最早抵抗する力は残っておらぬと見える」
エズンの問に歴戦の風貌を漂わせた騎士が答える。
彼はエズンに長年従う隻眼の騎士で、今回の戦でも町から逃げ出す魔族を射止める包囲部隊の指揮を担っていた。
通常戦闘時に城壁から飛来してくる物は、迫りくる敵を撃退させうる力を持つ投石機から巨石や鋭く殺傷力のある矢のはずだ。
それにも関わらず殺傷力の低い恐らく家を破壊して得た木屑や小石で反撃しているのだから、キセトの町にマトモな防衛戦力は残っていないと考えるのは当然だろう。
これも攻城戦当初に魔法使いと弓兵を使って徹底的に城壁上の敵を叩いたが故であり、至る所が崩れた城壁上部はもはや丸裸も同然でそこに現れる物は格好の的だ。
「包囲している部隊に異変は?」
「はっ!ありません。奴らは我らを恐れミノムシのように巣穴から一切顔を出しません」
隻眼の騎士が報告するように、確かにキセトの町から脱出しようとする者はいなかった。
なぜならば脱出できる者は既にこの地を後にしており、残っている者は他所に行く当ての無い者ばかり。
逃げないのではなく逃げられない、まさに脚を切り落とされた者たちだったのだ。
だがそんなことを露も知らない天幕内の者たちは、あらぬ方向へと想像を膨らませていく。
「つまり敵の戦意は挫けておらぬ、そう思うか?」
「そうでございましょう。最悪の場合、住民すら死兵となりましょうぞ」
「ふんっ。いくら数を揃えようと所詮魔族、しかも武器も装備も持たぬ者ども。屠殺から実践訓練の的になりようし、何より探す手間が省けて重畳よ」
エズンがそう言うと周囲の者も口角を少しだけ釣り上げるのだった。
「となると実践訓練へと移るまでに残る障害は城門だけ、か。仔細はどうなっている、エックルト」
口角を元の位置に戻し圧力を伴った視線がエズンの隣に座っていた年若い男に向けられる。
彼はエックルト・ナール、エズン・ナールの嫡男であり、若輩ものでありながらも父に従軍した経験を持つ未来の当主候補だ。
「はっ父上。進軍路の樹木を伐採して得た木材で破城槌を作成しております。恐らく本日の正午には攻撃に使用できるかと」
「そうか。それならば完成次第破城槌を用いて城門の突破を行う。包囲部隊はそのまま城壁外で待機、突入部隊は装備の最終確認を行え」
エズンの言葉にテーブルで顔を並べる全員がコックリと満足気に頷くと、自分たちの隊に会議内容を伝えるべく足早に去って行った。
父子以外が去った天幕で、1つ溜息を吐いたのはエズンだった。
「ご苦労であったエックルト。ただし、この場では総司令と呼ぶように」
「はっ!申し訳ございません父上!あ、いえ総司令!」
エズンはまだ頼りない息子を見て説教の一つでもしたくなるが、この後すぐに作戦行動に移るため注意に留める。
「よいか、お前はいずれ私の後を継いでナール家を率いる立場になる者。このような些事で躓いてはおれんのだ」
「はっ……」
俯く息子にまた苛立ちを覚えるが、ここで更なる追及をしても作戦を遅らせるだけで何の効果はない。
「……まぁよい。お前にはこのまま攻城部隊の率い城門突破を指揮せよ。そしてお前自身の手で領主の首を獲ってこい。白兵戦となるがナール家の跡継ぎたる者、やってもらわねば困る」
「はっ!お任せあれ父上!」
堂に付いた敬礼をしてから勇み足で去り行く息子に再び溜息がでるエズンであったが、すぐに視線は手元にあった1枚の文書に移す。
そこには輜重部隊を率いる自身の娘から届いた、1人の騎士がそちらに向かうと書かれていた。
時を同じくして包囲された街の中では、混迷を極めていた。
軟弱者と誹っていた人間の軍隊が今や町を包囲している、それだけでなく城壁を守っていた仲間たちが物言わぬ骸へと姿を変えたことも大きく影響している。
既に守備隊の半数が死傷し投石機も壊されたこともあり、住民が総出で空き家を解体し城壁上に打ち捨てられた矢を決死の覚悟で回収している始末。
元々100人ほどの守備隊で1万人超の軍隊を退けるのが無理な話ではあったが、奇跡の勝利を願うことすらも厳しい状況へと変貌していた。
そんな町の中央に建つ領主館の一室で、人間側とは対照的な総司令官が頭を抱えていた。
銀色で腰ほどまでに伸びた髪に柔らかそうな獣耳、切れ目な目を持つこの男性はキセトの町や周辺のいくつかの村を治める領主サミュス・カストルムその人である。
サミュスは亜人種の中でも珍しい妖狐族であった。
妖狐族は特に火属性の魔法を得意とした長命種であり、外形的な特徴として少しばかり細長い獣耳と銀色の髪、そして持った能力によって数を増やす尻尾を持つ。
尻尾は最大で9つまで増え、カストルム家の口伝では家祖は九尾と言われ数多の人間を圧倒してきた伝説的な人物であると言う。
しかし家祖以来、戦乱が遠のきつつあったこの地では尻尾を増やすことは叶わず、代を重ねるごとに確実に戦闘力は落ち込んでいった。
サミュス・カストルムその人も、ここ数年で領主になったばかりの新人であり尻尾は2つしか生えていない若輩ものだ。
そのためサミュスに献身的に従う者は少なく、元から協力という概念が希薄な亜人種の有力者たちを纏め上げるため、わざと傲慢な対応を取り威厳を維持しようと考えていた。
だがキセトの町に人間の軍が迫るとの情報が斥候から齎されるや否や村へと引きあげていったのだから、その結果は明らかだろう。
故にこの一室には頭を抱えるサミュスしか居らず、たった1人で人間の軍隊を撃退する方法を考えなくてはいけない。
いくら天才軍師でも匙を投げるこの絶望的な状況に、果敢にも新人領主は立ち向かっていた。
「門の前に兵員を集中させよ。それ以外は見張りのみでよい」
「大通りにバリケードを設置し強固な陣地を築け。住民を総動員せよ」
「空き家リストはここにある。この家を優先的に解体し武器にせよ」
サミュスからは矢継早に指示が飛び出し、それを聞いた兵士が方々を駆け回る。
住民たちも自分たちの居場所を守るため積極的に協力してくれるが、それでも今の状況は焼石に水だ。
だがそれでもサミュスは対策を講じなければならない。
町民たちの居場所を守るため、受け継いできた町を守るため、そして去って行った有力者たちが援軍を引き連れ戻ってきてくれる一縷の望みのため。
そんなサミュスが縋りつくほど欲した援軍は、思いもよらぬところから思いもよらぬ形でやってくることになる。
同時刻、とある森では鳥が小枝に止まって囀り温かい朝焼けが地面を温めていた。
誰しも体温を温め束の間の日光浴を楽しもうとするが、鳥たちは僅かな異変を感じ飛び立つ。
遮る者が消え地面が朝焼けを独占するかと思われたが、その地面を踏みしめる音だけが鳴り響いてきた。
姿形はどこにもないのにただ足音だけは聞こえてくる異様な雰囲気が、突如として止む。
「……了解。ミラージュ解除、全員体調を報告しろ」
男の声が響くと同時に何もなかった空間から、突如として様々な装備を身にまとう者が姿を現した。
先頭は燃え盛る火より出てきたような黒鉄色をしたフルプレートアーマーと中盾を構えるオウキで、その横には森の中にいるとは思えないほど薄着のシーラ。
そしてオウキの後ろには、鈍い光を放つ胸当てを付けた鬼人族と子どもに見間違うほど小さくとも立派なフルアーマーを身に着けたハーフゴブリンが並んでいた。
たった20人とは言え斥候の目を掻い潜って来れたのは、オウキの持つミラージュ石のおかけだ。
ミラージュ石はパーティーメンバーに一時的に透明化を付与できる道具で、気配や熱遮断すらできないためもっぱらお遊びアイテムとして用いられていた。
だがそもそも気配や熱探知ができない者からすれば完全隠蔽であることに違いなく、オウキたちの行軍を完全に隠してくれた。
「『ヘレン、町の様子は?』」
『ん~人間が周りにいっぱい!あと木の車みたいなものが動いてるー!』
空で偵察任務に就くヘレンも透明化の恩恵を受けており、人間側は気づかぬ間に全てを丸裸にされてる。
『了解。そろそろあいつもこの戦場に来る。そうなったら作戦開始だ』
『分かったー!!』
オウキは魔法通信を切ると、一息入れてから振り返った。
「作戦開始はまだだ。お前達には名いっぱい暴れてもらうからそのつもりで準備していてくれ」
まだ隠密中だから返事こそ聞こえないものの、鬼人族もハーフゴブリンも戦意は十分である。
ただ1人オウキの姿を見て笑みを零していた。
「……なんだシーラ」
「いえ、オウキ様のその装備は久しぶりに見たなぁと思いまして」
なぜシーラがオウキを見て笑っているのか、理由は簡単であまりにも過剰装備であるからだ。
ジリト王国の兵士が身につけているのは鉄装備、指揮官レベルでもその1つ上の鋼程度だろう。
しかしオウキが今身につけているのは鋼の更に3つ上、しかも普通の防具とは違って近接戦闘能力に特大バフを付与する防具なのだ。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすどころの話ではない、獅子が兎を狩るためミサイルやら機関銃など近代兵器を装備するレベルで過剰すぎるのだ。
「仕方ないだろ。こうでもしないとエフィーもオルクスも前線で戦うことを認めてくれなかったんだから」
「そうですよね。私もエフィーから言われましたよ。傷1つ許さないって」
シーラは笑っているが、オウキからすれば過保護すぎる部下にうんざりしてしまう。
そも装備がなくとも圧倒的なのに、強力な範囲攻撃を持っているから連れて行きたかったドーシュよりも死んでなかったら治せるシーラを連れて行かざるを得なかったのだから、その過保護っぷりは明らかだ。
「はぁ……まぁいい。それじゃあ伊作戦通り、ヘレンが見つけた司令部候補をしらみつぶしに確認していくぞ」
「は~い」
呆れる男と気軽な女、とてもではないが今から戦場に向かうとは思えない集団である。
だがこのキセトの町を巡った戦いの勝敗は、間違いなくそして確実にこの集団の手に握られていた。
ちょっとマシになったので更新。
来週と再来週また体調不良により突然更新が途絶えるかもしれませんので、予めご了承のほどお願いします。
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