第一幕/第一話・②《出》
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BGM: https://on.soundcloud.com/61a4GJkXuYU3WrqPA
一話・鬼出電入きしゅつでんにゅう…目にも止まらない速さで現れたり、消えたりすること。
二話・夜郎自大やろうじだい …自分の力量も知らずに、偉そうに振舞うこと。
三話・雨笠煙蓑うりゅうえんさ…雨の中で働いている漁師の容姿を言い表す言葉。
四話・斗南一人となんのいちにん…この世で最もすぐれている人のこと。
(引用元・四字熟語辞典 https://yoji.jitenon.jp/)
自転車置き場にて。
「一限目から四限目まで体力テストってことはぁ、授業は二時間だけや! ラッキ〜」
「嫌やな〜。体重増えてたらどないしよ〜」
自転車の鍵を抜き取ってそんな他愛もない話をしている時のこと。
「おはよう二人ともっ」
背後から私とツユヒに声をかける者が居た。
「うわっ!? お、おおぉはよ〜……」
こちらも挨拶を返して振り向くと、そこには一人の少女が。
「シマさん、よな?」
私の事を苗字で呼んだその人に見覚えがある。
「い、一緒のクラスの……」
「うん、大庭 霞です、よろしく!」
肩に届かないくらいに伸びた黒のウルフヘアはパーマだろうか、毛先がくるくるしてて、微妙に金髪がかっている。少し垂れ目気味で高校生なのにどこか大人っぽく見える。バーとかにいそうな感じ? 行ったことないから分かん ないけど。どっかで見覚えがあると思ったら、同じクラスの生徒だ。苗字が“お”だから、私より前の席に座ってた子。
「教室まで一緒付いてっていい?」
身体を左に傾けお願いするポーズを取るオオバさん。動くたびにフレグランスの良い匂いが鼻に届く。
この匂い嗅いだことあるなぁ。ミント? バニラ?
「い、ぃいいよ?」
この人が現れた途端、何故こんなにも私が吃っているのか。
私ね、親しくない人と話すの苦手なんだよね。陰キャです。ツユヒやママァは良しとして、それ以外の人間と会話
することがひどく苦手。え、そのくせ化粧はするのかって? そりゃするよ、てか小学校の時と比べたらだいぶしてない方よ? まぁそれはさておき、入学して間もない私はもちろんクラスでぼっち。一緒に昼ごはん食べる人がいないので、もれなくツユヒ様と食卓を共にさせていただいている。休み時間の過ごし方は机に突っ伏して寝たふりするか、廊下で何もない空を眺めるふりをするかの二択。あぁ、昔はこんなじゃ無かったけどなぁ。
それから教室まで世間話が続く。
「ツユヒちゃんは何の部活入るとか決めてはるん?」
ウルフヘアの少女は切り出した。
その“なんでもない”質問が、私の胸にはグサリと刺さる。
「ツユは弓道部。昔っからずっと弓道やってんねん」隣で胸張ってツユヒが答えた。
「へぇ〜……かっこいいなぁ!」手を叩いてリアクションを取ってくれる。
流れ的に私も答えなきゃいけない雰囲気。頭の中で明朝に聞いた、婆ちゃんの言葉が鳴り響く。
その事を思い出すと、なんだか心が苦しくなった。グッと締め付けられる感覚。
『辞めたらあかん』キコエナイキコエナイ。私はなにも聞こえないふりをする。
「ウチは……まだ悩んでる、かなぁ……」
目を泳がせてキョドる私を、怪訝な目で見つめるツユヒ。それには気付かないふりをして質問を返す。
「お、オオバさんは? もう決めて……るんですか」
「ウチ? 実はまだ悩み中なんよなぁ」
「そ、そうなんすねー……」
はっきりしない返答で場を紛らわせていると、やっと教室に着いた。
じゃあまた後でな、と隣のクラスのツユヒは別の教室へ消えて行くのだった。
これで孤立無援。さて、授業の時間まで宿題やる素振りで時間潰すか……っていうのが日常なんだけど。
「このダンスめっちゃ可愛ない? 休み時間みんなで踊ろ〜」
「あ、これ知ってる! アタシこのグループ推しやわぁ」
黒板の前でわちゃわちゃしてる女子達を横目に、窓側から二列目の最後尾へと着席。その娘達の持つスマホから
軽快なリズムを刻む音楽が流れる。あぁ、私も好きなんだよね、そのアイドル。好きすぎてそのダンス完コピ
しちゃった。恥ずかしいから誰にも見せたことないけど。
気付けばオオバさんは、そっちの集団に飲まれて消えてしまった。楽しそうに談笑している姿を見て、陽キャという
生物はつくづく自由なものだと思いながら、視界を手元に戻す。
チャイムが鳴るとホームルームがあって、そのあと予定通り体力測定が始まった。
身長は172.5センチ。中三の時と比べて5センチ伸びてた。体重は対して変わらず49.8キロ。ふーんって
感じ。廊下ですれ違う時に皆から見上げられてしまうので、恥ずかしくて最近は猫背気味。
それから体育館でシャトルランやら横幅跳びやらをピョンピョンした。可もなく不可もなく。
続いて握力測定をしたのだが。
「はっくしょん」くしゃみをしたら。
バキッ。
(あ……やっちった)
手元を見なくてもわかる。先程まで指にかかっていたグリップの負荷が嘘のように消えたからだ。
「すすみませんあの、握力計壊れちゃってるみたいで」
ん? おかしいなぁさっきまでは使えてたのに……と首を傾げつつも先生が新しい分を持ってきてくれたので、
気を取り直して再測定を行う。
私は全神経を集中させて“脱力”した。
「はい。18.8と15.5ね」
その数値を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
二限目が終わると、次は運動場で持久走の測定が始まった。
スタート地点に新一年生がぞろぞろ揃い始めると、先頭付近に立つツユヒを見つけた。
「今年こそは負けへんで」
負けず嫌いの私は張り切ってストレッチを始める。
ツユヒは基本マイペースでおっとりしているが、運動神経は良く足腰の強さで右に出るものは居ないのだ。
ピーッと笛が鳴るや否や、体操服に身を包んだ生徒達がアリンコみたいに走り始めた。
「しゃあいくで!」
元気よくスタートを切った私はとにかく、目前を走る親友をぶち抜く事だけを考えていた。
なのにおかしい。標的との距離は縮まるどころかドンドンと差を生み、やがてその姿は虚空に消えて見えなく
なってしまった。ゼェッゼェッと口の中から風を切る音が鳴る。次第に喉が痛くなってきて呼吸も乱れてきた。
あかん、飛ばし過ぎたわ。結局諦めて、べべたのオオバさんと一周差で並走しゴールを果たすこととなった。
因みにツユヒとは五周差。
次はボール投げだ。これは私にとって一番の脅威。
握力測定と同様、慎重に慎重に力を抜く。集中せよ。
「めっちゃ手抜いてはるわ。去年とおーんなじ」
作戦はこうだ。まず全力でぶん投げるふりをする。野球選手の様に振りかぶってボールを前方へ押し出す瞬間、掌を返して空振る。そうすれば、すっぽ抜けて勢いの半減したボールが適度な記録を叩き出してくれるはずだ。
しかし、その作戦は一瞬で台無しとなった。
この日以上に花粉症を恨むことは未来永劫ないだろう。春の陽射しに漂う花粉どもが私に会釈してきたのだ。
「っくしょん!」
頭の中から作戦そのものがすっぽ抜けて、代わりに全体重を乗せた怪力スーパーショットを繰り出してしまった。
風切る音と共に空の彼方へ消えたボール。呆然と立ち尽くすしかできない私。
測定を行っていた先生は口をあんぐりさせて同じ方角を見つめていた。
「オマエすごいなぁ! オレらんとこの野球部入らへんか? 勿論選手として!」
「いやバレー部やろ! そのスーパーアタックあったらオレら優勝できるで!」
暑苦しい男子達に囲まれて身動きが取れなくなった。
すみっコぐらしから一躍スターになってしまった少女に降りかかる災難。
「すっご」目を丸くして一部始終を見守るオオバさん。
「中学ん時も見たでこれ」その隣に並ぶツユヒは思わずと言った様子で額に手を当てた。
「……」
そんな一年生の喧騒を校舎から静かに見守る人影。それに気付く者は誰も居なかった。
なんやかんやで一日を終えることが出来まして。
「放課後は体育館で部活動紹介があります。部活に悩んでる生徒は是非。それから帰りの寄り道はしないように。
最近子供を狙った物騒な事件も増えてるからくれぐれも」
終学活でそう話す先生の言葉が右耳から左耳へ通り過ぎる。正直、昼間の出来事が恥ずかし過ぎて、五限六限の内容を全く覚えていない。あぁどうしてあんなことに。
「気をつけ、礼。さよーならー」
ホームルームが終わるや否や私は教室の扉を開けて廊下に飛び出した。さっさと帰って漫画読も。
「あ、ツユヒ」
クラス前の廊下に二つ結びの少女がいた。
「ツユ、今から部活行くから一緒に帰られへんわ」
「せやなぁ、ほんじゃウチは先に帰るからよう頑張ってな!」
ツユヒに激励の言葉を残してその場を舞う様に立ち去る私。
駆け足で自転車置き場に向かうとそこには。
「あ、ボール投げの子や! うっとこの部入ってぇや!」
げぇ、しまった。これが嫌だから早く帰ろうとしたのに。バスケやらバレーやら、様々なユニフォームを纏った
生徒達が私を囲む様にして群がる。担任が長話するから!
ワタシハダイジョブデスーとへこへこしながら群衆を掻き分け、自転車に鍵を刺そうとしたその時。
「獅舞 虹心羅!」
爆音。バカでかい声で呼ばれた私のフルネームが校舎中庭に木霊する。
大音量すぎて、音源がどこか分からない。さっきまでの騒々しさは嘘の様に消えた。
「……は、はい?」
流石にあれだけの声量で名前を呼ばれたからには、返事をしない訳にはいかないだろう。
「よかったー、名前間違えたかと思ったわ!」
元気なその声はどうやら背面から聞こえるらしい。
私は怪談の主人公みたくゆっくり、恐る恐る振り返った。
「やっほー」
パタパタと笑顔で手を振る“なにか”が真後ろに立っていた。
「うわっ!」
思わず飛び退く。自転車にぶつかってケツを痛める。
「かなんわぁそんな幽霊見っけたみたいな反応されたら!」
ダークブラウンの髪をポニーテールにしてサイドの前髪を目尻ら辺に伸ばした髪型。走ったのか、触覚は少し崩れ
おでこには汗が滲む。それから化粧っ気は無く透明感が凄い。それでいてパッチリ開いたその瞳はこちらを真っ直ぐ捉えており、威圧感さえ感じる。色素の少ない肌色と無駄のない頬の輪郭から伝わる印象は、稚さより凛々しさが
勝る。袴姿に腕捲りしてジャージを羽織っていることから武道部だとわかった。
身長は私より少し低いくらい。170センチ手前くらいかな。圧倒的な美がそこに君臨していた。
きっと高学年だ。
「名前、あってるやんな? “シマ ニコラ”ちゃん」
何度も私の名前を繰り返すので仕方なく「はぃ……」とだけ答えた。
幾分かの空白があって、漸く周りの生徒達も口を開き始める。
「あれ、なぎなた部の“副”キャプテンやん。すんげー美人」
「バカ、変なこと言うとしばかれんぞ」
薙刀部、という野次を耳にして私の身体は即座に強張った。
「昼間のシマちゃん観てたで!」
まるで周囲の声など届かぬといった様子で話を続ける謎の少女。
本人は褒め称えているつもりなのだろう「あんな馬鹿ヂカラ見たことない! 薙刀にはもってこいや!」と
私の腕を掴んでグルグル振り回す。
いやでも正直部活に入るつもりは……なんてマトモに目も見れないままボソボソと言葉を紡いでいると。
「部室こっち!」
「ぇえッ!?」
きっと聞こえちゃいないんだろう。私の尻込みなどまるで微塵も気にせず、手首を掴んで引き摺っていく。
その強引さを目の当たりにして、他の野次馬達はそれを呆然と眺めることしかできなかった。
元来た廊下を引き返す形で逆走する二つの影。
「はい! ここがウチの部室でーす!」
片手で勢いよく開け放たれた扉になす術なく連れ込まれていく。これじゃ誘拐と一緒じゃん。
だがそんな戯言は、道場を目の当たりにした途端に霧散した。
フラッシュバック。脳裏に焼きついていた鍛錬の日々。刀と刀が打つかる乾いた音。手の甲に伝わる衝撃。
薙刀を辞めて数年は経ったのに、未だに体だけは覚えている。足が竦み、その振動が肩まで伝播すると身体がふら
ついて上半身が少し前屈みになる。
「おかえりキャプテン。どうやった?」
頭上から聞こえた誰かの声。頭を上げてみると、そこにいるのは見覚えのないメガネの少女。
卵形の輪郭にフィットしたアッシュグレーのボブヘア。デカめのレンズが顔の半分を占めている。
こちらの方は前者と比べて凛々しさというよりあどけなさが優っている。
練習前なのか、既に稽古着を身に付けていた。
「もちろん! ちゃんと連れてきたよ。さぁシマちゃん靴脱いで!」
やっぱり他人の話なんて聞いちゃいない、何度断ってもこの結果。
道場へ立ち入ることを躊躇っていると、ボブヘア少女は袴の裾を靡かせながら近付いて私のローファーをポイポイっと脱がせた。
「あの、キャプテンさん……!」
できるだけ室内を見渡さぬよう視線を落としながら。
「あー、ワタシなキャプテンやあれへんのよ」
なんのそのと言った様子でそう告げたポニーテール少女。
「しかも三年生はキャプテンおらんなったから、みんな先月でやめはったんよ」
あの強引さといい、この図体のデカさといい、てっきり部長なのかと。
しかも三年全員辞めたってことはこの人二年!?
それにしてもキャプテンが居なくなったとはこれまた解せぬ事情だ。
「あの人、長年一緒におるけどよう分からんのよなぁ。“旅に出る”ってだけ書き置きして消えてもうた」
「は、はぁ」
ちょっとよく分かんない。
そんなことはええから、と前置きをすっ飛ばして話を進め始める副キャプテンさん。
「まったりしてやんと!」
腰に両手を当てて、声を張り上げた。
「はじめようや! 入部テスト!」
【構成】
全四幕ー各四話ずつ
【基準】
A
【ジャンル】
バトル・恋愛・スポーツ
【注意点】
・『』は過去の台詞や引用、通話など通常時会話と区別する際に使用する。
・“”は作中の重要なキーワードや特定の単語に使用する。
・ふりがなについて→カタカナで記したふりがなは登場人物や特別な読みに使用する。
・本作のほとんどはWikipediaを基に筋書きを作成しています。そのため情報の正確性が曖昧です。
あくまで今作はフィクションとしてお楽しみ下さい。
・一話を投稿した日から一年間を改訂期間とします。誤字脱字、誤情報など、皆様から寄せられた情報を基に修正していきますので、お気づきの方はお知らせしていただけると幸いです。
・⭐︎マーク→視点変更
・二次創作等うぇるかむーーーよー
【年齢基準】
以下の区分を参考にして下さい。
・A(全年齢向け)
・B(青年向け=R15以上)
・C(成人向け=R18以上)
・J(幼年向け)