第ニ幕/第二話/①《気》
第二幕:火と愛、乱闘
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BGM: https://on.soundcloud.com/MBjviuWdYp4XrKKG8
一話:尾生之信…約束を守りぬくことのたとえ。または、正直すぎて機転のきかないことのたとえ。
二話:気炎万丈…燃え上がる炎のように、他を圧倒するほどの意気込みのこと。
三話:名声籍甚…よい評判が世の中に広く知られるようになること。
四話:和衷共済…心を合わせて協力して物事を行うこと。
(引用元・四字熟語辞典 https://yoji.jitenon.jp/)
「人いっぱい……!」
空港というかもはや街。ブランド店もファストフード店もなんでもあるじゃないか。天井は恐竜が飛んでも余りあるくらい高くて、植物や広告ポスターなんかも相まってどことなく海外ぽさを感じる。ターミナルは国籍問わずたくさんの人で溢れかえっており、時折聞こえるアナウンスも多種多様な言語でグローバルを間近に感じられる。そんなJAPANのフライトを担う国際空港へと、“薙刀部近畿代表”である一同は足を踏み入れていた。
「腹拵えするか?」
チラリチラリ。
我慢出来ないのか、それでもいつもより控えめな声色で呟く副部長。隣を行く同級生に横目で何度も訴えかける。
「その前に飛行機確認せんとなぁ」
重たいキャリーケースを預けたら、次は財布やチケットなど忘れ物がないかどうかチェック。それからどの便に乗ればよいか飛行機の把握。あ、発着予定時間だけじゃなくて便名をしっかりメモっておくことが大事。もし時刻にズレが起きた時慌てないようにね。ここら辺を前もって確認しておかなければ思わぬアクシデントに引っ掛かるので御用心だ。
「ハク“オンニ”がいると心強いですぅ
背後について歩くマンネ二人は先輩に尊敬のまなざしを向ける。
電光掲示板でターミナルや時間の再確認をする少女たち。
「時間あるし朝ごはんでも探しに行くかぁ」
欠伸一つと共にそう告げるチヅル先生。ちなみにこの人は顧問であっても部員達を束ねてフライトの時刻確認をすることはなく、あくまで完全にバカンスのスタンスで足を運んでいる。最低限のやるべき事以外は全てハクに押し付けているどうしようもない大人なのだ。
次に向かうは三階、改装されたばかりのフードコートがあるらしい。ロビーを後にし下の階へ降りようとエスカレータへ向かう、その途中でとある人物と出会う。
「やっほー」
「あ、リサ!」
ニコラと同じくらいの長身にスラリと長く伸びた手足、黒髪ロングに光る綺麗なおでこ。まるで白鳥のような女の子が声をかけて来た。ニコラ達が大阪で戦った相手でありカスミの親友である。リサと呼ばれた少女は「あっ」と何か思い出した様子で体を少し横にズラす、その後ろには。
「あれ、バラちゃん」
黒髪に金色のメッシュ、コーンロウ……ではなく今回は普通にポニーテールで身長差の激しいもう一人の少女が顔を覗かせた。なんだか少し恥ずかしそう、顔を赤くしている。
「見送りに来たったぞ」
これ差し入れです、と大きな袋を二つ顧問に手渡す長身少女。
「食欲旺盛な方がいらっしゃると聞きましたので。めっちゃ美味いたこ焼きと飛行機ん中で食べれるお菓子持ってきました」
おお、たこ焼き……!と目を輝かせたのは近畿代表校の副部長さん。
今にもプラスチックのパッケージを引き裂いて全員分食い散らかしそうな勢いだ。
そのやり取りを遠目に眺めながら、気が利く一年生だなーウチとは大違いだと感心するチヅル。
それから改めてリサは親友の方へと体の向きを変えた。
「元気してた?」
それに対してカスミは少し照れ臭そうにしながら頭を縦に動かした。
お互いメッセージでやり取りしてるから近況は理解しているのだが、直接会うのは一ヶ月ぶりくらい。大阪での一戦に居合わせたせいで彼女も軽傷を負ったと聞いたが何も問題はなさそうだ。でもその表情は少し雲行きが良くない。いつものリサみたいな元気が足りないのだ。
「カスミ、ホンマに大丈夫?」
答えは簡単だった。彼女は親友のことが心配で仕方ないのである。
余計な心配かけてしもうたなぁ。
不意に、ウルフヘアの少女はリサの右手をパッと握った。
「覚えてる? ウチのことこうやって、助けてくれたん」
きっと覚えていないだろう。なんてことない日常のなんてことない一場面だったから。
記憶は遠くなっていくけど、こうして体温と共にはっきりと伝わってくる。
あの日の彼女の震えもちゃんと。
「今度はウチが守る。大切なもん全部」
初めは戸惑いの表情をしていた長身少女の、黒い大きな瞳がきらりと光った。
想いはきっと伝わってる。
「ひとつ聞かせて……今はもう独りじゃない?」
ーー孤独と共に生きてきたあなたが可哀想だったからじゃない。
出逢ったのは偶然だけど、惹かれあったのは必然だ。
背後に映るカスミの“仲間”の姿を捉えてリサはそう尋ねた。
「独りじゃない」
断言できた。自分でも不思議なほどにはっきりと。
きっとそれが一番の心配事だったのだろう。友人が、周囲から爪弾きだった私がまた誰も居ないところで澱むんじゃないかと。だからニコラやアラレ先輩やハク先輩の顔を思い浮かべて大丈夫だと胸を張って断言した。
「ならオッケー」
小さく頷き微笑む黒髪の少女。
「帰ってきたら、もっかい勝負な」
白い歯を見せて咲うリサの顔は無邪気で、だけど凛とした優しさも混じっていた。
「ええよ。帰ってきたら第二幕といこうやないの」
決勝の借りは絶対返すからな、そう言い残し飛び去ってゆく彼女の後ろ姿はまるで。
⭐︎
「怪我大丈夫なん?」
柄にもなくそんな心配をしてくれるのは、かつてジュニア大会で同じ敵と戦った同士であり決勝でボコった相手チームのバラちゃん。かく言う彼女も頬に貼った大きめの絆創膏が肌色ながらに目立っている。
全然だいじょーーぶぅ!と変顔しながら元気よく返しておく。
そしたら「心配して損したわ」と真顔で愛想を尽かされてしまった。
右肩を襲ったタマモノマエの牙に加え謎の襲撃者から受けた掌の傷。あれから三週間ほど経った今日だが、怪我の治りは早い方らしく今は包帯を巻いてなんとなく過ごしている。若いって素晴らしいと思った。ちなみに病院では安静を診断されたが聞かなかったことにしている。
「ずっと薙刀やってきて、今度こそ追い越したやろと思ってたのに……そんな事なかったわ」
金髪の混じった長めの前髪を揺らして視界を遠くへ向けるバラちゃん。ため息を吐くようにそう呟いた。
そのあとすぐに向き直って「別に負け惜しみちゃうからな?」と釘を刺してくる。少し沈黙が泳いだ。
「まぁワイが言いたいのはな、そんな事やなくて」
普段あまり口にしないような言葉を紡ぎ、邪魔する羞恥心を押し殺して
「頑張れってことや! 期待しとるで“エース”ニコちゃん!」
そう叫ぶと、絆創膏まで赤らめながら少女は走り去ってしまった。またもや背の高い少女の背後へと隠れてしまう。
なんや分からんけどおおきにぃ……と妙に間伸びした返事が空を舞う。
にしても。
エース。
エース?
エースってなん?
聞き慣れない言葉だった。
いや、聞き慣れないというより言われ慣れないと表現するのが正しいかもしれない。
野球でいうところの先発投手、サッカーでいうところの点取屋? チームで一番つおい奴のこと? エースという立ち位置があまりピンと来なかった。自分が目指しているものは“チームの皆を勝利へ導く選手”であって、それが“キャプテン”という存在だと認識している。
でもエースって?
停滞してしまいそうな、そんな馴染みのない思考がキャリーケースを運ぶベルトコンベアと同じ速度で流れる。しかし、忙しなく人の行き交う空港ではそんな立ち往生は許されない。
「ニコラ置いてくで!」
エスカレーターを登り始めるカスミちゃんと他の皆が手を振っている。
すんませーん、と手を振り返してその後を追う。
(でも)
中断された思考の中で微かに。
(エースって響き、悪くないかも)
小さな新しい新芽が芽吹いた。
⭐︎
ここの旅館の女将は少しだけ気が早いのか、八月のカレンダーが既に取り替えられていてどこにもない。例年通りならこの時期でもまだ暑い暑いってエアコンに片手を伸ばすのに、今年の気温はどうも変だ。
にしてもせっかくの遠征、せっかくの遠出。やっぱり旅館に来たなら温泉を楽しまなければ。
そう思い立ってはや三十分。いうほどデカいわけでもないはずの建物内をあちこち練り歩くのは右目下のホクロが色っぽい黒髪ツインテールの少女。風呂に入るからってスマホを部屋に置いてきたのも良くなかった。
「あの、おフロってどこあります?」
何度か従業員の方に尋ねてやっと辿り着いた。
フルーツ牛乳やサイダーの入った自販機があり、ちょっとしたお土産も陳列された空間。
あ、あの黄色パッケージに鳥おる奴、ニコちゃんが食べたい言ってたやつや。
あとで買って帰ろうと思いながら真っ直ぐと歩き続け。
目先の通路、その奥にある暖簾が目印だ。
(わーい)
待ち侘びた温泉が目の前にある。ツユヒは暖簾の色など気にも留めずにひたすら我が道を行く女だ。
「え」
そしてそれが仇となる。
「え?」
入り口でその人物と鉢合わせてやっと気づいた。
ここは男湯。状況を理解しようと後ろを振り返ればなるほど、暖簾は青色に染まっている。
それよりもツユヒの脳を乱したのは。
「コサメ、ぇ先輩!?」
風呂上がりなのか、まだ少し水滴の輝く上半身裸の男が目の前にあったからだ。
⭐︎
「ぐっもーにんれでぃえんじぇんす! うぃーあーなうれでぃふぉーでぱーちゃぁ!?」
「あの、もう少し静かにね?」
キャビンアテンダントさんが英語でアナウンスを始めたら、それは離陸の合図だ。
シートベルトをカチャカチャさせながらその放送を真似するアラレの目が泳ぐ。完全にハイである。座席をチェックして周る乗務員のお姉さんに嗜められる姿を見て、チヅルはなるべく連れだと思われないように窓の向こうの蒼空を眺めた。
(お、動いた)
滑走路をゆったりと進み始める飛行機。段々と助走をつけながら速度を早めてゆく。
音の周波数も上昇を始め、遂に機体が宙を浮く。体全身に被さる地球の重力。
「ぶゔぃ」
その押し潰されるような衝撃に黒髪ポニーテール少女は踏まれたフグみたいな声を上げた。
みるみるうちに高度は上昇し、あっという間に我々は雲の上。青い世界が目一杯広がる。
「おお……!」
その景色にニコラもカスミも釣られて感嘆の声を漏らす。
先生邪魔、と窓際に頬杖をつく顧問押し退け隣の黒髪三つ編み少女がスマホのカメラを開く。
「センセーも撮りましょうか? はいチーズ、ぱしょッ」
「イヤいいよ別に……」
ダル絡みする生徒にウンザリした様子のギャル教師。朝からこのテンションはしんどいって。
目的地までおよそ二時間程のフライト予定。
その四分の一が過ぎたところでようやくアラレのテンションが平常に戻り始めていた。
ニコラ『ちょっとアラレ先輩強ないですか?』
このまま何もせずに待機するのはとても退屈なので、四人は飛行機の中で出来ることを予め考えてきた。
横一列に並ぶ愛武高校薙刀部の一同は揃ってスマホを持ち寄り“ロードファイター7”と名乗るアプリを開く。
最近ウチの部内で密かに流行しているアプリだ。元々は某有名メーカーの機種でシリーズが発売されていたが携帯にも移植された。内容は平たく言えば格闘ゲーム、いわゆる格ゲーってやつだ。キャラクターを操作してサシで戦うといった内容。主に本気でハマってるのはニコラとアラレのみである。
「くッそがッ……!」
にしても勝てない。キャラもキャラコンも関係なく、戦績は副部長がトップ。
お互いチャットアプリで会話しているというのに、窓際の方から時々搾り出すような呻き声が届く。
ハク『私もこういうのでアラレに勝ったことないんよね〜』
それもそのはず、アラレは同シリーズの大ファンで新作の7が発売されるよりずっと前から格ゲーにのめり込んでいたのでまず歴が違う。このゲームにはオンライン対戦があって、ランクが存在する。上位1%を占める“ヒーロー”その下に“マスター”、“ゴールド”、“シルバー”、“ブロンズ”と並ぶ。そして現在アラレはマスターランク。最強プレイヤーに片足を突っ込んだ状態である(因みにニコラはブロンズ帯)。
アラレ『シマちゃんもっと頭使わな私には勝てんよー笑』
副部長からの煽りを散々受けた結果、負けず嫌い一年生の情緒は乱れ、遂に勇気の切断をかまして不貞寝を始めた。
カスミ『あーあ寝ちゃった』
一応ムードメイカーを担っていた人物が寝静まったので少し静かになった気がする。
ハク『そういえば二人とも飛行機乗るの初めてなん?』
反応的にそうなんじゃないかなと思って聞いてみた。
アラレ・カスミ『初めてやなぁ/初めてです』
ニコラちゃんはどうなんだろ。あまり慣れた様子ではなかったから、初めてなのかも。
他にも他愛無い話をチャットでいくつかした後、ふとアラレは二つ隣、窓側でぼーっとモニターを眺める顧問の
肩をツンツンと突いた。気付いて首を傾げるチヅル。
「なに観てはるんですか?」
小さな声で問いかけてみる。
するとイヤホンを外した彼女は得意げに鼻を鳴らして「ビーストアイランド❤︎」と囁いた。
どこかで聞いたことあるタイトル名だ。たしかYouTubeの広告とかで出てくる恋愛リアリティ番組だった気が。
「常夏の孤島リゾートに集まった総勢8名の男女が織りなす恋物語、だけどそこに紛れ込む一人の『オオカミ』……恋に落ちた相手が狼であってもあなたは愛を貫きますか……? なんつってまぁガキには分からんわなこのエモさ……はッ」
登場人物が二十代中盤の少し大人向けなシリーズで、そこが人気な所以だ。
毎週放送されるこの番組が、彼氏のいない寂しい日常を満たしてくれるのよ。
「ふーん」
然程興味の湧いていない高校生だったが、暇なので自分のモニターにも同じものを表示させる。
だが先生が観てるのは恐らくシリーズの途中で、話の流れを理解するには当然一話から視聴しなければならない。
まぁ暇やし……と思い『ビーストアイランド 一話』をタップしてみる。
そこには前述通り、夏を目一杯に表現する海や砂浜の映像が映し出され、水着姿の男女8人が登場する。メンズは揃って筋肉が凄いしレディ達はみんなスタイル抜群。イヤホンからイケイケなパリピ音楽がジャカジャカ。メンバーの紹介から始まってあれこれストーリーが進んでいくのをひたすらに眺めるアラレ。飛ばし飛ばしで三話まで視聴を終えて一言。
「このリナって子、オオカミやろ」
「はぁ?」
何を言ってるんだこの餓鬼は、の感情をそのまま顔面にペーストするギャル教師。
ーーんなわけないやろ。だってこの子ショーゴに一途やし……
そう言いかけて言葉が詰まる。
チヅルが視聴するのは第五話。ここでは中間告白と言って、女性側から自分の意中の相手に今の気持ちを伝えるというイベントがあるのだが……なんと24歳元アイドルのリナが25歳俳優志望のショーゴから別の男に切り替えた。「唐突に告白相手を替えたんはショーゴを騙すのが辛くなって情に走ったかバレかけて替えたか、後者ならバッドムーヴやね。一話の『自分がオオカミなら身を引く』はカモフラのカモフラ、相手の切り替えもスムーズやし。ハキハキした性格なんは自分がオオカミやないって思わせる為。あと消去法的にもアリサのふらふらムーヴはフェイク、だって貰ったイヤリングは着けたまんま、ユリカの展開は急やけどまぁ理には適ってるから不自然では無いかなぁって感じ。多分このあとはショーゴの『僕は君がオオカミでも構わない』って流れからリナの『サトルを傷付けたくない』って台詞そのあとの『やっぱりサトルが好き❤︎』で最終告白やろうなあ。あ、因みにリナは元アイドルで事務所の売り出し的に役目持たせな目立たんてことでオオカミ抜擢の推理も追加で」
「うううううあああ!!?」
唐突な長文早口で語り始める少女に思わず喫驚の呻き声を鳴らす顧問。数センチ先に化け物がいると恐怖に慄く。
「うそだうそだうそだうそだッ……!」
そもそもガチ考察する番組じゃないんですけど。出演者の恋愛みて楽しむんですけど。
歯をガチガチ鳴らしながらモニターを操作すると、チヅルは最終話をタップしオープニングをすっ飛ばしてラストシーンに直行した。こんな、恋愛の酸い甘いも知らないガキんちゅに何がわかるというのか、否応にも貴様が間違っていると証明してやろう。そんな対抗心に脳みそが支配される。
『やっぱりオオカミは君だったんだね、リナ』
ヘッドホン越しに鳴るのはショーゴ♂の声。今はっきりと宣言しやがった。
『それでもリナのこと諦められないから』
神妙な面付きでそう語る。
『私がオオカミだと知ってても?』
画面内、情緒溢れる表情で見つめ合う二人であった。
壮大なネタバレを食らった後に観る映像はまるで茶番だった。味のしないパスタ。そしてショーゴとリナは抱き合い、二人にとってのほろ苦いビターなバッドエンディングを迎えながらもシリーズは終幕を迎える。
「ほらなっ★」
シュッと親指を立ててグッドポーズのネタバレ娘。
……。
私こういうの解っちゃうんで、と無邪気に笑いかけてくる彼女を見てると怒りを通り越して呆れが生じてくる。
そして吐いた一言は「もうやだコイツ」
目尻に涙を浮かべるチヅルであった。
ニコラ『はーい皆さん注目注目。今から賭けをします!』
残り三十分のフライトで目を覚ました不貞寝女子がチャットに再び降臨する。
大敗を喫した過去の記憶は既に宇宙の彼方へ捨て去って。
ニコラ『沖縄ないないゲーーム!!』
カスミ『なにそれ』
また訳のわからんことを思いついたな。
ニコラ『今からウチが、沖縄の人達がしない事を列挙していきますので皆は値段を付けてください! もし現地で
それを聞く/見るなどすれば私にその金額を払ってもらうというゲームです!』
なるほど……?
ニコラ『例を挙げます』
たとえば『沖縄には紙パック牛乳が売っていない』と宣言する。それに100円という金額を設定し、もし現地で
紙パック牛乳が売っていたらニコラの勝ち。みんなは100円を彼女に支払うというルールだ。
ハク『ちょっと面白そう』
先輩が乗っかるなら仕方ない。
ていうか提案者不利すぎない? この娘やっぱちょっとお馬鹿なんじゃない?
そうして地元ノリの延長線上みたいなよく分からない遊びが始まった。
ニコラ『まず一つ目』
ーー①沖縄の人、意外とハイタイもナンクルナイサも言わない。
……。
静寂が一同を取り巻く数秒。
アラレ『あぁ〜』
納得したのかしてないのか曖昧な返答。因みに『ハイタイ』は沖縄で女性が言う“こんちは”で、『ナンクルナイサ』は“大丈夫”って意味。
カスミ『じゃあ30円で』
もし現地民が「ハイタイ」もしくは「なんくるないさ」と言えばウチらの負けってワケだ。
有名な方言って意外と住んでる人は使わないってあるよね。「めんこい」とか「しばくぞ」とか。京都の表現は色々知られてるけど、だからといって日常的に『ぶぶ漬けいかがどす』とか言わないし。
ニコラ『二つ目!』
ーー②沖縄の人、流石に毎日は海入らない。
毎日入ってたらウチらの負けね。
ハク『うーん……50円』
いや入らんでしょ。大阪の人が毎日ユニバ行かないのと一緒でしょ。まぁ行く人は結構行くんだろうけど。
ニコラ『三つ目ェ』
ーー③海ぶどう、頻繁には食べない。
食べてたらウチらの負け。
アラレ『80円』
さっきから安くね!?とキレる主催者には誰も返信しない。
まぁ福岡県民は毎日明太子食べるわけじゃないって聞いたことあるし。
特産品なんて買うのは観光客ばかりでしょうよ。
ニコラ『ラストーー』
ーー④時間にルーズ。
時間厳守ならウチらの負け。
カスミ『200円』
おお良い値来ましたぁ!とチャットで喜ぶおバカ少女。
沖縄県民はおおらかだってテレビでもあったよ、時間に厳しいしまんちゅなんていないっしょ。
というわけで。
ニコラ『みんな、ちゃんとお金下ろしときなよ? ニヤリ』
どう考えても当たらない予想ばかりを羅列したくせにどうしてこうも自信満々なのか。
まぁ寝起きだしそんなもんかと無理矢理解釈してみる。
そんなこんなでいよいよ飛行機は着陸の準備を始める。キャビンアテンダントさんのアナウンスもしっかり機内を伝い、みるみるうちに地表が距離を詰めてくる。右手側にはまたもや先生を押し除けて窓の向こう、蒼い海にレンズを傾けるニコラの姿が。そしてどういうわけか、出発より随分ゲンナリしてるチヅル先生が少々気になる。
タイヤと滑走路が触れ合い機体に揺れが生じる。暫く減速の後、遂に。
『ただいま那覇空港に着陸致しました。時刻は13時。気温は摂氏24度でございます』
機内から通路を通って空港内へ。足早に歩き、荷物を回収してエントランスを抜ける。
外へ繰り出すと早速旅気分を味わせてくれるものが目に入った。
「うおーーヤシの木!」
道路の合間に茂る背丈の大きな木々。正に南国を象徴する姿。
スマホをしまうことが出来ないニコラのシャッター音がけたたましい。
感動を覚えるのは彼女だけではない。少女達は顔を見合わせてスーーッを息を吸った。
近畿代表として、世界を救う救世主として。
新たな舞台へ降り立った。
改めて。
「めんそーーれ! おきなわーーーー!」
ようこそ、日本南端のサマーアイランド。
⭐︎
(焦ったぁ)
そこは常夏の海と最もかけ離れた場所。
40度を超える温度で人の心体を温めてくれる、そんな楽園だ。
ツユヒは数分前の出来事を未だに頭の中でリピートしていた。まず間違えて男湯に入ったのが死ぬほど恥ずかしいのだけど、どうしてよりも寄って神奈川の、鎌倉という地で憧れの先輩に遭遇しなければならないのだろうか。あぁ、思い出すだけで身体が熱くなる。のぼせそう。しかもシャツ着てなかったんやけど。普段から鍛えてるのか結構いい感じの筋肉やったし、あぁああぁ。
ますます体温が上がっていく。
同じ湯船に浸かろうとした老年の女性が片足を突っ込むと「あづっ!?」と軽く悲鳴をあげて露天風呂の方へ逃げてしまった。ぼんやりする記憶の中で、彼との会話を思い返す。
『なんでこないなとこ居はるんですか!?』
別に部活の大会があるわけじゃないだろうに。
『あー……っと。それはその、ほら、流鏑馬出るって聞いて!』
なんだか慌てふためいてる様子。何故か分からないけど。
『覚えとってくれたんですか!?』
でもなにより嬉しかった。少しでも彼の記憶の中に居場所があるのなら。
葵祭及び宵山ではニコラ捜索のため二人きりで商店街を歩いたが、すぐさま通り雨が降ってきて、止む頃には青年と逸れてそれきりだった。夏休みで長らく会えなかったのでそれも合わさって喜びが増す。
『あの、ウチあんとき変じゃなかったですか?』
あの時、って表現して伝わるかどうかは分からないけれども、そこまで考える余裕はない。妖怪ストリートの自分はなんだか変だったと後から何度も後悔した。なんかいつもの自分と違うというか、浮ついてたというか。普段の自分からは想像できないくらい前のめりで何か焦っていたような。妖怪だけに取り憑かれてたってか。
……。
目を合わせるのも恥ずかしくて出来ないくらいだ。
『あん時? えー、うーん、まぁ別に大丈夫やったと思うで!?』
『ホンマですか!?』
良かった。あれで不埒な変態と罵られようものなら独り心中も視野である。
ホッと胸を撫で下ろしてみるが、それでも心拍数は上がったままだ。
『じゃあツユ風呂入るんで!』
180度進路変更して男湯の暖簾を押し除ける。それ以上の会話は体力が持ちません。
でもこれだけは伝えなきゃ。
『先輩』
振り返る事なく、背中越しにその人へ語りかける。
『ウチ、明日流鏑馬の大会出るんで。絶対……! 観に来てください』
返事を待つことはしなかった。だって断られたら死ぬほど辛いもん。
半ば押し付けるようにして女湯へダッシュ。
そして今に至ると。
(コサメ先輩来てくれるかなぁ)
数分前より夢心地が浸透している。
鶴岡八幡宮で開催される鎌倉まつりは例年四月に開催されるが、今年は特別だ。より多くの観光客を呼び込むために開催された天晴祭りにより開催日が変更されている。代々流鏑馬神事を執り行う家系に生まれたツユヒは幼い頃から葵祭や鎌倉まつりと関わりがあった。あまり詳しくは聞いた事ないけど先祖が武家で弓の扱いに所以があるとかないとか……正直あまり興味がない。
同じ浴槽も飽きてきたので露天風呂へ移動する。タイミングが良かったのか、人は誰も居なくて快適だ。先程視界に入ったおばさんも気付かぬうちに退出していた。外への通路までに浴びる新鮮な空気が肌に触れると、ひんやりとして気持ちが良い。和で演出される閑静な露天風呂を一人優雅に堪能できる。悪くない場所だと思った。
(コサメ先輩とニコラって)
一度フレッシュになった頭で性懲りも無く同じことを何度も思案してしまう。考えたって仕方ないって、分かってるのに考えちゃう。ホント私の良くない所だといま一度我に帰って思った。
親友と意中の人は凄く仲が良い。幼馴染と言っていたから当たり前なのだけれど。
いつもふざけ合って、時には真剣で。男女の友好を越えた関係を持つ二人を眺めているのはなんだか眩しかった。
そして、羨ましかった。
気兼ねなく話せて、気兼ねなく笑い合える親友のことが。きっと彼女は私の想いに気付いてないと思う。その辺に関しては疎い子だから。ニコラは中学校に進学してから友達になった。お互いクラスの輪に馴染めず会話に消極的だったのが逆に釣り合って言葉を交わすようになった。最近は急に明るくなったけど、その頃の彼女はとにかく内気で正に陰キャを練って固めたような子だった。私のせいで彼等の関係にヒビが入ることはないだろうか。
余計な心配かもしれないけど、大切な親友を失いたいとは思えない。でも先輩への想いだって負けないくらいに強い。一度好きになると他が見えなくなるのは昔から変わらない、私の悪い癖だ。
(もし)
もし、あの二人がデキたらどうする?
諦める? 全部忘れて無かったことにする? 素直に親友を応援できる?
今の自分には的確な答えを導き出せそうにない。今まであの娘が恋愛に傾いたことがなかったから、ホントに何とも言えないなぁ。でも多分、私は……なんてそんなのダメだ。良くないよ。やだやだ。
段々自分が何に悩んでいるのかも曖昧になり始めていた頃。
ガラガラ、と室内へ繋がる扉の開く音がした。
誰か来たっぽい。
丁度良い塩梅だし、入れ替わりで立ち退こう。
そう思って腰に力をかけた時。
「ねぇ」
その人物が声を発した。
ねぇって、ツユに言うてはる?
コミュ症発動。見知らぬ人との会話に怯える私。聞こえないふりをして相手の反応を伺っていると。
少し気まずい沈黙が流れたが、更に言葉を加えてこう訊ねてきた。
「あなた、もしかして恋してる?」
と。




