第ニ幕/第三話/②《声》
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BGM: https://on.soundcloud.com/MBjviuWdYp4XrKKG8
一話:尾生之信…約束を守りぬくことのたとえ。または、正直すぎて機転のきかないことのたとえ。
二話:気炎万丈…燃え上がる炎のように、他を圧倒するほどの意気込みのこと。
三話:名声籍甚…よい評判が世の中に広く知られるようになること。
四話:和衷共済…心を合わせて協力して物事を行うこと。
(引用元・四字熟語辞典 https://yoji.jitenon.jp/)
何度繰り返したことだろうか。メン、ドウ、スネ、コテ……どこをどう打突しても有効には程遠い。
ただ消費するのは体力と時間のみ。相手の自由奔放な動きに翻弄されるばかりで手も足も出ない。
「さぁ、課外授業の始まり始まりぃ〜」
ーーばんっ! ばばんばんばん! はいーや! っすぃ! っすぃ!
ウーディエの動きに合わせて会場の速度が変化する。三線に合いの手、沖縄の大地を味方につける彼女への声援が
鳴り止まない。完全にアウェーだ。このまま敗けてしまっては副キャプテンに合わせる顔がない。
この現状、なんとしてでも打破せねば。
「自分に合わせろ」って、押し付けるだけじゃダメだ。それじゃお互いの要求が打つかるだけで勝利へは辿り着けない。互いに理解し合え。自分の特徴を表に出すんだ。
(ハク先輩の短所は相手の観察に慎重過ぎるとこ。その所為で立ち上がりの一本を取られてまうことが試合でよくある)
(カスミちゃんの短所は一手二手、先を考える前に体が動いてしまうところ。相手に誘いまれて一本を失うことが多い)
ならばそれを加味して。
ハクが飛び出す。その動きを目で捉えた後、反射神経に身を任せて打突を繰り出すカスミ。攻撃のリズムが合うことで、今まで自分勝手だったそれぞれの判断がより合理性を増す。
「おっ」
それでもまだ余裕の表情を保ちながら切先を避ける朱髪の少女。これじゃまだ届かない。これじゃあまだ足りない。
求めるのは、もっと先。弱点ではなく強みを。
(逆にハク先輩の長所は、深い洞察力から成る的確な攻撃)
(逆にカスミちゃんの長所は、身体の柔軟さと展開の速さ)
ならばそれを加味して。
ハクが飛び出す。打突そのものは軽く、出来るだけ多部位に渡って繰り出す。
その入れ替わりでカスミが動きを真似る。ダンスの振り付けを覚えるように。
三撃目を再びハク。今度は少しリズムと打ち方を変えて。
更に連続する四撃目、そこにほんの少しの変化が生まれる。
(右ドウ、右スネ、一歩踏み出して右スネ!)
二人の視線が交わる。他の誰にも見えない、無色透明の指針が繋がる。視えるのだ、叩くべき敵の隙が。
飛び出したカスミ、その海図通りに薙刀を振るう。
右ドウ、右スネ、一歩踏み出して再び右スネへ打突。
(そこで相手は右足を折り畳み片足立ちに。狙うは)
二発目までを柄部で受け止めていたウーディエが、予想通り三発目を避けた。
ほんの一瞬に生まれた僅かな隙間。
「スネ!」
左奥、脹脛の内側。
「うわッ!」
思わず叫んだ沖縄少女、咄嗟の判断で石突を地面に叩きつけるとそれを軸にぐるんと宙を舞う。
惜しかった。あと一歩のところで獲物を逃した。
「くそっ!」
舌打ちをする一年ウルフヘアガール。
個々のパターンは読めても動きが独特過ぎる。どれも予想の範疇を超えるもので全てを網羅するのは難しい。
「はぁっはぁっ」
攻め続けた結果、体力の消費が激しいのはどちらだったか。答え合わせをするまでもない。
これ以上は連携が繋がらない。頭に描く動きまで体が付いてこない。
「今のはやばかったよ正直」
へへっと笑みを溢す敵将、未だに十分な余力を残しているようだ。
ごめんアラレ先輩、流石に勝てないっぽい。
力及ばず。
活路を見出せず、高三ガールに屈する寸前。
『降参』を告げる前に。
「やいやいやいやいやい!!」
会場に響き渡る誰かの声。
なんやろ?
聴き覚えのあるような……と記憶をがさがさと探ってみるカスミ。
何やら観衆の隙間から「あっすんませーん通りまーす!」とちんちくりんな台詞が追いかけてくる。
ーーじゃかじゃかじゃかじゃか!
人集りの一部分がもぞもぞと蠢いて。
いきなりソイツは現れた。
「なにをウチ抜きで楽しんどんじゃこんにゃろぉぉぉ!!」
愛武高の、切込隊長。
「「ニコラ!」」
ーーじゃかじゃん!!
三つ編みロング少女の登場に、ウーディエは白い歯を見せた。
「来たね“鬼若”」
場外乱闘・第二回戦の始まり始まり。
⭐︎
天と地が裏返った。なんて『一日中着てたシャツが裏返しでした! てへへ』と同じノリにされては困る。本当に、世界が反転したのだ。
「ギョッギョッギョッギョ!」
超至近距離から繰り出される咆哮が耳を劈く。
そう、私とミチバタは怪鳥・ヤンバルクイナの趾に捕まっています。助けて。
崖から飛び降りたはずなのに……アドベンチャー映画ならお約束の展開をガン無視して追ってくるなんて狡い。ヘタに暴れれば落下死、このまま従えば鳥の餌。
どうしよう?
「こっち見んな! オレもどうしたら良いか分かんねーよ!」
体をがっしり掴まれながら少年が喚く。
彼にも対抗策は生み出せない。加速する世界で私達に出来ることなんて、せいぜい人生を呪うくらいだ。
「ハク、シマちゃん、オオバちゃん! オヤジ、オカン、ゴンタ! みんなごめんワタシもう駄目かも!」
初めて乗った飛行機とは比べ物にならない程の恐怖。腹部を鷲掴みされ、風に靡く体が震える。やり残したことといえば、沖縄のソウルフードを食べられなかったことだ。ゴーヤチャンプル、そば、タコライス。今頃みんなはアグーでも食べてるんだろうな。あんとき買って食べてれば良かった紅芋タルト。死ぬまでに絶対、絶対食べようと思ってたのに。あぁ全てが妬ましい。
「……絶対」
食べたかったのに。
「…………絶対?」
そう、絶対。
「ミチバタ」
あれ。
私、なんで諦めてるんだ?
「……気魄や」
ここまで来て、なんで投げ出す?
「こんなバカ鳥、ぶっ飛ばせ」
徐に呟く。
「はぁ?」
遂にイカれてしまったか。少年の訝しげな目がそう訴えかけてくる。
違う、イカれてしまうのはまだ早い。
まだ諦めるには早すぎると、そう言っているのだ。
左手にははっきりと感覚がある。ずっと握っていたものが。
こんなもの役に立たないと思っていたけど、もしかしたら。
「ミチバタ、これ使って!」
叫んで、手に持っていたものを投げ渡す。
地獄遊覧飛行の最中、慌てて少年が受け取ったそれは。
「なんじゃこれ、ただの木の棒じゃんか!」
憤慨された。それも無理はない。何の変哲もないただの“木の棒”なのだから。
でもそれで終わりじゃダメだ。私を信じて。
「よー聞いてミチバタ。アンタにとって大切なもんってなんや? 大事なもの、壊されたくないものってなんや?」
「はぁ!?」
念仏のように唱える。
「誰にも譲れんもの、『絶対に守りたい』もんがあるやろ言ってみ!」
念仏と呼ぶには少し手荒かもしれない。心の奥底から叫ぶ、声を殴りつける。
その想いが伝わったのか、あれだけ怪訝な顔をしていた少年の表情が一変した。
彼は今、彼自身の心に問い掛けている。
オレにとって大事なもの、譲れないもの。
絶対に守りたいもの。
「……みんなが待ってる」
それぞれの顔を思い出す。
「セマ、ブナ、アカ、ハン」
弟たちの、妹たちの稚い表情を。
「兄ちゃんが迎えに行くからな」
死んでも守りたいと思う、その存在を強く思い描く。
その瞬間、ミチバタの握る木の棒が青色の焔を噴き出した。
何の変哲もないただの“木の棒”が可能性へと変化する。
大事なのは繋がりだ。誰かを強く想うことで切り開ける未来がある。その願いに気魄は応えてくれる。
だから信じろ。自ら選ぶ未来の行く先に希望があると。
「絶対に、帰る……ッ!」
焔は全てを覆い、全てを照らす。
「うおおおおおおおッ!」
怪鳥のはらわた目掛けて。
握る掌に全身全霊を込めて。
「いけッッ!」
突き刺す。
一瞬の沈黙。翼の風切る音とはためく衣類の羽音。
やや遅れて。
「ギョァアァァァァァァァァ!」
怪物が吠えた。
嘴をこれでもかと開いて痛みにもがく。
腹部から爆発的に吹き荒れる爆炎。
右に左にと、その巨体をのた打ち回しながら森林に突撃する。
徐々に、体を蝕む趾の感覚が弱まる。今ならきっと抜け出せるはずだ。
「ミチバタッ!」
全ては現実だと、自分に言い聞かせるように声を紡ぐ。
神様仏様、どうか私達を……いいや。
「今度はちゃんと繋いで!『はい』ってゆったら」
「分かったッ!」
お願いはしない。この運命を掴み取ったのは私達自身だから。
その想いは彼も同じみたいだ。
怪獣の唸り声を、意識の外へ弾き飛ばす。
「はいッ!」
その掛け声と共に、体を捻って飛び出した。纏わりつくような鳥類の肉感が別れを告げる。
そのまま暗闇へ姿を消すヤンバルクイナと虚空に投げ出される二人。
月夜照らす世界で右手を差し出す少女。
奈落の底へ辿り着く前に救い出してほしい。
この手を取って。
重力の呪いに吸い寄せられていく。少し怖くなってやっぱり目を閉じてしまう。
願っても羽なんて生えない、空は跳べない。
でもだからこそ、教えて欲しい。そこに居るんだと。
「アラレーッ!」
指先に伝わる感覚。約束通り、少年は繋いでくれた。
細くて小さな指が絡む。閉ざした世界をもう一度眺めて。
「……ありがとう」
私は微笑む、安堵と共に。
そして落ちゆく灯火二つ。寝静まった熱帯夜に水の跳ねる音が響き渡った。
⭐︎
今もなほ 盛る宴ぬ 獅子は舞ふ。
残り時間は約三分。それ以上は大事な祭りの進行を妨げてしまう。
身に纏うは琉装、それは沖縄に伝わる伝統衣装だとライライが教えてくれた。和装と違って全体的にゆったりとしている、その理由は沖縄の気候に合わせた作りになっているからだそうな。三姉妹に似た山吹色に紅色の襟、咲き乱るる花鳥風月が艶やかに南国を彩る。その華やかな姿をした娘の乱入に、観客達から湧き上がるどよめきの声。
「ニコラ、ずっとどこおったんや?」
隣で息を切らした同級生が尋ねる。
「……ちょっと、散歩」
犬追っかけてたなんて恥ずかしくて言えません。
それよりちょっと借りるで、と彼女の薙刀を拝借してゆっくりと会場の中心へ歩み寄る。
正面には朱い髪にお団子編み込みのハイタイ娘。
堂々と対峙する。
「お姉さん、こないにぎょうさん人のおる処でウチのダチ打ち負かして……えらいハッキリしとりますなあ」
ストレッチで体を慣らすつもりが口まで柔らかくしてしもた、堪忍やでほんま。
「……元気な人やなあ、その琉装も綺麗な柄でええねえ」
かっちーん。このウーディエとかいう三年、こっちの意図を汲んできやがった。しかも流暢に京都弁で返しやがって。てか普通に喋れんのかよ。
「よー勉強してはりますなあ。薙刀もお喋りも達者でかなんわぁ」
身も心も温まってきた。良い感じ。
「おおきに。ところでお話ししに来てくれたんどすか?」
かちかちかっちーん。マジで、冗談抜きで、ほんまにあったま来た。
…。
……。
「うるさいわボケ! シバいたるさかい覚悟せい!」
(ニコラの負け……)
助けに来たのかふざけに来たのか、思わず頭を抱えるカスミ。
そんな友人を他所にやる気だけは一丁前の特攻隊長。
唯ならぬ空気を察したのか、仕切られた赤コーンの向こう側から一部始終を見守っていた金髪三姉妹が慌てふためいている。まさかこんなバチバチになるなんて思ってもいなかったのだろう。
『さて、余興も後半戦。結末はいかに!?』
場内に響くアナウンス。互いに四メートルほど離れた位置で中段に構える。
ーー始め!
戦いの火蓋は切って落とされた。
もちろん先手はコチラから。有り余った体力を温存する必要はない。トップギアで懐に飛び込む。
防具も着けずに二対一だったとすれば恐らくルールは『当てれば勝ち』だったのだろう、やはり舐められたものだ。
だけど私にはそんなもの必要ない。
(打ちたきゃ打ってこい!)
生身だろうが関係ない。全部避けるし全部打ち返す。
その意思を読み取ったのか「そう来なくちゃ!」と言わんばかりの笑みを見せる敵兵。
初手、左メン。八相(攻撃に転じる構え)に持ち替え繰り出す打突。しかし虚空を掠める。
その後も二発三発と打突を繰り出すが、その全てを飛んだり跳ねたりで回避するウーディエ。
薙刀ってより雑技団だ、この人。
(ふーん、おもろいやん)
ちょこまかと、すばしっこい奴。
でも問題ない。
繰り出す攻撃の威力と速度と位置。それぞれの出力をランダムに弄って攻めのリズムを自ら滅裂にする。そうすることで敵は着地するタイミングや場所の選択が難しくなる。それに見つけたぞ、ヤツの癖。
同箇所二発の後に間合いを詰めて生まれる相手の隙。
その隙を突く瞬間。
今までで一番力の篭った打突を繰り出す。
「ッ!」
それまで全て避けていたコチラの切先を遂に、薙刀で受け止めた。
竹刀から鳴る音とは思えないような、鈍く渇いた衝突音。
空気に亀裂が生まれる勢い。
横一閃に伝播した衝撃にウーディエの身体が押し出される。芝生を捲りながら数十センチ。
「やるじゃん……(とんでもないパワー……まともに食らったら腕ごと持っていかれる!)」
少し感触が浅かった。ギリギリで隙狙いに勘付かれたか、ダメージの受け流しをある程度許してしまった。
それに、どうやら焚き付けてしまったようだ。避けてばっかりだったハイタイ少女の目に朱いギラギラした火が宿る。そして攻守が逆転する。カンフーみたくアクロバティックに襲い掛かる未知の打突達。観察してからでは対処しきれない。
落ち着け、全てを視野に収めようとするな。どの太刀筋に“殺意”が篭っているのか。感じろ、己の経験から成る感覚を元に。
あらゆる角度から打ち込まれる攻め手の数々。どれもが軽くて均一だ。歩兵を捨て駒にして投げつけるような、そんな打突。私が狙うべくは、ただ一点。
(来る!)
王手のみである。
明確に『仕留める』という意思の篭った一撃が頭上目掛けて飛んでくる。
再び炸裂する衝突音。激しくぶつかり火花を散らす勢いで拮抗。だが、力比べなら負けない。
ぎちぎちと、薙刀を軋ませながらゆっくり押し返していく。
この時ばかりはウーディエも眉間に皺を寄せている。出し惜しみしていた全力を互いにぶつける。
見えない世界で気迫がバチバチと音を立てて鬩ぎ合い、空気を震わした。
ここは譲れないと、向こうから押し出す力も徐々に増す。
意地と意地の勝負。なにがなんでもぶっ飛ばす。
睨み合い。
薙刀握る手に力を込め。
少しずつ、少しずつ押し退けて。
朱髪少女に浮かぶ額の汗。
「くッッ!」
やっと彼女の呻き声を聞けたと、手を叩いて喜ぶ間もなく。
その時はやってきた。
『やめっ!』
試合終了のホイッスルが鳴り響く。
互いを押し出して距離を取る二人、それでやっと場の緊張が解れた。
「はは、そんな華奢な身体のどこにそんな力が……」
ふーっと息を吐いて己を整えるウーディエ。その顔にはやはり薄らと笑みが浮かんでいる。
「そっちこそ」
へへ、とこちらも笑顔で返してみる。
惜しくも一本には繋がらなかった。
やはり沖縄代表キャプテンとだけあってその技量は段違い。生半可な覚悟で挑む相手ではないと今一度心に刻む。
きっと明日、本試合でこの人と打つかるのはウチの副部長だ。私の相手はあの三姉妹の誰か。
思えばあの娘たちだって未知数。どんな薙刀を仕掛けてくるのかは全く予想できない。
それでも。
((明日が楽しみ!!))
向こうだってそう感じたはずだ。
好敵手と呼ぶに相応しい、骨のあるヤツ。
いかんせん燃えてきた!
のは良いとして。
「でも残念、ワーから一本取れなかったので罰ゲーム!」
「えっ」
何の話? 罰ゲーム?
聞いてないんですけど。
突如現れたペナルティのお知らせ。慌ててカスミへ振り返ると、掌を合わせて「ごめん」のポーズ。なにそれ知らない知らない。ハクは極力目を合わせぬようにそっぽを向いている始末。
では、お三方の罰ゲームは……。
こうして幕を閉じた場外乱闘。試合に関しても怪狐との戦闘に関しても、学ぶことが多かった一日だった。
連携と基礎体力と、より自由で高度な薙刀術。もっと稽古が必要だ。
よし、頑張るぞ!と握り拳を作るニコラの隣で。
「アンタらさー、何で白塗りなわけ?」
眉を顰め路傍の変質者を眺めるような目で訴えかけてくるチヅル。
葵祭同様、顔面を真っ白に染めた京都娘三人が口を尖らせた。
ーー罰ゲームは“チョンダラー”の刑! それでホテルまで帰って下さーい!
手を振って別れを告げるウーディエの顔を思い出すと未だに腸が煮え返りそうだ。絶対許さん。
京太郎とはピエロのような見た目でエイサーに混じり観客を盛り上げたり踊り手の指揮を取ったりする人のこと。顔面だけ色を変えた三人の少女を不思議な表情で見つめ通り過ぎる人々の視線が刺さる。
「沖縄まで遥々やって来て、やる事が白塗りかウチらは……」
肩を落として俯くカスミ。
「並んで歩くのヤダわー」
公園の屋台で買ったかき氷を片手に帰り道を行く一同。先生は歩くのが怠くなったのか、途中でタクシーを拾って
走り去ってしまった。と言っても別に置いて行かれたわけではなくて。
「はぁ……強かったなあ」
たまには夜に黄昏てみたい年頃なのだ。月夜照らす世界でむしゃむしゃとかき氷を頬張りながら。
明日のことを思い描く。
勝てるのかな、ウチら。
なんて心配するほど時間の余裕もないけど。
思わぬ強敵との出会い。それにあのウーディエという人間は“怪狐”と口にした。何故そのことを知っているのか。
明日、全てをぶっ倒してハッキリさせる。負け犬の遠吠えとは言わせない。
「カスミちゃん」
「ハク先輩」
歩道の上で目を見合わせる二人。
積もる無念の色は同じ。
後輩に、同級生に見せ場を持っていかれたとなれば黙っちゃいられない。
いつの間にか伝染していたようだ、彼女の負けず嫌いが。
「ホテルまで走るよ」
だって居ても立っても居られないだもの。その場限りだとしても、突貫工事だとしても。
ゴミ箱に食べ終えたカップを押し込んで、二人は腰を低くする。
「よーい」
その異変に気付いたニコラがそれぞれを交互に見てひたすらに困惑している。
「どん!」
そんな少女を他所に、大敗の悔しさを胸に刻んだ少女達が走り出した。
「えぇ!? 待ってぇ〜」
かき氷が速く溶けてしまったのは、気候の所為だったのか、それとも掌から伝わる熱の所為だったのか。
心を囲っていた氷山が、音を立てて崩れたような気がした。