05 過去から来た婚約者?
二学期が始まり、いつもの様に図書室で過ごしていると、見慣れない女の子が近寄って来ました。当然のようにポールが間に立ち塞がると、横から顔を出して、
「ミッシェル様ですよね?私、婚約者のアリータです。」
と言い出しました。婚約者なんて聞いてません。私より少しだけ大きいようで、立ち上がっても目線が上に向きます。顔は、吊り目がちの美人系?なのでしょうが、ウーン大人っぽい?私は小柄で童顔ですから年上に見えますし、私の好みとは違います。
「ミッシェルは私ですが、私に婚約者はおりません。人違いですよ。」
と告げて、読書に戻りました。私達の間にはポールが居ますし、私が拒絶の態度を取ったので、それに見合う対応をとってくれる筈です。まぁ家名を名乗らない位ですから礼儀も学んでいないのでしょう。相手にしない方が正解な気もします。
遠巻きで見守る生徒達も居ましたが、その奥で司書の先生も様子を伺っていそうです。これ以上の騒ぎにならなければ良いので、無視を決め込みました。
ポールの向こう側から何か話し掛けていたみたいですが、ポールに阻まれて去って行きました。司書の先生に何か言われてますね。もっと早く対応してくれても良かったのですが。読書後、図書室を出ると、そこで待っているなんて思いもしませんでした。
「ミッシェル様、私の事を聞いていらっしゃらないのですか?」
「私に婚約者はおりませんし、許婚が居る話も聞いた事が有りません。私は初対面でこの様な不躾な態度を取られる事を不快に感じています。もう、宜しいですか。」
身近な人の紹介でも有りませんし、一方的な言い掛かりに近いので、気分が悪くなりました。ポールに壁になってもらっているうちにさっさと帰りました。
「お祖父様、今日図書室で私の婚約者を名乗る見知らぬ女子生徒が居たのですが、心当たりはございますか?」
夕飯の席で聞いてみました。お祖父様もキョトンとした顔付きになってましたが、話を聞いていたお祖母様が少し考え込んだ後に、
「もしかしたら、キースの婚約者だった家の親戚か何かかしら?そう言えば、確か、あの家の跡取りの子供にミッシェルと同じ位の娘が居たと思うわ。でも、あの子が他界して、キースも亡くなってしまって、とっくに縁は切れている筈よね。」
と考えながらおっしゃいました。それを聞いたお祖父様も、
「ふむ。ミッシェルに縁談など来ていないぞ。ケントも受けてはいないだろう?」
「お父様に報告連絡相談しない訳が無いでしょう。ミッシェルの縁談は侯爵家の縁談に繋がるのですよ?」
やはり、あの子の勘違いだったのですね。ホッとしているとお父様が、
「その子はなんと名乗ったのかな?」
と聞くので、ちょっと思い出しながら、
「確か、家名を名乗らず、えっと、アイーダだったかな?名前だけを言っていたと思います。ポールに聞けば正解に分かると思いますよ。私は読書中に唐突に話し掛けられて気分を害して、覚えようと思いませんでしたので。あ、アリータと名乗ったような気もします。」
と言うと、3人に笑われてしまいました。お祖母様が、
「そのアイーダさん若しくはアリータさんとやらは、ミッシェルの好みでは無かったのね?」
と聞くので、
「私より大柄で、吊り目の大人びた?顔立ちで、年上っぽいので、個人的には無しだと思います。私は出来れば私より小さくて、守って上げられるタイプが好みです。」
と真面目にお答えしました。まぁ、あんな人が本当に婚約者だったら、チェンジをお願いしますよ。
翌日学校に行くと、ポールだけでは無く、ファッブルまで私を待っていました。二人に挟まれて教室に行くと、
先生に連れられて彼女が教室に入って来ました。王都の学校から転入して来たのだそうです。
「アリータ・ゴンチャロと申します。ミッシェル様の婚約者として此方に参りました。」
と自己紹介を始めたので、咄嗟に立ち上がり、
「侯爵家としてその様な事実は有りません。良い加減な言い掛かりを付けられては迷惑です。昨日も一方的に言い寄られたので、この事は家族にも確認済みです。今後、この様な戯言を吹聴しない様に、固くお願いします。」
と断言しました。キース伯父さんの婚約者だった人の家名を名乗りましたが、私とは無関係です。因みに、キース伯父さんの婚約書も確認しましたが、家同士の婚約では無く、本人同士の結び付きで結ばれた物でした。
キース伯父さんが学生の時の恋人で、伯爵家だったので問題無く結ばれただけだったのです。家同士の結び付きが無かったので、相手のお嬢さんが亡くなったのでそれきりになり、連絡を取り合った事は無かったそうです。
私が静かに、でも確実に言い切ったので、彼女は泣き崩れてしまい、先生に連れられて教室を出て行きました。残された私は取り敢えず、昨日の図書室での遣り取りと家での話し合いを簡略に級友に伝え、彼女の勘違いでしか無い事を宣言しました。
彼女が戻らないまま放課後になり、私は先生に呼ばれて教員室に行き、騒動の説明をしました。彼女の家がどんな意図で今回の騒動を引き起こしたのかは想像も付きませんが、私や我が家には良い迷惑です。
「まぁ、あまり有り得ない事だが、態々転入までして来たのだから、このままで済まないかもしれない。王都の伯爵家と言うプライドも有るだろうし、侯爵様にもよくよく伝えておいて欲しい。」
と言われて帰されました。二日続けて彼女の話題をしなくてはいけないので、私は食欲が半減です。
「彼女はアリータと名乗ってました。同い年だったみたいで、今日、私のクラスに王都から転入して来ました。そして自己紹介でいきなり私の婚約者を名乗ったので、間髪入れずに否定したところ、泣き崩れてしまい、今日はそのまま泣いて帰ったそうです。
えっと、伯爵家の令嬢だそうです。家名はゴンチャロだそうで、昨日聞いたキース伯父様の婚約者の家名と同じでした。」
とげっそりとした表情のまま告げると、3人とも驚いてました。気を取り直したお祖父様が、
「取り敢えず、ゴンチャロ家には苦情を申し入れて置く。ミッシェルは今後も気を付けて行動しなさい。」
「キースが入院した時にも、亡くなった時にも来なかった癖に、今更何の言い掛かりを付ける気なのでしょうね。良く調べてみるわ。」
お祖母様は少し怒り気味の口調です。キース伯父様はお元気だった時には亡くなった婚約者の墓参りを欠かさなかったそうですが、ゴンチャロ家はその方の墓参りですらサボっていた様です。
お父様は彼女が王都の学校から転入して来た事が気になっているようで、
「もしかしたら、この前のトマス騒ぎでミッシェルが侯爵家の跡取りになった事を知って、侯爵家とまた縁が繋げると乗り込んで来たのかもしれないな。
ミッシェルが子爵家の生まれなので、伯爵家の方が上だから言い切れると思ったのかもしれない。
ミッシェルの印象では上質な子とは思えないし、キース兄さんには悪いが、ゴンチャロ家は余り良い噂を聞かなかった。王都でなんか遣らかして無いと良いな。」
と、薄っすら笑っています。父様の笑顔、怖い。これって、なんか遣らかしているって言ってませんか?
昨夜連絡を受けた二人にケビンを加えて家まで迎えに来てもらって登下校する事になりました。当然ですが学校にも連絡は行っていて、彼女の席は真ん中の一番前。先生の目の前が固定になりました。私達4人は一番後ろで離れています。今回の騒動が落ち着くか、彼女が王都に戻る迄はこの体制で決まりました。
自業自得とは言え、知らない人ばかりの中、衆人環視の中で過ごさないといけないなんて、私だったら一週間と持ちませんけどね。どれだけ頑張れるでしょうか?
お祖父様がゴンチャロ家に出した苦情が効いたのか、彼女はその後1ヶ月も経たないうちに、また王都の学校に戻って行きました。
お父様が入手した話に依ると、彼女は王都で婚約破棄の騒ぎをしていたらしいです。表向きは相手の子爵家がゴンチャロ家との約束が果たせないので、彼女との婚約が解消されたのだそうです。が、実際は彼女の言動が問題で婚約者の令息が神経衰弱になり、改善を求めたところ、一切応じなかったので破棄されたのだそうです。
そこで噂になりそうだった時に、たまたまトマスがミッシェルを使って威張った事が面白く無かったトリトーンが大騒ぎして、侯爵家にアリータと同じ歳の跡継ぎが出来た事を知り、キース伯父さんと繋がりがあった事を思い出して、全部マルっと収まる?案を思い付いた伯爵に送り込まれたのだそうです。
話としては、娘とキース伯父さんの純愛を受け継ぐ為に、孫と子爵家との婚約を解消して、侯爵家と婚約を結び直した。という事らしいです。ゴンチャロ家には都合の良い話なのかもしれませんが、私や侯爵家にはかなり迷惑この上無い話です。
根回し処か此方に挨拶一つも無くアリータを送り出して、上手くいくと思っていた事が不思議ですが、嘘を宣言した後、噂話だけで既成事実になると思っていたらしいです。
考えが足りないを通り越して、無さ過ぎとしか思えませんが、それだけの家だったのでしょう。金輪際関わりたく有りません。
お祖父様もお祖母様も怒り心頭だったらしく、ゴンチャロ家に、甚だしく精神的に多大なる被害を被ったとし、多額の損害賠償を求めたそうですし、お祖母様の王都のお友達にこの話を詳しく伝えたそうです。社交界で話は広まり、ゴンチャロ家は問題の有る家と周知されたそうです。
突然降って湧いた迷惑話はこうしてさっさと幕を閉じ、その後は平和な学校生活を過ごせました。




